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第二十七話【ユリウスと】

 ──明鏡止水の心

 心にやましい点がなく、澄み切っている。


 オレはこの言葉が好きだ。

 何と無く、強くなった気分になるからである。


 剣を握り、剣と一つになった時。

 あのデスゲーム内で幾度も訓練しついに手にする事ができた技術。


 音も色も何もかも捨て去った世界にいるのはオレと相手のみ。

 感覚が凄まじく鋭くなり、一挙一動がまるで静かな湖面に突然波紋が出来るかの様に感じられる。見る事が出来る。


 そして……命を救えなかった自分を忘れ去り、戦闘に集中する。

 削り削られ殺し合う。

 弱い自分、惨めな自分とのひと時の別れ。


 結局オレは、オレの事を好きだと言ってくれた子を殺してしまった。

 オレは特別な感情なんて抱いちゃいなかった。

 戦友。その一言だ。


 それがその子を傷つけ……あんな結果に。

 自分に怒り、周りに怒り、世界に怒った。


 その気持ちをオレはぶつけた。

 切って、切って、切って、切って……

 彼女を死に追いやった原因になる物を全て切った。


 プレイヤーもモンスターも全部……全部。


「君は何をしたかったんだい?」


 ──分からない


「どうしてこんな事を?」


 ──分からない


「あの子の事が特別だったのかい?」


 ──分からない


「他に方法があったんじゃないのかい?」


 ──分からない


「分からない、しか答えられないのかい?」


「…………ふんっ」


「おいおい、久々の再会だってのに鼻を鳴らすなんて。僕、落ち込んじゃうよ……」


「あー、すいません。少し、ね」


「気が立ってたってかい?」


「あー…………」


「別に気にしなくていいんだよ。むしろ僕としてはもっとオープンになって欲しい所だ」


「オープン、ですか……。それにしてもお久しぶりです(自称)神様」


「話題変換かい? それに自称って聞こえているよ、まあワザとみたいだけど」


「相変わらず心、読んで来るんですね」


「まあね。しかし……ユリウス君に会うのは初めてかな、ふふ。まあいいや、君と会うのは実に八年ぶりだね。正確に言うと九年になるのかな?」


「そうなり……ますね」


「しっかし君は相変わらずとても面白い人生を送ってるね。ああ、皆まで言わなくていいよ。別に僕は君の事をずっと見ていた訳じゃないよ。と、言うか見れないんだよ」


「見れない?」


「そう、見れない。君は自由な生活を望んでいたからね。君に少し細工を(ほどこ)したんだよ。どんなのか気になるのかい? 簡単な事だ。“神殺し”って力をね」


「ははっ、驚いてるなぁ。別にこれは神を殺す為に持たせた訳じゃないんだよ。神からの干渉を妨害する為に、さ」


「妨害」


「そう、君は自分の特異さを理解しているかい?」


「………………」


「うん、君のそういう所が僕は好きだな。君は謙虚だ、そして聡明だ。力とは何かを理解している」


「どうもです」


「僕としては君は最大限自由に生きていて欲しいんだよ。いや、別に神殺しは僕の責任じゃないんだよ」


「君に埋め込んだ能力(チカラ)“対抗者”がどう言うわけか進化したんだよ」


「そんな目で見ないでくれよ。自他共に認める知識欲の権化としては加護の進化は見逃せるものじゃないし…………心踊るんだよ」


「僕はやっと君に接触できたんだ。よかったよかった」


「ん、僕には君の力が影響しないのかって?」


「それは元々僕の力だからね。君に分けてあげた形になるのかな? まあ今はそれが進化して変化してるんだけどね」


「うーん、ちょっと調べてみてもいいかな? こっちに来ておくれよ」


「………………しゃがんだ方が?」


「うん、お願いするよ」


「じゃあ、頭にて置かせてもらうね。うーん、……ふむふむ…………ほぅ、………………ふふ…………はは、はははっ…………くくくくく……ふふふ…………」


「ど、どうしたんですか?」


「いやー、君は本当に最高だよ。まさかここまで進化してるなんてね。さらには君の器。面白いとしか言いようがない。本当に、本当に僕は君に会えてよかったよ。他の神が君に目をつけていたらと思うと……ゾッとするね」


「あぁ、本当にありがとう。僕はここで消滅してもいいくらいに歓喜しているよ。ただ、まだまだ君の事を見ていたいから消える訳にはいけないんだけどね」


「もう……引かないでおくれよ。僕だって傷つくんだよ。まあ、ここまで素晴らしい物を見せてくれたんだ。僕からも一つ贈り物だ」


「僕の事を君が魔眼って呼んでいる物で見てみるといいよ」


「おおっ、ノータイムで開眼出来るんだね。感心感心」


「──────っつ!!」


「おおっ、いい感じに驚いてくれるねぇ。僕の期待通りの反応だ。普通の人はそうはならないんだけどね」


「しかし………………君って御都合主義だよね」


「…………へ?」


「だってさ、その能力も力も器も仲間だって……全て偶然の産物なんだろ?」


「まるで示し合わせたかの様な…………運命、因果、なんて言葉は一柱の神としては使いたくは無いんだが……」


「僕が仕組んだ事もあるとはいえ……ねぇ」


「ため息しか出てこないよ」


「それに君の周りもだ。そろいもそろって見目美しい者ばかり集まる。前世でも同じ様な感じだった様だし。ハーレムって……」


「───ごめんごめん。そんなに睨まないでおくれよ。君はハーレムって言葉があまり好きじゃ無いみたいだね。一度失敗してるからかな?」


「君の特殊な恋愛観と言うか、異性への感情と言うか…………何とも言えないね」


「おいおい、自分は沢山の人を不幸にしただって? 今更だろ」


「君は少しおかしいんだよ。力を求めているくせに自分の力を少し嫌っている。いいんだよ別に、僕はさ。でも、自分は大切にするべきだ」


「君の事を愛し、思い、慕う人がいるって事を忘れちゃいけないよ」


「───っと、そろそろお別れの様だ」


「彼女が僕の干渉に(かん)づいたみたいだ。まったく、困った物だよ……。彼女は君を溺愛(できあい)してるからね」


「そうそう、最後に聞いてもらいたい事があるんだ」


「僕は君の人生にどうこう言うつもりはない、故に君の選択を認める事もなければ拒む事もない」


「僕は君の生き方についてのアドバイスはしない。助言なんかして君の望む結果にならなかったら嫌だろ?」


「僕は彼女がいる限り君への干渉があまりできない……今回はたまたま運が良かっただけだ」


「君は君の価値観で生きている。故に僕は君の選択を尊重する。だけどさ……死なないでおくれよ」


「そろそろ本当にお別れだ。できれば早い内にもう一度会いたいね」


「最後に一言」


「君の相棒(パートナー)


「サフィール……」


「もし君が僕をその目で見て決意した事を実践するなら手を借りるといいよ。君との相性は最高みたいだからね」


「それじゃあ、楽しい異世界転生生活(ライフ)を───






 ******






「──うぅ、朝か……」


 ボクはゆっくりと伸びをする。

 昨日はあの少年──ユリウスを運んでから色々あったからな……

 サフィールとは色々話したしな。

 おかげで色んな事が分かった。

 それにしても寝ているユリウスにボクが触れようとしたら怒っていたな……


「ん……?」


 今気付いたが布団がかけてある。

 それにしてもサフィールと少年が見当たらない。

 外にいるのだろうか?


 うーん……

 耳をすますと外からパチパチと焚き火の音がする。

 それに……


「───じゅる……」


 良い匂いもだ。

 少し重たい体を動かし即席のベッドから飛び降りて扉へ向かう。

 ギィイっと音がしてボロい扉が開いた。

 やっぱり自分で作るとこんなもんか……


 っちょ、ボクは何を落ち込んでるのさ!?

 別に人に見られたからって関係ないだろ……

 なにを意識しているんだ。

 会ったばかりの男だぞ。


 ふんっと鼻息を立てながら扉から目を逸らし…………ボクは息を飲んだ。


 ユリウスの自身の身の丈ほどある剣を抜き立っている姿。

 まるで隙が無く、静かで、

 まるで波風のない巨大な湖を見ている様な……


 いやいや、違う。

 確かに立ち姿の美しさもあるのだけど……


 水面。

 そう、彼は水面に立っているのだ。

 足元からは静かに広がる波紋。

 透き通った水面に朝日が当たりキラキラと輝きを放つ。


 (つや)のある綺麗な銀髪と不思議な光沢を持ち鈍くもしっかりと輝く剣。凛とした立ち姿も相まって……幻想的な雰囲気を演出していた。


「ああ、綺麗……」


 はっとして口を抑えるが時既に遅し。もうボクの口からはその言葉が漏れた後だった。


「ああ、おはよう」


 そう言ってこっちを向きニコッと笑ってくれるユリウス。

 不覚にもボクはその笑顔に見とれてしまった……


 ぶんぶんと首を振って意識を戻す。


「……おはよう」


 そうボクが返すとユリウスはこちらを向き一歩踏み出して…………沈んだ。


 ぷはぁと息を吸いながら水面から顔を出すユリウス。ごめんなー、と頭の上にいるサフィールに謝っている。

 確かサフィールは水が得意じゃないって言っていたっけな……


「ふぅ、流石に歩くのはまだだな……」


 そういいながらボクの方へと歩いて来るユリウス。格好は短パンのみという格好だ。

 そしてボクの前で止まりスッと手を前に出した。

 ボクは反射的に後方へ跳び片足を引いて身構える。

 するとユリウスは、


「あっ、……ごめんね」


 と、謝ったのだ。


「サフィールから聞いていたのに僕ったらダメだな……。驚かせてしまったみたいだね」


 そう言って出していた手を引っ込めた。

 分かる、彼はボクに握手を求めたのだと。


「その……ごめん」


 命の恩人に対しての態度じゃ無かった。

 頼んでないなんて事は言わない。

 それにサフィールはユリウスに感謝の言葉を述べても一緒だと言っていたっけな。


「いや、いいんだよ。サフィールから色々聞いてるかもしれないけど…………僕はユリウス。よろしくね」


「あぁ、うん……」


「君の名前は?」


「…………ユウ。ユウって呼んで……ユリウス」


 僕は久々かもしれない笑顔を浮かべた。






「ほふほふ……」


「ほら、慌てなくていいから」


 慌てなくていい?

 こんな美味しい物を食べたのは久々かもしれないんだぞ。

 そんなボクに慌てるななんて無理な相談だ。


「ははっ、ユウは食いしん坊なんだな」


「むっ……」


 ボクはレディに食いしん坊なんて言うユリウスを恨めしい目で見る。


「ああ、ごめんごめん。ゆっくり食べていいからさ」


 お言葉に甘えてボクは目の前の魚をがっつく。

 ふふ、本当に美味しい。

 自然と頬が緩んでしまう……と、


 ユリウスがニヤニヤしながらこっちを見ていた。


「やっぱりユウは笑っていた方がいいよ」


「!?」


 ニコッとしながらユリウスはそんな事を言うのだ。

 くそぉ、そんな笑顔は反則だ……


「ほら、ゆっくり食べなって。むせてしまってるじゃん」


 もう、むせたのは誰の所為だと思ってるんだ。

 全く、もう。


「ユウ、体の方は大丈夫?」


「体……?」


「うん、重かったりしない……?」


「なっ、ボクが食べ過ぎだって言いたいのかい!?」


 失礼な、


「いやいや、違うよ。調子と言うか……こう、ね」


 真剣な顔をするユリウス。


「うーん、確かに起きた時に体が少し重かった様な……」


「そうか……気分は?」


「……何だかいつもよりいい」


 ボクの言葉にやっぱりと呟きうつむくユリウス。

 何を考えているのだろう…………って、


「──心が読めない!?」


「えっ、今気付いたの?」


「………………むぅ」


 どうしてだ?

 なんて考えていたら……


「来て」


 ユリウスが立ち上がりボクを招く。

 ボクは警戒レベルを少し上げてユリウスの後ろをついて行った。


「ほら、」


 ユリウスがそう言って水面を覗き込む。

 そこに写るのはボクの顔、その瞳の色は…………紫色をしていた。


「えっ、どうして。目が……」


「うーん、やっぱり気付いて無かったのか……」


「気付いて無かった……?」


「そそ。ユウ、君は魔眼持ちなんだよ」


「魔眼、持ち……」


 確か昔父さんがボクに言っていた様な気がする。


「ボクの目を見て。……ほら」


「──えっ?」


 ユリウスの目が碧色から真っ赤に変わる。

 まるでボクの目みたいに……


「ボクと、同じ……?」


「うーん、ちょっと違うかな」


「違う……?」


 スッと瞳を元に戻したユリウスが語る。


「僕やユウの目の事を魔眼って呼ぶんだ。魔眼には色んな種類があってね……僕のは思考能力を上げたりできる。ユウの魔眼は恐らく人の考えを読む事ができるんだろう」


「人の心を……」


「それに魔眼ってのは中毒性って言うか副作用がそれぞれあってね。例えば気持ちが高ぶったりするんだ」


 真剣な顔のユリウス。


「ユウにも覚えがあるだろ?」


 覚え……?


「昨日に比べて今のユウは攻撃的じゃない……」


「………………」


「サフィールが言ってたよ。ユウは心優しい人だって。だから僕がユウから魔力を吸ったんだよ」


 魔眼が発動しない様にね、とユリウスは続けた。


「ユウはいつから人の心が読めたの?」


 いつから…………


「……多分、物心付いた時」


「そっか……」


「で、でもその時はたまになるだけで……父さんと母さんが…………」


「──いいよ。言わなくて」


 ユリウスはそう言ってボクを優しく抱きしめてくれた。

 ビクッと体が反応しそうになったけど……不思議な感じだ。


「“僕の心が読めるかい?”」


「──えっ!?」


「“やっぱりね……”」


 スウッと体から力が抜ける。

 と、同時にユリウスの心の声は聞こえなくなった。


「ユウはまだコントロールができてないんだ。今は取り敢えず僕が魔力を吸って抑えてるけど……気持ちが高ぶったりすると自然と出てくるようになってしまっている」


 ユリウスはボクを支えながら歩き出す。


「今はご飯を食べよう。その途中に話をするから、さ」


 魔力の回復だ。

 そう言ってユリウスはボクを焚き火の前に座らせた。


「ブタの香草焼きだ。元気がでるよ」


 そう言ってホカホカと湯気が立つ皿をボクへと差し出した。

 おかわりは何皿でもあるよ。と、言ってくれるユリウスにお礼を言い、ボクは久々にフォークを使い料理を食べた。









 ユリウスはボクに色々な話をしてくれた。

 その中には既にサフィールから聞いていた事もあったがユリウスの声色は何と無く聞き入ってしまう不思議な感じがして全て最後まで聞いた。


 ユリウスはユリウスの事を話して聞かせてくれた。

 ボクの質問に答えながら饒舌に語るユリウス。

 楽しそうな思い出なんかはユリウスも嬉しそうに語ってくれた。


 ボクはユリウスの話に一喜一憂した。

 そうするといちいちボクの表情を敏感に感じ取ってくれるのだ。

 とても面白い話なのだが……


 ユリウスが旅をしている仲間の内に少女が二人いると聞いた時……

 どうしてか少し胸が疼いた。


 ユリウスとその二人が一緒にいるのが嫌だ。

 なんて考えてる自分がいるのだ。

 ユリウスが喧嘩中と言った時に喜んでしまう自分がいる。


「───だからさ、僕は僕のお爺さんの所へ向かっているわけ」


 ああ、ユリウスと別れたくない。


「僕はさ、そろそろ戻らないといけないんだ……」


 嫌だ、ずっと一緒にいたい。


「昨日の男たち……」


 僕はその言葉を聞いた途端、魔眼が開くのが分かった。


「ユウを殺す事を頼まれたらしいね」


 なんでそれを知っているの、というボクの疑問にはユリウスの心が答えてくれる。

 力ずくで聞いたのだと……


「恐らく暫くは安全なんだよね……」


 ユリウスがやっつけてくれたからだろ?

 それに意識するとほのかにする血の香り。

 恐らく返り血。


「でもさ、僕は君が心配なんだよ……」


 ユリウスの心の中には暖かい感情。

 両親を失い、住む場所を失ったボクへの同情も確かにある。

 でも、その真ん中には……

 ボクの身の心配。

 ボクの事を心配してくれている。


 それはしっかりと伝わって来た。


「だからさ、ユウ」


 次に言う言葉は分かっている。

 心を読まなくともユリウスという少年の性格から……


「僕と一緒にこないかい?」


 心の内にボクが断った時にかける言葉や対処なんかを思い浮かべて……

 ボクがどうしても断れない様な酷い言い分も胸を痛めながらも心の中に秘めて……


 だからボクは……

 だからボクは一番の笑顔で言うんだ。

 さっきできなかった手を前に出して。


「──よろしく。ユリウス」


 そう言ってむりやりユリウスの手を掴む。

 繋がった暖かい手……


 ボクの頬を暖かい何かが流れた。





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