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元勇者専用再就職紹介所担当職員セシルの日常

元勇者×紹介所担当者


仲良くさせていただいております遊森謡子様の呟きから閃いた短編です。

遊森様ありがとー!(*^_^*)

「こちらですよ」

 扉が開けられると同時に受付のレイチェルの声が聞こえ、セシルは顔を上げた。

 気遣わしげなその声色に、訪れた人物の不安が読み取れる。

 案の定、レイチェルの案内で入って来た大柄な男は、不安げに部屋を見渡していた。雲ひとつない青空を思わせるような青い瞳が印象的だが、その上の太い眉は弱々しく垂れ下がっている。

 セシルはさっと男の全身を確認した。

 太い首に広い肩。鍛え上げられた二の腕は横に並び立つレイチェルのウエスト程もあった。歩く度にガチャガチャと鳴るのは背中に担いだ大剣だ。あれを振り回せるとなると、相当な怪力なのだろう。

(これはこれは……)

 ちょっと厄介かもしれないな、セシルは心の中で嘆息した。

 それはレイチェルも同じだったようだ。セシルの前に連れて来ると、「なんとか、お願いね!」そう小さく耳打ちしてさっさと自分の持ち場に戻ってしまった。

 肩の荷が下りたといわんばかりのその後姿を見て苦々しく思ったが、それをおくびにも出さずにセシルは目の前の男に椅子を勧めた。

「どうぞ。おかけください。えーと……?」

「ガストル。俺はガストルだ」

「ガストルさん。既にご存知だとは思いますが、ここは、役目を終えた勇者専用の再就職紹介所です。まずは、魔王討伐お疲れ様でした」

 セシルがそう淡々と口にした事が、ガストルには面白くなかったようだ。

 ガストルは上着の内ポケットから無造作に勲章を出すとセシルに見せ付けるように机に置いた。

「俺が倒した魔王は、長年国民を困らせてきた。災害を起こし作物を奪い、あちこちの村で女を攫った。そしてヤツはとうとう姫様を攫った。討伐の為出向いた騎士団は壊滅状態になり、数人が魔王からの言伝を持って帰って来ただけだった」

「……はぁ」

「困り果てた国王様は、大神官様に魔王を倒す力を有する勇者を捜させた。それが、俺様だ」

「……でしょうね」

 この手のタイプは自分の武勇伝を語りたがるものだ。セシルはチラリと窓の外を見やり、今度こそ本当に溜息をついた。

(こりゃ今日も残業だな……)


 ガストルの話はいたって単純なものだったが、早く終わらせる為にセシルは「まぁ!」だの「すごい!」だの、時々拍手も加えつつ聞き手に徹した。

「だろう? それで俺様は見事姫様を無傷で奪い返したのさ」

「わー」

 最後の方には相槌に感情が込められなかった気がするが、それでもパチパチパチと拍手をするとガストルはまんざらでもないようだったので、セシルは気にしない事にした。

「そこまで完璧な救出劇でしたら、その姫様との結婚も望めたのではないですか?」

 すると先程までの元気はどこへやら。ガストルはみるみるうちにしょんぼりしてしまいました。

「それなんだが……俺が最後にくらった魔王の術が原因で寝込んじまって……その間に結婚もして子供も産んじまって……」

「え!? ――失礼。あの……術で眠りについていたのはどの程度ですか?」

「まあ……ざっと百年?」

「はぁ!?」

「いや、起きたらその姫の子供の子供の……更に子供だったか? そう説明されたんだ。一緒に討伐の旅に出た仲間も皆死んじまって……それでも居てくれとは言われたが……そうはいかん。何しろ目覚めたら周りは皆知らん顔だらけだ。そんな人等に世話になるわけには、いかん」

「それで再就職を希望されたのですね」

「ああ。神官に相談したら、勇者の再就職を世話してくれる所があるって言うからよ」

 セシルが住む世界は魔界も天界も存在しないが、空間の歪があちこちにあり、様々な世界と繋がっている。稀にそこから魔物や迷い人が現れるのだ。

 其々の歪の近くには神殿と警備隊の詰め所が置かれ、たまに現れる魔物は退治され、迷い人は神殿預かりとなりやがてセシルが在籍する役所へと連れて来られる。そんな迷い人の中に、結構な確率で役目を終えた勇者が居るのだ。その数が段々増えてきたので専用の部署が作られ、セシルが担当社員に命ぜられた。

「ええ。様々な世界から現れる元勇者の再就職のお世話をしてきましたから、ご安心ください。再就職率は九割を超えます!」

 にっこりと微笑んだセシルに、ガストルも少し微笑んだ。

「ではまず、適正を調べます。ガストルさん、水中で長期生活は出来ますか?」

「は? 出来るわけがねえ」

「成る程……では水中都市は外しましょう。空は飛べますか?」

「……いや……」

「では、空中都市も無理ですね」

 セシルはリズミカルに書類をはじいていく。弾かれた書類は、それぞれガストルの目の前を飛んで行き、壁一面にある引き出しに収まった。

「あんた……すげえな! 魔術師がこんなとこで書類仕事かい?」

「え? ああ。この世界ではこのような魔石がはめ込まれた指輪がありまして。まぁ持ち主の魔力の質にもよりますが、それをコントロールする事で様々な事が出来るんですよ。ああ、そうだ。先程の討伐のお話では、ガストルさんは魔法を使えるそうですね? 魔石リングが無くても魔法を使えるのはとても希少なんですよ」

「あ、ああ。旅の仲間に優秀な魔法使いがいてな。ヤツに素質があるって言われたからなかなかのもんだと思うぞ」

 厚い胸板を反らせて自慢げに言ったガストルは、どうやら力自慢なだけではなく魔法も使えるらしい。

 それはなかなか良い就職先を見つけられるかもしれない。セシルは彼の魔力を確認する事にした。

「では、あの椅子を浮かせてもらえますか?」

「よし、任せろ!」

 そう言うと、ガストルはモゴモゴと口を動かしいにしえの言葉を紡ぎ始めた。

 セシルは待った。



 待った。



 待った。



 ガストルは顔中汗だくになって椅子を睨みつけている。


 やがて、椅子はガタガタと音を立てて震え、ほんの少し浮き上がった。


「どうだ! 大したもんだろう?」

 ドヤァと満足気な笑みを浮かべて振り返ったガストルをセシルは一蹴した。

「遅すぎます。こんなんじゃ、相手に付け入る隙を与えます」

「そんな事は……ふぐっ!」

 ペイッとセシルの指で弾かれた書類が一枚、宙に浮いたかと思うと、ガストルの顔に貼り付いた。

「むぐぐぐ! く、苦しいじゃねぇか!」

「あなたの術はこんな風に紙切れ一枚で阻止できます。現代の文明舐めちゃいけませんよ」

 少し冷たい態度だっただろうか……ガストルは来た時以上にしょんぼりと眉尻を下げてしまった。

「……とにかく。あなたの得意な事が役に立つ仕事だってあるはずです。見たところ、力自慢なようですが……」

「ああ! この腕だけで大木を引き抜く事だって出来る! それに、魔王からくらった術の所為で、年を取らないみたいだ。そう仲間の神官の息子のその息子が言ってたな。俺の身体は時を止めてるんだってよ」

(時を止めてるのは脳みそもだろう……)

 セシルは何とかその言葉を飲み込んで、書類をめくった。

「――ああ! では、長寿の里での仕事は如何です?」

「長寿の里?」

「ええ。通常の精霊とは違い、特殊な力を持ち大精霊となった方々が住まう土地です。いずれの方々もお若い姿のまま数百年生きておられます。ですが精霊は実体があるようで無いようであるようなもの。実際の物を持ったり運んだり作ったりという事は苦手なのです。そこで、彼らからは力自慢の長寿の若者を、との求人がきております」

「――なんで、長寿を希望してるんだ?」

「なんせそれぞれが道を究めた大精霊ですから。それ故彼らは少々偏屈……いえ、とても繊細で、人嫌……人見知りが激しいんですよ。彼らにとって人の命は一瞬。コロコロ人が代わるより、なるべく一人の人に長くとお望みなのです。なかなか条件を満たす元勇者は居なかったのですが……どうです? 長期採用前提。なかなか無いですよ?」

「つまり……俺は、その大精霊の里で何をするんだ?」

「つまり……雑用?」

 ガストルはとうとうガックリと肩を落とした。

「雑用係……魔王と死闘を繰り広げ、国をひとつ救ったこの俺様が……雑用係……」

 セシルは小さく溜息をついた。

 ガストルの気持ちが分からないわけではない。ここで元勇者達がぶつかる最大の問題はそれなのだ。目の前のガストルのように、勇者としての過去の栄光が全てであり、生きがいという人物には受け入れがたい現実だ。

 だが、魔王ひとり(?)につき、勇者もひとりなのは当然である。勇者業は自分の担当となる魔王討伐を終えたら廃業なのだ。だが、魔王討伐を任せられる位の人物だ。ピチピチの働き盛りの年齢で栄誉ある職業が廃業となるのは、老後を考えると不安であろう。そんな不安が、彼らを空間の歪へと誘う。

 一緒にしんみりしそうになって、セシルは慌てて頭を切り替えた。

「お気持ちは分かりますが、時には妥協も必要ですよ。なにせ前職の勇者というのは特殊な職業。同じ仕事が出来るとは思っていないでしょう? ならば、どこかでどっしり根を下ろしてですね――」

 セシルはガストルを説得にかかった。

 相手は百年前の勇者。古式の魔術しか使えず威力も弱い。空を飛べず、水中での会話も無理。勇者が力自慢なのは予想の範囲内だ。となると、彼の一番の特徴は不老不死! なんとか大精霊の長寿の里で妥協して欲しいものである。

 セシルの熱意が実り、ガストルが書類に署名した時には外はすっかり暗くなっていた。

「はい! ガストルさん、再就職決定! おめでとうございます! 出発は三日後。移動手段はこちらで用意しますので、朝またここにいらしてください。その時、再就職記念の品として、魔石リングを贈呈致します」

 セシルは笑顔でガストルに握手を求めた。知らない土地、未知の一族の、しかも大精霊の里での住み込みの仕事に、ガストルは不安げだ。

 そんなガストルの様子に、思わず同情しかけたセシルはその思いを振り切るかのように無理矢理ガストルの大きい手を掴むと握手した。

(いけないいけない。同情なんかしちゃったら、この先もたないわ)

 これから先もセシルの前には元勇者が現れるだろう。いちいち彼らの戸惑いに同調しては、彼らを第二の人生に送り出せないではないか。

 すっかり帰りが遅くなってしまったセシルは、指で書類を弾くと簡単に机を拭いて役所を後にした。

 セシルの家は役所のすぐ隣村にあり、歩いてもそう時間は掛からない。だが自然とセシルの足取りは速くなった。

 家の灯りが見え、自然と顔が綻ぶ。

(良かった……今日は何事も無かったようね)

 そう思ったのもつかの間。爆発音と共に、窓ガラスが砕け散った。

 セシルは慣れた仕草で空間に円を描き、簡単な結界を張ると飛んでくるガラス片を弾き飛ばしながら家へと走った。間もなく玄関……というところで、今度は割れた窓から水しぶきが飛んでくる。

 セシルは結界を強めると、急いで扉を開けた。

「リカルド! 何事?」

 視線の先では、長身の若者がびしょ濡れで台所に立っていた。

「セシル……これは、そのぅ……」

 リカルドと呼ばれた青年は、セシルの登場に一層慌て出した。

「お鍋は!?」

「そ、それは無事!」

「ならいいわ。下がって」

 セシルはリカルドを下がらせると、魔石リングをはめた指を天井に向けて短く詠唱した。

 すると部屋の中は一瞬の内に元通りになり、リカルドの服も乾いてしまった。

「ごめんね、セシル。僕美味しいご飯を作りたかっただけなんだけど、どうもこのリングに慣れなくて……」

 不思議そうにリングを見詰めるリカルドを見て、セシルは思わず吹き出した。

「いいわ。それよりおなかがすいちゃった。その美味しいご飯が食べたいわ」

「今日はね。森でギジルが獲れたから、肉がほろほろになるまで煮込んだよ。それに硬めのパンをつけたらとびきり美味しいよ!」

 嬉しそうに話す青年は、セシルが出会った三人目の“元勇者”だ。

 再就職を世話するはずが、彼の境遇に同情し親身になって話を聞いていたら、勝手に再就職先に断りを入れてセシルの家に居ついてしまった。

 初めは激怒し彼を追い出しにかかったセシルだったが、料理下手なセシルと違って、魔王討伐の旅の間野営で鍛えた彼の料理の腕はそれはそれは見事だった。

 セシルが家に帰る頃、寝泊りしていた神殿を抜け出していそいそと料理を作りに来るリカルドに絆され、セシルが折れたのは次の元勇者が現れてからだ。それからはセシルもリカルドの再就職先を探す事は諦め、神殿から彼を引き取った。

「ほらほら。温かいうちに食べてよ」

 木のスプーンでもすんなり切れる程に煮込まれた肉は舌の上で柔らかくとける。ギジルの骨からダシを取ったであろう濃厚なスープは野菜で臭みを消しており、疲れた体に染み渡った。

 自然と頬が緩み肩の力が抜けて行くセシルを、リカルドは嬉しそうに見ている。

 元勇者がこんな第二の人生ってアリなのかしら? そう思う事はあるが、今ではセシル自身もリカルドが居なければ落ち着かない。帰ったらリカルドが美味しいご飯と一緒に待ってると思うからこそ、仕事を頑張れるのだ。

(まあ、いいか)

「リカルド、美味しい」

 リカルドは一層笑みを深めた。その笑顔にセシルの心も温かくなる。

 彼の所為で、元勇者再就職率が十割にならないのは少し悔しいけれど。


 

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