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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
外壁の向こうに、まだ施設がある

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第39話 古い外部マップが残っていた

 右腕のシールを交換したあと、レンは二十分だけ休んだ。


 二十分だけのつもりだった。椅子に座り、目を閉じ、右腕を軽く曲げたところまでは覚えている。次に目を開けた時、端末の表示は四十二分後になっていた。


「二十分じゃないな」

『休息時間、四十二分十三秒です』

「起こせよ」

『心拍と呼吸が安定していました。短時間睡眠と判断しました』

「短時間って便利だな」

『長時間ではありません』

「そういう問題じゃない」


 レンは右腕を持ち上げた。


 接合部に引っかかりはない。補修テープで固めていた時のぎこちなさもない。手首を回す。指を握る。開く。気密表示も安定している。


 直った。


 その実感が、少し遅れて体に入ってきた。


[SUIT SEAL STATUS]

――――――――――

右腕シール:交換済

気密:安定

暫定補修:解除

外部活動推奨時間:二十二分

――――――――――


「よし」


 声に出すと、整備室の空気が少しだけ軽くなった気がした。


 次は、保守棟端末から抜いたデータだ。


 在庫記録は部分取得。外部マップは断片取得。端末から急いで引き抜いたせいで、データは欠けている。けれど、ゼロではない。


 レンは作業台に携帯端末を置き、ノアのメイン表示へ接続した。


「外部マップ、開けるか」

『断片データを解析します。完全な地図ではありません』

「断片でいい」

『欠損が多い場合、誤認識の可能性があります』

「それも分かってる」


 画面が暗くなった。


 灰色の点がひとつ出る。


 拠点。


 そこから短い線が伸び、外壁ハッチへつながる。そこまでは、もう自分で歩いた場所だ。次に、保守棟の位置が表示された。小さな四角。今まで端末上では仮マーカーだった場所に、正式な施設記号が入る。


[EXTERNAL MAP FRAGMENT]

――――――――――

拠点:確認

外壁ハッチ:確認

保守棟:確認

周辺施設データ:断片

欠損率:高

――――――――――


「保守棟、正式に出た」

『はい。取得データと現地記録が一致しました』

「じゃあ、他もあるな」


 レンが言うと、画面の右上でノイズが走った。


 灰色の線が一本、保守棟の先へ伸びる。


 途中で切れる。


 また少し先に、別の点。


 細い塔の記号。


「通信塔か」

『候補です。前回発見した標識の方向と一致します』

「距離」

『保守棟から推定二百九十メートル。外壁ハッチからは約四百十メートル』

「遠いな」

『現在の推奨活動時間では、外縁到達と短時間確認が可能な範囲です』

「戻る時間込みで?」

『はい。ただし天候、粉塵、地形障害、装備重量により変動します』

「つまり、まだ怖い」

『はい』


 画面に、通信塔候補の文字が浮かぶ。


 COMM RELAY。


 欠けた文字列だ。だが、通信の中継設備である可能性は高い。


 レンは椅子の背に体を預けた。


 通信塔。


 そこへ行ければ、ノアがもっと外を見られるかもしれない。拠点の外にある設備をつなげられるかもしれない。もしかすると、他の何かと通信できるかもしれない。


 そこまで考えて、レンは一度止めた。


 期待しすぎるな。


 この場所は、すぐ期待を壊してくる。


「他は?」

『解析を続けます』


 画面の下側に、別の点が出た。


 保守棟から少し横へずれた位置。四角ではなく、低い長方形。記号が半分欠けている。


 STOR……


「ストア?」

『候補:STORAGE、資材庫』

「資材庫」

『はい。外部資材庫または補給倉庫の可能性があります』


 レンは前のめりになった。


「資材庫って、使える部品がある場所か」

『可能性があります。ただし状態は不明です』

「距離」

『保守棟から約百六十メートル。通信塔より近い』

「先にそっち行きたいな」

『資材庫の入口権限は不明です』

「保守棟よりは開いててほしい」

『根拠はありません』

「希望だよ」


 さらに、拠点の外壁に沿うように細い線が走った。


 途中で枝分かれする。


 一つは保守棟へ。


 一つは資材庫候補へ。


 一つは、地面の下へ向かうような記号になっている。


「この下向きのやつは?」

『排水または地下ケーブル管理系統の可能性があります』

「排水設備か」

『候補名の断片があります。DRAIN……』

「排水が生きてるなら、外のぬかるみとか粉塵流れにも関係ある?」

『直接の関連は不明です。ただし外部施設の水分制御や地下配管に関係する可能性はあります』

「あとで必要になるやつだな」

『推定です』


 灰色の線が、少しずつ増えていく。


 拠点は、ひとつだけで立っていたわけではなかった。


 保守棟。


 通信塔。


 資材庫。


 排水設備。


 線でつながった外部施設群。


 今まで外に出るたび、白い粉塵と壊れた壁しか見えなかった。でも、地図上では違う。そこには、かつて使われていた順路があった。設備があり、役割があり、たぶん人か機械が行き来していた。


 レンは画面を見つめた。


「思ったより、あるな」

『はい。拠点外施設群の存在が確認されました』

「ここ、ただの避難拠点じゃないのか?」

『不明です。周辺設備の種類から、保守拠点または小規模運用ノードだった可能性があります』

「運用ノード」

『はい』


 ノアの声が、ほんの少しだけ硬くなった。


「どうした」

『断片データ内に、上位接続を示す記号があります』

「上位接続?」

『この拠点群が、さらに大きな管理系統へ接続していた可能性があります』


 画面の奥で、灰色の線が細く伸びた。


 通信塔のさらに先。


 資材庫でも、排水設備でもない。


 欠けた線の先に、ほとんど読めない文字が出る。


 CENT……


 すぐにノイズで消えた。


「今の」

『データ欠損』

「CENTって出なかったか」

『断片文字列を確認。候補は複数あります』

「セントラル?」

『可能性のひとつです』

「中央管理?」

『断定できません』


 レンは黙った。


 中央。


 その言葉だけで、急に話が大きくなる。


 今はまだ、扉を開けるだけで精一杯だ。右腕のシールを交換できただけでかなり助かったところだ。通信塔にすら行っていない。


 なのに、地図はその先を見せてくる。


「今は置いておく」

『賢明です』

「ノア、今ちょっと早かったな」

『現在の優先順位では、通信塔と資材庫が上位です』

「中央っぽいやつは?」

『情報不足です」

「だよな」


 レンは画面の線を拡大した。


 通信塔候補。


 資材庫候補。


 排水設備候補。


 それぞれに、欠損率が表示される。通信塔は高い。資材庫は中。排水設備は高いが、外壁近くの入口があるらしい。


「次に行くなら、通信塔と資材庫、どっちだ」

『目的によります』

「通信塔は?」

『外部通信、広域センサー、周辺施設認識の回復が期待できます』

「資材庫は?」

『補修部品、バッテリー、外部活動支援装備の取得が期待できます』

「排水は?」

『環境制御、地下系統、外壁周辺状態の改善が期待できます。ただし危険度は不明です』


 レンは腕を組んだ。


 通信塔は魅力的だ。外が見えるようになるかもしれない。ノアの認識範囲も広がる。けれど遠い。


 資材庫は近い。部品があるかもしれない。生存にはこちらの方が堅い。


 排水設備は、たぶん後で必要になる。今行くには情報が足りない。


「通信塔へ行くには、何が足りない」

『予備フィルタ確認、補助バッテリー、帰還ビーコン、外部マーカー増設、粉塵強度確認が必要です』

「多い」

『最小構成でも三項目は必要です』

「じゃあ、今日は地図整理と装備リストまで」


 ノアが画面を切り替える。


[NEXT EVA REQUIREMENTS]

――――――――――

目的地候補:通信塔外縁

必要:予備フィルタ/補助バッテリー/帰還ビーコン

推奨:外部マーカー/追加固定具/短距離通信テスト

危険:粉塵視界不良/帰還遅延

――――――――――


「帰還ビーコンって作れるか」

『拠点内の部品と保守棟回収品で簡易型を作成可能です』

「どのくらい持つ」

『低出力なら三時間程度』

「十分だな」

『帰還支援用としては有効です』


 レンは地図を保存した。


 保存名を入力する画面が出る。


 外部マップ断片。


 そのままでいいのに、なぜか少し考えてしまう。


「名前、どうするか」

『自動名を推奨します』

「自動名は?」

『EXTERNAL_MAP_FRAGMENT_01』

「味気ないな」

『機能上は十分です』

「じゃあ、それで」


 レンは保存を押した。


 画面上に、灰色の地図が固定される。


 拠点。


 外壁ハッチ。


 保守棟。


 通信塔候補。


 資材庫候補。


 排水設備候補。


 欠けているけれど、外の形が前より見える。


[MAP UPDATE]

――――――――――

外部マップ断片:保存

通信塔候補:登録

資材庫候補:登録

排水設備候補:登録

上位接続断片:保留

――――――――――


「登録完了」

『はい』

「こうして見ると、忙しくなったな」

『作業候補が増えました』

「言い方」


 レンは少し笑った。


 でも、悪くない。


 今までは、生きるために目の前を直していた。空気、水、扉、スーツ。全部、今すぐ必要なものだった。


 今もそれは変わらない。


 でも、地図が出た。


 次に行く場所を選べる。


 それは、かなり大きい。


 レンは椅子から立ち上がり、保守棟から持ち帰った粉塵フィルタを手に取った。


「フィルタ確認までやる」

『休息後を推奨します』

「さっき寝た」

『四十二分十三秒です』

「短時間睡眠だろ」

『あなたがそう呼びました』

「揚げ足取るな」


 粉塵フィルタの外装を開ける。


 一本目は使えそうだった。内部の網目も崩れていない。古いが、通気抵抗は許容範囲。


 二本目は、外からは無事に見えたが、中の層が一部剥がれていた。


「これは駄目か」

『長時間使用は不可。短時間予備として分類可能』

「また短時間予備」

『完全な予備ではありません』

「まあ、ないよりいい」


[FILTER CHECK]

――――――――――

粉塵フィルタ候補一:使用可

粉塵フィルタ候補二:短時間予備

外部活動回数:増加見込み

通信塔探索:準備進行

――――――――――


「これで通信塔へ少し近づいた」

『はい』

「資材庫も気になるけどな」

『優先順位は再評価可能です』

「分かってる」


 レンは地図をもう一度見た。


 通信塔候補のアイコンが、灰色に光っている。


 その先に、さっき一瞬だけ出たCENTの断片。


 ノアは何も言わなかった。


 レンも聞かなかった。


 まだ早い。


 今は通信塔まで。


 その前に、ビーコンを作る。


「ノア」

『はい』

「次は、通信塔へ行く準備だ」

『了解しました。通信塔外縁探索を次回優先タスクに設定します』

「中央っぽいやつは」

『保留します』

「よし」


 画面の地図で、通信塔への細い線がゆっくり点滅した。


 外はまだ白い粉塵の中だ。


 でも、ただの白ではなくなった。


 そこには、行き先があった。

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