南国王子の婚活事情
南国王子×貧乏男爵令嬢
「さむい」
男は外の空気に触れた瞬間、大きな体をぶるりと震わせた。
彼の名前はラーナサス・ガレージナ。大国フェドリナ王国の隣に位置する小国、ガレージナの第一王子である。
小国でありながらフェドリナを背にした海岸沿いにあるため、フェリドナの強大な力に守られる形でガレージナは平和な国だった。
その国は燦々と輝く太陽に色とりどりの花々。自然が多く残る景観とその気候から沢山の作物に恵まれ、最後の楽園とも、フェリドナの宝物庫とも呼ばれていた。
その第一王子がフェリドナの王都に現れたのはわけがある。
「……さむい」
もう一度つぶやき、シャツの前を掻き合わせると、ラーナサスは大きな体を丸くした。
吐く息が白い。
(なんだこれは)
自分の口から白いものが出てきてはすぐに消える。何度繰り返しても同じだ。
このようなものは初めて見る。
フェリドナの北側に位置する王都レアンナは、昨晩から冷え込みが厳しくなっていた。ラーナサスは薄いシャツとズボン、腰には艶やかな刺繍の入った大きな布を巻いていた。そして首元と手首を飾る宝石の数々が輝いている。
常夏の南国ラーナサスでは薄手のシャツとズボンという恰好が公式で認められている。そのかわり、家柄に応じた宝石と家紋を刺繍した布を腰に身につけることで自分の立場を表すのだ。
だが、それが異国の王都で通じるかとなれば話は別だ。
すぐに目的は達成できるだろうとふんでいたラーナサスは、自分の考えの甘さを認めざるをえなかった。
むせかえるような香水とアルコールの混ざった香りに、ラーナサスはとうとうバルコニーに逃げ出した。
バルコニーからガラス越しに、楽しそうに談笑する参加者の姿が見えた。
赤や青、淡い紫など色とりどりのドレスに身を包んでいる沢山の令嬢の姿がラーナサスの目に眩しく映る。だが、彼女たちはラーナサスが広間からいなくなったことすら気づいていないようだった。
「……こんなんで妃が見つかるものなんだろうか……」
ラーナサスは大きなため息をついた。一際大きな白い息が吐きだされ、夜の闇に消えた。
ラーナサスはフェリドナにお妃探しに来ていたのだが、王都にやってきて三か月、まったく進展は見られない。焦れた父親から催促する連絡が入るものの、こればかりはどうしようもない。むしろ文句を言いたいのはラーナサスだ。これからは国際社会だと突然言い出し、友好関係にあるフェリドナのつてを頼り、ラーナサスに王都での婚活を命じたのである。相手は大国フェリドナの貴族の令嬢だ。
最初は反抗したものの、元々特に好きな相手がいたわけではない。いずれ父の決めた国内の有力者の娘を娶る運命だと思っていたのだ。そんななかで好きな相手を見つけるのは相手にも悪いし、自分も辛いだけだと割り切っていた。だが、その父が突然フェリドナに探しに行けと言ったのだ。これを断れば、国内での縁談が待っている。ならば、自分で選べる方がいいに決まっている。相手は貴族の令嬢であればいいのだ。大国フェリドナには様々な花がいるだろう。まだ見ぬ花との運命の恋を想像して、ラーナサスは意気揚々と王都にやって来たのだ。
王都には確かに色とりどりの綺麗な花がいた。だが、問題は花たちはラーナサスに見向きもしなかった、ということだ。
王族とはいえ、そのいでたちは洗練された王都ではやぼったく見えたようだ。それは玉の輿を夢見る令嬢たちも王族とはいえマナーを知らぬ田舎のお妃は御免だと言われる始末。ラーナサスの自尊心は深く傷ついた。
父から、期限は二年と言われている。それを鼻で笑い、今シーズン、それも夏が終わるまでには妻を伴い戻ると宣言したラーナサスだったが、その約束は守なかった。
思わず、また大きなため息をついた。
もう一度室内に視線を戻したが、中の熱気によりガラスは曇ってしまってよく見えない。それを見て戻ろうという気も失せてしまった。鼻の奥に残るキツイ香水の香りを思い出し、ラーナサスは思わず鼻に手をあてた。王都の令嬢のなかでは花の香水が流行しているのだそうだ。薔薇や百合など香りの強いものが好まれるようだが、自然の花の香りの方がよっぽどいい。あのふんわりと包み込むように漂う花のよい香りが、いったいどうしてこんな悪臭になるのか……ラーナサスにはさっぱりわからなかった。
「今日は帰るか……」
夜会はこれからだというのに、ラーナサスはそのまま庭園に出て宿泊している宿屋に向かった。
すぐに国に戻るつもりだったラーナサスは、王都でも一流の宿屋に宿泊していた。いくらフェリドナの宝物庫と呼ばれる国の王族でも、高級宿屋に三か月滞在するのは国民に申し訳ない。そろそろ他に移らなければな……そんなことを考えながら歩いていると、とある屋敷の塀に貼られた紙が目に入った。
「なになに……?『部屋、貸します』……一泊30リム。一週間で180リム。――安いな」
今泊まっている宿屋は一泊75リムだ。それは一週間泊まったからといって長期割引があるわけでもない。部屋の広さや食事の面などがわからないため単純に比較することはできないが、確認してみる価値はあった。それに、もしかしたら一カ月滞在でもっと安くなるかもしれない。これも交渉してみよう、ラーナサスは紙をはがすと、もう一度屋敷を確認して宿屋に急いだ。
* * *
「あら? また無くなってるわ。お嬢様! また貸し部屋の紙がはがされています!」
たった一人しかいないメイドのカレンが大きな声をあげると屋敷の扉が乱暴に開けられ、一人の若い女性が飛び出してきた。
動きやすい質素なドレスを着ているが、この屋敷のロザンヌ・パウロー男爵令嬢その人である。
「なんですって!? もう! またウィリアムかしら?」
「そうかもしれません。ウィリアムさんはお嬢様の提案をあまりよく思われておりませんから……」
「むむむむっ……なんてこと! ウィリアム!」
ロザンヌは良家の子女とは思えぬ勢いで図書室にいたウィリアムに突撃した。
ウィリアムは祖父の代から勤めるパウロー家の老執事だ。貸部屋は父の代で領地のトラブルに見舞われ、貧乏になった男爵家を立て直そうとしてのことだったが、ウィリアムは断固として反対していた。
ロザンヌが父に隠れてこっそり繕いものの内職をしていることは渋々ながらも見逃してくれているくせに、なぜ貸部屋はだめなのか。ロザンヌは納得がいかない。
ちなみに、父は領地での問題にかかりきりだ。そのため、今王都の屋敷の主人はロザンヌなのだが、ウィリアムはこの件に関しては聞く耳をもたない。
だが、今回の犯人はウィリアムではなかった。
「わたくしではございません。はがしに行きましたところ、すでにはがされていたのです」
「え? じゃあ、だれ? って、それでもはがすつもりだったんじゃない!」
「勿論でございます。お嬢様はもっと貴族としての誇りを持ってくださいませ。だいたいご友人の茶会に行かれても持って帰ってくるのが繕いものとは――」
「お嬢様……あの、お客様でございます」
カレンのその声に、ロザンヌはこれ幸いとウィリアムの小言から逃げ出した。
カレンに案内されサロンに行ったロザンヌが目にしたのは、異国の男性だった。
褐色の肌に襟足の長い黒髪。切れ長の黒い瞳を持つ背の高い男性だ。間もなく冬になるというのに、その恰好は光沢のある上質のシャツに真っ白なズボン。腰には金の刺繍が見事な朱色の布を巻いている。これは確か、フェリドナの南にあるガレージナの民族衣装だ。
しかも、身に着けている宝石の数と腰布の刺繍の見事さから、ロザンヌの目の前にいるのは相当地位の高い人物だ。
とっさに腰を落として丁寧にお辞儀をすると、サロンの椅子に腰かけていた男も立ち上がった。そして腰につけた剣を鞘ごとつかむと差し出すようにして腰を落とし頭を下げた。これは敵意がないことを表すこの大陸の正式な礼だ。突然の訪問者に驚いたロザンヌがほっとしたのもつかの間、男の持つ剣を見てぎょっと目を見開いた。剣の柄には見事な金の人魚が彫刻されている。慌てて腰布を見るが、そこにも美しい人魚がいた。これはガレージナの王族の証だった。
いったいガレージナの王族がこんな貧乏貴族になんの用があるのか……ロザンヌが恐る恐る問いかけると、男は手にした紙を差し出した。
「ここに書いてある貸部屋について聞きたい。俺に部屋を貸してはもらえぬだろうか」
「え? えええっ!?」
こうして、ラーナサスはパウロー男爵家に住むことになった。
ウィリアムは渋い顔をしていたが、小国とはいえ相手は王族だ。こうなってはもてなさければならない。
はじめは王都の学院や研究所に通う人たちに狙いを定めた貸し部屋だったのだが、ウィリアムが反対できない人物ならそれに越したことはない。ロザンヌは張り切ってゲストルームを掃除した。
ラーナサスは三日と開けずに夜会へと向かう。
ガレージナの民族衣装を着て、宝石をまとって。その姿にロザンヌは見とれた。パウロー家の領地は王都より更に北にあり、冬は雪深く人々もあまり訪れたがらない場所にある。ロザンヌは王都より南へは行ったことがなかった。
ラーナサスの健康的な褐色の肌はとてもエキゾチックで、シャツからのぞく胸は厚く、都会の男のひ弱な印象とはまるで違うものだった。
ロザンヌはラーナサスに異国の話をせがんだ。
ラーナサスのゆったりとした落ち着いた話し声は聞いていてとても落ち着く。だが、物静かなわけではない。楽しいことには豪快に笑い少年のような幼さも見える。都会の男のように手で口を隠すようなこともない。開放的で、それでいて懐の深いラーナサスにロザンヌは惹かれていった。
だが、他愛のない会話でロザンヌはひどく傷つくことになる。家主としては当然の質問だ。「なぜ、王都に長期滞在しているのか」ロザンヌは以前から気になっていたのだが、あまり立ち入ってはいけないと思い黙っていたのだ。だが、ひと月が過ぎ、本格的な冬を迎える季節となると胸に秘めた思いが大きくなりすぎて、ロザンヌはとうとうラーナサスに聞いてしまった。いつか終わってしまうこの関係がいつまでのものなのか、それを考えると夜も眠れなくなってしまったのだ。
「ラーナサス様は、どうしてレアンナに長期滞在することになったのですか?」
「ああ。妃を探しに来ているんだ」
なんでもないことのようにラーナサスが口にしたその言葉に、ロザンヌは激しく動揺した。
「お妃様……ですか?」
「ああ。父の言いつけでな。国内でおとなしく決められた相手と結婚するか、レアンナに出向いてフェリドナの貴族の令嬢を見つけるか……それならば、自分の意見が言える後者を選ぶだろう?」
それであんなに頻繁に夜会に行っていたのか……。自分はそれを知らず、ラーナサスを笑顔で送り出していたのだ。ロザンヌは喉がひりひりと熱くなるのを感じた。声を出そうにも、嗚咽しか出ない気がする。泣くのを我慢し、ロザンヌはじっとテーブルの上のカップを睨みつけた。
ラーナサスはロザンヌのそんな様子に気づかない。
「でも、なかなか難しくてね。王都のお嬢様方の目に俺はとまらないみたいなんだよ。困っているんだ。あぁ、そうだ」
ラーナサスは名案を思いついたとロザンヌにある提案をした。
「ロザンヌ。都会の令嬢がどんな男が好みなのか、俺に教えてくれないか。勿論、お礼はしよう。一日10リムでどうだ?」
「えっ?」
涙も引っ込んだ。
なぜこんな提案をされなければならないのだろうか。こう見えても、自分だってこの国の貴族の令嬢だ。ロザンヌはそう言ってやりたかった。でも、ラーナサスは夜会に出席しているような立場の令嬢を妃に望んでいるのだ。それは、家柄だけが男爵家という貧しいロザンヌでは、ない。そうなるとロザンヌの答えはただひとつだった。
「――わかりました。私でよければ、お手伝いいたします」
「頼んだぞ。ここでは君だけが頼りなんだ」
ラーナサスが眩しい笑顔をロザンヌに向けた。
それからというもの、ロザンヌは内職を止めてラーナサスのレッスンに没頭した。
ラーナサスの良さはおおらかさだが、それはフェリドナの令嬢には少々がさつに映ることがある。そして食事のマナーも徹底させた。
「女性の歩幅に合わせてあげてください」
「むっ? ……わかった」
「エスコートのときも、手はもっと下に……ラーナサス様は背がとてもお高いですから。ご自分の感覚でされては、お相手を驚かせてしまいます!」
差し出したラーナサスの手がロザンヌの顔の前にきて、ロザンヌはとっさにのけ反った。
「俺じゃなくて、ロザンヌが小さすぎるのではないか?」
「そういう問題ではありません! お相手への気遣いです! それに、ご自分のことは“わたくし”と仰ってください」
手を引っ込めて、むぅと難しい顔をしたラーナサスだったが、少し身を屈めるとロザンヌの胸の前に手を差し出した。
「わたくしと踊っていただけますか?」
ドキリ、とロザンヌの胸が高鳴った。
思わず乗せたロザンヌの小さな手を、ラーナサスがきゅっと握り、ステップへと誘う。引き寄せられ、一歩足を踏み出したロザンヌを見てラーナサスが満足げに微笑んだ。
ふたりの影がひとつになり、足は自然と同じステップを踏んだ。
微笑みをたたえて見下ろすラーナサスの黒い瞳に、呆けた表情のロザンヌが映る。
ドクン、ドクン。と心臓が強く打ち、全身がほてったように熱い。
ダンスは苦手だったのに――少し強引で、でもロザンヌの呼吸に合わせて回るラーナサスのリードでロザンヌも軽やかに舞った。
「どうだ? ダンスはなかなかの腕前だろう?」
「え、ええ……すごくお上手で……驚きました」
「だろう? 母上がお上手でな。幼い頃からやっていたのだ。ダンスさえ誘えれば、俺に興味を持ってもらえる自信があるんだが」
その言葉にロザンヌは冷や水を浴びせられたような気がした。
そうだ。思い上がってはいけない。自分はあくまでも代理でしかないのだ。この手をとり、煌びやかな夜会の席でぴったりと身を寄せて舞うのは、美しく着飾った貴婦人。間違っても、貧乏脱出のために屋敷を人に貸すボロボロの自分ではない。
急に胸が苦しくなって胸の前でぎゅっと手を合わせると、手が荒れていることに気づいた。このようなみっともない手を、ラーナサスに預けていたのだと思うと、恥ずかしくて情けなくて、切なかった。
「おい、どうした?」
夢を見るのは、終わりだ。
そう自分に言い聞かせ、ロザンヌは顔を上げた。
「いいえ。なんでもありません。ではラーナサス様。次は夜会服を仕立てなければ」
「なぜだ。この服はガレージナでは公式の服装だ」
「そうかもしれませんが……この国の令嬢は慣れておりません。ガレージナ国王もフェリドナ式の夜会服はお持ちではありませんか?」
「あることはあるが……俺はガレージナの次期お妃を求めているのだ。民族衣装の方が理解が深まるかと……」
「ええ。ですが、民族衣装ではみなさん気おくれしてしまうのではないでしょうか……それに王都ではガレージナの服では寒いのではないですか?」
はじめは渋っていたラーナサスだったが、結局はロザンヌの提案を受け入れた。
採寸のために呼び寄せた仕立て屋は、ラーナサスの背の高さと体格の良さに驚き、褒め称えた。それにラーナサスはすっかり気をよくし、それからというもの、ロザンヌの王都講座を熱心に聞くようになった。
「夜会服ができあがるまでは、夜会への出席はやめようと思う」
「なぜですか?」
「俺にはまだまだ学ばねばならないことがある。それらを身に着けてから出席したらいいだろう。ちょうど、社交シーズンの終わりに宮殿で大きな夜会があるというしな」
「そうですねぇ……それでは、まずは“俺”は止めてくださいませ。せっかく良い仕立て屋に王都用の夜会服を新調させ、ダンスがお上手でもそれではお相手が驚いてしまいます」
「――善処する」
「それに、果物を手ずからいただくことも、です。ここはガレージナではないのですからね」
「――わかった」
顔をしかめ仕方なく頷いたラーナサスに、ロザンヌは思わず笑みがこぼれた。
小言を言っても、内心ロザンヌは嬉しさで飛び上がりそうだった。
仕立て屋は、制作期間をひと月と言っていた。その間はラーナサスと一緒に過ごせるのだ。
その日の夜、ロザンヌは領地の父から届いた手紙を開いた。
それは、社交シーズンが終わったら、雪が降る前に王都を離れて領地に来るよう書かれた手紙だった。
北部にある領地は、昨年の大雪が原因で領地内のあちこちが被害にあい、そして沢山の領民と家畜を失った。そのため両親は今シーズン王都には来ず、領地の立て直しに奔走している。その母の具合が良くないのだと手紙には書いてあった。
娘には苦労はさせたくない、と良い縁を願って社交シーズンになったら王都へと送り出してくれた両親だったが、夜会に参加したところで流行遅れのドレスを馬鹿にされ、壁の花になるのはわかりきっていた。それでもいつか、どこかで運命の人と会えるかもしれないと子供のような夢を持っていた。それがこんな形で叶うとは……。
フェリドナの社交シーズンは間もなく終わる。
それと同時に、この想いも封印しなければ。
ロザンヌはそう心に誓い、ペンを手に返事を書き始めた。
「どうだ。似合うだろう」
夜会服を身にまとったラーナサスは口をぽかんと開けているロザンヌに得意げに言った。
似合うどころの話ではなかった。たくましいラーナサスの体にぴったりと沿うように作られた夜会服はラーナサスの腕の太さや胸板の厚さをまざまざと見せている。それなのに腰は細く、その下からスラリと長い脚が伸びていた。これでは歩幅が合わないはずである。これまでゆったりとしたしろいズボンだったから、ロザンヌもこれほどまでとは思っていなかった。
都会的な男性を演出するはずだったのに、褐色の肌を引き締める黒の夜会服は洗練された雰囲気だけではなく色香までも感じさせ、ロザンヌは息をするのがやっとだった。心臓がうるさくて敵わない。ロザンヌはラーナサスから視線を外すことができなかった。
「……ええ。本当に。とても、とてもお似合いですわ。堂々として、誰よりも目を引くでしょう」
ロザンヌの言葉にラーナサスは満足げに頷いた。
意地をはらずにこうしていれば良かったかもしれない。ガレージナの王族とはいえ、王都の令嬢から見たらまるで田舎者だっただろう。このような格式ばった恰好はあまり好きではないが、時期国王としては慣れておかなければならないだろう。
「念のため、持ってきて良かった」
ラーナサスはそう言うとおもむろに上着を脱ぎ、傍らに置いていた布包の中から大綬と頸飾を取り出した。真紅の大綬を身に着け、上着を着るとその上から色とりどりの宝石が輝く頸飾をかける。その姿は美しく、存在感は圧倒的で近寄りがたさを感じるほどだ。
ロザンヌはこのとき、ラーナサスが生まれながらの王族であると思い知らされた。
自分が今、そばにいることが奇跡なのだ。そうでなければそばにいることどころか、言葉を交わすことも叶わないほどの雲の上の存在なのだ。
だがそんなロザンヌの様子には気づかず、ラーナサスは笑顔を浮かべて優雅なしぐさで手を差し出した。
「わたくしと踊っていただけますか?」
いつもならはにかみながら手を乗せるロザンヌだったが、困ったように首をかしげると少し後ずさる。
「どうした?」
異変に気付いたラーナサスがロザンヌに近づくが、なぜか彼女はその分下がってしまう。
「……仕立てたばかりの夜会服が汚れてしまいますわ」
その言葉に、ラーナサスは戸惑った。
「汚れる? なにがだ?」
ロザンヌはしきりに手を気にしてすり合わせている。
服装はいつもの質素なドレスだが、ラーナサスはそれを粗末だなどと感じたことはない。だが、ラーナサスがロザンヌのドレスを見ているとロザンヌは居心地が悪そうにもじもじとした。
「今私は普段着のドレス姿です。手も荒れているし……できたばかりの夜会服に引っかけたりしてしまいそうで……」
「では着飾ったら俺と踊ってもらえるのだな?」
「えっ?」
「今度おこなわれる宮殿での大きな夜会だ。国内の貴族は皆参加すると聞いた。ロザンヌもドレスを着て参加するのだろう?」
「え、ええ……」
ロザンヌの言葉を譜面通りに受け取ったラーナサスは、今の自分のようにロザンヌもまた着飾った姿を見せてくれるのだと解釈した。
「ロザンヌならどんな恰好でも大歓迎なのだが。だが、君がドレスアップした姿も是非見てみたい。ダンスはそのとき、改めて申し込もう。最初のダンスを踊ってくれるな?」
その問いに、ロザンヌはただ微笑むことしかできなかった。
「遠い人になっちゃった……。ううん。初めから遠いお方だったのよ。私の夢も、これで終わりね」
ラーナサスが部屋を出ていくと、ロザンヌがぽつりと呟いた。
ラーナサスが大広間に入ると、人々は一斉に彼を見た。
堂々とした振る舞い。豪華な作りの頸飾はシャンデリアの光に反射して眩しく光る。真紅の大綬はガレージナの王族の証。彼のために作られた夜会服は、線の細い都会の子息とは違い、男らしい逞しさをあらわにしていた。
あちこちでほぅっと感嘆の声が漏れる。だが、ラーナサスはそんな周りの視線も気にせず、ロザンヌを探していた。
だが、どこにもロザンヌの姿は見えない。
(おかしいな……朝会ったときには、確かに夜会に行くと言っていたのに……)
周りにいるのは香りの強い香水とこれ見よがしに大きな宝石を身に着けた令嬢たちだった。
彼女たちはラーナサスの登場に色めきたち、お互いをけん制している。その中でも力のある一際豪華なドレスをまとった令嬢が近づいた。周りの令嬢は悔しそうにしている。
「ごきげんよう、殿下」
「これはこれはクリスティン様。今宵も一際お美しい」
「あら、わたくしたち、どこかでお会いしまして?」
クリスティンは谷間を強調するように腕で胸を挟み込み、手を口にあてて驚いた顔をした。
もちろん、会っている。今シーズンの夜会で何度も。だが、ガレージナの民族衣装を着たラーナサスに興味をもたなかったのだ。それなのに、クリスティンは「これは運命ではなくて?」と軽やかに笑っている。
クリスティンは侯爵家の令嬢で、家柄も申し分ない。父も喜んでくれることだろう。だが、ラーナサスはまったく嬉しくなかった。
洗練された立ち居振る舞いに堂々とした佇まい。歌うような軽やかな話し声に肌荒れに縁のない柔らかな美肌。興味深くラーナサスを見上げてくる視線はパッチリとして愛くるしい。
求めていた妃は、このような令嬢だったはずだ。
それなのに頭に思い浮かぶのは、表情豊かで面倒見の良いロザンヌだった。ロザンヌを引き寄せ、踊ったときの感覚がラーナサスは忘れられない。髪からほんのりと香る花の香りが漂い、見下ろした先で頬が上気していた。まさか見ているとは思わなかったのか、チラリとラーナサスを見上げて視線が合うと、目を見開いて慌ててそらす。背中に置いた手に力をこめると、驚いたように身体をこわばらせたが、困ったように視線を泳がせるとおとなしく身を預けた。そのときの昂揚感をクリスティンからは感じないのだ。
他愛のない話をしていると、クリスティンが焦れた様子で大胆にもラーナサスの腕に触れた。
広間の中央では、両陛下の最初のダンスが終わり、人々もダンスを始めようとしていた。
「陛下のダンス、素敵でしたわね。ねえ、殿下はダンスお得意ですの?」
クリスティンはあからさまに誘いをかけてくる。
すると、そこに救世主が現れた。
「ラーナサス殿下。今宵お会いできることを楽しみにしておりましたのよ」
ダンスを終えた王妃が隣国の王子であるラーナサスに声をかけたのだ。
クリスティンは慌てて身を引き、腰を落とす。ラーナサスはその機会を逃さず、王妃にダンスを申し込んだ。
エキゾチックな黒い瞳に見つめられ、王妃は少女のような微笑みを見せてラーナサスの手を取った。
踊りながら広間を見渡しても、やはりロザンヌの姿は見えない。
「想い人がいらっしゃるの?」
その言葉にラーナサスはドキリとした。
王妃が意味深な笑みを浮かべている。
「陛下よりお話は伺っておりますわ。お妃探しにいらしたのでしょう?」
「ええ。そうなのですが……」
「わたくしの仕事もなかなかのものでしょう?」
「え……」
すると王妃はこっそりウインクをした。
視界の端には、おなかのでっぱりが目立つ男性のリードで踊るクリスティンが入り込む。
なるほど。王妃はクリスティンから自分を引き離してくれたのだ。
ラーナサスがお礼を言うと、「ここからはご自分でなさいませ」と返した。
ダンスが終わると、王妃には次々にダンスの申し出が現れる。ラーナサスは次の相手と交代すると、通りがかったウエイターから飲み物を受け取った。ダンスはひとまず休みという合図だ。そのまま壁際に移動すると、今飲み物をくれたウエイターが空になったグラスを扉の向こうに渡す。
それを見たラーナサスはグラスの中の飲み物を一気に飲み干し、通りがかった別のウエイターに押し付けると急いで扉へと向かった。
途中何人かに声をかけられたが、何も耳に入ってこない。ラーナサスは軽く挨拶を返してすばやく扉に近づいた。
「ロザンヌ」
突然声をかけられ、メイド姿のロザンヌはあやうくトレーを落としそうになった。なんとか体勢を整えたものの、振り返ることができない。
「ロザンヌ!」
シーズン最後の夜会、ロザンヌは宮殿に努める友人の紹介で、裏方として参加していた。
厨房の隅の洗い場の手伝いをしていたのだが、人手が足りなくなり洗い物を取りに行ったところを見つかってしまった。
聞こえなかった振りをして、そのまま厨房に向かおうかと思ったが、足が震えて動かない。トレーの上でカシャカシャとグラス同士がぶつかる。
振り返らないロザンヌにしびれを切らし、ラーナサスは大股で近づくと、ロザンヌの前に回り込んで彼女の行く手を遮った。
「ロザンヌ! これは一体どういう……」
苛立ちをぶつけるように声を荒げたラーナサスだったが、目の前でロザンヌが顔色をなくしていることに気がついた。
「……すまない。大きな声を出して脅かすつもりはなかったのだ。だが、その恰好は……」
ラーナサスの言葉に、ロザンヌは恥ずかしさでいっぱいになった。
こんな姿をラーナサスに見られてしまった。貴族の娘がメイドの恰好をし、少しの給金のために夜会で洗い物を片付けている姿など情けなく思っているに違いない。
ラーナサスの腕がロザンヌに向けて伸ばされたが、ロザンヌはとっさに身を引いた。
乱入者が現れたのは、ラーナサスが空を掻いた手をぎゅっと握ったときだった。
「殿下、そこでなにをしておりますの?」
「く、クリスティン様」
ロザンヌの慌てた様子にクリスティンは蔑んだ視線を送った。
「ロザンヌ……あなた、最近夜会でもお茶会でも顔を見ないと思ったら……なぁに? その恰好。お父様が見たら嘆きますわよ? あぁ、お父様は領地で羊小屋を作ってらっしゃるんでしたわね。 子も子、というところかしらね?」
ほほほと笑う声に、ロザンヌが手にしたトレーの上でグラスがカタカタと揺れた。
ロザンヌは必死に耐えていた。
この屈辱にも、羞恥にも耐えなければならない。
自分の行動でこれ以上家の立場を危うくすることはできないのだ。失うのは、この恋心だけで十分だ。
視線の端で、クリスティンがラーナサスの腕に手をかけるのが見えた。
「わたくしはこれで……」
いてもたってもいられず、その場を離れようとしたロザンヌを引き留めたのはクリスティンだった。
「お待ちなさい。わたくしのグラスもさげてくださる?」
そう言うと、クリスティンは赤い液体が入ったグラスをロザンヌに向けた。
量は十分に残っており、一口ほどしか口をつけてないだろう。もったいない。そう思いながらロザンヌはクリスティンが差し出すグラスを受け取るために彼女に近づいた。
だが、グラスに手が触れた瞬間、グラスはクリスティンの手を離れて大きく傾いた。
「あっ!」
借り物のメイド服に中の液体が飛び散り、赤く染めていくのをロザンヌは茫然と見ていることしかできなかった。
クスクスと耳障りな笑い声が聞こえる。
「あらぁ。早く受け取らないんだもの。わたくしのドレスにも飛び散りましたわ」
ほんの数滴、裾のレースを汚しているのを見てクリスティンが口を尖らせる。
「も、申し訳ありません」
ロザンヌは自分が身に着けた白いブラウスに赤い染みが広がるのを構わず、クリスティンに頭を下げた。
逃げ出してしまいたかったが、それはかえって事を荒立てることになる。だが、この後のことを思うと心が凍り付いてしまいそうだった。
自分のこんな姿を、ラーナサスは軽蔑の視線で見ているのではないかと思うと辛くて仕方がない。
「殿下。参りましょう。わたくし、不愉快ですわ」
「では、おひとりで行かれるがよい」
ロザンヌが肩に何かがかけられる感触を感じて顔を上げると、そこには心配そうに見下ろす黒い瞳があった。
ラーナサスは上着を脱いでおり、仕立てたばかりの高級な上着は赤い染みで汚れたロザンヌの体をすっぽりを隠していた。
「ラーナサス様?」
「行こう。ロザンヌ」
ラーナサスはそう言うと、ロザンヌが戻って来ないのを心配して厨房から顔を出した別のメイドにトレーを押し付けてロザンヌの手を引きさっさと歩きだした。
「ラーナサス様? あ、あの……夜会はよろしいのですか?」
「よい」
「ですが、まだ始まったばかりではありませんか!」
「もう、よいのだ」
「でも! さきほどの方はベリング侯爵家のクリスティン様ですよ? よろしいのですか?」
宮殿の回廊を出て、庭園に差し掛かったところで突然ラーナサスが立ち止まった。
ロザンヌはその背にぶつかりそうになり、慌てて足を止める。
振り返ったラーナサスの姿を目にし、ロザンヌは慌てて羽織っていた上着を脱いでラーナサスに差し出した。
「上着! 申し訳ありませんでした! 飲み物で汚れていなければいいんですけれど……」
「そんなことはいい。服が濡れて冷たいだろう。羽織っておけ」
「そういうわけにはまいりません! せっかくラーナサス様にピッタリの夜会服をあつらえましたのに……。私などが羽織っているわけにはまいりません! それに……あんな風にクリスティン様を置いてきてしまっては……」
なおも上着を返そうとするロザンヌに、ラーナサスはとうとう声を荒げた。
「俺がよいと言ったらよいのだ!」
「ラーナサス様……」
「それに! 俺は最初のダンスはロザンヌと、と決めていた! それなのに……」
ロザンヌは赤い染みを作ったメイド服姿を見下ろした。
対するラーナサスは国一番の仕立て屋があつらえた最先端の高級夜会服に身を包んでいる。とてもではないが、釣り合うものではない。
「ロザンヌは、俺と踊るのが嫌か?」
「それは……」
「嫌なら嫌だと言え」
強い眼差しに抗えず、ロザンヌは弱弱しく首を振った。
「嫌なはず、ありません……」
「ならば、わたくしと踊っていただけますか?」
ラーナサスが少し身を屈めて手を差し出す。
ロザンヌは、今日だけ……この一度だけ、と言い聞かせて荒れた手をその手に預けた。
広間から漏れ聞こえる小さな音に合わせて、ふたりは踊りだした。
冬が近いこの時期は庭園に出る者もおらず、ラーナサスとロザンヌは二人だけの時を過ごした。
曲が変わり、二人は足を止めた。だが、ラーナサスはロザンヌの手を放そうとしない。
「あの……ラーナサス様?」
「夜会には、もう戻らぬ。俺は今日やっと気づいた。ロザンヌ、君を俺の妃に迎えたい」
「えっ?」
ロザンヌの心臓は喜びにときめいた。
だが、すぐに脳裏に浮かんだのは領地の両親のことだった。
ロザンヌは静かに首を横に振った。
ラーナサスならば、もっと素敵な貴族の令嬢がふさわしい。そう、クリスティンのように、他を圧倒する存在感と華やかさ、そして家柄を兼ね備えた女性だ。
ロザンヌは、父の願いを聞き入れて領地に戻ることを心に決めていた。
来年の社交シーズンも戻って来るつもりはない。
王都の屋敷は管理をウィリアムに任せ、当分は領地の立て直しに専念しなくてはならない。そして、いずれはどこぞの貴族の次男か三男と見合いをし、家を守らなければ……。
見合いより自分で相手を探すために王都にやって来たラーナサスの求婚を断り、自分は見合いに逃げるなんて、なんて皮肉なことだろう。
ロザンヌはとてもではないがラーナサスの顔を見ることができなかった。
「私は、あなたのお傍にはいられません」
「なぜだ? 俺と一緒にガレージナに行くのは嫌か?」
「私は、家族と領民を見捨てることはできません」
その気持ちは、ラーナサスにも痛いほどわかります。
かつては国のため、国民のため愛のない見合い結婚を受け入れようとしたのだ。
ラーナサスはそっと、ロザンヌを抱きしめた。
うつむいたまま小さく震えるロザンヌを見ているのは辛かった。
社交シーズンを締めくくる華やかな夜会が終わり、しばらくすると王都にも冬がやって来た。
人々は荷造りを始め、恋人たちはつかの間の別れを惜しんだ。
そしてラーナサスもまた、ガレージナに帰国するための荷造りを終えて慣れ親しんだパウロー家のエントランスへとやって来た。
「それでは、お元気で」
「ああ」
ふたりの間に沈黙が流れる。
後ろに控えるウィリアムとカレンはそんなふたりをじっと見守っている。
「来年の社交シーズンもこちらにいらっしゃるのですか?」
「いや」
「えっ?」
「もう、探す必要はない」
そう言ってロザンヌを見つめる視線は熱い。
ラーナサスはロザンヌへの想いをあきらめるつもりはなかった。
「ロザンヌ。俺はもうロザンヌしかいらない。お前が家族や領民を大切にする気持ちはわかる。だが、お前をあきらめるつもりはない」
ラーナサスはロザンヌの心が揺らぐ言葉を置いて、屋敷を出ていった。
あきらめないとラーナサスは言ったが、ふたりが一緒に過ごせる未来はない。
ラーナサスはこれからもロザンヌの心の中に生き続けるだろう。いつかはこの切ない想いも、よい思い出になる日がくるだろうか。
さきほどまでじっと見つめていた扉が叩かれたのは、ロザンヌがそう思いながら踵を返したときだった。
まさかラーナサスが戻ってきたのだろうか?
訪問者を確認しようと扉に向かったウィリアムを追い越し、ロザンヌは急いで扉を開けた。
だが、そこに立っていたのはヒョロリと背の高い赤毛の男だった。
「あなたは?」
「お手紙をお持ちいたしました」
「まぁ……それはどうもご苦労様」
男は薄っぺらい封筒を渡すと、さっさと出て行った。
封筒の宛名は父親である。よほど急いだのか、少し字が乱れていた。
母の容体がよくないのだろうか? ロザンヌは気が急いてその場でビリビリと破き、便箋を取り出した。
「急ぎの手紙ですか? 奥様のご容体は……」
「妊娠……だそうです」
「えっ? なんとおっしゃいました?」
「私に……弟か妹ができるそうです……だから……想いを通わせた方がいるなら大切にしなさいと……ど、どうしてそんなこと……」
こほんと咳払いが聞こえ、そちらを向くと、荷造り途中であったロザンヌのカバンを持ってウィリアムが立っていた。
「差し出がましいかとは思いましたが、旦那様にお嬢様のご様子をお伝えするものわたくしの仕事ですので」
「はっ? ウィリアム? どういうこと?」
「ラーナサス様より正式に結婚の申し込みを預かりまして、旦那様にお送りいたしました。そのお返事が今届いたようでございます」
「えっ? えっ?」
ウィリアムは無表情でロザンヌにカバンを持たせると、カレンにコートを用意するよう言いつけた。
「ラーナサス様は帰国前に国王陛下への謁見されるそうでございます。その後宮殿の前でガレージナの迎えの者と合流なさると……」
「ウィリアム?」
「お嬢様。わたくしの話を聞いていましたか? 旦那様は、ラーナサス様との婚姻をお認めになったのです。あとはお嬢様がラーナサス様を追うだけなのですよ」
ロザンヌはカバンをぎゅっと握りしめると、外に走り出した。
数年後、南の国では華やかな結婚披露宴がおこなわれた。
あの日、屋敷を飛び出したロザンヌが向かったのは宮殿ではなく、北の領地だった。
いくら父の許しがあっても、家族の危機からひとり抜け出すことはできなかった。
ロザンヌの行き先を知り、慌てたのはウィリアムだ。
慌ててガレージナに便りを出すと、ラーナサスは怒りも呆れもせず、「ロザンヌらしい」とただ笑うだけだった。
跡継ぎとなる男子が生まれ、ロザンヌは出産で思うように動けない母の代わりに父と共に朝から晩まで働いた。そんなロザンヌを、ラーナサスは陰でそっと援助していた。
だが弟が歩くようになり、少しの言葉を話すようになった頃、とうとうしびれを切らしたラーナサスがロザンヌを迎えにやって来た。
ふたりが離れ離れになって三年が経っていた。
離れても、ふたりの想いは離れることはなかった。
お互いそれを確認すると、ロザンヌはやっとラーナサスの求婚を受け入れたのだ。
この特別な日、ガレージナの王宮の大広間は色とりどりの花で飾られた。
沢山の笑顔の中で、ラーナサスはロザンヌに手を差し出す。
「わたくしと踊っていただけますか?」
「はい!」
ふたりは幸せそうにお互いを見つめあいながら踊りだした。