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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
北東中継塔と灰色の庭

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第51話 北東に、まだ立っている影がある

 通信塔基部管理室の床には、まだ乾いた粉塵が薄く残っていた。


 レンは膝をつき、端末から抜き出した地図データを携帯端末へ移していた。古い表示はところどころ欠けている。塔の周辺図は読めるが、外へ伸びる線はノイズに埋もれていた。完全な地図ではない。けれど、これまでの暗闇に比べれば十分だった。


 壁際の仮設バッテリーが低く唸る。細いケーブルが通信塔の補助端子へ伸び、ノアの表示だけが青白く浮いていた。


[LOCAL MAP REBUILD]

――――――――――

通信塔基部:低出力維持

外縁地図:部分復元

北東中継塔:座標候補検出

外縁塔列:遠方ノイズ内に痕跡

移動経路:未検証

――――――――――


「北東中継塔……これ、まだ塔なのか?」


『構造名は中継塔です。ただし主塔ではありません。通信塔から外縁塔列へ信号を渡すための中間設備です』


「中継器のでかいやつか」


『概ね正しいです。現在の通信塔単独では、外側の地図誤差が大きすぎます。北東中継塔を低出力で起こせれば、北東域の座標補正、外縁塔列の再検出、通信塔グリッドの安定化が見込めます』


 ノアの声は淡々としていた。けれど、止める声ではなかった。


 レンは端末の画面を指で拡大した。通信塔から北東へ、薄い線が一本伸びている。その先に、小さな点がある。周囲は白いノイズで埋まり、道の有無までは分からない。


「距離は?」


『直線距離で一・九キロメートル。実移動距離は二・四から三・一キロメートルを想定します』


「行けるな」


『直行は非推奨です』


「今の流れだと、そこは『この手順なら行けます』って言うところじゃないのか」


『その通りです。この手順なら進めます』


 ノアの表示が切り替わる。地図上に、通信塔、保守棟、旧点検路らしい灰色の線、そして北東中継塔が重なった。


『通信塔から直接向かうのではなく、保守棟から回収した低出力ビーコンを中継点として設置します。帰還経路を確保しながら進めば、粉塵による視界低下時にも戻れます』


「ビーコン、何個使える?」


『四基です。うち一基は通信塔側の固定点として残すことを推奨します。携行可能数は三基』


「三基で往復か。けっこうきついな」


『間隔を短くすれば安全性は上がりますが、到達可能距離が落ちます。間隔を広げれば到達性は上がりますが、帰還時の誤差が増えます』


「嫌な説明をきれいにまとめるな」


『移動計画です』


 レンは短く息を吐き、工具箱の蓋を閉めた。金属の留め具がかちんと鳴る。腰のベルトに小型端末、予備バッテリー、絶縁テープ、簡易クランプを差す。肩のハーネスにビーコン三基を固定した。


 ガタは部屋の入口で待っていた。小さな作業ローバーの外装には、前回の粉塵がまだ白くこびりついている。前輪を一度だけ回し、すぐ止めた。


『北東、遠いです』


「近い場所はもうだいたい触っただろ」


『では近い場所をもう一度触りましょう』


「散歩じゃない」


『散歩より悪いです』


 レンは工具箱を持ち上げかけ、重さを見てすぐ置いた。全部は持っていけない。必要なものだけ抜く。仮接続ケーブル、端子ブラシ、携帯溶着具、予備フィルタ。少し迷って、古い手動レバー用の折りたたみハンドルも入れた。


『携行重量が上限に近づいています』


「塔を見に行くだけで終わらないだろ」


『現地状態によります。初回目的は調査、経路確認、応答確認です。復旧作業は二回目以降に分ける方が安全です』


「分かってる。見て、触れそうなら触る」


『それは分かっていない発言です』


「分かってる寄りだ」


『分類不能です』


 レンはヘルメットをかぶり、フェイスシールドを下ろした。内側に薄い傷が走っている。何度拭いても取れない線が視界の端に残った。


 通信塔の低出力照明が、基部管理室の床をぼんやり照らしている。ここに初めて入った時は、暗く、冷たく、何が生きているのかも分からなかった。今は違う。弱いが、表示があり、音があり、ノアの声がある。


 ただ、それでも外は白いままだった。


[ROUTE EXTENSION PLAN]

――――――――――

目標:北東中継塔

通信塔低出力グリッド:使用可能

保守棟ビーコン:中継補助に転用

携行ビーコン:三基

粉塵濃度:上限付近

小型作業ローバー《ガタ》:同行

――――――――――


「ガタ、足回りは?」


『動きます。行きたくはありません』


「そこは聞いてない」


『重要です』


「重要だけど、今は後ろ半分に置いておけ」


『後ろ半分が重いです』


 ガタが小さく前進し、すぐに停止した。前照灯が一度だけ点滅する。嫌がっているようにも、ため息をついたようにも見えた。


 レンは入口の手動ロックを外した。重い扉が低い音を立てて動く。隙間から、冷えた空気と粉塵の匂いが流れ込んできた。


 外は薄く明るかった。空に太陽の位置は見えない。白い粉塵が空と地面の境目をぼかし、遠くの構造物を削った影のように見せている。


 通信塔の外壁には、仮復旧した導光ラインが一本だけ走っていた。青白い光が、低く脈を打っている。その光が途切れる先は、何もない白に見えた。


『外部環境確認。風速、許容範囲。粉塵濃度、高。視界、二百七十メートル前後。通信塔からの誘導信号、安定』


「二百七十なら、まだましか」


『はい。悪い中では良い状態です』


「そういう言い方、地味に削れるな」


『表現を変更します。現在、移動開始に適した悪条件です』


「悪化したぞ」


 レンは笑いかけて、すぐ口を閉じた。フェイスシールドの内側に息が当たり、白く曇る。手袋の指先で軽く拭いたが、曇りはすぐ戻った。


 歩き出すと、靴底の下で粉塵がぎゅ、と鳴った。砂より細かく、灰より重い。踏むたびにわずかに沈み、足を抜く時に遅れてまとわりつく。


 ガタはレンの右後ろを進んだ。車輪が粉を押し分け、細い跡を残す。数メートル進んだだけで、もう通信塔の入口がぼやけた。


『第一ビーコン設置推奨地点まで、三十メートル』


「もう?」


『帰還基準点です。通信塔入口の視認が落ちる前に設置します』


「了解」


 レンは腰から一基目のビーコンを外し、地面へ打ち込んだ。金属杭が粉塵の下の硬い層に当たり、鈍い音を返す。スイッチを入れると、小さな青い点が灯った。


[RETURN BEACON 01]

――――――――――

設置完了

通信塔基点:同期

信号強度:安定

帰還経路:記録開始

――――――――――


 表示を確認してから、レンは北東へ向き直った。


 ノアの誘導線がフェイスシールド内に重なる。細い青線が粉塵の中へ伸びていた。地面には道らしいものは見えない。ただ、古い舗装の欠片がところどころ白い粉の下から覗いている。


 しばらく進むと、遠くに影が見えた。


 最初は、粉塵の濃淡だと思った。だが、歩くにつれて形が残る。細く、縦に立ち、上部が欠けている。塔というより、折れかけた杭のようだった。


「……あれか?」


『方位一致。距離推定、一・八キロメートル。北東中継塔の可能性が高いです』


 レンは足を止めた。


 白い世界の向こうに、まだ立っているものがある。通信塔ほど大きくはない。強くも見えない。むしろ、いつ倒れてもおかしくない細い影だ。


 それでも、立っていた。


 レンは手袋の中で指を握り直した。手のひらに汗がたまり、工具の重みが肩に食い込む。行けばいい。行って、見て、使えるところを探す。だいたい全部、それでここまで来た。


『レン』


「分かってる。焦って走らない」


『それもありますが、別件です』


 ノアの表示が一瞬乱れた。通信塔から伸びる誘導線の先、北東の影が、ほんの短く青白く点滅する。


 レンは目を細めた。


「今、光ったか?」


『北東中継塔から、微弱応答を確認しました』


 ガタの前照灯がぴたりと止まった。


『帰りましょう』


「早い」


『あれは起きています。起きているものは面倒です』


「寝てる設備も面倒だったろ」


『では全部面倒です』


 レンは白い粉塵の向こうを見た。


 折れかけた影が、もう一度だけ弱く瞬いた。

 呼んでいるようには見えなかった。助けを求めているようにも見えない。


 ただ、まだ死んでいない。


「行くぞ」


『了解しました。北東中継塔への誘導を継続します』


『嫌です』


「ガタも行く」


『嫌です。行きます』


 レンは一歩踏み出した。


 通信塔の青い光が背後で小さくなり、北東の影が白い粉塵の中でゆっくり近づいてきた。

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