第二十五話【出発】
「へっへっへー」
オレは自分でも引くくらいにニヤつきながら廊下を歩いていた。
時刻は深夜。完全に皆が寝静まった時間だ。
板張りの廊下は冷んやりとしていてテンションのみで酔っ払ってしまったオレの火照った体を冷やしてくれて、とても心地よく感じる。
「へへっ……」
自然と漏れる笑い声。
今後の事を考えるだけで……
「へへへっ」
フォル爺──親方の名前フォルジュロンから来ている──との熱談により作られる事が決まった様々な武器や防具。いずれオレが使う事を想定して作ってくれているその中にはぶっ飛んだ性能の物からネタでしかない様な物。浪漫を追い求めた結果できたカオスな物まで幅広く。
どれも過去にオレが使った事がある物や、想像して実現できるか悩んでいた物だ。
それをフォル爺はアイデア提供だけで形へと持って行ってくれた。
完成までにはそこそこの期間がかかるそうだがやり甲斐があると意気込んでくれていて嬉しい限りだ。
オレの方が得をしている気がするのだが……まあ、楽しいからwinwinって事だ。
「……ただいま〜」
なるべく小声でいいながらゆっくりと扉を開ける。
この部屋にはシエルがいるはずなのだが……
あれ?
オレの予想に反して部屋の中は静かだ。
まだ起きてるのかな、と思っていたんだが……シエル暗いの苦手だし。
一応、息を殺してそーっと入る。
なんだが悪い事をしている気分になっていたが気にしない。
ゴソッ
ベッドへ近づいていると何かが動く音。
この感じは……
「“ゆりうす~”」
愛しのサフィールちゃんがベッドから飛び出し突っ込んで来た。
それを優しく胸でキャッチ。
いやー、相変わらず可愛いな。サフィール。
撫でる度にプルプルと揺れてスリスリしてくる所がまた……
サフィールにも殆どかまってあげれなかったしな……シエルに預けてて。
なんかオレ……ダメ人間じゃん。
ふとベッドの方へ目を向けると膨らみが二つ…………二つ!?
おいおいどういう事だ?
どうして二つも膨らみが……
シエルと……………………誰も候補が上がらん。
サフィールに聞いても分からないし。
──フサァッ
!?
オレが正体を突き止めるべく、膨らみを見ながら思考していると何かが動いた。
まだオレには正体が分からない……
が、とりあえず顔を埋めておこう。
うん、そうするべきだとオレの中の理性様もおっしゃっている。
失敬、
えいっ、と心の中で出した掛け声と共にその正体不明のモフモフの中へと顔を埋める。
いやー、正体は分からないがとても素晴らしい。
未だ顔を埋めたのは頭だけだったからこのしっp──正体不明のモフモフにも顔を埋めてみなくちゃ。スリスリーっとね。
「ひゃ、ひゃぁああ……」
ん?なんの声だ?
でもなぁ、既に首から上はオレの制御下を離れ自由に動いてんだよな。
確かめようにもオレはこのスリスリを止められん。
いや、僕も紳士としては、ね。止めたいんですよ、ほら。
でも首上がらないから、ね……
『──何してるの?ユリウス…………』
何かラスボスっぽい感じの覇気のある声が聞こえた様だが無視無視。その声がどこか可愛くてシエルっぽくても無視だ無視。
『──ユリウス…………』
嫌だ、僕顔を上げたくない。
もし上げたらきっと、魔王と対面してしまう。
僕はまだゲームオーバーにはなりたくない。
『ユリウス……』
う…………
やめろユリウス。
惑わされるな。
これ孔明の罠だ。
いくらこの声が泣きそうな感じのトーンだからって……
しかし、ここで無視を決め込んだらそれこそ紳士としてはどうなんだ?
きっと彼女は君の事を待っている筈だ。うん、そうに違いない。
よーし、
『どうしたの、シエ、ル……?』
いやいや、しょうがない。
今のは疑問系形になってもしょうがないだろう。
いつもオレより背が高いくせに上目遣い気味な可愛いいシエルが…………
こんな、こんな風にベッドの上にたって上から目線でゴゴゴと音がせんばかりの形相でこっちを見ている筈がない。
そう、これは夢だ。
オレはこんなシエル(鬼)を知らないし見た事ない。
よーし、決めた現実逃避だ!!
目の前にはモフモフの謎の物体。
上には鬼。
先に言っておくがこれは敵前逃亡ではない。
戦略的撤退だ。
えいっ、
「ひゃうん、」
ひゃうん?
まあ、なんて可愛い声なんでしょう。
ますますスリスリしたくなっちゃうわ。
『ユリウス……サクラから離れて…………』
サクラ?
誰だっけー、それ。
それにオレがくっ付いているのは謎のぶっt ……
『──離れて……』
『すいません』
もう諦めよう。
今のシエルさんには抵抗をしない方が正解だ。
それに布団の中から「お嫁にいけない……」とか言う声が聞こえるがオレは知らない。
『ユリウス……』
『はい、ごめんなさい』
『なにが?』
『いやー、その…………色々?』
『今朝、なんでいなかったの?』
今朝?
あー、オレが三人にはめられて天国の時間をっと間違えた。苦労してた事か。
『その……早く起きて』
『どこにいたの?』
『に、庭です』
『そっかー』
『うん、そうだよ』
よし、シエルさんはなんとか騙せそうだぞ。
『じゃあさ?』
『はい』
『今朝、サクラの部屋に誰かがいたらしいの』
『………………』
『あれって誰かな?』
『い、いやー女の子の部屋に忍び込むとかマジで最低っすよね。僕はそんな事しないよ』
『だよね。ユリウスはしないよね』
『流石はシエル。分かってるなぁ』
もう何かシエルの懐のデカさに惚れちゃいそうだぜ。
でも……オレの気のせいだよね?
シエルの笑顔が硬いのって……オレの気のせいだよね?
『で、ユリウスは今何をしていたの?』
『今、それはもちろんシエルが寝ている所に見ず知らずのモフモフがあったから正体を突き止めようと思ってね』
『………………』
『ほら、この通り危険は無いようだ』
そう言って謎のモフモフに顔をすり付けて見せる。安全アピールって大切だよね……
「うぅう……」
少し湿った様な声が布団の中からすると同時にシエルの瞳から絶対零度の視線が……!!
わ、分かったぞ。きっとこれも魔法の練習なんだね!?
『ユリウス…………』
『はい、何でしょうか?』
『私、別に怒ってないよ』
『はい……』
『怒ってなんか……ない』
『はい……』
『怒ってなんか……ないもん』
『はい……』
『ユ、ユリウスが別の女の子と仲良くしてたって……私は気にしないもん』
『はい……?』
『別に…………いいもん!!』
フンッて感じで勢い良く顔を逸らして布団に潜り込むシエル。
逸らす時、光る何かが見えたのは気のせいだろうか……?
「サフィール……」
「“なに?”」
「シエルを頼む……」
オレはそう言い残して窓を開け外に出た。
そこから屋根に登り瓦の上で横になる。
「──はぁ、星が綺麗だ」
見上げた空には満天の星空。
赤と青の二つの月があんな時になんて言えばいいかも分からないオレを、慰めるかの様に輝いていた。
「あぁ、オレは前世から変わらねえなぁ……」
そう呟き空に手をかざした。
かざした右手を中心へと魔力を集中させて……
「変わってるのは……これだけ、かっ!!」
オレの使える火、水、風、土、光の属性魔法の内、風と光を混ぜた物を最大出力で放出する。
名前なんてない、ただ無茶苦茶な魔力の放出。
五本の指先から渦を巻くように風を、手の平から螺旋状に回転する光を……
それは直径五メートルもの力の本流となり空へと突き上がる。
オレはそのまま、ゆっくりと目を閉じた。
──後日、この謎の光線がコナータ中で話題になったのはご愛嬌。
******
「よーし、揃ったな」
「サクラの事をよろしくね」
「よ、よろしく、お願いします」
「こちらこそ、よろしくっす」
「よろしくな」
「じゃあ馬車に乗ってくれ。出発するぞ」
そんな会話を済ませ馬車に乗り込むケイトさん、ハイトさん、シエル、サクラの四人…………四人?
ちょっと待て、主人公の名前が無いぞ!?
なんてオレ、ユリウス・グラッドレイは屋根の上からその光景を見て思っていた。
何故なんだ?
何故にオレは無視されてんだろう?
それにサクラって子もついて来る、いやついて行くのか?
オレの変わりってやつか……
なんか泣きそうになって来た。
「おーい、ユリウス。早く行くぞユリウス」
「早く降りて来るっすよー」
おお、忘れられてなかったか。
しかし、どうしたもんか…………
「何してるんだ。早く降りて来い」
これは……そう、木登りと一緒だ。
登るのはできるけど降りるのは難しいって言う。うん。
「あのー、ケイトさん」
「どうした?」
「サフィールをこっちへ」
「どうやってだ?」
「投げていいですよ」
うん、サフィールは空中が好きだからな。
「いくぞー…………よっ!」
オーライオーライ…………ナイスキャッチー。
てな感じに綺麗に手の中に収まるサフィール。まあ、サフィールが空中で軌道修正した賜物なんだけど……
「“ゆりうす〜”」
ははっ、全くサフィールは甘えんぼさんだなぁ。
よーしよーし、可愛いなぁー。
よしよしよしよしよしよしよしー、
「おーい、早く降りて来いよ」
「分かりましたー」
ちっ、オレとサフィールの時間を邪魔しやがって……
まあいい降りてやるか。
よっ、て感じに飛び降りたら後はサフィールさんがスイーと地面へ導いてくれる。
いやー、もうステキッ!!
サフィールさんまぢイケメン。……女の子らしいけど。
「いやー、すいません。またせました」
「いいっすよ」
「女将さん。お世話になりました」
「はい、どういたしまして。また来てね、今度はサクラと挨拶に……ふふ」
ふふ、シャレになりませんで女将さん。
しかしオレのスルースキルを持ってすれば……!!
「温泉卵、また食べに来ます」
「ふふ、照れちゃって。ほら、お土産。ジェイドも好きだからこの温泉卵」
「お、おおっ!!ありがとうございます……」
って、マジで何個あるんだ!?これ。
まあ、サフィールさんの中に入れとけば腐ったりしないんだけど……
「だいたい百個くらいあるわ。サフィールちゃんの中に入れとけば大丈夫でしょ?」
「はい……」
「半分はユリウス君のだからね……ふふ」
なんかこの女将さんの好意が素直に受け止められない……。
だがオレは子供、素直に受け取ろう。
「ありがとうございます」
「ふふ、それじゃあサクラの事、よろしくね」
「は、はい」
「狐の獣人は珍しいから……守ってあげてね」
「……はい」
最後の女将さんの言葉。
その時の目は今までの雰囲気は無く、真面目な物に変わっていた。
だからオレは胸を張っていう
「安心して下さい。あの子の耳と尻尾は僕が守り抜きます!!」
「う、うん……よろしくね」
女将さんが最後に苦笑いを浮かべた気がしたが……気のせいだろう。
そうやって狐耳少女サクラを加えたオレたち五人は鉱山都市コナータを後にした。
えっ!?サフィールがヒロインっぽい、だと……




