第9話:新学期が始まって
――――――――――新学期開始後、貴族学院の教室にて。ケネス・ノックレイブン公爵令息視点。
「なあ、ウテナちゃん。ニコラス殿下との婚約ってどういうことなんだよ」
「そうそう。俺達のアイドルウテナちゃんが取られちゃったなんて」
「おおう? いつからあたしはモテモテだったんだろ。気がつかなかったわ。でも今更遅くない? 婚約エントリーの締め切りに間に合っておりません」
「いつ婚約エントリーなんかしてたんだよ!」
「学院が休みで聞けなかったわ!」
貴族学院も新学期が始まった。
何をバカ笑いしてるんだか。
ウテナちゃんの周囲は楽しそうだこと。
ニコラス殿下とウテナちゃんの婚約が発表されたのが、前の学期末のパーティーだった。
なかなか情報を得られなくて、ヤキモキしていた者が多いと思う。
王宮に押しかけるわけにいかないし、ウテナちゃんは神出鬼没だしな?
新学期が始まった今日、ウテナちゃんが皆に囲まれるのは当然とも言える。
話を聞いてこいと家で言われている者ばかりのはず。
周りにいない者も聞き耳を立てているな。
ブリタニー・モンクリーフス侯爵令嬢もだ。
ブリタニー嬢は垂れ目がとても可愛らしい令嬢で、淑女中の淑女と言える。
今までニコラス殿下の婚約者候補の有力な一人と見られていたけど、状況がこうなるとオレの婚約者になってくれないかなと思う。
父上に言ってみるか。
いや、父上は姉上の婚約を決めるのが先と考えているんだよな。
当然ではあるけれども、オレのことも考えて欲しい。
「ねえ、ウテナさん。ニコラス殿下と婚約って、本当にどういうことなの?」
「いや、王家の思惑はあたしもマジでわかんないの。ニコラス殿下と喋ったのも一学期の終わり頃の、魔物学選択者の課外実習の時が最初」
「「「「ええ?」」」」
あれ? ウテナちゃん自身も知らないのかな?
いや、王家から口止めされてることもあり得るか。
しかし口止めさせておくメリットはないように思えるな。
マジでわかんないって言ってるし、どうして婚約かっていう理由は話に出ていないのではないか。
情報を集めていけば、ウテナちゃんの実力がとんでもないから王家がキープしておきたい、ということはよくわかる。
……ウテナちゃんが結構な魔法の実力者ということは、クラスの連中は断片的にならば知っている。
ただオレは、ウテナちゃんがすごいのはそれだけじゃないとわかっている。
ただ魔法を使えることと、逼迫した事態で瞬時に繰り出せることは違うだろう?
姉上が偽憲兵に拉致されそうになったところに現れて、五名を倒したってどれだけだ。
どこまで本当かわからないが、ウテナちゃんがドラゴンを倒したり魔物の大発生を鎮圧したりということもあったらしい。
そう聞いても、ありそうだなとしか思えないところが驚き。
人脈を広げているということもすごい。
オレもちょっと調べてみたが、憲兵と親しくしているのは結構以前からのようだ。
ということは、ニコラス殿下との婚約は関係なかった可能性が高い。
自分の魔法は王都の治安に使うべきと考えていたからではないかな。
意識が高い。
「でもニコラス殿下の婚約者はエルシー・ノックレイブン公爵令嬢、というのが大方の見方でしたでしょう? その辺はどうなのです、ケネス様」
ちょっと虚を突かれた。
そうだ、当然姉上とノックレイブン公爵家の意向がどうかというのは、興味の対象になることが決まってたじゃないか。
何か面白いエピソードでも出てくるかと、ウテナちゃんの話に集中していて油断していた。
「あー、殿下の婚約者がウテナちゃんに決まった日は、父上も姉上も情報を欲しがっていたな」
「そこでケネスがウテナちゃんについて説明したんだな?」
「まあそうだ」
ウソだ。
その時のオレは、ウテナちゃんが第一王子ニコラス殿下の婚約者に相応しいという根拠を持っていなかった。
魔法の実力を除いても、可愛くて積極的ないい子だとは知っていた。
が、それだけで将来の王妃が務まるわけはないから。
一方で姉上の努力も知っていた。
オレも姉上がニコラス殿下の婚約者に相応しいと信じていたしな。
いきなり婚約者に決まったウテナちゃんを、むしろ疑惑の目で見ていた。
「学院の休業期間中に、エルシーさんには何度もお茶会に誘ってもらったんだ。今ではエルシーさんのこと、お姉ちゃんって呼んでる」
「「「「お姉ちゃん?」」」」
「うん。エルシーさんいい人じゃん? あたしは天涯孤独の身だから、優しいお姉ちゃんができて嬉しいの」
ほろりと来る話の展開だ。
ウテナちゃんは実にうまいな。
これならウテナちゃんとノックレイブン公爵家の関係がいいって、一発で伝わるだろう。
オレから補強しておくか。
「ノックレイブン公爵家としては完全にウテナちゃん推しと思ってもらっていい」
「あっ、図書館でお姉ちゃんとブリタニーちゃんに会った時にさ。ケネス君の話題がちょっと出たんだよ。そしたら殿下との婚約後でノックレイブン公爵家も情報が欲しいだろう時に、ケネス君家であたしのことあんまり話してなかったみたいじゃん。何でなん?」
ナチュラルにブリタニー・モンクリーフス侯爵令嬢まで話に盛り込んできた。
本当にうまい。
大貴族との関係がないと思われがちなウテナちゃんだから、交友関係をさりげなくアピールしておくことは重要だ。
支持者を増やすし、将来のウェステリウス王国の安定にも繋がる。
いや、オレが家でウテナちゃんのことを話さなかったのは、父上や姉上にバイアスのかかった情報に晒したくなかっただけだよ。
特に婚約の発表があった直後、オレは姉上贔屓だったしな。
あっ、王家があまりウテナちゃん関係の情報をリークしていないのも同じ理由か?
都合のいい情報ばかり放出していると思われるとよろしくないから、調べさせるという策略?
ウテナちゃんに関しては、調べりゃ信じられないようなエピソードが出てくるみたいだしな。
「それは……」
「ひょっとしてケネス君もあたし狙いだった? ダメだぞ、もうあたしはニコラス殿下のもんなんだから」
「違うよ! 俺はブリタニー嬢のことが……あっ」
「ブリタニーちゃんのことが?」
やられた!
やられたというか自爆だ。
くそっ、皆がニヤニヤしているじゃないか!
「家格としては合っているではないですか」
「年齢もな」
「相性もいいんじゃないの? ケネス君みたいなスカした男にはブリタニーちゃんみたいな大人しい子が合ってると思う」
「スカした男って何だよ!」
ダメだ。
オレ冷静さを失っている。
自分の発言を呪いたい。
ブリタニー嬢に迷惑をかけてしまったな。
「ブリタニーちゃん聞いてたでしょ? こっちおいでよ」
うわあああああ!
普通は侯爵令嬢には遠慮するものなんだよ!
ウテナちゃんはムダに行動力が高いんだから!
ブリタニー嬢真っ赤な顔をしてるじゃないか。
本当にごめんなさい。
「ブリタニーちゃん。ケネス君の愛の告白を受けてどう思う?」
「愛の告白じゃないよ!」
「おいこら、ケネス君。その言い方は間違ったメッセージをブリタニーちゃんに与えちゃうだろーが。ブリタニーちゃんのこと好きなんでしょ?」
「あ、ああ」
「皆が何の問題もないと考えているんだぞ? ケネス君に男を見せてもらおうじゃないか」
男を見せるって。
ウテナちゃんは何て強引なんだ。
「……ブリタニー嬢。おかしなことに巻き込んで申し訳ない」
「いえ……」
「しかしオレが君のことを素敵だと思っているのは事実なんだ。嫌でなかったらオレの手を取って欲しい」
「……はい」
小さなブリタニー嬢の手がオレの手に重なる。
やった!
「おめでとう! なかなか男らしかったね。ニコラス殿下の愛の告白には敵わんけれども」
「えっ? 殿下に告白されたのかよ?」
「さっき言った魔物学選択者の課外実習の時に。身分が違うからその時は婚約なんてことになると思わんかったけど」
「何と言われたんですか?」
「それは大事な思い出として小さな胸にしまっておくけれども」
「「「「ええっ!」」」」
「胸が小さいだけじゃないか」
「何だとお!」
ハハッ、賑やかって幸せだ。




