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第二十二話【不安】

 


「あぁ?」


 目の前で驚いた顔で固まるオレにヒゲダルマが怪訝な表情を向けて来た。

 オレの自称世界一と呼ばれる観察眼から察するに……


 ───身長が低い……


 ───妙にガタイがいい……


 ───無駄に髭を蓄えてる……


 ───都市一の鍛冶師……


 ───なんかゲームの中で見た事ある……


 よし、結論は出たぞ。

 彼はヒゲダルマ(ドワーフ)だ!!


 あれ?

 彼はドワーフ(ヒゲダルマ)だ!!


「名前は?」


 と、ヒゲダルマの質問。まだドワーフ確定じゃないからね。


「ユリウス・グラッドレイです。えっと……」


「ワシか? まあ、ワシの事は適当に呼べ」


 ほぅ、適当とな……

 では、


「あの、ヒゲダr ──」


 っと、言おうとした所でハイトさんに口を抑えられた。脅威のスピードだ全く。


「ユリウス、この方は親方って呼ぶといいっすよ」


「親方……ですか?」


「(本名で呼ぶと怒るんすよ……)」


 そして、そう耳打ちしてくれた。

 なぜ怒るのかは謎だが相場としてこのタイプの職人さんは怒らせると厄介だと言うのお決まりだ。

 もう自爆はやめよう。


「で、そっちの嬢ちゃんは?」


 オレが自分に言い聞かせうんうん言っているとシエルに気づき声を出す。


「彼女はシエル…………えっと、ちょっと待って下さい」


『ねぇねぇ、シエル』


『なあに……?』


『シエルのフルネームって聞いていいかな?』


 そう、オレはシエルのフルネームを知らないのだ。別に困る事は無いのだが丁度いい機会だし、


『…………シエル・ナトゥーア』


『そっか、ありがと』


「彼女はシエル・ナトゥーアです」


 うん、完璧と思いきや。

 親方は少し眉を潜め何かを呟いた。それは聞き取る事ができなかったが……


「──おおっ、ユリウス。やっと来たか」


 そんなオレの思考を邪魔するように声があげられる。どこかへ行っていたケイトさんだ。


「はい」


「お前も武器が好きなんだろ? 一緒に見て回ろうぜ!!」


 と、少年のような無邪気な笑顔。

 なんかその容姿も相まって……イケメンだ。


「おおっ、そうか小僧。お前も武器が好きか?」


「はい」


「よっしゃ、ワシが特別に案内してやろう。着いて来い!!」


 と、先ほどとは少し違った態度。

 恐らくこれが職人さんなんかの性格でよくある。自分の作る物なんかを好きな人には優しいってやつなんだろう、きっと。


 と、言うわけでオレはシエルの事をサフィールに任せ。

 親方ののっそりとした後ろ姿を、一人追いかけた。

 背中にまだまだ大きい、父さんに貰った剣を背負って。












「おおぉぉおぉおおおーーーーー!!」


 オレは目を見開き叫んでいた。

 目の前にある武器、防具、武器、防具。

 とても感動的、だ!!


 男なら誰しも一度は憧れた事があるだろう。

 特にオレを含めた中二病の方たちは泣いて喜ぶ光景じゃないだろうか。


「はっ、そんなに嬉しいか? …………お前の体じゃまだまだ使えそうにないな」


 と、親方。

 心なしか目尻が緩んでる気がする。


「…………?」


 棚に飾ってある剣を眺めていると背後からの視線を感じた。

 どうやら親方が見ているようだ。


「どうしたんですか?」


「…………ああ、その剣はどうした?」


 どうやら背中の剣の事を言っているようだ。


「これですか?」


 そう言って背中から慎重に取ると親方に見せた。


「………………」


 オレから剣を受け取った親方はその剣をマジマジと見つめ……


「おい小僧。お前はこれを抜いた事があるか?」


 と、聞いて来た。


「いえ、無いです。抜こうと思っても抜けなくて……」


「最後に試したのは?」


「えっと……三週間前ですかね?」


「これを初めて手にしたのは?」


「それも三週間前です」


「…………ケイト、ハイトッッ!!」


 オレの答えを聞いた親方は少し思案した後に大きな声を出す。

 鼓膜がビリビリ震え三半規管がおかしくなりそうだ。


「…………着いて来い」


 未だフラフラしているオレにそう声をかけるとさらに奥に向かって親方は歩き出した。












 闘技場。

 親方に連れられて来た所を見て始めに浮かんだ言葉がそれだった。

 円形の広場を囲むように、五メートル程上に観客席が設けられており。

 そんな印象を受けるのは仕方ない事だろう。


「ここはな。剣舞場だ」


 不思議そうに辺りを見渡すオレにケイトさんが教えてくれる。


「剣舞場?」


「そうだ、鍛冶の都市独特と言った所か。打った武器や防具の性能を試したり披露したりする場所で多い時には年に数回行われている」


 へぇー、

 なんか面白そうだ。


「ほら、抜いてみろ」


 なんてオレが考えてると親方がオレに父さんから貰った剣を渡す。

 久々にしっかり握るな、なんて事を考えながら右手で、


「抜けた……?」


 そう、抜けたのだ。

 父さんから貰った日に馬車の中で試してもびくともしなかった剣が……


「そいつは神剣(しんけん)だ」


 真剣?

 そりゃそうだろ。


「いや、恐らく小僧が想像しとるのではなくて神の剣と書いて神剣だ」


 神の剣ねぇ……

 たいそうな名前だ。


「ミスリル、オリハルコン、アマンダイト。これがその剣を作り出している主な金属だ」


 親方がそう言った瞬間。空気が変わるのを感じた。

 絶句。

 ケイトさんもハイトさんも言葉を失っているのだ。


「そ、それって……マジなんすか?」


 ハイトさんの声が震えている。

 それもそうだろう。

 伝説と呼ばれた金属を使っているのだから。と、オレは二人が驚いている理由も知らずにそう結論づけた。

 これらの金属は御伽噺の中ではよく出て来たが……

 実際に存在したとは……


「そいつの特性はどんな魔法も通し、纏える事にある」


 どんな魔法も通し、纏う……?


「おい小僧。お前、魔法は使えるか?」


「はい、一応は……」


「なら試してみろ」


 親方は低く、落ち着いた声でそう言った。












 オレの目の前には一体の案山子(かかし)

 これを攻撃しろ、と。

 だがオレの体格じゃ構えるのが精一杯なんだが……


 だが、対策はある。

 この剣は魔法を魔法を纏えるらしい。

 ならば風魔法を纏わせて補助をさせる……


 まずは軽い気流を剣の周りを回転させる様に……


「────ッあぁ!!」


 瞬間、オレの体が弾かれた。

 いや、飛ばされたと言った方がいいかもしれない。

 突如にして巻き起こった突風それに吹き飛ばされたのだ。


 オレは今、そこそこの魔力を流しこんだつもりでいる。

 いつも何か物に流し込む時の感覚でだ。

 だが…………


『──ユリウス!!』


 シエルが大慌てで駆け寄って来る。

 オレの体は相当飛ばされた様で下がっていたみんなの所まで来ていた。

 体が痛い。

 魔力切れにも似た倦怠感がある。


『大丈夫だよ……シエル』


 心配に倒れているオレを覗き込み目に涙を貯めたシエルを安心させる為にもオレは優しくシエルの頭を撫でた。


「どうだ、小僧?」


 今度は親方。


「なんと言うか……物凄いです」


 オレは倒れたまま答える。


「魔力を流し込んだ瞬間、一気に持っていかれました……」


 そう、風魔法を発動させる為に流し込んだ魔力。

 それに引かれる様に持っていた魔力が一気に持っていかれたのだ。


「そいつは聖剣であると同時に魔剣でもあるし、呪剣でもある。持ち主を助け、持ち主を使い、持ち主を壊し、持ち主を呪い、持ち主を狂わせる」


 そんな剣だ、と親方は言った。

 その表情は髭に隠れて分かりにくい物の、その目は……とても悲しそうに見えた。




 ハイトさんの手を借りて立ち上がったオレは息を飲んだ。


「なんなんですか……あれは……?」


 そう、目の前の光景が理解できなかったのだ。

 地面には深々としたクレーター。

 そして、岩でできている筈の観客席の一部が食い千切られたように消失しているのだ。

 その爆心地とも言える破壊の発信源の中心には……


 ───一本の剣


 その綺麗とも冷徹とも言える銀に輝く神剣(しんけん)が、自分の存在を主張するかの様に……風を纏いながら浮かんでいた。

 まるで持ち主(オレ)に持たれるのを待つかの様に風の(やいば)を纏いながらいつまでも浮かんでいた。






「分かったか小僧。あの剣は不用意に使うな。使うとしてもジェイドに鍛えて貰ってからにしろ。今のお前じゃ使いこなせず、力に埋れて死ぬのが関の山だ」


「それにさっき死んでたかもしれないんすよ」


 ゾッとするような事をいうハイトさん。

 まあ、冗談だろうけど……


「──冗談ですよね?」


「いや、冗談じゃないぞ。あの範囲と威力、剣がお前の事を気に入ってなかったら間違いなく死んどった。……あの剣の先代の持ち主は一人で一国を落とした後に死んだんじゃからな」


 親方は少し懐かしそうに語る。

 だが死んでたかもしれないだなんて正直シャレになんねえぞ……。

 それに何だよ。一人で一国を落とした?

 怖すぎだろ……


 ん?

 そうしたら父さんは……


「ああ、ジョル坊は先代の持ち主とは別人だぞ。あいつは管理しとっただけだからな。あいつの血筋な──」


「──親方……それ以上は、まだ……」


「……そうだな。ワシの言う事でもなさそうだわい……」


 そんな風に親方の声を遮るケイトさん。

 そして親方はオレの方を不思議そうに見て、


「……じゃあ、小僧は己の存在とあの事たち(・・)を知らんの──」


「──親方!! ……それ以上はまだ早いっすよ……、それにジェイドさんが話すはずっすから……」


 ハイトさんには珍しく怒気のこもった低い声。


 ギュッ


 そんな大人たちのやり取りの内容が分からないからか……

 はたまた怒気のこもった声に怯えたからか。

 ベッドに座るオレの手を握るシエルの力が、少し強くなる。


 オレも大丈夫との意味も込めて彼女の手を握り返した。

 だがまだ上手く力が入らない……

 サフィールに魔力の供給はしてもらったのだが、どこか万全じゃないのだ。


 オレはベッドの横に立て掛けられている剣を見つめた。


 あの大きな力。

 オレの魔力を一気に吸い取り力へと変えた、あの一瞬……


 ────ゾクッッ


 瞬間、オレの体を這うような寒気が襲った。

 足先から背中を通り首筋へと抜ける様な、不快な寒気……


『どうしたの……?』


 心配そうなシエル。


『なんでも──』


 ウウッ、ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウーーーンッッ


 なんでもないと答えようとしたオレの声を掻き消す様に鳴り響く、サイレン音。

 その音は高く、少し嫌な感じがする。

 鳴り止む事なく響くサイレン音。

 だが、


 グギャアァァアアアアアーーーーーーー


 それを掻き消す程の絶叫が鳴り響いた。




 ────さあ、始めよう



 

 どこからかそんな声が……


 聞こえた気がした。





次回はケイト、ハイトのターン…………のはず。

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