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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
地上港を、帰る場所にする

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202/207

第192話 仮名が帰還先を焼き付ける

 名称欄は、空白のまま白く待っていた。


 レンは中央卓に立ち、昨日残った短時間係留成功の白点を見た。第一ロックは閉じている。軌道アンカーも静かだ。だが、大型居住移送体の低位通電窓だけが、暗い船体図の端で細く開いている。起こす相手を呼べ、と言われているようだった。


『仮登録枠、待機』


 ノアの声が、中央卓の上で平らに鳴った。


「仮登録だけだ。船体通電はしない」


『はい。仮名登録、地上港接続、通電対象照合までです』


 ガタは退避線の入口で前輪灯を名称欄へ向けていた。文字が出る場所を、なぜか段差みたいに見ている。


『名前、長いと嫌です』


「呼ぶのはお前じゃないだろ」


『長い名前は、表示が増えます。表示が増えると、見る場所が増えます』


「現場安全としては正しいな」


 レンは小さく息を吐いた。候補名は、昨日から欄の外側に薄く残っている。大型居住移送体。地上港。軌道アンカー。七つの居住区画候補。古い規格名は長く、冷たく、どれも人が呼ぶには硬すぎた。


 ノアが、候補欄を一つだけ前へ出した。


『旧管理名候補、ARK-SEVEN』


「アーク・セブン」


 口に出すと、中央卓の空白がわずかに明るくなった。


 レンはその反応に、少し遅れて気づいた。名前を読んだから反応したのではない。地上港の接続窓、軌道アンカーの保持点、七つの居住区画候補が、その音に一斉に照合を始めている。名前が、巨大な構造を一つの作業対象へまとめようとしていた。


「仮名として登録。正式登録じゃない」


『確認。仮名登録は正式命名ではありません』


「地上港接続は維持。帰還先はここ」


『地上港座標を帰還先候補として焼き付けます』


 ガタが左右の車輪を少しだけ鳴らした。


『焼くのは嫌です』


「比喩だ」


『比喩は熱くないですか』


「たぶん熱くない。ノア?」


『座標記録処理です。熱は発生しません』


『なら、少し嫌です』


 少し、で済んだ。レンは仮登録欄に指を置いた。


 《アーク・セブン》。


 入力した瞬間、中央卓の奥で低い音が鳴った。扉ではない。発電機でもない。もっと遠い、眠った骨が自分の名前を聞いて、寝返りを打つような音だった。


『仮名受理』


 暗かった船体図の外縁に、一つ目の区画が灯る。次に、少し遅れて二つ目。三つ目は点きかけて一度止まり、地上港接続欄の白い点を確認してから薄く光った。七つ全部ではない。だが、これまでただの候補線だった区画が、名付けに反応して順番を持ち始めた。


 地上港の床下から、短い確認音が三つ返った。温食器の低い音とは違う。もっと硬く、古い接点が自分の位置を読み直す音だ。受け入れ区画の壁に残っていた薄い表示溝が、名称欄と同じ淡い白で一瞬だけ点き、すぐ生活系の白へ戻る。


「地上港側にも出たか」


『はい。帰還先候補として、受け入れ区画、退避線、医療・休息区画を照合』


「出発側じゃなく、帰る側から覚えるんだな」


『推奨順です』


 レンは少しだけ肩の力を抜いた。大きい名前を入れたのに、最初に返ってきたのは、寝台と給水と退避線だった。船を起こす名前ではある。だが、地上港はその名前を、人を戻す場所から受け取っている。


「通電したか」


『いいえ。通電対象の応答です。船体骨格への電力投入は未実行』


「それでいい」


 レンは手を離さなかった。名前が入ると、動かしたくなる。動かせる気がしてしまう。だが、昨日の第一ロックも、今日の仮名も、どちらも入口だ。入口を入口のまま閉じられなければ、次は危険になる。


 中央卓の地上港図に、焼き付け座標の枠が浮かんだ。地上港の中心、受け入れ区画、退避線、温食器、静養室。その小さな生活系の塊が、巨大な船体図の下に結ばれる。出ていくための名前ではなく、戻る場所を失わないための名前だ。


『帰還先候補、地上港に固定』


 ノアの声が続く。


仮名アーク・セブンと地上港接続を照合』


「アンカーは」


『短時間保持点のみ応答。長時間係留は未成立』


「第一ロック」


『閉鎖。短時間仮解除履歴あり』


「生活系」


『維持。給水、温食、医療・休息、補給路、退避線、白表示』


 ガタが退避線を一輪分だけ進み、戻った。


『名前が付いても、地上にいます』


「そこが大事だ」


『名前で浮かぶのは嫌です』


「浮かばない。まだな」


『まだ、は嫌です』


「その嫌は、次に取っておけ」


 中央卓の区画灯が、もう一度だけ順にまたたいた。名前を忘れていない、という返事のようだった。レンはその光を見ながら、胸の奥が少しだけ重くなるのを感じた。巨大すぎる。だが、巨大すぎるものに名前を付けると、手順に落とせる。


 ノアがログを組んだ。


[TEMPORARY NAME REGISTRATION]

――――――――――

仮名:《アーク・セブン》

登録:大型居住移送体の仮名として受理

接続:地上港を帰還先候補として固定

応答:船体骨格候補区画が順番に低位応答

維持:第一ロック閉鎖、短時間係留履歴、生活系

未実行:船体骨格通電、正式命名、長時間係留

次作業:仮名に応答した骨格へ短時間だけ光を通す

――――――――――


 ログを閉じても、名称欄は消えなかった。空白ではなくなっている。だが、正式な銘板でもない。中央卓の上にあるのは、仮の名と、地上港へ戻る座標だ。


 レンはその二つを見比べた。


「アーク・セブン」


 小さく呼ぶと、船体図の端が薄く返った。


『応答あり』


 ノアが記録する。


『名前、短くはないです』


 ガタが言う。


「でも覚えられるだろ」


『嫌ですが、覚えます』


 レンは笑わずに頷いた。名前が付いた。戻る場所も焼き付いた。


 次は、その名前に応じた骨へ、光を通す。

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