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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
地上港を、帰る場所にする

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第159話 同じ傷がもう一度返った

 通信塔の冷却音が、低い一定音へ戻った。


 レンは防塵外套の面体を閉じたまま、導波材、中継板、給電端子の温度を順に開いた。どれも待機域まで下がり、左右の冷却流量も重なっている。手首のフィルタ表示は作業継続域だった。


『残熱冷却、完了。照会出力への復帰条件が成立しました』


「前回の受信値を外す」


 作業台には、昨日取得した軌道アンカーの灰色外形が残っていた。現在位置、傾斜、低速の姿勢変動、第一ロックの損傷。レンはその一式を比較専用の窓へ移し、照会要求を組む欄から切り離した。


『前回受信データを読み取り専用領域へ隔離しました。新規照会列からの参照はありません』


「表示に使うのは、返ってきてからだ。先に重ねるな」


『比較処理も受信完了まで停止します』


『古い跡で新しい道を作りません』


 整備台のガタは右輪を浮かせたまま、前輪灯を端末へ向けていた。黄色表示は続いているが、充電端子の唸りも車体の振動も安定している。


「そういうことだ。二回目が昨日の写しなら、何度届いても一回と同じだ」


 レンは新しい照会欄を空の状態で開いた。要求項目は現在位置、姿勢、第一ロック損傷状態。前回の時刻印も位置も、照会列のどこにも入っていない。


「封鎖を確認」


『照会命令、第一ロック保守信号、第一ロック駆動、解除要求。すべて封鎖中です』


「照会命令だけ開ける。他は赤のまま」


 四本の赤い欄のうち、一番上だけが白へ変わった。通信塔はまだ低出力待機で、外部映像の塔身には冷却表示だけが灯っている。


「冷却先行。昨日と同じ上限まで」


『復帰します』


 受信器の奥でポンプ音が一段上がり、遅れて厚い接点が閉じた。中継板、導波材、送出部の順に白い線がつながり、通信塔の先端へ細い光が集まっていく。


 反射損失は安定帯の中央に収まり、温度上昇も冷却の線に追いつかれていた。基地監視と二段停止は待機したまま、照会必要出力だけが昨日と同じ位置へ届く。


『照会出力、安定。新規受信領域は空です』


「独立照会、一回。発行」


『実行します』


 通信塔の先端光が針より細く絞られた。


 塔身を下る振動が受信器へ返り、導波材の高音が一度だけ伸びる。照会列は空へ出て、端末には新しい送出時刻だけが刻まれた。昨日の記録とは明らかに違う時刻印だった。


『照会列、送出完了。反復要求なし』


「受信待ち。前回窓は閉じたまま」


 すぐには何も返らなかった。外套の給気音、通信塔の冷却音、ガタの充電端子が立てる低い唸りだけが、基地の端末台へ重なっている。


『遠いです』


「昨日も遠かった」


『今日は昨日より先です』


「軌道を進んでるならな」


 往復遅延の帯がゆっくり埋まった。昨日の値を当てはめれば、そろそろ最初の断片が届く頃だったが、レンは予測線を受信欄へ出さなかった。古い答えへ新しい点を寄せれば、再照会の意味がなくなる。


 受信器の奥で、乾いた砂を薄板へ落としたような音が走った。


『新規受信断片』


 白い点が三つ現れ、欠けた基準面と新しい時刻印を作った。昨日保存した断片とは欠け方が違い、受信順も違う。続いて戻った短い列が、現在位置の輪郭を少しずつ埋めた。


「時刻は」


『今回送出後の状態時刻です。前回保存値との一致ではありません』


「位置」


『前回位置より進行方向側。移動量は経過時間に対する軌道進行の予測範囲内です』


「昨日の場所を返したんじゃない。回った分だけ先にいる」


『はい。高度層は維持範囲内です』


 新しい受信欄に、灰色の輪が浮かび始めた。まだ外周の半分と二本の受け腕しかなく、第一ロックの表示もない。それでも昨日の外形を呼び戻したものではなく、少し先の軌道上で拾い直した現在形だった。


 三つ目の断片は遅れて届いた。高音の合間に細い雑音が混じり、灰色の輪が斜めに傾く。片側が手前へ出て、反対側が奥へ沈み、全体がゆっくり首を振るように動いた。


『姿勢情報を取得。主軸傾斜、低速姿勢変動』


「昨日と同じ揺れ方か」


『変動の位相は進んでいます。傾斜方向と振れ幅は同型です』


「止まった絵の使い回しじゃない。揺れが続いた先を取ってる」


 レンはそこで初めて、比較専用窓を開いた。昨日の外形を薄い白線へ落とし、新しい灰色外形の上へ重ねる。二つの輪は軌道を進んだ分だけ横へずれ、姿勢変動の位相差に合わせて縁がわずかに開いた。


 それでも、輪の傾き方は同じだった。


 外周の補強節、二本の受け腕、中央骨格を挟む固定部。昨日の白線と今日の灰色は別の時刻の形を保ちながら、同じ構造へ収まっている。


『前回外形との比較を開始。位置差は軌道進行相当。姿勢変動は連続性あり』


『二つ、あります』


「二回見に行ったからな」


 最後の受信断片が、外周の一か所へ集まった。進行方向側の受け腕、その根元。第一ロックの外装板が欠け、案内部の片側が内へ曲がり、四枚の固定爪のうち一枚だけが正しい面から外れている。


 新しい灰色外形の上で、その箇所だけが橙色になった。


 レンは昨日の外形を半透明にした。軌道上の位置も姿勢変動の位相も違う二つの輪が重なり、橙色の傷だけが同じ固定部へ残る。外装の欠けも、曲がった案内も、噛み外れた一枚の爪も、別の時刻に取り直した形の中で動いていなかった。


『第一ロック損傷状態を再取得。外装欠損、案内部変形、固定爪一枚の位置不一致。残る三枚は閉鎖保持』


「傷は増えてない。戻ってもいない」


『保持荷重の急変なし。構造分離の即時兆候もありません』


『同じ場所です』


 ガタの前輪灯が、二つの外形の重なりを追った。ずれた輪郭の間で、橙色だけが一本の傷のようにつながっている。


 新しい受信欄の端で、細い白線が一本だけ増えた。第一ロックの橙色表示から外周の内側を通り、通信塔の照会線へ向かっている。線の先には、短い識別子が付いていた。


『状態情報内に保守受信口を確認しました。第一ロック保守受信口。地上照会網側から到達可能な入口として登録されています』


「受ける口がある。それだけか」


『はい。受信可能表示のみです。保守信号は送信していません。応答要求も発行していません』


 レンは白線へ指を近づけたが、開かなかった。入口の先に何が並ぶか、どの信号なら受けるか、固定爪がどう反応するかは表示させない。今必要なのは、地上から届く口が存在し、同じ損傷を見ている系統へつながっているという識別だけだった。


「入口を保守対象へ付ける。中身は読むな」


『第一ロック保守受信口の存在と識別子のみ登録します』


『線は一本です』


「一本でいい。今日は増やさない」


 白線は点滅せず、橙色の傷へ届いた位置で止まっていた。要求を待つ表示も、第一ロックが動く兆候もない。二つの外形だけが別の時刻を示し、同じ傷と同じ受信口を抱えている。


 レンは今回の送出時刻、受信断片の時刻印、前回からの位置差を一つの記録へ固定した。前回データを混ぜていない新規照会列で、軌道を進んだ先の現在位置を取り、続いている姿勢変動と第一ロック損傷をもう一度取得した。


「再照会成立。冷やして、空の照会欄から出せば、同じ設備の今を取り直せる」


『基地からの独立再照会として記録しました』


「保守信号の封鎖」


『維持しています。第一ロック駆動、解除要求も封鎖中です』


「照会命令も戻せ。出力を落とす」


『照会命令を封鎖。安全降出力へ移行します』


 通信塔の高音が一段ずつ低くなった。外部映像では先端の細い光が薄れ、塔身の表示灯が上から順に消えていく。導波材の反射が中央へ戻っても、冷却ポンプだけは同じ音で回り続けた。


『通信塔、低出力待機。残熱冷却を継続します』


『全部、止まっています』


「冷却は動いてる」


『そこは昨日と同じです』


 レンは面体の内側で息を吐いた。昨日と同じなのは、古い値を返したからではない。違う時刻に、違う位置から、同じ揺れと同じ傷が返った結果だった。


[ORBITAL ANCHOR REQUERY]

――――――――――

照会方式:前回値と分離した独立照会

現在位置:軌道進行分の差を伴い再取得

姿勢:傾斜・低速変動を再取得

第一ロック:同一箇所の限定損傷を再取得

保守受信口:存在・識別子を確認

保守信号・駆動・解除要求:未実施・封鎖継続

通信塔:低出力待機・残熱冷却中

――――――――――


 ログの上では、前回の白い外形と今回の灰色外形が少しずれて重なっていた。二本の輪郭は別々の時刻を持ち、橙色の傷だけが同じ場所に残る。その傷から地上へ、触れていない細い入口線が一本だけ伸びていた。


 遠すぎて、まだ工具は届かない。だが基地から見に行く道は、もう一度きりではなかった。

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