第二十四話【飛龍討伐】
「いやー、これはでかいっすねー」
ハイトは目の前の飛竜を見上げそんな呑気な声を出す。
飛竜はそんなハイトを気にする、というか気付く事なく。建物を破壊していた。
(こいつは食料が目的じゃないんすかね?)
と、疑問に思うハイト。人を襲わず建物を破壊するばかりなのがおかしいのだ。
だからと言って自分のする事は変わらないと、腰から一本のナイフを取り出した。そのまま飛竜の右側面に回り込み体を捻りながら投擲する。
ハイトの体重の乗ったナイフは狙いを違う事なく飛竜の目に突き刺ささった。飛竜は痛みと怒りからか咆哮を上げる。
ビリビリと大気を震わせる咆哮に建物や瓦礫の影に隠れている冒険者たちは二人を除いて身をすくめた。その二人はハイトが生み出した隙を見逃さず飛竜に駆ける。
ケイトとガルドだ。
ケイトは剣を中段に構えると一気に加速した。狙うのはその翼。
活性化と身体強化魔法の重ね掛けにより実現するその馬鹿げた機動力を使い始めの一蹴りで飛竜までの距離、約五メートルを一気につめる。そして次の蹴りで真上へと跳ね上がり、先程の加速も相まって殆ど斜め方向へと跳ぶ形になった。
「──フッ」
気合一閃。
飛竜の翼の付け根。その隙間を狙い切り裂いた。
対してガルド。
彼は自分の機動力の無さを理解している。故に隙を突くのだ。
鈍重な動き──と言っても並の人間よりは早い動きで飛竜との距離を詰める。
飛竜の斜め後ろから飛び出し、死角を縫う様に移動し正面へ。背中から抜いた自慢の長槍を腰を落とし構える。
瞬間、槍の表面に這う様に掘ってある溝が赤黒く光った。
その光はどこまでも禍々しく鈍い光を放つ。彼の呪槍、竜牙の暴食は己の持ち主の魔力を吸いあげ暴れ狂う。
『「ウオォオオオオ」』
槍とガルド。どちらとも取れる様な雄叫びと共に槍が一気に前へと突き出された。
ギャオオォオオオースッ!!
(ふぇー、流石の攻撃力っすねー。二人とも……にしてもケイトさん。素材の事を優先してるっすね…………)
痛みに悶える飛竜を見てのハイトの反応はそれだった。
ケイトの本来の持ち味。威力を重視した攻撃とは違ったからだ。
別にハイトはこの街に大きな被害が出てもそこまで痛まない。ただ、旅館と金物屋フォルジュロンに影響が出れば怒られるからそこだけは守り抜く、そんな気持ちで戦っていた。
恐らくケイトも同じなのだろう……との予想はさっきの攻撃を見れば分かる。
そんなハイトの口から漏れるのはため息。
(まるで動けてないっすね……)
固まったままの一部の冒険者たちを見ての落胆のため息。
(まあ別に、期待してはなかったっすけどねー)
そう自身に言いながら、得意の魔闘術を展開させ。戦場をかき乱すべく、走り出した。
魔闘術。
これは体を中心に魔力を纏わせる事で防御、攻撃を共に上げる術だ。
ちなみにハイトが投擲したナイフには魔闘術で切れ味と強度を上げてある。そうしなければ目とは言え、飛竜にダメージを与えるのは難しくなってくる。
ハイトとは小刀を抜くと魔力を刀身に這わせる。そして気配を消して飛竜へと近づくと深く切り裂く。
そのヒットアンドアウェイを繰り返していた。それにより飛竜も気が取られ、他の冒険者たちへの意識が削がれる。
これが今回のハイトの役割だ。ヘイトを稼ぎ自分に意識を集中させる。
よっ、と軽い声を出しながら足の腱のある部分を軽く裂く。別に深く切り込む必要はないのだ。
そして次は反対の足の腱を……
そんな感じで目印をつけるかの様に飛竜の周りを駆け回るハイト。死角から死角への移動は飛竜を混乱させるのに十分な役目を買っていた。
「頼んだっすよー」
そこで上がる軽い声。
「おう、頼まれた」
その声に反応したケイトは先程とは違う剣を手にしていた。
親方に預けていて先程受け取ったばかりの幅広のロングソードだ。
これにより本来のケイトの持ち味が出せる事になる。
ウゥンと音を立て仄かな青い光を纏う刃。
ハイトが反対方向で意識を散らしているのが分かる故に放てる一撃がある。
ハイトが傷つけてくれた飛竜の腱。そこへ向けてケイトの一撃が放たれる。
ズハァッと音を立て綺麗に裂けた飛竜の腱。意識していなかった方からのダメージと腱を切られた事により体勢の維持が難しくなった飛竜の身体が右側へと傾いた。
「──お疲れさん」
「いえいえこちらこそっすよ」
まるで仕事終わりの同僚に声をかけるかの様に軽さで交わされる言葉。声の主、ハイトとケイトはすれ違う様にポジションを変えた。
駆けるケイト。その目線の先にはハイトが傷つけていた左足があった。
駆けるハイト。その目線の先には飛竜の弱点、逆鱗があった。
ケイトは剣を中段へと構え腰を落とし疾駆する激突の寸前、右に体を捻りながら剣を前へと押し出し振り切った。
音を置き去りに、まさにその通りの速度で振るわれた剣は飛竜の腱だけではなく。強靭とされるその骨までも切り裂いた。
ケイトはハイトの一撃の痛快な音を背に一度ブレーキをかけて地面を削り腰を落とす。
『ドラゴニック・ロア』
そんな直接脳に響いてる様に錯覚させる程に重く静かに低い声で発せられる技名。
瞬間、止まったハイトとの背後から赤色の閃光が吹き出した。ガルドの呪槍の一撃、竜の咆哮である。
必殺の一撃とも称されるその攻撃には長いタメと集中が必要となってくる。その時間を二人が稼ぎ待っていたのだ。
ドラゴニック・ロアは右へと傾いていた飛竜の腹部を直撃する。そしてその巨体を一気に押し倒した。
「──行くっすよー」
そうつぶやいたケイトは腰に構えていた刺突剣へと一気に魔力を送り込むと膝を折る。
するとその足元へガルドが力を放出し静かになった槍を突き立てた。それは膝を折り腰を落としたハイト足の裏を固定し、まるで陸上競技のスターティングブロックを連想させる。
「やってこい」
「了解っす──」
言い終わるが早いかハイトは自身の足の裏で魔力を爆発させる。
瞬歩、自身でそう称する技だ。
「くっそー、相変わらず手加減を知らねぇやつだ」
ハイトが去った場所で悪態をつくガルド。その体は砂埃で汚れていた。
これはハイトの躊躇なしの瞬歩により地面が抉れた事による弊害である。
そんなガルドの正面では断末魔を上げる飛竜と刺突剣を突き立てたハイト。
その様子から分かる通り一撃である。
(全く、相変わらずの無茶苦茶な強さだ……。本来ならジョルジュがするべきポジションをハイトが担当しているのか? 全く、嫌になるぜ。どんな教育してんだよジェイドさんは…………)
ケイトとハイトの戦術を簡単に説明するならばハイトが遊撃をしつつヘイトを集める。そこで一度ケイトがデカイ一撃を放つ事で意識を逸らしその間にハイトを死角へと逃げ込ませる。
ハイトが消えた事に焦りを感じた敵は探そうとした時にはもう手遅れ、そこからは死角から死角への移動を繰り返すハイトの独断場だ。
ハイトは弱点であろうところを傷つけていく。その時には鱗に沿う様に削ぎ痛みを与える。
それを繰り返す事で注意が散漫になった所で傷をつけていた所をケイトが切り裂くのだ。
それにより焦りが生まれた飛竜は自然と自分の弱点、この場合は逆鱗を意識してしまう。
それを遊撃の時から探っていたハイトが目星をつけ、特定できた所で一気にトドメを指すのだ。
本来ならばジョルジュが遊撃と攻撃。ハイトが観察とヘイト稼ぎ。ケイトが自由に正面からぶつかるのだ。
これが元、Aランクパーティーの戦い方である。
互いが互いの実力を知り、信用しているからこそできる戦法とも言えよう。
幼い頃から共に育ってきた三人だからこそ、である。
「いやー、やっぱり時間かかったっすねー」
「そうだな、何より単純だし。ガルドさんがいなかったら苦戦してたかもな」
「すっよねー」
「ジョルジュがいた方がやっぱり飛竜を狩る時は楽しいよなー。今度誘ってみるか?」
「ダメっすよー、ジョルジュさんには…………いや、ユリウスを参加させるってのはどうっすか?」
「おおっ、そりゃいいな。楽しそうだ」
なんて会話をする二人を見つめながら、竜狩りのガルドはため息をついた。
「帰りましたよーー」
と、声を出すケイト。
しかし返事はない。
おかしいなぁ、と思いながら仕方ないから勝手に入る事にした。
「ケイトさん、何か聞こえないっすか?」
「ん、何がだ?」
「なんかこう、奇声って言うんすか?」
「はあ、………………聞こえるな」
ハイトの声に半信半疑で耳を澄ましたケイトの耳に届くいたのは、子供の奇声と野太い笑い声。
「………………?」
互いに顔を見合わせ眉を潜めた二人は息を殺して気配を消した。
そしてそのまま武器庫の奥の部屋、工房へと向かう。
「────うぉー。それはやばいですね」
「だろだろ。ワシ、天才じゃ……いや、天才はお前だよユリウス」
「いやー、それほどでも……あるかな?」
「「ハッハッハッハッハッ」」
扉の先から聞こえる声に眉を顰める二人。
恐らく声から察するに親方とユリウスの会話なのは間違いないのだが…………
コンコンッ、と手首のスナップを効かせ、響く様にドアをノックした。
「それでな、それで────誰じゃ?」
ノックの音に気づいたのか親方の声が中から聞こえる。
「ケイトとハイトで……」
「──お帰りなさい!!」
言い終わろうかという所でバタンッと勢いよく開いた扉。そこで声を出すのは元気そうなユリウス。
「ささっ、入って入って」
と、勧められるがままに入る二人。ハッキリ言って困惑していた。
なぜこんなにもハイテンションなのかが分からないのだ。
部屋に入り目にしたのは親方の色々な武器の群れ。その中心の作業台にどっかりと腰を下ろすのはもじゃもじゃのドワーフ。
「どうじゃった?」
と、親方が質問する。
「──ああ、驚いた事に飛竜のリーダーレベルのやつでしたよ」
「本当にびっくりしたっすよ。なんであんな奴が降りてきたんだと思います?」
「ふむ、確かにそれは問題じゃな……リーダーレベルが降りて……」
「──フォル爺フォル爺」
そんな思考を始めた親方を邪魔したのはユリウスの声。
それに思考を中断させられた親方は少し眉を顰めてユリウスを見返す。そこにはどうした?という意思が込められていた。
「素材だよ素材。リーダーレベルなんでしょ?」
「…………っおお!!そうじゃった。おい、討伐には参加したのか?」
「はい、二人とも」
「素材は……?」
「素材っすか?」
「そうだ、分配はどうなった?」
「あー、それならほとんど俺とハイト、ガルドさんの三人で狩ったから俺たち二人が自由に選んでいいってなってますよ」
そんなケイトの言葉にほぅと言った後、眼光を強めた。
「お前らはどの素材を選んだんだ…………?」
ゴクリと唾を飲む音が二つ。
もちろん、親方とユリウスからだ。
「……その事の相談に来まして。いるなら殆ど全て貰え……」
「「──よっしゃー!!」」
瞬間、親方とユリウスがハイタッチを交わす。
「よくやった、二人とも!!今すぐその飛竜を第三大解体場に運び込むように指示しろ、ワシとユリウスが解体するから、な!!」
「は、はい」
喋っているのは一人なのだが二人の剣幕に押されるケイトとハイト。
「 今すぐの方が……」
「「もちろんじゃ(です)!!」
見事にハモるユリウスと親方の声。
「なぁ、ユリウス。楽しくなって来たのぉ」
「はい、フォル爺」
そんな事を言い合う二人の頬は……怪しく緩んでいた。
大変だ!シエルが息してない!
漢の会話についていってないようだ!
……部屋の隅でサフィールをフニフニしている。
──テレーン
おめでとう、シエルが空気に進化した!!
『サフィールをフニフニする』を覚えたようだ。
しかしシエルは既に技を四つ覚えている。
どれを忘れさせますか?
・ユリウスを涙目で睨む(上目遣い)
・ユリウスにご飯を作ってもらう(上目遣い)
・ユリウスの袖を掴む(上目遣い)
・ユリウスに魔法を教える(上目遣い)
・サフィールをフニフニする(涙目)
戦闘シーンは苦手です……
いや、他もなんですけど……考えたら負けですかね。
やっぱり毎日投稿にすると文字数が減るのが悩みです……。




