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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
北東中継塔と灰色の庭

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第61話 南側旧管制施設、発見

 北東中継塔の基部コアは、まだ細い光を吐いていた。


 完全復旧には遠い。けれど、死んだ設備ではない。仮電源を通し、ノアが何度も信号を整えた結果、塔は低出力ながら周辺の古い情報を吐き出し始めていた。


 レンは端末の画面を見つめた。


 粉塵のノイズが混じった地図の奥に、外縁塔列の影がある。


 一本ではない。複数。細く、途切れながら、通信塔の外側を囲むように並んでいる。あそこまで行ければ、通信範囲は一段広がる。MIOという観測語も、もう少し安定するかもしれない。


 レンの指が、無意識に地図の奥をなぞった。


「見えてるなら、行けないか」


『条件不足です』


 ノアの返答は速かった。


 けれど、画面にはすぐに別の線が出る。


『外縁塔列への地上経路は、粉塵濃度、地形変形、制御履歴の三点が不足しています。ただし、北東中継塔の保守ログに、南側旧管制施設の参照記録があります』


「南側旧管制施設?」


『名称断片です。通信塔および北東中継塔の外縁設備を、直接ではなく低層から制御していた可能性があります。ここを経由すれば、外縁塔列へ向かう前に周辺設備の履歴を確認できます』


 レンは、そこで少しだけ息を吐けた。


 ノアの表示は、外縁塔列を遠ざけるものではなかった。そこへ向かうために、先に通すべき線を一本増やしていた。


 ガタが足元で端末をのぞき込み、小さなカメラアイを左右に動かした。


「南側、低層、旧、管制。嫌な言葉が四つあります」


「四つもあったか」


「低い建物はだいたい埋まっています。埋まっている場所は、入り口も出口も性格が悪いです」


「建物の性格まで見るな」


「見えます。だいたい悪いです」


 レンは返事をしながら、端末のログを開いた。北東中継塔が吐き出した古い保守記録は、欠けた文字列ばかりだった。


 それでも、いくつかの単語は読める。


 南側。制御。保守経由。外縁。低層管制。


 通信塔や中継塔のように、高く立つ設備ではないらしい。


 地面に伏せるような施設。外から目立たず、下から周辺を束ねる場所。


 レンは画面を拡大した。


「ここを起こせば、外縁塔列の道が読める?」


『可能性は高いです。少なくとも、現在のまま外縁塔列へ直行するより、移動リスクを下げられます』


「灰色の庭との関係は?」


『不明です。ただし、南側旧管制施設の参照範囲に、未分類の環境制御域が含まれています。灰色の庭と一致する可能性があります』


 灰色の庭。


 まだ名前だけしかない場所。庭という語感に反して、ノアの扱いは妙に慎重だった。建物なのか、区画なのか、自然物なのか、それさえ分かっていない。


 レンは端末の縁を親指でこすった。手袋の内側に、汗が少し残っている。


 外縁塔列へ行きたい。


 その気持ちは消えない。


 けれど、見えたから進む、ではここまで来られなかった。空気も、水も、通信塔も、全部そうだった。戻れる道を作ってから進んだ。壊さずに、次も使える形で起こした。


「分かった。外縁塔列は後だ。先に南側旧管制施設を見る」


『推奨します。南側旧管制施設を低出力で確認できれば、外縁塔列および灰色の庭候補への接近条件を再計算できます』


「ガタ」


「嫌です」


「まだ何も言ってない」


「南側へ行く話です。すでに嫌です」


「じゃあ、嫌なまま来い。帰り道も一緒に見る」


 ガタは少し黙った。


「帰り道を見るなら、少しだけ嫌ではなくなります」


「便利だな、その判断」


「便利ではありません。生存寄りです」


 レンは工具バッグを肩にかけ直し、北東中継塔の仮接続を確認した。塔の基部から伸びる細いケーブルが、粉をかぶった床に這っている。


 ノアが地図を更新する。


 画面の南側に、座標候補が三つ出た。二つは信号が弱い。一つだけ、かすかに反応が残っている。


『最有力候補を表示します。距離、現在地から七百四十メートル。地表粉塵濃度、中。構造物反応、微弱』


「七百四十か」


『直線距離です。実移動距離は障害物回避込みで九百メートル前後と推定されます』


「近いって言っていいのか、それ」


『現在の行動範囲では、近い分類です』


 うれしくない基準だった。


 レンは外に出た。


 北東中継塔の周囲は、まだ白い粉が薄く舞っている。空は鈍く曇り、太陽の位置もはっきりしない。遠くには、通信塔の影が斜めに霞んで見えた。


 南側へ向かう。


 足元の粉が、靴の裏でぎし、と鳴る。ガタの小さな脚が、その後ろに細い跡を残していく。


 途中、何度か古い舗装の割れ目を越えた。地面は波を打ったように歪み、ところどころに配管の残骸が露出している。ガタはそのたびに止まり、足先で慎重に叩いた。


「ここは硬いです。こっちは嫌です。こちらは、かなり嫌です」


「判断基準が嫌しかないな」


「嫌の濃度です」


 ノアが端末上に進路を重ねる。赤い警告線が二つ消え、代わりに細い白線が一本残る。


『右へ二十メートル迂回してください。旧排気溝の陥没があります』


「了解」


 レンは右へ回った。


 南へ進むほど、地面の起伏が少なくなった。代わりに、粉塵が厚くなる。風が弱いせいか、白い膜のように地表へ溜まっていた。


 七百メートルを過ぎたあたりで、ノアが告げる。


『構造物反応、増加。前方八十メートル』


 レンは足を止めた。


 見えない。


 粉塵の向こうに、何かがある気配だけがあった。塔なら、上に伸びる影が見える。だが前方には何も立っていない。地面そのものが少し盛り上がっているだけに見えた。


「低いな」


『施設上部の大半が粉塵堆積または地形変形により埋没している可能性があります』


「ほら言いました。埋まっています」


 ガタが即座に言った。


「喜ぶな」


「喜んでいません。嫌の的中です」


 レンは端末を持ち上げた。座標は合っている。だが入口が見えない。外壁らしい影も、崩れた建材の線も、粉に溶けている。


 このままだと、見つけただけで終わる。


 レンは奥歯を噛んだ。


「ノア、こっちから何か送れるか」


『北東中継塔経由の保守照会を試行できます。ただし、応答は期待値未満です』


「期待値未満でもいい。寝てるか死んでるかくらい知りたい」


『照会します』


 端末の画面に、短い進捗バーが出る。


 応答なし。


 二回目。


 応答なし。


 三回目。


 ノイズが走った。


 レンは画面をにらむ。ガタが足元で動きを止めた。


『微弱応答を検知。旧式案内灯系統です。出力、極小』


「点けられるか」


『試行します』


 数秒、何も起きなかった。


 風もない。粉が静かに積もる音だけがあった。レンは息を止めかけて、慌てて吸い直した。


 その時、前方の地面に、細い光が走った。


 白い粉の下から、薄い線が浮かび上がる。


 一本。


 すぐ消えそうなほど弱い。だが、確かに光っている。地面に埋もれた外壁の端から、斜めに曲がり、低い影の奥へ伸びていく。


 案内灯だった。


 建物の輪郭はまだ見えない。入口も見えない。


 けれど、入口までの線だけが、暗い粉塵の中で浮かび上がった。


『案内灯、低出力反応。南側旧管制施設は完全停止していません』


 ノアの声が、いつもより少し近く聞こえた。


 レンは端末を握り直した。


「寝てるだけなら、起こせるな」


「寝起きの悪い建物は嫌です」


「性格のいい入口だといいな」


「期待しないでください」


 ガタはそう言いながらも、案内灯の線へ一歩近づいた。


 レンはその後ろに続く。


 低い建物の壁に、細い光が走っている。


 塔ではない。


 空へ伸びるものでもない。


 けれど、その建物はまだ、道を示す力を残していた。

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