好きは大も小も兼ねる
初めましての方は初めまして、そうでない方はまた会えて嬉しいです。
推し活する女の話。ゆるーく語っているだけなので気楽に読んで頂ければ幸いです。
ガラス越しに昼の光が差し込む二人席。
蒼星はいつもの日替わりランチを前に、満足そうにフォークを動かしていた。
「おつー蒼星。あれ、それなに? 可愛いじゃん」
「んー? 『夏の終わりに見た陽炎』をこの前一気見してめっちゃハマったから、メーナ姐さんのイメカラで作ったブレスレット」
そこに、これまたいつも通りに十分ずれて李央が到着した。
蒼星の返答を聞くなり、李央は席に腰を落としながら呆れたように「またか……」と声を漏らす。
「『なつかげ』は私も観たしハマったけど……メーナってあれでしょ、九話と十話にだけ出てきた三人組の一人」
「そうだよ? いやぁ、姐さんマジかっこよかった。あの生き様は推せる……」
美味しい料理をゆっくり味わうように、蒼星は上を向いて瞼を閉じ、記憶に浸る。
「いや、十話で死んだじゃん。あれは主人公リュウくんのライバルの姉ってだけでしょ。しかも過去回想だからあの時間軸では最初から生きてない」
「生きてる! あたしの中で!」
「声でか」
蒼星の熱量に当てられながら、李央は「はいはい」とでも言いたげにテーブル隅のタブレットをタップし、手慣れた動きでファルファッレのスープパスタとシーザーサラダを注文した。
「いつも思うけど、あんたってよくもまあそうやって見つけるよね。自作のグッズも作れる典型的女オタクって感じなのに、好きになるのが特殊というかなんというか……視野が変態?」
「言葉選ぼうとして変態は酷くない? もうちょっと頑張ってよ。せめてマイノリティとか言って欲しかった」
蒼星は不貞腐れた様子で、ロールパンにマーガリンを塗りたくってかぶりつく。不満気な表情をしているが、二人にとっては手垢のついた茶番だ。
「むぐ……あたしがグッズ作れるようになったのは、どの公式もあたしの好きなキャラのグッズをほとんど出さないからだよ。良くないと思うな、そういうの」
「そりゃ一人くらいは買うだろってグッズより、千人が買ってくれそうなグッズ作るでしょ。あ、どもです」
李央は気を使って静かにお冷を置いた店員に、軽くお礼を言ってから喉を潤した。
「そう、分かってる。この世は弱いものから淘汰されていく……だから悟ったんだ。我々マイノリティは自給自足しかないのだと!」
蒼星は左手にグッと握って宙を殴ると、手首に着けていた鮮やかな緑と橙色のブレスレットが揺れた。
相変わらず好きなものには全力投球な蒼星を見て、李央は楽しそうに笑う。
「あんたの行動力は見ていて気持ちいいけどさ。蒼星って、私以外の人とこういう話しないよね。オタクバレなんて今どき大した話じゃないでしょ?」
グラスを持ったまま蒼星を指差し、問い掛ける。
李央も李央でそれなりにオタクではあるのだが、彼女は流行りものにはなんでも手を付けるオタクだ。
アニメ、漫画、ドラマ、俳優にアイドル。大抵のものを知っているが、自分から情報収集をすることは基本無く、同僚や友達が一定数話題に出したものを自分も見てみるといったタイプ。
だからオタクに忌避感は一切……いや、この特殊オタクが友達の時点で、それは有り得ないだろう。
とはいえ、世間のオタクへの認識も、昔に比べれば許容されている。
今更、蒼星がオタクだと言い始めても、誰も気にするものはいない。
それ故に、李央は何故自分以外の同僚や友人に、これだけの熱量の推し語りをしないのかずっと疑問だった。
「李央、先月あたしがめっちゃ上機嫌だった理由覚えてる?」
「あー、確か映画オリジナルアニメの『君といた六畳ワンルーム』だっけ? 十回くらい観に行ったとか言ってなかった?」
「正確には十三回観に行って、ブルーレイも予約したんだけど」
「やばい女じゃん」
蒼星にツッコミを入れたところで、先程李央が注文した料理が届いた。このままただ喋っているだけでは昼食を食べ損ねてしまうので、お互いに食べながら会話を続ける。
「んで、その映画がどうしたのよ」
「あの映画、あたし以外から観たって言われた?」
「言われてない……かな。蒼星が相当お熱だったから周りにもちょっと話題に出してみたけど、皆知らなかった」
未来予知が当たったとでも言うように、蒼星は頷きつつ、ストローで氷を突っつきながら「だよねぇ」と息を漏らした。
「じゃあ、あたしの推しアーティストは?」
「『Give me a break』でしょ。通称『ギブブレ』。蒼星がよく話すから、私もたまに聴いてるよ」
「それもあたし以外は?」
「名前すら知らなかったね」
「ですよねぇ」
蒼星は苦笑しつつ後頭部を掻く。
「信じてもらえるか分からないけど、あたしはさ、別にマイナーな作品やキャラを好きになってるつもりは無いんだ。
『君といた六畳ワンルーム』だって、主人公ペアが凄い好きだったから何度も観に行った。ちゃんと主役を好きになることもある。けど、作品自体がマイナーだった。
あ、マイナーとは違うか、ネットでは反響があったように見える。でもそれは、あたしのSNSだけだったんだよねぇ」
たははと笑う蒼星は、残念がっているというよりも、どこか諦めているようだった。
「興行収入十億円突破、来場者百万人超って言われてたのに、なんで周りの人は誰も観てないんだろう、その百万人どこ探したら会えるの!? とかさ、めっちゃ考えたんだよね」
蒼星は齧りかけのロールパンを片手に肩をすくめる。
実際に百万人が観ていない可能性が高いことなど、蒼星も理解している。何せこの女が十三人分なのだ。蒼星みたいなファンが十人いれば、それだけで九十人以上の差が生じる。
「でもさ、最近のオタクって李央みたいな子が一般的じゃない? 友達がハマってたから気になった、みたいな」
「……ん? ちょっと待って。遠回しにディスられた?」
思いがけない結論に、李央は思わず眉をひそめる。せっかく静かに食べながら相槌を打っていたのに、急に薄い人間扱いされた気分だ。
「あっ違う違う!」
蒼星は慌てて手を振った。
「李央を悪く言うつもりはないよ。むしろさ、そうやって人から広がっていく『好き』も素敵だと思う」
片手に持っていたロールパンに再度かぶりつきながら、蒼星は続ける。
「ただね、自分で情報拾って、そこから『好き』に繋がる瞬間って面白いなーって思うの。今の世の中って好きになれるもので溢れてるし、世間の人気不人気とかマジどうでもいいなって」
李央からすれば、急に真面目な話に聞こえる。
しかし蒼星は、もそもそとパンを咀嚼しながらマイペースに語り続ける。
「もし同志に会えたら、あたし絶対飛び跳ねると思うんだよね。なんてったって万年ソロオタクだからさ」
そこまで言って、蒼星はロールパンの最後の一欠片を、口に放り込んだ。
「……でも、その人がたまたまその作品に刺さっただけで、次にあたしがハマる作品まで好きになるとは限らないじゃん? 多分、次の作品はまた『知らない』の一言で終わるんだろうなって」
李央はサラダを口に運びながら、今度はこちらが肩をすくめる。
「まあ、人間関係なんてそんなもんよ。あんたのクローンじゃない限り、同じものを好きになり続けるなんて無理な話でしょ」
決して蒼星を否定するわけでもなく、ただ事実を肯定する李央。蒼星も蒼星で、悲しい気分になるわけでもなく、それは事実だと受け入れていた。
「そうそう。だからさ、なんかもう同志に会えなくていいかなーって思うようになって。
熱量の低い人が悪とも、作品を知らない人が無知だとも思わない。身内の話題から作品を好きになるのだって良いことだと思う。
だって、そこにあたし関係ないし。あたしの『好き』はあたしだけのものだもん。楽しみ方なんて、悪ささえしなければオールオッケーってね」
蒼星は両手で丸を作ってニッと笑う。
楽しみ方は人それぞれでいい、それは自分の推し方を肯定するためにも言っているのだろう。
「ま、だからあたしは、何でも適当に聞いてくれる李央だけで良いかな」
蒼星は残りのパスタをフォークでクルクルと巻いて口に運んだ。
「なーんか褒められてる気分にならないのは、なんでかなぁ……」
ジト目で蒼星を見やる李央。蒼星の考えは分かったが、またしても結論で評価を下げられたような気分になる。まあ蒼星の事だから、そんなつもりがないことは分かっているのだが。
「えー、めちゃくちゃ褒めてるよ。好きの理由を聞かない、嫌いだったとしても嫌いと言うだけで嫌いな理由を言わない李央ってめっちゃスパダリだよ」
ズズーッと音を立ててアイスティーを飲む蒼星は、嘘の無い瞳で李央を褒める。
「あんたね……絶対スパダリの意味わかってないでしょ。それだけでスパダリ判定してたら、蒼星の今後が私は心配だよ」
李央は呆れのような照れのようなため息を吐いて、蒼星の視線から逃れるように残りのサラダを平らげた。
「そもそも、好きなものを嫌いって言われるのは結構キツくない? 私は嘘つけなくて、たまについ言っちゃうけど、自分でも理由を言わずにただ嫌いっていうのは良くないから直さないとって思うし」
李央は基本的に、流行っているものは面白いものだと思っている人間だが、それでも好みというものはある。たまにどうしても好きになれないものは一言「嫌い」とだけ言ってその話題は避けるようにしていた。
自身を客観的に見ても、空気を断ち切る悪手でしかない訳だが、蒼星はどういうわけか、その行動にとても好意的だ。
「例えば、私がここでメーナ嫌いって言ったらどうするのよ」
攻撃的になるつもりはない。ただ、自分が好きなものを嫌われた時、蒼星がどう思うのかが知りたかった。
蒼星は飲み切ったグラスに残る氷で遊びながら、「どうもしないよー」と答えた。
「さっきあたしの『好き』はあたしだけのものって言ったじゃん? それは逆にも言える。李央の『嫌い』は李央だけのもの。わざわざ嫌いな理由を言語化して、好きな人の前で並べるなんて互いに嫌な思いをする、何の利益も生み出さない時間だよ」
氷をカランカランと鳴らして蒼星は語る。
「嫌いなら嫌いで良いじゃん。あたしは好き、李央は嫌い。そこにそれ以上の話はないよ。李央は嫌いなんだ、じゃあこれは話さなくていいか、で終わり。それをなんで嫌いなの、なんて聞いたところで嫌いなものは嫌いだよ。そんな話するくらいならさ、あたしは好きなものまみれなんだから、いくらでも次の推しの話をするよ」
そう言うと、蒼星は遊んでいたグラスの中の氷を一つ口に含み、飴玉のように転がした。
人生観を語っている時間とは、少なからず真剣な空気になるはずなのに、このオタクはずっと遊んでいる。
聞いている側がこの態度だったらあまりにも失礼が過ぎるが、語っている側がこんな態度では、締まるものも締まらない。
「でも蒼星って推し語りで好きな理由散々言ってない? あれは蒼星的にどの立ち位置なの」
「あれは独り言みたいなもんでしょ。李央は壁」
「独り言デカすぎるだろ」
あまりにも自分ルール過ぎる。しかし、自分のように場の空気を悪くすることはなく、誰にも迷惑をかけてないところは素直に評価出来る。壁と言われたことは癪ではあるが、蒼星のフルスロットル推し語りは、李央にとって日常の楽しみの一つだから特にツッコミを入れるつもりもない。
「まあ、冗談は置いておいて。好きって溢れてくるものだから、スイッチオフのタイミングで今から語って下さいは無理じゃない? だいたいは好きが溢れていきなり思い出したかのように『あのシーンが!』って発狂し始めるもんだよ」
それはそれでどうなんだ、と李央は思ったが、蒼星のSNSを見ていると二時間前に投稿していた内容に繋げるように再度投稿したかと思えば、その直後にはまた別の内容で発狂しているということはよくある。それが所謂、溢れた結果なのだろう。
「しかも、大体の人は観るかどうかを決める為に聞いてくる。そんなの就活の面接と変わらないでしょ。何も楽しくないよ」
蒼星は自論を語りながら、李央の許可を得ずにファルファッレを一つ盗んで口に運ぶ。
「お、これ美味しい」
「百円寄越せ」
「絶対嘘じゃん。個数と金額釣り合ってないからヤダ」
悪戯っぽい笑みを浮かべる蒼星を見て、李央も諦めたように笑う。
「全く……でも蒼星って、そうやっていつも適当で、推しのことになるとエンジンぶっ壊れるくせに、しっかり考えてるんだね」
「ふふん、伊達に万年ソロオタクやってないよ、あたしは」
情けないような頼もしいような、蒼星はドヤ顔で自身の胸を叩く。叩いた左手首には、この世に一つだけのブレスレットが昼の日差しを反射させて輝いていた。
「私は逆に嫌いって言った後に、なんで嫌いかを聞かれたことがあるね」
李央にとっては少しだけ思うところがあった程度の出来事。けどこのオタクの自論の後では、笑い話程度に言える。
「聞かれた通りに一つ嫌いな点を言ってみると『そこだけじゃ、あのキャラは語れないから』って、急にプレゼンが始まったよ」
このキャラはこういうところが良いのだと、この要素とこの場面の行動力が噛み合うことでより魅力的だと。
言っている内容は蒼星に近い語り口調ではあったのだが、その奥底では無理矢理にでも嫌いな印象を払拭したいという必死な様子が窺えてしまい、李央は愛想笑いで乗り切るしかなかった。
「気持ちはよく分かるんだけどね……」
背もたれに体重を預けて天井を仰ぎ見る。
「あーあ、私もソロオタクデビューしようかな」
蒼星の推し語りは、いくら聞いても押し付けに聞こえない。
適当に聞き流しても、どうせ明日になったら同じ話をする。
こういうのでいい、こういうのがいいんだ。
ここまで吹っ切れたやばい女にはなりたくないが、真似をしてみるのは案外面白いのかもしれない。
「おーいいじゃん。李央もぼっちになるんだ」
「ならないから。あと、別に蒼星もぼっちじゃないでしょ。私といつもお昼食べてる時点で絶対違うから」
「でも壁じゃん」
「おい」
「あら怖い」
ほほほ、と巫山戯た笑い方をする蒼星のグラスには、とうとう氷すらも無くなっていた。本当に一つ残らずの完食だ。
李央の方もスープパスタを食べ切り、そろそろ戻らなければ午後の始業時間に遅れてしまう頃合だ。
「せっかくだし、私だけの推しってやつを見つけてみるか」
「いいじゃんいいじゃん。あ、でもあたしが観てるから話合わせるために観るとかやめてよね。ちゃんと興味持った上で観て欲しい」
蒼星は李央の呟きに同意した上で、人差し指を立てて警告した。
オタクならここで何か一つくらい作品を布教するところだろうに、あろうことか真逆の行動をとっている。
沼に引き摺り込む前に沼の主に足止めされた気分だ。
「本当に蒼星って……まあ、いいや。ほら、帰るよ。午後も労働に勤しむとしましょうか」
「推し活の為にもお金は大事なのですよ」
「ふっ……なにその語尾」
数日後、いつものお昼休みにいつものカフェテラス。いつも通り先に食べ始めている蒼星のところに、李央が遅れて現れた。
「おつー蒼星」
「やほー……あれ、ピンキーリング? おやおやぁ、もしかしてあたしの真似かい?」
昨日の晩、李央から『推しを見つけた』と連絡が来て、会ってみれば李央の小指にはシルバーのピンキーリングが嵌められていた。あんな連絡の後だ。ただの気分転換というわけでもなかろう。
「あんたじゃあるまい、そんなすぐにグッズなんて作れるか。市販のやつで推しっぽいアクセってだけだよ」
「ふーん、推しっぽいってことは……ずばり、裏にシークレットストーンが入ってるやつだ」
蒼星は完璧な推理と言わんばかりに、ビシッと李央にフォークの先端を向けて得意げな表情を浮かべる。
「こっちにフォーク向けんな。相変わらず推し事に関しては抜かりないな……そうだよ、選んだのはサファイア。安物だけどね」
「行動するのが大事ってもんよ。ぼっち第一歩だね」
「だから、ぼっちではないでしょうが」
李央は呆れた様子で店のタブレットを操作して、日替わりランチを注文した。そして、先に日替わりランチを食べている蒼星を見て、聞こえないように呟いた。
「……本当は、スターサファイアにするつもりだったんだけどね」
「……ん? 何か言った?」
「んーん、なんでもー」
「そう? あ、ねぇねぇ聞いてよ。昨日さー」
最後まで読んで頂きありがとうございました。
皆さんもそれぞれの推し活を楽しんで貰えればと思います。




