アイデンティティ ―あなたはわたしで、わたしがあなた―
深夜の凍てつく安置所。
そこには2体の遺体が台に横たわっている。
その前で、ひとりの警察官が疲れた顔で壁に寄りかかっていた。
花火大会で、2人は一緒に川に落ちたと目撃証言があった。
2体の遺体は同じ服を着て、同じ髪型をして、同じ顔をしている。
双子だと思い、持ち物――片方の手首に巻き付いていた巾着に入っていたマイナンバーカードから判明した家族へ先ほど連絡を入れた。
すると、家族は娘は1人しかいないと答えたのだ。
――では、もう一人は誰なのだ。
身元確認にくる家族を待ちながら、警官はひとり愚痴をこぼす。
「今日はダチと呑みに行く予定だったのになぁ」
その瞬間、「不明の遺体」がカッと目を見開き、首がぐるんと警官のほうを向いた。
限界まで見開かれた目。開ききった真っ黒な瞳孔が、警官を映す。
「その友達は、本当に友達?」
遺体の髪から雫が床に落ち、水音が霊安室に響いた。
***
はじまりは、偶然だった。
その日、限定のグッズを求め、彼女は隣町まで足を延ばした。
目的のアイテムを入手し、ほくほくと店を出ようとしたとき、別の客に方がぶつかった。
「すみませ……」
謝罪の言葉が、中途半端に途切れた。
彼女の視線の先にいた人物は、ひどく既視感のある顔をしている。
鏡を見ているような錯覚。
「…ドッペルゲンガー……?」
無意識に彼女の口から零れ落ちた呟きに、相手は半眼になった。
「こちらのセリフです…」
しばしの沈黙の後、彼女は噴き出した。
「ごめんごめん。なんか信じられなくてさー。自分と同じ顔が3人いるっていうけど、まさか出会う日が来るなんてね」
「確かに、天文学的な確率かもしれないですね」
相手も表情を緩めた。
彼女は頬を上気させたままスマホを取り出す。
「ねぇ、名前なんて言うの?あと、連絡先交換しようよ。せっかく出会ったからさ!」
相手はアリサと名乗った。
連絡先を交換した後は、目的のグッズが同じだったことで盛り上がる。
別れた後も、彼女はメッセージアプリでアリサとの交流を続けた。
「ねぇ、次に会うときは同じ髪型にしようよ」
「どうして?」
「同じ顔だから、双子コーデしたらきっと面白いよ!」
会うたびに、彼女はアリサへお揃いを提案した。
髪型、服装、持ち物。
アリサも特に嫌がるそぶりはない。
お揃いが増えるたび、彼女とアリサの境界が薄れていく。
「わたしとあなたは、比翼の鳥かもしれないね」
熱に浮かされたように語る彼女を、アリサは微笑みながら、冷静な目で見ていた。
***
次の夏。彼女はアリサに隣町の夏祭りに誘われた。
彼女は了承した。同じ浴衣で、同じ髪型、同じアクセサリの指定とともに。
お揃いのスマホケース、待ち受け画面も同じ。
彼女はアリサを自分に同化させている状態が当たり前になっていた。
当日、二人で祭りを回る。
にぎやかな祭りの中で、彼女が屋台で買い物をしていた時。
背後で、知らない男がアリサに話しかけた。
二言三言喋って男が去った後、彼女は怒りの表情で振り返った。
自分の知らないアリサの一面に、彼女は我慢ならなった。
わめきたてる彼女に、アリサは困惑しながら提案する。
「人通りの多いところでは迷惑になるから、少し場所を変えましょう」
彼女達は、祭りから離れた橋の上へ移動した。
到着早々、欄干を背にするアリサへ彼女は詰め寄る。
「どうして、男と喋ってるの?わたしだけがいればいいじゃない」
「同級生だもの、話すことくらい…」
「話さなくていい、私だけでいいの!」
思わず彼女はアリサの片腕を掴んだ。
アリサが反対の手で、その手首を掴む。
次の瞬間。
彼女とアリサは、空中にいた。
一見すると、彼女がアリサへ突進したように見えただろう。
しかし、実際は彼女の手首を握ったまま、アリサが後ろへ身を投げたのだ。
「――は…?」
大きな水音が響きわたった。
橋の上からは、目撃した通行人の悲鳴や慌てているざわめき。
水を吸って重い浴衣で、彼女はなんとか水面に顔を出した。
同様に顔を出したアリサが、彼女に近づく。
「この退屈な世界で、ずっとあなたのことを面白いなと思っていました」
突然のアリサの独白に、彼女の表情は困惑したものとなる。
「今の状況で、それ必要? とりあえず、岸まで――」
「そして、わたしは思いついたのです。この人生を面白くする方法を」
アリサの白い腕が、彼女に伸ばされた。
彼女の手首をアリサが捉え、アリサのものだった巾着を巻きつける。
「ひよりに、私の人生を全部あげます。そして、わたしはあなた、あなたはわたしとして葬られるの。――どう、面白いでしょう?」
「――何、言って…」
不穏な言葉に、ひよりの顔が恐怖に引きつった。
巾着を押し付けたアリサは、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
そして、嫌だと泣きじゃくるひよりをやさしく抱擁する。
二人は水底へと、静かに沈んでいった。
***
深夜の凍てつく安置所。
そこには2体の遺体が台に横たわっている。
その前で、ひとりの警察官が腰を抜かし座り込んでいた。
遺体の目は、どちらも閉じられている。
「…見間違い、か…?」
なんとか立ち上がった警官のもとに、家族の到着が伝えられた。
腕に巻かれた巾着から、片方の遺体が「アリサ」だと判断され、引き取られることとなった。
のちに、もう一人の遺体は隣町の少女「ひより」と判明し、引き取られていった。




