第十九話【思い】
鉱山都市コナータ。
ツェルグブルグから王都へ向う道中にある都市の一つだ。
コナータは山に囲まれた窪地に存在し、周りには沢山の鉱山があり沢山の鉱物が採掘されている。
当然そこには自然と腕の良い職人が集まり、鍛治の町としても栄えている。
さらにはコナータの周りには大小様々な魔物の縄張りや天然のダンジョンなどがあり冒険者なども多く滞在している。
コナータから少し進んだところにある赤竜山は多くのサラマンダーなど炎系統のドラゴンが多く生息している事で有名であり、飛竜の巣がある事でも有名である。
「ケイトさーん」
「あー、どうした?」
少し見下した雰囲気を含んだ声と視線をオレへと向ける。
だが、もう流石に悪意が一切無い……ことも無い事をオレはこの数週間で学んだ。
ケイトさんはオレをからかう事を楽しんだりするのだ。
「キツイので、馬車に乗ってもいいですか?」
「はぁ、ダメに決まってるだろユリウス」
呆れた様にケイトさんが言う。
オレは今、コナータへ向う途中にある長い長い、8キロにも及ぶ坂を歩いて登っていた。
オレをリードする様に前を歩くケイトさん。
オレの横を並走する馬車。そこからは心配そうにシエルがこちらをヒョコッて感じで覗いている。
ハイトさん?
なんか鼻歌を歌いながらゆらゆらしてる。
「だいたいなー、登るってのはお前が言い出した事なんだぞ」
「そりゃそうですけど……」
確かにここを登るって言ったのはオレだ。
だけど、だけど、
「ここまでキツイとは……」
「はっはっ、だから言ったじゃないっすか。キツイって」
オレの呟く様な声を聞きつけたケイトさんが応える。
確かにキツイとは言われた。
たが、緩やかな坂が続いている様に見えて実は傾斜は緩やかな物から急な物までを交互に繰り返し、さらには足場は悪くゴツゴツした岩や細々としたジャリが広がっているとは聞いてない……
そう、断じて聞いてない。
「何であんな事言ったかな…………」
オレは昨晩の事を思い出しながら、自身の考えの短絡さを恨んだ。
〜 〜 〜 〜 〜 〜
──昨晩の野営の時、
「シエルは寝たのか?」
「はい、どうやら魔法を使おうと四苦八苦していたみたいで……」
「そうか……」
オレの隣で規則的な寝息を立てて眠るシエル。
まだ、ケイトさんとハイトさんの事を怖がってはいるが特に問題無く過ごせている。
だが、もし二人が近づこう物なら凄い勢いで逃げるのだ。オレを引っ張って。
その度にグイグイ引っ張られるオレの身にもなって欲しい物だ、まったく……
「そろそろコナータだな……」
「コナータ?」
「ああ、早ければ明日には着くと思うぞ」
「へぇー、どんな所なんですか?」
「まあ、一言で言うと……武器と防具と冒険者の街、かな?」
武器と防具と冒険者……
なんか楽しみだ。
「なんて言ったって鉱山都市っすからね。ケイトさんも楽しみっしょ?」
「おう」
なんか二人、楽しそうだな……
何かあるのか?
と、オレが少し疑問の混ざった目で見ていると、
「少し、知り合いがいるんすよ」
「ああ、多分ユリウスも合う事になるからな」
「どんな人なんですか?」
するとケイトさんとハイトさんは目を見合わせる。
そして、
「会ってからのお楽しみだ」
と言った。
ずいぶん焦らすじゃないか。
まあ、楽しみが増える分にはどんと来いだ。
「いやー、ユリウスって確か八歳っすよね?」
「はい」
「確かあっしは九歳だったすっね。ハイトさんは……」
「んー……俺も九歳だったかな……。確かジョルジュもだぞ」
「何がですか?」
「ああ、これから俺たちが登る坂の話だよ」
「ここからコナータへ行く途中に凄く長い坂があるんすよ」
「そこを俺らが初めて自力で登った年齢だよ。ユリウスより一つ上の時だな……」
と、ニヤニヤしながら言うケイトさん。
別に頬は緩んだりしてないのだが、目元が……
絶対隠す気無いな、この人
「そ、そんなに凄いんですか?」
「ああ、とにかく長くてだな」
「とにかくキツイんすよ」
「へぇー、そんなになんですか?」
少し興味があるな……
「まあ、八歳のユリウスじゃ無理だな」
少し含みのある言い方をするケイトさん。
そして、ニヤニヤしながらこっちを見てくる。
「まあ、ユリウスは八歳だからな……」
「そうっすね、八歳っすもんね」
「いや、あの……」
「はぁ、八歳、か……」
「八歳っすね……」
マジでなんなんだ、オレが八歳だと何がいけないんだよ……
無駄に八歳、八歳と強調して
「八歳のユリウスには無理だよなぁ……」
「あっしら九歳だったっすもんね」
「「はぁ〜」」
そうやって二人揃って息を吐く。
これは煽ってるのか?
もしかしなくても煽ってるのか?
やはりここで空気を読むなら乗った方がいいのか?
「──ジョルジュでさえ九歳だもんなー」
「………………」
「そうっすねー」
「…………りますよ」
「ん……?」
「やってやりますよ!」
オレの当面の目標は父さん、ジョルジュ・グラッドレイだ。
ここで負けてはいられんな。
〜 〜 〜 〜 〜 〜
あんな浅はかな考えで踏破しようと決意した自分を恨みたい。
「どうしたユリウス。もう、ギブアップか……?」
「いいえ、そんな事はないです」
くそ、活性化を使えばこんな所……
だがオレは活性化を使わないと決めてしまってるしな……
オレルールだ。
あれを使うと筋力なんかがつきにくいんだよな……
******
ケイトはユリウスの前を歩きながらしっかりと観察をしていた。
この旅の目的でもあるユリウスの観察。
これはジェイドに頼まれた事でもある。
ユリウスの身体能力、精神力の観察。
ケイトとハイトの視点から見たユリウスを観察し考察し評価する。
ハイトは今の所ユリウスを高く評価している。ケイトも同様の考えをしていた。
野営の時にするハイトとユリウスの手合わせと言う名の様子見。
日を重ねる毎にユリウスは腕を上げているのが分かる。
初めての時は動けてるな、という感想を持った。
ケイトも「よく動けてるっすねー」と言っており、二人の意見は一致していた。
そして数を重ねていくと、
ケイトは「昨日の疲労を感じさせないいい動きだ」と思った。
それに対しハイトは「スポンジっすね」と言った。
ここで二人の意見に食い違いが生じた。
「スポンジ?」
ケイトは直ぐに聞き返した。
それに対し、
「そうっすよ……。あっしの歩法を真似して来るんすよ……」
「ほぉ、お前の歩法を、な……」
ケイトは驚いていた。
ハイトは近接戦闘型でもあるが隠密行動、暗殺などの事も得意としている。
よって自然に歩法は静かに的確な物になっていた。
だが、それだけでは無い。
隠密行動だけならばそれだけでいいだろう。しかし時折ハイトは人の中に溶け込んだりする必要がある。
その中で極端に洗練された歩法は目立たないもののある程度の実力者なら気づく事ができるだろう……。
だがハイトの歩法はそれさえも悟らせない。
一流。
この一言に尽きるだろう。
「あっしは恐ろしいっすよ……」
確かにジョルジュからはできた息子だとは聞いていた。
と、同時に自分を越えるだろうとも……
「でも……その反面、嬉しい所もあるんすよね」
ケイトは黙ってハイトとの話を聞く。
「あっしの技術はあっしだけの物。ユリウスがあっしの技術を盗んでもこれだけは変わらないと思うんすよ」
少し笑いながらも真面目に語るハイト。
「ケイトさんも知ってるっすよね? ユリウスの魔法の才能を……」
肯定も否定もしない……
「あっしはユリウスの未来が楽しみでたまらないっすよ」
「………………」
「あっしの体捌きを吸収し、ジョルジュさんの剣捌きを吸収し、ケイトさんの技術を吸収する。さらにはジェイドさんにハンナさん……、エルフ族の魔法まで……」
夢を見る子供の様に、
「ユリウスは強くなるっすよ。ケイトさん、ユリウスがケイトさんと賊の戦闘を見ていた時の表情を知ってるっすか……?」
懐かしそうに語る、
「キラキラした瞳で見てたんすよ。さらには無意識の内に剣の柄に手を置いてるんすよ……」
あれは本物っすよ。
嬉しそうに言ったハイト。
「ユリウスは全てを吸収し全てを物にする……」
遠い目をしながら、
「もしかしたら、もしかしたらっすけど……あの事も──」
「──ハイト……」
ケイトがハイトの言葉を遮る。
「それ以上は言うな」
少し声を低くしつつ、
「あの結末は、誰も望んでいない……」
そこで話は終わった。
ケイトはユリウスを横目で見る。
「ん、どうしたんですか?」
「いや、キツイか?」
「そりゃそうですよ。この坂……」
ユリウスは終わりが見えない長い坂を目を細めながら見つめる。
「明日は足がどうなってるか……」
ユリウスは自身の太ももを撫でながら呟いた。
「僕、筋肉痛って嫌いなんですよね……」
「好きなやつがいるのか?」
「いますよ……」
ユリウスは何かを懐かしむ様な遠い目をしながら呟く。
ケイトはそんな様子にツェルグブルグの兵か?
なんて考える。
「それにお腹が空きました……」
(そう言えばジョルジュとユニアスがユリウスはグルメだって言ってたな……)
「ユリウス」
「はい?」
少し首を傾けながらケイトの方を向くユリウス。
「今日はお前の希望に応えられそうだぞ」
「どういう意味ですか?」
ケイトはニヤっとしながら、
「俺たちが今日泊まる宿はな…………」
「なんですか?」
ケイトのもったいぶった様な言い方を不思議に思うユリウス。
「一般人じゃ泊まれないような高級旅館なんだ」
「高級……旅館?」
ユリウスは呟く、
「そうだ、そこには魔泉が湧いてるんだ。疲労回復効果のな」
──魔泉
この世界で時折発見される特殊効果を持った温泉の事だ。
「さらにはそこの旅館の料理はな……ゴクリ…………」
遠い目をしつつ生唾を飲み込むケイト。
「りょ、料理は……?」
ケイトの様子を見てゴクリと生唾を飲み込むユリウス。
そんなユリウスの様子を見てニヤッとし、
「──お楽しみだ」
そう満足そうな顔をして言った。
やはりユリウスをからかうのは面白い。
ユリウスの恨めしそうな顔を見ながらニヤニヤするケイトだった。




