表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/33

第十八話【罪悪感と魔法】

「へへへー、ユリウスー」


 ま、眩しい……


「ねぇねぇユリウス?」


 く、くそぉ……


「ユリウス?」


 笑顔が眩しいぜ……


「ユリウスー」


「っと、ああ、ごめんごめん」


 オレの体をゆすり現実へと引き戻してくれたシエル。

 もうすでに彼女とここで暮らし始めて四日が経とうとしていた。

 その中で、完全に心を許してくれたのか。だんだんと笑顔が増えてきている。


 パシャッ


 そんな音を出しながら勢いよく、水面から魚が飛び出す。

 そして見事オレの隣にいるシエルの手へと収まった。


「やったー」


 見事魚を釣り上げた彼女は、にへらっていう音が似合いそうな感じの笑顔をオレへと向ける。

 首を少し傾けながら屈託のない笑みを……


「ねぇねぇ、私凄い?」


「うん、凄いよ」


「へへへー」


 シエルのこの言葉の真意がオレには図りかねる。

 彼女はこの四日間、何度かオレにさっきの様な質問をして来た。

 そしてそれは、オレに色んな邪推をさせる。

 これは…………


「ユリウス?」


 ただ、自慢をしたいのか?

 いや、恐らく違うのだろう。


 ──不安

 この一言から来るものなのだろう、と


 今現在、シエルはオレに頼りっきりだ。

 オレは別に苦とも何とも思わないのだろうが……シエルは違う。


 自分は役に立たずに寄生し続けた人間は何を考えるだろうか?

 楽だと考えるだろうか?

 そう考える人間もいるだろう……

 前世では寄生プレイヤーなんて呼ばれていた人種だ。

 彼らは罪悪感も持たずにズルズルと寄生してくる。


『お前が甘いからいけないんだよ!! 切り捨てるって事を覚えろよ……!! 俺みたいなやつを、さ…………』


 彼は確かオレが助けたプレイヤーの一人だった。

 いつも強気でありながらも心の内に罪悪感を抱え込む。そんな人間。

 オレの仲間には彼を糾弾する者はいない。そんなやつをオレは仲間とは呼ばなかった。

 だが……それが彼を苦しめた。


 自分は役に立たないのにレベルを上げてもらって、強化してもらう。

 それに、オレは気づけなかった。

 こんな言い方は嫌だが、オレは弱者の気持ちというものを理解できなかった。いや、理解しなかったのだ…………


 シエルは恐らく、オレに自分の存在意義を示したいんだ。

 自分はいらない人間じゃない、と。


「ねぇねぇ、ユリ──」


「──シエル……」


 シエルの声を遮る形で声を出す。


「シエル……」


 オレが真面目な顔をしたからか……

 シエルの瞳は不安に揺れていた。

 くっ…………


「──えっ……?」


 シエルの口から漏れる疑問の声。


「気にしなくていいんだよ……」


 オレはそう言って顔の横にあるシエルの頭を撫でる。


「ユ、リウス……?」


 別に気にしなくていいんだ。

 自分が役に立たない?

 そんなのは関係ない。


「──シエルはまだ、子供なんだ」


 迷惑をかけても、誰も文句を言わない。

 子供とは大人に迷惑をかける物だ、だから……


「だから迷惑だなんて、自分は役に立たないなんて考える必要は無いんだよ……」


「…………」


「不安になる必要はない……」


「……でも…………」


「……心配しなくていいんだ」


「で、でも……何にも……」


「いいんだ……」


「でも、ユリウスは……迷惑──」


「──なんかじゃない、迷惑なんかじゃないよ」


 シエルの声に被せる様に声を出す。


「でも、私は役に立たない」


「………………」


「だって、私は、私は……」


「──いいんだ」


 別にオレは迷惑だなんて思わない……


「でも、でも……」


 シエルの嗚咽が耳元から聞こえる。


「でもでもでもっ!!……わ、私は……」


 オレは何も言えない。

 オレは言える立場じゃない。


「──私は役に立たない…………」


 吐き出す様に、絞り出す様に言ったシエルの言葉が、オレに突き刺さる。

 だが、


「──私は、私は……」


 これは言いたくなかった。

 人としてどうかと思うからだ。

 だけど、だけど……

 シエルのためとは言えど……


 だがオレにはここで彼女を放り出す様な勇気も無ければ、冷たさもない。

 別に知らない人間が死んでも構わない。

 が、知ってる人間が死ぬのは嫌だ。

 一と百ならオレは一を選べる人間だ。


 そんな風に我儘で傲慢な小さな人間だ……


「──シエル」


 オレはゆっくりとシエルを放した。

 小さな震える肩に手を置きゆっくりと、

 そしてシエルの震える金色の瞳を見つめる。

 不安、恐怖、悲痛、沈痛、苦悩、そして疑問。

 様々な感情が入り混じりぐちゃぐちゃの瞳。


 決して目を逸らす事なく、


「──僕に魔法を教えて下さい」


 そう言ってオレは頭を下げた。










『えーと、こっちがケイトさんでこっちがハイトさん』


 オレの後ろにピッタリとくっ付き離れないシエルに二人の事を紹介する。


「ケイトさん、ハイトさん。この子の名前はシエル。……やっぱりまだ人族の大人が怖いみたい、で……」


「気分を害さないで下さいってか?」


「………………」


 ケイトさんの一言に黙り込んでしまうオレ。


「あっしらは別に気にしませんよ」


 ハイトさんは軽い感じで言う。


「それで?」


 それで。

 ケイトさんが発したこの一言にはこれからどうするのかって意図が込められているのだろう……

 本当に八歳児に対する会話なのかうかがいたくなるね。


「その……シエルをお爺さん……ジェイドさんの所に一緒に連れて行ってはダメでしょうか……?」


「………………」


 黙り込むケイトさんとハイトさん。

 いまいち何を考えてるのか図りかねる表情だ。


「その、彼女(シエル)は魔法を使えます。それで僕は彼女に魔法を教わりたくて──」


「──っていう建前か?」


 ケイトさんが意地悪な色をした瞳でオレの顔を見る。


「本当はその子がかわいそうだからっていう同情心からじゃないのか?」


 その顔はオレをからかっている様な、そんな感じ。

 だがその瞳にはオレの発言を、意図を探ろうという色が何と無く分かった。

 表情と態度に対してやけに瞳が落ち着いてるのだ。


「別に反対はしないよ。俺は、な」


 その意味深な言い方に少し違和感を覚えつつもオレは言葉を探す。

 どうやったら賛成をもらえるのか、と。


 別にオレは……

 いや、辞めよう。

 正直に言おう。


「ケイトさん、僕は確かに彼女、シエルの境遇に同情した気持ちもあります……。でも、僕は魔法を習いたい、強くなりたい……」


 そして守りたい。

 オレの知っている人たちを……


「ふーん、それな──」


「──ケイトさん。そろそろいんじゃないっすか?」


 ハイトさんがケイトさんの声を遮る様に声を出す。


「ユリウスの後ろ、凄く怯えてるっぽいっすよ」


 確かにさっきから、オレの声が詰まる(たび)にシエルのオレの裾を掴む手に力が入っている。

 その手がふるふると震え、オレに不安を訴えかけてくる。


『ユ、リウス……』


 シエルの呟く声。


『大丈夫だよ。安心してシエル……。前に言った通り、あの二人はいい人だから』


 シエルの震える手にそっと手を添えて声をかける。

 そしてキッと軽くケイトさんを睨む。

 そこには敵意では無く、シエルを怯えさせたな。という意思を込めて。


「──だー、冗談だよ冗談。ハイトも俺を悪者みたいな言い方すんな……」


 手をひらひら振りながら、ぶすーって擬音が似合いそうな感じに顔をしかめるケイトさん。

 そして、


「安心しろユリウス。その子の首輪をとってやる事ができるのも、恐らくジェイドさんのコネぐらいだ」


 これはつまりシエルの同行を許可したという事。

 さらにはオレとシエルの不安の種だった首輪の問題まで……


「だからユリウス。その間はお前が守ってやるんだぞ」


 そんな風に言って笑いながら、ケイトさんはオレの頭を撫でた。








 ゴトゴトと音を立て、一台の馬車が進む。

 他の三台は既に先に行ってしまったらしい。

 俺たちの持ち物を全部サフィールの中に詰めて、空っぽにした馬車に賊たちを乗せて最寄りの街まで連れて行ったらしい。


 ノンストップで往復4日。

 これはオレとシエルが二人で過ごした期間でもある。

 ケイトさん一人で運び、ハイトさんはオレたちに危険が迫らないか隠れて確認していたらしい。


「気持ちいい……」


 天幕の上、そこで風を受けたシエルが呟く。

 空は快晴。真横には遮る物のない草原。サワサワと吹く風。

 何をとっても気持ちいい物だ。


 ブフゥゥルルル


 この馬車を引く二匹の馬。

 いや、魔獣が鳴き声を上げる。

 ライドホース。Dランクの魔物だそうだ。

 馬力が通常の馬の五倍近くあるらしく、さらには4日間ノンストップの走行を可能にするほどのスタミナもあるらしい。


 さらにはある程度の魔獣なんかは襲ってこなくなる威嚇効果付き。

 手なづけるのが少し難しく高価ではあるものの、自分より実力者と見込んだら一気にって感じらしい。


 まあ、あの二人には逆らおうとは思わないだろうな。


「ユリウス、魔法。教えようか?」


「ん、ああ……お願い」


「うん!」


 と、力強く答えるシエル。

 その顔には笑顔が浮かび。とても嬉しそうだ。

 ……少し罪悪感を感じる所もあるが、オレの中では嬉しさの方が勝っている。


 なんて言ったって剣と魔法の世界だからな!!


「先ずは…………何から?」


「…………?」


 どういう事だ?

 何からしたいのかって事か、な。


「じゃあ、風の魔法を……お願いします」


 シエルはそれを聞くと鷹揚に頷く。少し頬が緩んでる所がミソな。


「じゃあ、簡単な風の起こし方から……」


 たどたどしい感じがまた可愛いシエルさん。

 っと、真面目に聞かないとな……


「詠唱を教える……」


 そう言ってスッと一息、


「我、風の精に力を借りし者、我が魔力をかてとし、望む風を起こしたまえ、…………(ウインド)


 と、シエルは一息に唱えた。


「むー……」


 すると少し不機嫌そうな顔、

 そして、


「やっぱり魔法、使えないや……」


 悲しそうに呟いた。

 だが直ぐにこちらを向く。

 目がやって見てと語っているのだ。


「サフィール……」


 先ずは相棒の名前を呼び呼吸を整え、


「我、風の精に力を借りし者、我が魔力をかてとし、望む風を起こしたまえ………………」


 うん、だいたい感覚は掴んだ。

 これなら……


「“いけそう”」


 うん、その通りだ。


「…………?」


 っと、シエルがどうして途中でやめたの?って顔で見てくる。

 もしかしたら驚くかもな……

 いくぞー、


「──(ウインド)


 オレがそう唱えるだけで突き出した手を中心に風が巻き起こる。

 と、言ってもそこまで強くない風。


 そこに魔力を流し込み、完全に支配下に置いていく……

 これは唯一使える光魔法と同じ原理で魔法による現象を自分の体の一部の様に操る行為だ。


「──凄い……」


 シエルの口から漏れる賛辞の声。

 オレだって驚いた。

 まさかここまで自由に操れるとは……


「サフィール……」


 おおっ、流石我が相棒。

 一言だけでオレの意図を汲み取ってくれた様だ。


 目の前にはオレが操る四つの風の球(ウインドボール)

 その隣にサフィールが操る風の渦。

 それを互いに触れ合わせ、増長させていき……


「風の渦巻(ウインド・ヴァーテクス)!!」


 新たな魔法を発動させる。

 それは文字通り風の渦。

 サフィールの作っていた渦の流れにオレの風の球を巻き込みながら広げる事で規模を大きくしたのだ。


 これがオレの強み。

 一度覚えた魔法を応用し別の魔法へ。

 それにより唯一使えた光魔法に関してはなんかもう、やばい事になっている……


「………………」


 シエルは今の現象に言葉を失っている様だ。

 だが、俺自身驚いていた。

 まさかここまでイメージ通りにいくとは……


『魔法とはイメージだ。イメージの強さ、具体性、思いがそのまま魔法に直結している』


 自称神様の言葉が思い出される。

 オレは前世で色んな魔法を使ってたんだ、……ゲームの中でだけど。

 そんなオレの想像力を舐めてもらっちゃ困るってもんよ!!


「シエル、次の魔法を教えて!!」


 オレはテンションが上がりシエルに次の魔法を、と急かす。

 それにシエルは嬉しそうな顔をした。


「──うん!」


 まさにギブアンドテイク。

 なんて、自分の小ささを笑いながら……

 だけど、オレは嬉々としてシエルから魔法を学んだ。


 彼女の嬉しそうな顔を見ながら……




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ