第二十話【初めての】
山 山! 山!! 山!!!
山脈 山脈! 山脈!! 山脈!!!
それがコナータに入った時に感じた印象だった。
カルデラ地形と言うのだろうか……
いや、あれは火山からできるんだったか?
とにかく山、山脈に囲まれた場所に都市が形成されているのだ。
ガヤガヤという感じの喧騒。
馬車が通る事を想定されているのか広めの道をオレたちの馬車が走る。
その横を鎧を着た屈強な男や手や顔にススなんかを付けた、いかにも職人って感じの人たちが歩いている。
なんか僕、ワクワクしてきたよー
「賑やかだろ?」
「はい! 僕は好きですよ、僕は」
「ああ、そうだな……」
そんなオレの言葉に苦笑いしながらオレの背後を覗き込むケイトさん。
当然そこには、
「た、すけて……ユリ、ウス……」
クロッキー状態のシエルさんが、
最初なんかは木々が生えてない山々に感動してた様だが人通りが増えるに連れ徐々に元気がなくなって来たのだ。
最後は「お、と、こ……」という言葉を残して倒れてしまった。
なんでも屈強な男達が怖いそうだ。
ケイトさんもハイトさんも細マッチョって感じだしな。
脱いだら凄いんだがな。
水浴びの時なんて、バキッて感じの体をオレに見せつけながら……
くそっ、この体、筋肉がつきにくいんだよ!!
「いやー、それにしても相変わらず賑やかっすねー」
御者台にいるハイトさんが楽しそうに声を上げる。
「それに馬車が通りやすいっすから楽っすよ」
やっぱり馬車が通りやすい様になってんのか。
チラッ、
「ああ、ここは掘り出した鉱物の運搬なんかもするからな。それくらいの道幅が必要なんだよ」
おお、流石はケイトさん。
もう、目線だけで説明プリーズを理解してくれている。
だいぶ馴染んで来たからな。
「そろそろ着くっすよー」
御者台の方からハイトさんの声がする。
前に行って見たいが恐らくオレが離れるとシエルが死んでしまう……
「ユ、リ、ウス……」
今もオレの袖をギュッと握っている。
流石にこの子を置いては行けないよな……
おっと、
馬車がギシリと音を立てて止まった。
前からハイトさんと誰かの話し声。
内容から察するに門番みたいな人かな?
なんか「手形をお見せください」、「おおっ、ジェイド様の……」ってな感じの会話をしていた。
再び馬車がギシリと音を立て、ゆっくりと走り出した。
なんちゅう佇まいや!!
そんな事を叫びそうになり、慌てて抑える。
とにかくオレは目の前の建物に驚いていた。
三階建ての木製の建物。
旅客と言っていたが、なんと言うか……
「おいユリウス、何やってんだ。入るぞ」
「そうっすよー、シエルも早く休ませてあげた方がいいっすし」
確かにシエルは……
『ユリウス……?』
『ごめんねシエル。もう少しだから』
オレの耳元で苦しそうな声。
まあ、少しは元気になったようだが。まだ、一人じゃ歩けないくらいに弱ってるからな
『もう、少し?』
『そう、もう少しで休めるからね』
オレがそう答えるとシエルは薄く笑った。
和服美人
と、言う言葉を聞いて始めに何を思い浮かべるだろうか?
オレ?
オレなら今、目の前にいる人の事を思い浮かべるだろう。
「お久しぶりです」
「久しぶりっす」
「ふふ、久しぶりね。ケイト、ハイト」
和服美人さんが二人の言葉に対し言葉を返す。
とても親しげな感じだ。
「そちらは?」
と、美人さんがオレとシエルの方へ視線を向ける。
スッと背筋を伸ばして一息に、
「初めまして、僕の名前はユリウス・グラッドレイです。そしてこの子はシエル。共通語が話せないので挨拶は勘弁してあげて下さい」
そう言って頭を下げる。
うん、美人の前ではキチンとしたくなる物だよね。
「グラッドレイ…………。ああ、あなたがジェイドの言ってた、ユニアスとジョルジュの息子さんね」
「はい」
すると美人さんはオレの体を下から上へ、そして上から下へ、最後にオレの顔を見てきた。
美人に見つめられると照れますな……
「へぇー、ジョルジュの昔にそっくりね」
どこか懐かしむ様な顔をしながら言う美人さん。
「ですよね。ユリウスって、本当にジョルジュにそっくりなんですよ」
それに対しケイトさんが答える。
母さんも「ユリウスを見てると昔のジョルジュを思い出すわ」と言っていたしな……やっぱり似てるのか?
「懐かしいわね……。ジェイドが初めて二人の事を連れて来た時の事を思い出すわ……」
そう言って美人さんは顎に手を当て何かを思い出すかの様に首を傾け……
──ヒョコッ
ん!?
何か今、頭の上にあった様な……
「ん? どうしたの」
オレがジーっと見つめていると美人さんは不思議に思ったのか聞いて来た。
だが、これは言って良い物なのか……
しかしあのヒョコッと動いた物の正体を知りたい。
そんな気持ちがオレの中でせめぎ合う。
──ヒョコッ
「────っな……」
声が漏れてしまった。
今度は美人さんの後ろ、腰の辺りから……
──ヒョコッ
「────ッッ!!」
オレは思わず息を飲んだ。
そんなオレの様子を周りは不思議そうに見ているがそんなのは関係ない……
オレは今、美人さんの頭部と腰の辺りにあった物の正体を知りたいのだ……
「どうしたユリウス?」
固まって動けないオレ。
「どうしたんすか?」
目が釘付けで動けないオレ。
「もしかして……」
するとそんなオレの様子を見た美人さんが少し悲しそうな顔をした……
キュンとしたのは内緒だ。
「もしかしてユリウス君は……獣人が嫌いなの?」
「────ッッ!?」
そしてそんな事を言ったのだ。
オレが獣人を嫌い?
そんな訳があるか!!
オレは自称神様にも言ったんだ。
オレはモフりたい、獣人が好きだと!!
「そ、その……な、何の獣人なんです、か……?」
オレは震える声で恐る恐る質問をする。
「狐、たけど……」
「──キターーーーーーーーー!!!!」
美人さんが答えた瞬間、オレの絶叫が響き渡った。
それに唖然とする周り。
だが静かになる周りに対してオレの心は高ぶっていた。
オレの好きな獣人ランキング断トツの1位、狐の獣人。
そんな人に、こんな所で会えるだなんて……
フルフルと震えるオレの体。
「ユ、リウス……?」
恐る恐るといった感じでケイトさんが声をかけてくるがオレには関係ない。
オレには言うべき台詞があるのだ。
そう、
「すいません、僕とお付き合いして下さい」
と。
──カポーン……
一人だけの貸切温泉にそんな音が響く。
ししおどしってやつだ。
だかそんな和む筈の音は今のこのオレの空虚な胸には、とても虚しく聞こえた……。
結論から言わせてもらうとオレは振られた。
狐の獣人はとても希少だと本で読んだ事があった。
それにあんな美人となるとさらに数が減る事だろう。
毛先が繊細で細かな動きをする耳。
フワフワと左右にゆっくりと揺れるモッフモッフの尻尾。
切れ長ながらも目尻が柔らかく暖かい印象を与えてくれる目。
スッと通った鼻。
繊細な作りの薄い唇。
漆黒の艶やかな黒髪。
和服の上からでも分かるメリハリボディー。
そして柔らかそうなあの喋り方。
どれもがドストレートだった。
そしてオレは彼女に恋をした。
そして告白した。
別に成功するとは思ってない。
だけど、だけど……
「私には夫がいるので……」
返って来たのはこの一言。
オレの心を打ち砕くには十分だったと言えよう……。
と、同時に殺意を覚えた。
旦那さんに、
既に他界しているという旦那さんに……
オレは旦那さんと喧嘩をしたかった。
美人さんをかけた喧嘩を。
別に結果なんてどうでも良いのだ。
ただ、ただ、喧嘩をして。仲良くなって。狐耳と狐尻尾の素晴らしさと和服の調和について語り明かしたかっただけなんだ……
そう、オレは死してなお美人さんに愛されるその男に会いたかった。
どんな良い男なのかを知りたかった。
「──はぁ……」
魔泉の効果により体の疲れが取れていくのを感じながら。
オレは口からゆっくりと息を吐いた。
それが少し冷えた夜の空気の中、白くなり湯気の中へと消えていく。
「──まるでオレの恋心の様に……」
なんて上手くもなんとも無い事を呟いた。
「ユリウス、温泉は気持ち良かっただろ?」
オレがとぼとぼとした足取りで部屋へと戻るとケイトさんが声をかけてきた。
「はい、とても気持ちよかったです……」
「そ、そうか……」
オレの未だ沈んでるテンションを見てケイトさんは苦笑いを浮かべる。
「あっしらも入って来るっすからユリウスはゆっくりしてるといいっすよ」
「ああ、その後料理を食えば元気になるさ」
──パタン
そんな簡素な音を出し閉まるドア。
オレはそれを確認するとバタンと倒れこんだ。
懐かしい畳へと……
「──ウス、ユリウス、ユリウス」
誰かが呼ぶ声がしてゆっくりと目を開けると目の前にはハイトさんの顔があった。
「料理ができたそうっすよ。楽しみにしてたっすよね?」
料理。
ん、確かに良い匂いがする。
食欲をそそる、醤油が焦げた様な懐かしい匂いだ。
「……はようございます」
「おう、おはよう。早く席に付けもうすぐ運ばれて来るぞ。それにお前が座らんとシエルが座らないしな……」
そう言ってオレの背後を見るケイトさん。
そこにはチョコンと座ったシエルがいた。
ハイトさんたちに対してオレを挟む形で座っている。
『おはよう、シエル』
『うん、おはよう……』
『ご飯、食べよっか』
『うん……』
そう言ってようやく全員が揃う。
座っているのは掘りごたつのようになっている机。
そこにどんどん料理と食材が運ばれて来ていた。
机上にはグツグツと煮える鍋。
そこにはキツネ色のスープが……ってしゃぶしゃぶ?
うん、そうとしか思えない。
「あ、女将さん」
ケイトさんが声を上げる。
と、同時にニヤッとしながらこちらを見た。
くそっ、何なんだよこの人……
オレは別に振られた事なんて気にしてないんだからねっ!!
「ケイト、ユリウス君をからかわないの……」
「あー、へいへい」
適当な返事のケイトさん。
これで良いのだろうか?
美人さん、もとい女将さんの年齢は分からないが……
「女将さん、もしかしてそれって……?」
ハイトさんが声を出した。
それにつられて視線を女将さんへも向ける。
おひつ……
うん、恐らくそうだろう。
女将さんは小脇に抱える様におひつを持っていた。
「ふふ、察しがいいわね。ハイトの好きな米よ」
ガタッ
「ん、どうしたユリウス?」
おっと、驚いたあまり立ち上がろうとしてしまい机にぶつけてしまったみたいだ。
だってこの世界に転生して以来、初めて人の口から聞いたのだ……
米という単語を、
「あー、確かユニアスがユリウスが米を食べたいかも知れないって言ってたな……」
え?
オレは母さんに話した事ないぞ……
「何でもユリウスが読んでいた本に米の事が書いてあったとか……」
ああ、そういう事か。
確か少し日本が恋しくなった時期があったな……
その時に米のことについて調べてた事を思い出す。
母さん……結構見てたんだな。
なんて考えて少し嬉しくなる自分がいた。
「そうなんすかユリウス? 米はいいっすよー。あっしの大好物なんすよ」
甘くてフワッとしていて……とニコニコしながら語るハイトさん。
「そうなの? それは良かった」
そう言って女将さんが笑美しい。
そのまま机のそばに座りゆっくりとおひつを開く。ちなみに正座だ。
ホワァって音がしそうな程に蓋の下から湯気が噴き出す。
と、同時に炊きたてのご飯独特の良い匂いが溢れ出した。
キュルルルルルルー
誰ともなくお腹がなる音。
「………………」
いや、訂正。
どうやらオレのお腹の様だ。
みんなの温かい目線が痛い。
「さ、さあ食べましょう。せっかくのご馳走なので温かいうちに!!」
オレは場の空気を元に戻すために声を出す。
うん、まさに大人の対応だ。
オレ大人。
「そうっすねー。米は温かくてホカホカの時の方が美味いっすから」
「ああ、そうだな」
「ふふ、そうね」
くそ、何だよみんなのその目。
可愛い子供を見る様なその目は。
『ユリウス……?』
おっと、オレが沈んでるのに気づいたのかシエルさんが声をかけてくる。
もう、オレの味方は貴女だけだよ……
『……………………(サッ)』
無言で見つめ合っているとシエルが顔をそらした。
その頬はほんのりと赤くなり……キャワワッ
「──早く食べたいっすよー」
ハイトさんがそう言うまでオレのおふざけタイムは続いていた。
頬をリスの様にしながら頬張る、なんて言葉があるけどフィクションの世界の話だと思っていた時期が僕にもありました。
美の象徴とも言える程の美しい容姿を持ったエルフ。
オレの隣でそんなエルフの少女が頬を一杯に膨らませて咀嚼していた。
突つきたいという衝動に駆られるがジッと自重。その横顔を楽しむ事に目標をシフト。
オレの視線に気付かずに黙々と無言で食べ続けるシエルの横顔を肴に温泉卵を食べる。
これはこの旅館の名物らしい。
魔泉で作る事により疲労回復の効果を持つとか持たないとか……
まあ、オレは美味しいから良いんだが。
特にこの黄身がたまらん……
「ユリウス……」
オレが温泉卵を目を閉じながら味わっているとシエルが声をかけてきた。
その間も手と口が動いているから驚きである。
「どうしたの?」
「それ……」
目線だけでオレに訴えかけてくるシエル。
その目は「それって何? 美味しいの?」と語っていた。
だからオレは彼女の望む答えを教えてあげる。
「これは温泉卵って言うんだ。僕は美味しいと思うよ。食べてみる……?」
最後の台詞にはまだ入るのか?という意味も込められていたのだが……力強く頷くシエル。
早速食欲の権化と化しているシエルにはいらぬ心配だったようだ。
オレより大きいとは言え、その小さな体にどうやって入っているのか聞きたい物だ。
「…………?」
おっと、どうやらシエルは温泉卵の食べ方が分からない様だ。
オレが手を出すと少し悩んだ後に渡してくれる。
別に取ったりしないっての……
「……はい」
「ありがとう……」
そう言って受け取った途端、かぶりつくとはならない。
その小さな口でゆっくりと食べていくわけだ。
まるでハムスターの様に、
「美味しい……」
目を見開きトロッとした黄金色の黄身が零れ出る温泉卵を見つめながらそう呟くシエル。
だが次の瞬間には手の中にあった筈の卵はなくなっていた。
もう既に彼女の中では美味しかったに変わってしまった様だ。
よく食べてよく眠る。
シエルの将来が楽しみだ……(ゲス顏)
おっと、間違えた。
失敗失敗。
シエルの将来が楽しみだ……(慈愛の表情)
よし、完璧。
これで爽やか系知的少年。
ユリウス・グラッドレイの対面は守られた。
「美味しかった……」
と、呟くシエル。
今、この部屋には三人しかいない。
オレとシエルとサフィールだ。
サフィールは今日、一日中シエルと共にいた。
その理由はシエルの疲労と一人になるのが嫌と言っていたからである。
オレは風呂に入る時は一人だ。
当然そこにシエルはいない。
だけどシエルは着いて来たがる。
ここで登場サフィールさん。
まあ、サフィールは水があまり好きじゃないって理由もあるんだが……
とりあえず今日は一日中シエルと共にいた。
そんなサフィールはオレと一緒にいれなかったせいか、今はベッタリとくっついて離れない。
文字通りベッタリだ。スライムだしね……
と、なぜ部屋にはオレたち三人だけかと言うと女将さんが気を利かせてシエル用に部屋を用意してくれた訳である。
一人で寝るのが怖いんだとさ……
暗い中一人だと牢の中を思い出すらしい。
「寝よう、ユリウス」
と、シエルが誘ってくる。
イヤン、大胆……
なんて冗談で言ってみたいものである。
言ったってシエルは疑問符を頭に浮かべながらこちらを向くだけ。
こっちが困るわ……
「そうだね」
そう答えた後、
宙に浮かべていた光球を消していく。
そして最後に残るのは淡く優しい光を放つ一つだけ。
朝まで持つ様に魔力を流し込んである。
「これでいい?」
「うん、ありがとう……」
まあいつものやり取りだ。
「お休み……」
畳の上に敷かれた布団に入りどちらともなく呟く。
ちなみに一つの布団だ。
女将さんが変な気を利かせてくれたみたいである……
サフィールはオレの胸辺りに鎮座し、一晩中オレを巻き込んだ魔力操作を行う。
彼女は睡眠を取る事はできるのだが特に必要としないらしい。
シエルはオレの左手をギュッと握っている……
一つの布団に三人で寝る。
一人はオレの胸の上。
もう一人はオレの左手を握り……
うん、字だけで見るとハーレムっぽいな。
よし、明日の朝はTKGだ!!
なんて事を考えながらオレは眠りに就いた。
そしてグッスリと眠ったオレは、
ゆっくりと部屋に侵入し迫る黒い影に…………気づく事はできなかった。




