第十四話【旅立ちの少女】
三日ぶりです。
窓から差し込む日差しで目を覚まし、その眩しさに目を細めつつ、うーんと一伸び。
そうしてベッドから飛び降りるのだ。
そのまま洗面台へと行き昨夜の内に汲んでおいた井戸水で顔を洗う。
そして腰にある鞄から櫛を取り出し自慢のエメラルドグリーンの髪を梳かしていく。
これが彼女、シエル・エルブ・ナトゥーアの日課である。
いつもはこの後、朝食を食べるためにお世話になっている家へと向かうのだが今日はちょっと違った。
先ずは起きた時間だ。
いつもは日が出た時間に起きるのだがシエルが目覚めたのは真夜中、まだ里のみんなが寝静まっている時間である。
そんな時間にシエルは行動を開始した。
ベッドから飛び降りて顔を洗い髪を梳かす。ここまではいつもと同じ。
次にする事は持ち物の確認である。
食料や道具なんかを確認しながら魔法の鞄に詰め込んでいく。
この鞄は質量以上の物が入るレアアイテムであると同時にシエルの父の形見でもあった。
シエルは持ち物の確認が終わると直ぐに動き出す。
先ずは置き手紙を用意した。
内容は旅に出るという事。ただそれのみ。
別に薄情なんては思わない。
シエルはこの里で一人きりだったのだ。
会話も必要最低限の物だけ。
そんな中に情なんて物はあまりない。
手紙を書き終えたシエルは直ぐに家を後にした。
コッソリと扉を開け周りの気配を探った後直ぐに森に入る。
そうしてシエルはエルフの里を出て旅に出た。
里を出て数日が経った。
その間、別に困る事など起きなかったしこの数年間生きる術を磨いて来た彼女にとってはなんて事は無い日々だったと言えよう。
初級魔法のファイヤで枯れ木に火をつけたシエルは鞄の中から木の実を取り出し先ほど狩ったばかりの野牛の肉と合わせて簡単な調理を行う。
シエルはエルフの里で生まれ育った訳では無いので別段、肉を食べる事に抵抗は無かった。
旅を始めて二ヶ月が経とうとしていた頃。
シエルはブラッドグリズリーの群れに出会った。
──ブラッドグリズリー。
Cランクに位置づけられる魔獣で気性が荒くスピードはあまり早く無いが力がとても強い事で有名である。
別段シエルの敵では無い。
だがそれは一対一の時の話だ。
ブラッドグリズリーは決して群れない。
群れている時。それはすなわち繁殖期を意味した。
繁殖期のブラッドグリズリーはC+ランクと言われ、さらに群れとなるとB-ランクに近いと言われるほどの危険性をはらんでいた。
だがシエルはそんな事は知らなかった。
なんせ彼女が旅立ちを決めてからして来た事と言えばエルフの里に伝わる魔法の習得。これのみなのだから。
だからこそシエルはブラッドグリズリーを脅威には感じなかった。
里の側で出会った時も一人で簡単に倒す事ができたから簡単だ、と甘く見ていたのだ。
だが、戦闘は避けたい。と思った彼女は少し引き返して回り込んで行こうと考えた。
それが一番確実だと。
だが、時すでに遅し。
シエルは目の前にいた群れを全部だと思っていたのだがそれは一部に過ぎなかった。
シエルが群れに気付いた時には既に彼女は群れの真っ只中にいたのだ。
シエルの放ったウインドランスがブラッドグリズリーの頭部に直撃し血飛沫を上げる。その一撃で頭部を消失させたブラッドグリズリーは絶命した。
続いて背後から近づいて来ていた一体へファイヤボールを放ち、怯んだ隙に頭部への一撃でトドメを指す。
シエルは的確な攻撃で一頭づつ的確に仕留めていった。
蹂躙、とまではいかないがどう見てもシエルの方が優勢であった。
ブラッドグリズリーの群れへとエルフの少女が立ち向かう。
そこにあったのは始めのそんな画ではなく確かに成立した戦闘だった。
だがそれも長くは続かない。
どんどんと数を増やすブラッドグリズリー。
と、同時にシエルもこの二ヶ月の旅で疲労を貯めていた。
気付くとシエルの周りには数十頭の目を怒らせたブラッドグリズリー。
それを見たシエルは冷静に息を整え地面へと両手をついた。
「我、地の精霊に力を望む、我に力を、我が魔力をかてに我が敵を打ち滅ぼす牙と化せ、............土の竹槍林」
シエルの詠唱が終わると同時に地面から次々と土でできた槍が飛び出す。
それはまるで竹林を形成していくかのような勢いで広がっていき、真上にいたブラッドグリズリーたちの命を一瞬で奪っていった。
グォオアォアォアアアアア
仲間の死に怒り狂うブラッドグリズリーたち。
それらは破竹の勢いでシエルへと殺到した。
一瞬の威力と魔力効率に重きを置いた所為で脆い土の竹林を破壊しながら突き進む怒れる群れ。
だがシエルはこの程度は想定済み。いや、むしろ計算通りだった。
先ほどのバンブーランスは魔力で土を生成し攻撃するのでは無く、地面の土をそのまま使う事により魔力消費を抑えていた。
当然、その事により地面は脆く、弱くなっている。
そしてシエルはもう一度地面に手をつくと、
「我、大地の力を借りる者、土の精霊よ、我が魔力をかてとし、我が願いを叶えんとせん............静かなる大地の怒り」
──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ............
静かに、だが確かに大地が鳴動を開始した。
本当に静かな変化。
だが、それは直ぐに大きな変化に変わる。
ゴゴォオゴゴォォオオオゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
瞬間、
膨大な音と共に地面が崩れる。
そして、足場を失ったブラッドグリズリーたちはそこへと吸い込まれていった。
そこに残るのはシエルを囲うようにできた巨大な堀。
中では未だ息のあるブラッドグリズリーが登ろうと壁に手をつくもボロボロと崩れ思うように登れないでいた。
これがエルフ特有の魔法。
自然環境を利用し最も良い戦場を作り上げる。
取り分けシエルはその才能に優れていた。
技から技への連携、そして利用。
幼い頃から父親に教わってきた魔法の腕は伊達では無いし、エルフの里に伝わる全ての魔法を習得した彼女にとってはこんな事はどうって事無かった。
もともと自然との共存が上手いエルフたち。その中でも特にその才能を引いているシエルは強かった。
さらには幼い頃から修行してきたおかげか、はたまた本人の才能なのかは分からないが卓越した魔力保有量。それがシエルの強さに拍車をかける事に繋がっていた。
だがまだ全てでは無い。
堀を挟んだ向こう側へはまだまだブラッドグリズリーがいた。
その数は数十頭。
だが、群れの数はまだまだいる。
恐らくあと百はいるだろうとシエルは予想を立てる。
連戦による疲労。
旅による疲労。
この二つが大きく彼女に襲いかかる。
さらには彼女が葬ったブラッドグリズリーたちの残骸からする悪臭。
魔法により焼かれた肉や薄汚れた毛皮の焼ける匂い。
獣特有の生臭い匂いを発する死骸たち。
それらは確実にシエルの精神面にダメージを与えていた。
だが、シエルはそんな事には気づかない。
そしてシエルは堀の向こう側にいるブラッドグリズリーへと魔法を放つと同時に駆け出し、風魔法を纏う事で堀を飛び越える。
そして着地と同時にまた戦闘が始まった。
シエルは果敢にブラッドグリズリーへと立ち向かう。
己の、疲弊した心身にも気付かずに───
******
小窓から差し込む光。
「......う、うぅ、く............」
少女はドロッとし、疲弊しきった瞳をその光の方へと向けた。
その瞳にはこれと言って意思と言う物が感じられず。ただただ生きているだけ、そんな死んでいるか生きているかも分からないような............なんの希望も見出さないような瞳をしていた。
カチャッ
身動きを取ろうとすると金属が擦れるような音が響く。
少女の手足に付けられた枷が擦れる音だ。
──人攫い。
別段珍しくもなんとも無い賊の行為の事である。
それは珍しい種族や美しい女子供を攫い奴隷商や貴族なんかに高値で売る行為の事を主に指す。
この少女もその被害にあっていた。
捕まって数週間、パンと水しか与えられず。ずっとこのジメッとした薄暗い牢に入れられていた。
心身共に窶れてしまい、あまり生気が感じられない。
数週間前までの元気な姿が嘘のようになってしまっているのだ。
そうして少女───シエルはどうして自分がこんな事になったのかを思い出していた............
堀を飛び越えたシエルはブラッドグリズリーの群れと死闘を繰り広げていた。
前後左右、色んな角度から襲ってくるブラッドグリズリーたちをシエルは葬り去っていく。
行動とは裏腹にその顔は無意識の内か苦痛の色が見え、明らかに疲労を隠しきれないでいた。
一瞬、ほんの一瞬の油断だった。
一頭のブラッドグリズリーの接近を許してしまったのだ。
「──ッ爆風槍!!」
シエルはとっさに自分が使える中で最も早く、強く発動できる魔法を迫り来るブラッドグリズリーへと放った。
これが失敗だった。
一メートル程の距離まで近づいていたブラッドグリズリーへとシエルが放った暴風の槍が飛来する。
直撃した瞬間。
ブラッドグリズリーの肉を食い破り暴風の槍が暴れ狂った。
グシュァアアーーーーー
喉の下辺りをズタズタに裂かれたブラッドグリズリーからそんな盛大な音を出しながら血肉が飛び散った。
それが正面にいたシエルへと降りかかり、視界を奪う。
──まずい
シエルがそう思った時には既に遅く。
死角を縫うようにシエルへと迫る爪。
そしてシエルは死を覚悟した。
目の前に迫る爪を自分には止める事もよける事もできない、と。
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............................................................
....................................................................................
だが、シエルへとその爪が届く事は無かった。
目の前のブラッドグリズリーの眉間から生えた一本の矢。
いや、刺さった一本の矢。
シエルが周りを見るとどんどん倒れていくブラッドグリズリーたち。
シエルが視界を取り戻し見たのは......どんどんブラッドグリズリーを狩っていく人族だった。
十人ほどの人族たちはブラッドグリズリーを狩っていく。
そして数分後、ブラッドグリズリーは一頭も残っていなかった。
救われた
シエルはそう思った。
『(おい、さっきの見てたかよ。あのエルフ)』
『(ああ、あの魔法......)』
『(あれは凄いぞ、しかも魔力切れの様子もない)』
人族が何かを喋っていたが小声、さらには知らない言葉を喋っているからシエルにその内容は分からない。
だが、今まで人の悪意と言う物を知らないシエルにとってはどうでも良かった。
きっと互いに賛辞の言葉をかけあっているのだろうと、的外れの事を思っていた。
そしてシエルが男たちに近づいてお礼の気持ちを伝えようとした時、突然............後頭部を殴られた。
『(へっへっへ......チョロい商売だぜ──
気を失う寸前にシエルが見たのは、下品な笑みを浮かべる男の姿だった。
第二章スタートです!!
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