表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
外壁の向こうに、まだ施設がある

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/184

第32話 外壁のハッチは、半分だけ開く


 レンは外壁ハッチの隙間に体を入れた。


 背中のタンクが、すぐに縁へ当たった。ごつ、と鈍い音がヘルメットの内側まで響く。外へ出る前から引っかかっている。嫌な始まりだった。


「……狭い」

『開放幅は現在四十六センチです』

「五十センチ以内って言ったの、ノアだろ」

『はい。安全上の上限です』

「人間の肩幅も考えてほしい」

『設計上、標準外部作業員は通過可能です』

「俺が標準じゃないみたいに言うな」


 レンは一度、体を戻した。


 ハッチの向こうは白っぽく霞んでいる。粉塵がゆっくり流れ、光をぼかしていた。外の音はまだ聞こえない。スーツの内側で、自分の呼吸だけが近い。


 半分だけ開いたハッチは、そこで止まっていた。厚い金属扉の下部に古い砂が噛み、支柱の固定具も途中で固着している。無理に押せば開くかもしれない。だが、全開に近づけば保持機構が落ちる可能性がある。


 落ちたら、戻れない。


[HATCH CLEARANCE CHECK]

――――――――――

開放幅:四十六センチ

推奨上限:五十センチ

下部障害:砂・小石

支柱固定具:固着

保持機構:不安定

――――――――――


「四センチだけほしい」

『推奨上限内です。ただし、支柱固定具の固着解除が必要です』

「それ、外側?」

『内側からアクセス可能です』

「よかった」


 レンはハッチ脇のカバーを外した。


 ネジは錆びていた。一本目は回った。二本目は途中で噛んだ。三本目は頭が潰れかけている。レンは舌打ちしそうになり、やめた。ヘルメットの中で大きく聞こえるだけだ。


 工具を差し直す。押しながら回す。金属が嫌な音を立てた。


 ぎ、ぎ。


 動いた。


「今の音、折れた?」

『ネジ山が削れました』

「折れてはない?」

『現時点では』

「現時点では、が怖いな」


 カバーが外れると、中に手動支柱の解除レバーがあった。赤ではなく、黄色い小さなレバーだ。横に古い文字が掠れている。


 LOCK ASSIST。


 補助ロック。たぶん。


「ノア、これを解除すれば広がる?」

『支柱固定具を一段階解放できます。開放幅は約四センチ増加します』

「ちょうどだな」

『同時に、保持安定性が低下します』

「ちょうど嫌な情報もついてくる」


 レンはレバーに手をかけた。


 軽く押す。


 動かない。


 もう少し強く押す。


 まだ動かない。


 手首の角度が悪い。背中のタンクが邪魔で、体を正面に入れられない。レンは体を半分横にして、肩を壁に押しつけた。スーツの肩が擦れ、ぎり、と音がした。


『作業姿勢が不安定です』

「分かってる」

『転倒時、ハッチ縁に接触する可能性があります』

「分かってるって」

『警告を継続します』

「今は黙っててもらえると助かる」

『了解。必要時のみ警告します』


 ヘルメット内が少し静かになった。


 レンは息を吸い、黄色いレバーを押した。動かない。押す方向が違うのかもしれない。引く。少しだけ動いた。戻る。もう一度、引く。


 がき、と固い手応えがあった。


「これ、固着してるだけだな」


 レンは小型クランプをレバーの根元に噛ませた。無理に引くと折れる。少しずつ、支点を変えながら圧をかける。金属の古い抵抗が手に伝わった。


 汗が背中を流れた。


 スーツ内の空調が弱く唸る。


[SUIT STATUS]

――――――――――

内部温度:上昇

心拍:高

右腕シール:安定

活動可能時間:十四分二十秒

――――――――――


「十四分」

『作業時間の再計算が必要です』

「分かってる。まだ外に一歩も出てないのに」


 レンはクランプを握り直した。


 今度は体重をかける。ぐ、とレバーが沈んだ。支柱の奥で、何かが噛み合う音がした。そこで止まる。


 あと少し。


 レンは歯を食いしばった。


 左手で壁を押さえ、右手でクランプを引く。肩のあたりが軋む。背中のタンクが壁に当たる。足元の砂が少し滑った。


 まずい。


 体が傾く。


『レン』


 ノアの声が短く入った。


 レンは反射的に膝を曲げ、壁に体を押しつけた。転びかけた勢いが、そのままレバーに乗る。


 がこん。


 黄色いレバーが落ちた。


 ハッチの支柱が、一度だけ震えた。


 ご、と重い音がして、扉が数センチだけ外へずれた。粉塵が細く舞う。白い光が、少し太くなる。


[HATCH CLEARANCE UPDATE]

――――――――――

開放幅:五十センチ

補助ロック:一段解除

保持機構:注意

通過:可能

――――――――――


「五十センチ」

『通過可能です。ただし、接触に注意してください』

「やっとか」


 レンはクランプを外した。


 腕が重い。まだ外へ出ていないのに、もう少し息が上がっている。ヘルメットの内側で吐息が白く曇るわけではない。だが、視界の端が少し湿ったように感じた。


 レンはハッチの隙間に横向きで入った。


 まず左肩。次に胸部ユニット。背中のタンクを壁から逃がし、工具ベルトを手で押さえる。金具がハッチの縁に当たった。


 かち。


 音が大きい。


 止まる。


「引っかかった」

『工具ベルト左側です』

「見えてる」

『一度戻りますか』

「戻ると心が折れそう」


 レンは工具ベルトの位置をずらした。小型カッターが邪魔になっている。片手で外し、胸に抱える。もう一度、体を滑り込ませる。


 ハッチの内側の金属が、スーツの胸を擦った。


 ぎり。


 嫌な音だった。


『スーツ外装に擦過』

「穴は?」

『現時点で気密低下なし』

「その言い方、今日は多いな」

『外部活動中は状態変化が多いためです』

「正しいけど嫌だ」


 レンは肩を抜いた。


 次に背中のタンク。ここが一番怖い。タンクが縁に引っかかれば、体を戻すしかない。無理に引けば接続が痛む。


 レンは体を斜めにした。腰をひねる。足元が外側へ出る。靴底が、拠点の床ではない場所に触れた。


 ざり。


 砂だった。


 レンの動きが止まる。


 外の地面だ。


 その感触が、靴底越しに伝わった。柔らかくはない。だが、完全な金属床でもない。細かい砂と砕けた何かが混じっている。


 レンはもう片足を外へ出した。


 体がハッチの外側へ抜ける。


 背中のタンクが最後に縁をこすった。


 ごつ。


 引っかかった。


「……嘘だろ」

『背面タンク下部がハッチ縁に接触しています』

「接触じゃなくて、引っかかってる」

『表現を修正します。引っかかっています』

「修正しなくていい」


 レンは息を吐いた。


 外に半分出ている。戻るのも進むのも、どちらも面倒な姿勢だった。左足は外、右足も外。上半身も外。背中のタンクだけが、ハッチの縁に嫌な角度で引っかかっている。


 腕を伸ばしても、タンクの下部には届きにくい。


「ノア、タンクの固定を緩めたら抜けるか?」

『推奨しません。固定を緩めた状態で転倒した場合、供給ラインに負荷がかかります』

「じゃあ?」

『姿勢を下げてください。タンク下部の接触点がずれます』

「しゃがめって?」

『はい』


 レンはハッチの縁に手をついた。


 外側の金属は、ざらついていた。砂が付着している。手袋の表面が白く汚れる。


 膝を曲げる。


 背中のタンクが少し下がる。


 まだ引っかかる。


 さらに下げる。


 スーツが重い。工具ベルトが太ももに当たる。胸部ユニットが腹を圧迫する。息が浅くなる。


『レン、姿勢維持時間に注意』

「今、言うな」

『必要時のみ警告しています』

「必要なのは分かるけどさ」


 レンはもう少しだけ膝を曲げた。


 背中のタンクが、縁から外れる。


 すこん、と軽い音がした。


 勢い余って、レンは一歩前に出た。靴底が砂を踏む。体が少し傾く。右手を伸ばして、外壁に触れた。


 止まった。


 外に出た。


[EXTERNAL ACTIVITY START]

――――――――――

位置:外壁直近

スーツ気密:維持

酸素残量:三十九分

推奨帰還:十四分以内

通信:近距離安定

――――――――――


 レンはしばらく動かなかった。


 外だった。


 空は見えない。白っぽい粉塵が視界を覆っている。光は拡散して、どこから来ているのか分かりにくい。地面は灰色で、細かい砂と割れた舗装材のようなものが混じっていた。


 風がある。


 低い風だ。音はヘルメット越しにほとんど聞こえない。それでも、粉塵が横へ流れているのが分かった。


「ノア」

『はい』

「外だ」

『外部活動開始を記録しました』

「そういうことじゃなくて」

『はい』

「……いや、いい」


 レンは一歩だけ進んだ。


 ざり。


 足元の砂が鳴る。


 もう一歩。


 外壁から離れると、拠点の大きさが少し分かった。背後にある壁は高く、灰色で、ところどころが傷んでいる。人間用の入口というより、巨大な機械の腹に開いた傷に見えた。


 半開きのハッチが、そこにある。


 戻る場所。


 レンは振り返り、ハッチの位置を確認した。白い粉塵の中でも見失わないように、バイザー内にマーカーが出る。


[RETURN MARKER]

――――――――――

帰還地点:外壁ハッチ

距離:三メートル

視認補助:有効

――――――――――


「マーカー、固定しておいて」

『固定済みです』

「消えたら困る」

『通信が途絶しても、スーツ側に表示を保持します』


 レンはうなずき、周囲を見た。


 壊れた誘導灯が地面に半分埋もれている。細いポールの先に、割れたライト。そこから先へ、かすれた白線が伸びていた。ほとんど砂に埋もれているが、たしかに人工物の線だった。


 線の向こうに、影がある。


 遠い。塔ではない。もっと低い。建物の角か、外部設備の箱か。


「ノア、あれ見えるか」

『視界不良。輪郭のみ確認』

「建物?」

『可能性があります。外部保守設備、または資材格納庫の一部と推定』

「近い?」

『距離、推定百二十メートル』

「二百メートル以内だな」


 レンは行きかけて、止まった。


 足元に黒いひびが走っている。舗装材が割れ、下が少し沈んでいた。見た目より深いかもしれない。


 レンは携帯ライトを下へ向けた。光がひびの奥に吸われる。底は見えない。


「地盤が割れてる」

『迂回を推奨します』

「だよな」


 レンはひびを避けて、白線沿いに進んだ。


 三歩。


 五歩。


 十歩。


 拠点の送風音は、もう聞こえない。代わりに、スーツの駆動音と自分の呼吸だけが残った。足音は砂に吸われる。たまに靴底が割れた舗装を踏んで、こつ、と硬い音を返す。


 思ったより静かだった。


 それが、気持ち悪かった。


 レンはバイザーの表示を確認する。酸素、通信、帰還距離。数字はまだ安全域にある。だが、安全だとは思えない。


 白線の先に、倒れた標識があった。


 レンはしゃがみ込んだ。標識は半分砂に埋もれている。表面の文字は削れているが、矢印だけは残っていた。


 矢印は、さっきの影の方向を指している。


「ノア、標識を読む」

『画像補正を行います』


 バイザー内で、標識の文字が一瞬だけ強調された。


 読めたのは、三文字だけだった。


 MAI。


「メンテ……か?」

『候補:MAINTENANCE』

「保守棟」


 レンは影を見た。


 白っぽい粉塵の向こう。低く、四角いものがある。あれが保守棟なら、外に残っている部品があるかもしれない。スーツのシール、バッテリー、工具、ハッチの補修材。


 外に出た意味がある。


「行くぞ」

『残り推奨活動時間、十二分四十秒』

「分かってる。標識までで終わる気はない」


 レンは標識の砂を少し払った。


 その下に、細い誘導ラインが続いていた。古い白線ではない。地面に埋め込まれた細い金属帯だ。ところどころ切れているが、保守棟らしき影へ向かっている。


[EXTERNAL GUIDE LINE]

――――――――――

誘導ライン:損傷

方向:保守設備候補

通電:なし

追跡:可能

――――――――――


「道案内は死んでるけど、線は残ってる」

『追跡可能です。ただし、足元の崩落に注意してください』

「了解」


 レンは誘導ラインをたどり始めた。


 外壁ハッチから二十メートル。


 三十メートル。


 背中のタンクが重い。右腕の補修シールが気になる。漏れていないと分かっていても、意識がそこに行く。


 風が少し強くなった。


 粉塵がバイザーに当たる。ぱら、ぱら、と細かい音がする。視界が一瞬だけ白く濁った。


「ノア、視界補正」

『補正します』


 輪郭が少しだけ見えやすくなる。


 影が近づいた。


 それは建物だった。低い四角い建物。外壁はひび割れ、入口の上には半分落ちた庇がある。扉は閉じている。周囲には、倒れた小型コンテナと、折れたポールが散らばっていた。


 レンは建物の前で立ち止まった。


 入口横に、黒く焼けた認証端末がある。


 完全に死んでいるように見えた。


「ノア」

『はい』

「保守棟で合ってるか」

『外壁表示を確認。保守棟の可能性が高いです』

「可能性じゃなくて、当たりであってほしいな」

『確認には内部アクセスが必要です』

「だよな」


 レンは扉に近づいた。


 手を伸ばす。


 その瞬間、認証端末の奥で、小さく赤い点が灯った。


 生きている。


[MAINTENANCE ANNEX]

――――――――――

入口端末:低出力

認証状態:待機

内部電源:不明

構造安定:不明

――――――――――


「反応した」

『認証を要求しています』

「こっちを知ってると思うか?」

『可能性は低いです』

「だよな」


 レンは端末に手を近づけた。


 赤い点が、ゆっくり点滅する。


 拠点外で初めて見つけた生きている設備。


 それは、歓迎しているようには見えなかった。


「続きが読みたい」と思ったら下の評価とブックマーク登録をどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ