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第一話【とあるゲーム廃人の憂鬱】

 

 ──漆黒の地面に漆黒の空。

 その地面には瓦礫が転がり、空には画材を撒き散らしたような血赤色の雲が(うごめ)き時折雷鳴が響く。

 そして漆黒の広場を囲うように何本もの松明が揺らめきながらも強く青い炎をともしている。

 広場の中心では男と怪物が攻防を繰り返していた。


 男の特徴は漆黒の髪に黒を基調とし所々に赤をあしらった服を着ている。

 その手には異様な存在感を放つ二本の剣が握られていた。

 右手には刀身が透き通るような純白の騎士剣。

 左手には鈍く黒光りする片手剣を。

 それぞれ長さも太さも違う剣を(たく)みに使い攻防を繰り返してゆく。


 怪物の特徴は狼の様な顔に捻じ曲がった二本の角、肌の色は青黒くその体躯は三メートルにも及んだ。

 筋肉隆々とした強靭な体。

 両の手は不気味に青白く光を放ちその先には鋭い爪がひときわ目立っていた。

 その身体そのものを武器とし男に襲いかかる。


 ダンッッ


 男は強く地面を蹴り後方へ跳んだ。

 瞬間──男が先程まで居た所を怪物の爪が通過する。


「流石に厳しいな......」


 怪物が手を振った事により起きた風圧で体が押されるのを利用し、男はそのままバックステップで怪物と距離を取りながら呟いた。

 男は慣れた手つきでビンを二本取り出し一気にそれらを呷る。

 すると男の体が一瞬輝き直ぐに収まった。

 ポーションの類を飲んだようだ。


(流石にストックがマズイかな......三本に四本か。これ以上ダメージを受けるのは危険か。だけど──)


「──いいねぇ」


 男は不適に笑いながらそう呟いた。

 その瞳には獰猛な光が浮かび、鋭い視線を怪物へと向ける。


「楽しいね......この命と命の駆け引き。初見だからこそ感じれるこの感じ......。いいぜ、ここからは──」


 そう言って男は深紅の丸薬を二つ取り出した。

 それを指先で弾き──


 ガリッッ


 口へと器用に放り込み噛み砕いた。

 その瞬間、男の体が(あか)く、(あか)く、(あか)く輝き始める。


「──俺も本気だぜ。お前も覚悟しろよ......。気を抜いてると一瞬でゲームオーバーだ!」


『グオォォオーーーーッッ!!』


 男の声に応える様に、遮る様に、喜ぶ様に、怒る様に──叫び声を上げた。


「ふっ、オーケーそうかい。お前も乗り気か? なら一緒に──」


「──踊ろうぜっ!!」

『グオォォオーーーーッッ!!』


 男と怪物の叫ぶ様な声が重なった。

 そして両者は同時に駆け出し──


 ドンッッ


 ──ぶつかり合った。






 ******






「勝った!!」


 俺は漆黒の地面に寝転がり剣を握ったまま右手を空へと突き上げ叫んだ。

 直ぐそばで光の粒子となり消滅していく青黒い肌の怪物。

 本当にギリギリの戦闘だった。

 エクストラアイテムまで使用して倒したラスボス。

 嬉しい、嬉しい筈なのに......俺の頬を冷たい涙が流れた。



 ポーーン


 そんな気の抜ける様な電子音が漆黒の空間に鳴り響く。

 もう怪物は完全に消滅してしまいこの空間には俺しかいない。

 そして俺の目の前には先程の電子音と共に表れたウインドウが機械的で無機質な光を放っている。


【全ステージをクリアーしました。これよりエンディングが始まります。エンディングをご覧になりますか? YES / NO】


 別にエンディングには興味ないしNOを押す。

 そのままウインドウを操作してログアウトを行った。








 ガチャッ


 とある一室にそんな機械音が響いた。

 これはVRゲームを行う際に使うヘットギアのロックが解除される音だ。

 そうして俺はゆっくりと頭に被った初代バーチャルドリーム──初代VDを頭から外し、この部屋には不釣合いな高級ジェルベッドから体を起こした。

 この部屋には必要最低限の物しか置いていない。

 最高スペックの改造PCに立体音響スピーカー、エアコン二台と加湿器、キングサイズの天蓋付きベッド、そして今俺が乗っている高級ジェルベッドだ。

 どれも俺の余りある金を使って買った物だ。

 俺はジェルベッドから降りるとPCの前のソファーに座り脳波識別操作機を付けた。

 脳波識別操作機とは自分の思考を脳波パターンで読み取らせ登録してある機械などを動かす事ができるとても便利な一品である。

「起動」と念じるとPCが直ぐに起き上がる。


「メールが.........はぁ」


 俺は届いていたメールの数を見て億劫な気持ちになる。

 その数は千を佑に超えていた。

 俺はその中から報酬と名付けられたフォルダを開き中を確認する。

 そこには新規のメールが六件届いていた。

 そのどれも送り主はとあるゲーム企業である。


【ご指定の口座に報酬金とボーナスの合わせて一千万円を振り込んでおきましたのでご確認ください。なお何かしら不都合などがありました場合は────────】


 俺はそのメールを最後まで流し読み他の五件も確認する。

 そうして合計約一千五百万円の入金を確認した。

 始めの内は戸惑っていたこの莫大なお金にも最近は一喜一憂すら億劫になってきた。

 今度はパスワードを入力して銀行口座の預金額を確認する。

 銀行などの公共のサイトなどはパスワードの入力を指で直接しなくてはいけないので面倒だ。


「預金額が......十億か。あれから六年か? よく貯めたもんだな......六年、か」





 俺の生まれた家はそこそこ裕福な方だったと思う。

 医者の父と専業主婦の母、三つ上の兄と一つ下の妹の計五人家族だった。

 父は家庭的で小さな頃からよく遊んでくれたし、元々子供が好きな人だったのだろう。

 母は料理がとても上手く多趣味でとても明るく面倒見がよかった。

 周りの友人たちからは両親の事をよく羨ましがられたものだ。


 兄と俺と妹の三人は優秀だった。

 兄は努力の人で俺は才能、妹は感覚といった感じだ。

 兄は何にも一生懸命で全てを完璧にこなしていた。

 俺は何をしても要領良くこなした。

 妹はなんとなくで全てをこなし、運動が得意だった。

 三人とも勉強ができ、特に俺と妹に関しては学校の授業だけで十分で、家で勉強をする事もなく好きな時間を過ごしていた。

 自然と俺は屋内へ、妹は野外へと分かれて過ごしていた。

 別に俺は運動が苦手だった訳ではない。

 むしろ得意な方だ。

 だけど俺はゲームが大好きだった。

 現実ではできない事を可能にするあの感じ、俺はどんどんのめり込んでいった。

 俺はその間も学校の成績を落とす事もなかったし父母共に特に何も言わなかった。



 そして月日は流れ今から八年前の二月の事だ。


『世界初のVRゲームの発売。限定一万本!!』


 当時俺は高校三年生だったが既に推薦でそこそこの大学への進学も決まっておりゲームに一層精を出していた。

 もちろんこのゲームも手に入る手筈が整っていた。

 交友関係の広い母のおかげと言えよう。


 サービス開始の日、俺はベッドの上でワクワクしながら初代VDを被りゲームの世界に飛び込んだ。

 そう、それが


 ──地獄の始まりだった。


 剣と魔法のファンタジー世界、そこが俺たち九千八百五十二人の地獄だった。

 デスゲーム。

 ログアウト不可、ゲーム内での死が現実(リアル)での死に繋がる地獄(ゲーム)


 俺はゲームの中で出会った友と、常に最前線でゲームクリアーを目指した。

 一刻でも早い解放を目指して。

 二年、二年だ。

 俺たちがゲームをクリアーするまでにかかった時間だ。

 その中で多くの友を失いながらもそれを乗り越え......いや、乗り越える事なんてできはしなかった。

「これはリアルだ」自分に言い聞かせ突き進み最終的に元の世界に戻れた人数は六千四百二十一人。

 ゲームの中で死んだ人数は三千四百三十一人。


 ここから新しい生活が始まると思っていた。

 だけど、だが


 ──本当の地獄はそこからだった。


 父、母、兄、妹の死。

 事故死だったそうだ。

 この事実を知った時、俺は自殺を考えた。


(必死こいて生きてきたのは何だったんだよ......)


 そんな俺にも一つの生きる希望があった。

 戦友の存在だ。

 待っていた壮絶なリハビリを乗り越える事ができたのも彼らがいたからと言っても過言ではない。

 特に俺たちみたいなトッププレイヤーはゲーム内で常人にはあり得ない動きが可能だった。

 それ故にリアルとのギャップ酷く自分の体が思う様に動いてくれないのだ。

 だがそれも俺は直ぐに生活に支障が出ないレベルまで持ってくることができた。

 そしてそれからは色んな企業からVR関係の依頼を受けながら暮らしていった。





「お客さん、着きましたよ」


 タクシーの運転手のおじいさんが柔らかな声でそう言った。

 俺はその声で思考を中断し意識を起こす。


「ありがとうございます」


 俺はそう言ってタクシーを降りた。

 そしてオーダーメイドの杖を突きながら歩く。

 別に杖を使わずとも普通に歩く事は出来るのだがこの方が楽なのだ。

 それにこれには絡まれにくいという理由もあったりする。

 俺は昔から何かと変な奴らに絡まれ易かったからな......。

 奴らは相手が体が不自由だとか知ると意外と絡んで来ないのだ。

 それでも絡んでくるような奴には大抵ろくなのがいないからな、俺も加減を考えないで済む。




「──てください!」


「別にいいだろ? ちょっと付き合うくらい」


「そうだ、減るもんじゃねえしよ」


 俺が目的地へと歩みを進めているとそんな声が前方から聞こえて来た。

 どうやら男女が揉めているようだ。

 全く人の気が沈んでる時にやめて欲しい。


「本当にやめてください」


「だからちょっとご飯食べるだけだって、何もしないからさ?」


「そうそう、こいつは何にもしないから」


「お前はするのかよ!」


「「ギャハハハハハハハ」」


 典型的なアホだな。

 絡まれている女、と言うよりも少女と言った方が良さそうな子は既に目に涙を貯め怯えている。

 その子の容姿は──


「おらっ、来いよ」


 バシッッ


 片方の男が少女の腕を掴み強引に引いた途端、少女が男の頰をブった。

 平手打ち、ビンタだ。


(やるねぇ)


 俺は少女の行動に感心した。

 なかなか勇気のある行動だ。

 あんな男達にそんな事をしたらどうなるかなんてバカでも分かる。


「っってめぇ、何しやがんだ!」


 案の定、男はキレた。

 そりゃそうだ、自分より下と思っていた存在に反撃されたんだ、そうして取る行動は野生動物と一緒だ。

 そしてキレた男は拳を振りかぶり──


 ──止めた。

 いや、正確に表現するならば俺が杖を下から上へ振り上げた事により止めさせられたのだ。

 男なら分かるだろう......背後から突然、下から上へ振り上げられる棒。

 急所への一撃必殺だ。


「うっ、うおっ、おっぉ、っおふぅ」


 さっきまで威勢のよかった男は今や見る影も無い。

 変な声を出しながらうずくまった。


「.........ってめぇ、何しやがる!」


 自体を飲み込むまでに少し時間のかかったもう片方の男は当然現れた第三者──俺に向かってそう言った。


「見れば分かるだろ? ただ歩いていて、たまたま杖を振り上げたらその男の股があっただけだ。すまんすまん」


「はぁ? ふざけんなよお前っ。杖を振り上げただけだ? 自分が何したか分かってんのか!!」


「うーん、じゃあこう言ったが良いのか? 障害の排除、ゴミ掃除、ハッキリ言って目障りなんだよ......」


「......っっ。くっそ、ざっけんなよっ!!」


 男は俺のセリフで完全にキレてしまった様で殴りかかって来た。

 俺は迫る拳をしっかりと見据えながら体を少し後ろに逸らし最小限の動きでそれを避ける。

 そのまま、男の袖を掴み引っ張りながら足をかけた。

 自分の拳が躱された事による動揺と勢いも合間って男は見事に転がった。

 やっぱり素人の拳は読み易いな......。


「へっ、く、くっそ、躓いちまったぜ」


 男はそんな強がりを言いながらごまかす様に立ち上がった。

 その顔には現状を理解できない事による動揺と、見事に往来で転んだ事への羞恥がしっかりと張り付いている。


「ふっ」


 俺はあえて馬鹿にした様に鼻で笑い男を煽った。


「おい、お前何笑ってんだよ?」


「逆に聞こうか、何で笑われたと思う?」


 俺はまだまだ男を(あお)る。

 もう少しだ。

 あと一押しでこいつは完全にキレる。


「俺にこけさせられたからか?」


「......そっ、そんな訳ねえだろ」


「じゃあ、勝手に転んだ訳だ? こいつは傑作だな!?」


 俺は周りに聞こえる様にそう言った。

 すると今まで我知らぬ顔をしていた通行人や野次馬の方からクスクスと笑う声が聞こえる。

 男の顔は羞恥と怒りによりどんどん赤くなっていく。

 これでトドメだ。


「プッッ」


 口に手を当ててわざとらしく吹き出した俺に男の怒りが爆発する。

 そのまま、一直線に襲いかかって来た。

 俺は杖の先を男の顔に突き出す。

 人は目の前に突然物が現れたらどうするのか、それも突進中にだ。

 恐らく防ごうとするか避けようとするだろう。

 男の場合は後者だった。

 無理に体を捻り躱そうとする。

 だがそれは予想通りだ。

 無理に体制を変えた事により不安定になった男の腕を掴み一気に担ぎ上げ背中から地面へと叩きつけた。


「ぐはっ」


 男の肺から一気に空気が吐き出させられる。

 手加減して投げたから問題ない筈だ。

 これで終わりかな?


 ガッッ


 男の顔スレスレに杖を大きく突く。


「ヒッ、う、うわぁぁああーー」


 すると急に冷静さを取り戻した男は叫びながら逃げ出した。

 もう片方の男も逃げる仲間を見て慌てて逃げて行く。

 怒らせて怒らせて最後に脅す、とても効果的な方法だ。

 俺は軽く服を整えてから目的地へ向って歩き出した。


「あ、あのっ」


 すると後ろから声が聞こえた。

 どうやら俺を呼び止めている様だ。

 何なんだよめんどくさい。

 ただでさえ男達の所為で無駄な時間を過ごしたってのに。

 億劫になる気持ちを抑えて俺は立ち止まり振り向いた。


「た、助けてくれてありがとうございました」


 そこには男達に絡まれていた少女が頭を下げていた。

 てっきり逃げたと思ったんだけどな。

 実際途中から姿が見えなくなったし。

 まあ、お礼が欲しくてした訳じゃないしな。

 俺は直ぐに正面を向いて歩き出した。

 が、


「あ、あの......」


 少女が追いかけて来て俺の隣りに並び声をかけて来る。


「......ど、どうして助けてくれたんですか?」


 もじもじしながらそんな事を言った。


(め、めんどくせー)


 と、心の中でついつい叫んでしまう。

 声に出さないのがミソな。


「あ、あの......」


 くそっ、何なんだよ。

 無視するのもあれだしな。

 さらには顔をほんのり赤くしてもじもじしながら上目遣いってか?

 お兄さん勘違いしちゃうぞ。

 しかも人がテンション低めの時に何しちゃってくれてんのかなぁ、この子は。


「どうしたの?」


 俺は歩みを止めて自然な笑み──イケメン補正を意識しながら少女に問いかけた。

 ハッキリ言って目立つから何処かへ行って欲しい物である。


「あっ、そ、その......本当にありがとうございます」


 本日二度目のありがとうございます頂きました。

 うん、お礼を言えるのは大切な事だ。

 流石にこの距離で無視出来るほど俺も人間を止めちゃいないからな。


「うん、どういたしまして」


「────っっ」


 本当に何なんだよこの子は。

 顔を赤くして声を詰まらせる、最強コンボだよ。

 画面の中から出て来たんじゃ無いのかを疑うレベルだ。


「そ、その......あの、えっと............ど、どうして助けてくれたんですか?」


 またまた本日二度目頂きました。

 ハッキリ言って理由なんて特に無いんだが──


「強いて言うなら......気まぐれかな」


「き、気まぐれ......ですか?」


「ああ、初めは男達がうざいなぁって思ってたんだけど、流石に女の子に手を上げようとしたからね。それに一対二はどうかと思うし、男なら二対一に挑むくらいの気概が欲しいもんだよ、まったく」


「そ、そうですか」


「うん、それに少しイラついてたし体も動かしたかったからね」


 これは本音だ。

 今から行く場所を考えると憂鬱な気持ちになるのから来るイラつきと余り動かさない体を動かしたかったからだ。


「つ、強いんですね......?」


「強い? 俺がか?」


「は、はい。男を簡単にこけさせたり投げたりしてたじゃないですか。力も強いでしょうし......」


「ははっ、そんな事はないよ。あんなの慣れてしまえば誰でも出来ちゃうからね」


 まあ、その慣れるまでの過程がいるんだがね。

 実際、俺も何百回と対人戦をこなして来たからな。

 ゲームの中での話だけどな。

 その過程で効率よく相手を倒す方法なんてのも自然と体が覚えてくる。

 まあ、あんまりリアルでの体の動きに自信が無いから挑発して怒らせたんだけど。


「で、でも凄いです」


「まあ、伊達にプレイヤースキルを磨いちゃいないからね」


「プレイヤースキル?」


「ああ、気にしなくていいよ、こっちの話」


 いくら普及してるからと言ってみんながみんな知ってる訳じゃ無いからな。

 こういうのは気をつけないと。


「あ、あの......これからお暇ですか? よかったらお茶とか......どうかなぁって......」


「それは魅力的な相談だがあいにくこれから用事があるんでね。それと、素性もよく知らない男を簡単に誘うもんじゃないよ。世の中には危ない奴が沢山いるからね」


「で、でも......貴方は助けてくれましたし......」


「......そんな君に一つ人生の先輩からアドバイスを送ろう。『良い顔をしてる奴ほど気を付けろ』ってね。ちなみにここでの良い顔ってのはイケメンとかそうゆんじゃなくて親切とかって意味だからね。信用しきった所を一突きにされたりしたらたまんないよ」


 俺は右手の人差し指を顔の前で立てながら言った。

 同時に左手にある杖の柄をギリギリと握り締めながら......。


(自己嫌悪するくらいなら言わなければ、思い出さなければ良いのに......)


 俺は一度だけ初めて会った奴を信用した事があった。

 そいつは気が良く弱腰でへこへこしていたが明るく良い奴だった。

 俺の勧めでパーティーに入り迷宮(ダンジョン)の探索中、仲間の一人が殺された。

 急所へのクリティカルダメージ。

 即死には至らなかった物もペナルティで動けず、二撃目をくらって、死んだ。


 俺は何も出来なかった。

 後悔してもしきれない。

 そして奴は直ぐにアイテムを使い逃げて行った。

 それ以来、俺はソロで突き進む様にした。

 仲間はいたし、遊びもしたが迷宮(ダンジョン)に潜る時はいつもソロだった。

 それに俺は──


「──大丈夫ですか?」


「あ、ああ。大丈夫、何でもないよ」


 どうやら思考の中に沈んで行っていた様だ。

 らしくもない。


「......ちょっと調子が悪いみたいだし、俺は行くよ」


「えっ、あ、はい......呼び止めてしまいすいません......。そ、そのっっ──」


(──しまった)


 俺がそう思った時にはもう遅かった。

 俺の右手は自然と少女の頭へと伸びていた。

 みるみる顔を赤くしていく少女。

 俺の悪い癖だ。

 自分や相手の調子が悪かったり落ち込んでたりしているとついつい相手の頭を撫でてしまうのだ。


(まあ、この方が俺らしいかな......)


「あ、あの......」


「ごめんね。癖でね可愛い子とか見るとついね」


「............」


 何可愛い子とか言っちゃってんだ俺。

 完全にチャラ男だろ。

 ほら、向こうも完全に黙っちゃったしさ。

 ......まあ、これで彼女の方から離れてくれるだろう。


「本当にごめんね」


 俺は最後に少女の頭を軽くポンポン、と叩き手を離した。


「......あっ」


 すると少女の口からどこか寂しそうな声がしたのはきっと気のせいだろう。

 俺がそのまま立ち去ろうとすると、


「あ、あのっ、名前。名前を教えてくれませんか?」


「名前?」


「そ、そうです......私の名前はカレン、夏木花憐(なつきかれん)です」


「カレン......いい名前だね」


「そ、そのっ......貴方の名前は?」


「......俺の名前は────



誤字指摘などよければお願いします。

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