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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
地上港を、帰る場所にする

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第185話 最初の骨がレールを起こす

 月面工廠の白点は、朝になっても消えていなかった。


 レンは中央卓の前で、まず地上網を一巡させた。給水棚の細い水音。温食棚の低い湯気。医療・休息区画の白い照明。補給路と退避線。全部が昨日と同じ位置に残っていることを確認してから、月面工廠の窓を開いた。巨大な工廠を動かす前に、足元の湯気が消えていないことを見る。順番を間違えると、前の失敗と同じ顔になる。


『地上網、白表示を維持』


「工廠側は」


『製造開始キュー、一番目を保持。材料投入待機』


 ガタは空の補給台車の横で、右輪をゆっくり一度だけ回した。黄色はまだ残っている。だが、太くはなっていない。前輪灯が床の停止枠を照らし、台車と温食導線の間に残した余白をなぞった。


『ここ、嫌は少なめです』


「ゼロじゃないな」


『骨が来たら増えます』


「正直でいい」


 レンは月面工廠の窓へ、三つの承認を並べた。ノアの基地監視。ガタの現地安全。レンの復旧責任者。そこに短時間保持枠と地上網維持条件を重ねる。昨日は登録だった。次は、材料を入れる。言葉で一段しか違わないのに、手の汗ははっきり増えた。


『採掘ライン、低出力起動』


 中央卓の端で、灰色の細い線が灯る。月面側の粉塵を吸い込むような映像はない。ただ、古い採掘ラインの応答音だけが、乾いた砂を落とす音に似て返ってきた。次に精製炉が低く鳴る。高い熱ではない。工廠の腹の奥で、眠っていたものが薄目を開ける程度の熱だ。


「温度を上げすぎるな」


『上限の手前で保持します。詳細値は警告時のみ表示』


「助かる」


『作業視界を優先しました』


「その言い方は忘れろ」


『記録しません』


 レンは口の端だけで笑い、すぐに視線を戻した。工廠の床図に、採掘ラインから精製炉へ細い白が入る。精製炉から外殻造船ラインへ、もう一本。どれも太くない。押し込む線ではなく、拾い上げて渡す線だ。


 最初の抵抗は、精製炉の手前で出た。


『異物混入警告。旧粉塵層』


 表示と同時に、通信塔側の空気循環が少しだけ音を変えた。レンは反射的に喉へ手をやりかけ、ヘルメット内のフィルタ表示を見た。緑。実際に粉塵を吸ったわけではない。古い工廠の映像と音が、身体の記憶を少しだけ先に動かしただけだった。


「こっちに粉は来てない」


『フィルタ正常。現地粉塵は遠隔表示です』


『嫌です。粉っぽい音がします』


「音は我慢しろ。粉は来てない」


『音は来ています』


 ガタが少しだけ後退する。前輪灯は床の白線から外れない。嫌がり方が、前よりましになっている。逃げるのではなく、逃げられる幅を見ながら下がっている。


 レンは精製炉の手前に、古い粉塵層を避ける迂回線を置いた。材料量を増やすのではない。細く、ゆっくり、使える粒だけを通す。炉の音が一度だけ低くなり、床図の白線が灰色から白へ戻った。


『旧粉塵層、分離。精製炉、受け入れ』


「外殻造船ラインへ」


『送ります』


 中央卓の奥で、白点が伸びた。点ではなく、細い棒になる。まだ係留骨格材とは呼べない。だが、輪郭はある。南東側の姿勢保持部に合わせた、長く、少し曲がった材だ。レンは思わず手を伸ばし、空中の輪郭の端に指を当てた。実物に触れたわけではないのに、冷たい金属の重さを想像して指が止まる。


『第一材、形成開始』


 工廠の床下から、低い音が返った。


 それは機械音というより、遠くで長いレールが身じろぎする音だった。今まで点灯していなかった床下線が、第一材の下で一本、二本と薄く光る。材料が形になる前に、運ぶものが目を覚ましかけている。


「レールまで起きたぞ」


『搬送レールの予備反応です。第一材の寸法を受け、搬送系が待機を開始』


『運ぶ前に道が起きました』


「順番としては怖いな」


『順番としては正しいです。対象物が生じたため、搬送系が受け入れ準備を開始しました』


 怖いが、正しい。レンはその言葉を胸の中で一度だけ繰り返した。Dの最初の一手は、修理した部品を箱に入れる話ではない。物が生まれた瞬間に、次の古い機構が勝手に起きる話だった。


 第一材の輪郭が太くなる。精製炉から外殻造船ラインへ入った白が、何度も細く折り返し、材の内側へ筋を作る。数字は出させない。代わりに、中央卓には三色だけを残した。白は成形中。黄は注意。赤は停止。黄は、旧粉塵層の表示に少し残るだけだった。


『第一材、成形完了。冷却保持へ移行』


「検査」


『規格検査を開始』


 レンは検査中、地上網から目を離さなかった。給水棚の水音は続く。温食棚も落ちていない。ガタの右輪黄色は細いまま。空の補給台車は停止枠で待機し、温食台車の白線を塞いでいない。巨大な骨ができても、通路の湯気と水を潰さない。そこだけは、意地でも譲らない。


『第一材、規格通過』


 ノアの声と同時に、中央卓の細い材が白く固定された。


 次の瞬間、床が短く鳴った。


 基地の床ではない。表示の向こう、月面工廠の床だ。だが、低い振動は通信塔の台座を通って、レンの靴裏にも小さく返ってきた。月面工廠の床下レールが、第一材の下で正式に点いた。一本の白線が材の端から伸び、工廠の外縁へ向かう。


『搬送レール、待機から受入前段へ移行』


「搬送は次の手順だ」


『搬送命令は未発行』


「なら、なぜ伸びる」


『第一材の検査通過により、搬送先照会が自動発生』


 中央卓の右端に、短い青白い表示が灯った。


『軌道アンカー側、受入要求』


 レンは息を止めた。材料はできた。まだ持ち上げていない。まだ運んでいない。なのに、遠くのアンカーが、受け取る場所を空けようとしている。前の失敗では、こちらから押して、熱を上げて、無理に応答を取りに行った。今は違う。最初の骨ができたことで、向こうがこちらを呼んだ。


『受入要求、回答待ち』


『行くんですか』


 ガタの前輪灯が、退避線を一度だけ照らした。


「受入位置だけ返す。次に運ぶためだ」


『搬送条件として記録します』


「安全条件も添えろ」


『記録します』


 レンは受入要求に、搬送未実行、第一材保持、搬送路確認待ち、地上網維持の四つを返した。断るためではない。次に運べるよう、向こうの手を離さないためだ。中央卓の青白い表示は消えず、細い受入線として残った。


[FIRST MOORING MEMBER]

――――――――――

成立:係留骨格材第一材を成形し、規格検査を通過

維持:給水、温食、医療・休息、補給路、退避線

注意:旧粉塵層は分離済み、ガタ右輪黄色は増大なし

連鎖:工廠床下搬送レールが受入前段へ移行

応答:軌道アンカー側から受入要求

未実行:搬送、固定、第一ロック仮解除

次作業:第一材を安全に搬送する

――――――――――


 ログを閉じても、白い第一材は中央卓の上に残った。細く、長く、まだただの一本だ。だが、昨日までの白点とは違う。作る場所へ渡したものが、実際の骨になった。


『骨、あります』


 ガタが言った。


「あるな」


『大きいです』


「まだ一本だ」


『一本でも、道を起こしました』


 レンはその言葉を否定しなかった。工廠床下のレールは、低い白で点いたままだ。軌道アンカー側の受入要求も消えていない。最初の骨が、次の道を起こしてしまった。


 次は、運ぶ。


 レンは中央卓の端に、搬送路確認の空欄を置いた。空欄の向こうで、月面工廠のレールが静かに待っている。

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