第8話:重要な舞踏会になる
――――――――――偽憲兵事件の次の日の夜。ノックレイブン公爵家邸にて。
「いや、驚いた」
お父様が憲兵総監のサイン入りの報告書を手に驚いています。
「何を驚いていらっしゃるのです? ウテナさんがわたくしを助けてくれたことですか? それとも報告書が届いたのが異常に早いことです?」
「一番はウテナ嬢が憲兵に大きな影響力を発揮していることだな。意外と言うか何と言うか」
わたくしもビックリしました。
ウテナさんは憲兵全員の顔を知ってるみたいな言い方でした。
憲兵もすぐウテナさんの名前が出てきていましたしね。
「エルシーはウテナ嬢をよくお茶会に招いているのだろう? 何か聞いておらんか?」
「憲兵については何も」
いえ、婚約について憲兵や宮廷魔道士におめでとうと言われる、という話でしたか?
どの程度の関連があるかまでは知りませんけれど。
「ニコラス殿下の婚約者としてただ憲兵総監と面識がある、ということではないみたいです。見知っている憲兵が多いようですので」
「普通ではできぬことだ。ニコラス殿下の婚約者とはいえ平民だから、いきなり貴族に食い込むのは難しいと見たのかもしれぬな。可能なところで顔を売るやり方だろう。考えたものだ」
「可能なところ。となると軍や役人などにも?」
「人脈を作りつつあるのではないか。市井の有力商人とかにもな」
「あっ、最近ウテナさんはよく王宮に呼ばれているようなのですよ」
「では近衛兵や宮廷魔道士にも手を広げているやもしれぬ」
「宮廷魔道士と面識があるようなことはチラッと聞きました」
わたくしは人脈といっても、せいぜい貴族学院の中での交友をどうにかとしか考えていませんでした。
あとはパーティーでの歓談とか。
ノックレイブン公爵家の娘としてはそれで十分と思っていたのです。
ウテナさんはニコラス殿下の婚約者であるために、貴族の人脈が弱いから他にという思考になったわけですか。
発想がすごいですね。
「偽憲兵五人を一瞬で倒したウテナさんの魔法は、実に鮮やかでしたよ」
「ふうむ、魔法とは発動に隙があるものと思っていたが。一流の使い手は
違うものだな」
「わたくしもウテナさんに魔法を教わろうかしら?」
「ハハッ。持ち魔力量が少ない者は、努力に見合った魔法を使えるようにはならんと、宮廷魔道士と聞いたことがある」
「ですよね」
だから魔法の使い手は少ないのですよね。
もっともウテナさんなら素質のない者でも使えたら役に立つ魔法を知ってそう。
聞くだけ聞いてみようかしら?
それにしてもウテナさんの魔法がすごいことはよくわかりました。
宮廷魔道士と伝手があると、魔法や魔道具の発展にも繋がるのかもしれませんね。
ワクワクするような未来です。
いよいよニコラス殿下との婚約を応援しなくてはなりません。
「いずれにせよ、エルシーの身に何事も起きなくてよかった。ウテナ嬢には感謝せねばならん」
「おいしいスイーツを食べさせてもらったから、これ以上の礼は不要ですってよ」
「ハハッ、欲のないことだ」
欲がないというか、ウテナさんにとっては何でもないことだからじゃないかしら?
「何の話だい?」
「あら、ケネスではありませんか。あなたウテナさんと学院で同じクラスなんでしょう?」
「ああ」
「何? 何故今まで情報を寄越さなかったのだ!」
「何故って、聞かれた覚えはなかったけど」
もう、ケネスったらとぼけているのですから。
「オレが知っていることなんて多くはないよ。オレだってウテナちゃんがニコラス殿下の婚約者に決まったと聞いて驚いてるくらい」
「「ウテナちゃん?」」
「ウテナちゃんは自分と同学年以下の女子のことはちゃん付けなんだ。だから男子は敬意を込めてウテナ嬢のことをちゃん付けで呼んでる」
「役に立たぬ情報だな」
「かなりの魔法の使い手ということは、少なくとも同じクラスの者はよく知っているんだ。骨折したやつをすぐ治したことがあったから」
「骨折ほどのケガを魔法医で治療するとかなり高額だぞ」
「ウテナさんはお金のことなんか言いませんよね?」
「そうだね。というか回復魔法程度のことは何でもないみたいな感じだった。骨折したやつも帰る時にはケガしたこと忘れてたくらい」
「役に立たぬ情報が混ざるな」
うふふ。
ウテナさんにとって魔法は大したことではない。
ごく自然に使うということですよ。
お父様が再び書類に目を落とします。
「報告書によれば、エルシーをさらおうとした者どもは、王家に恨みを持つ取り潰された領主達の連合だそうだ」
「あれ? 貴族令嬢なら誰でもよかった誘拐や物盗りの類じゃないんだ?」
「根深い理由があるということに不穏さを感じますね」
最有力と考えられていたわたくしがニコラス殿下の婚約者から外れた、ということに理由があるのではないでしょうか?
そのためノックレイブン公爵家は、王家に含むものがあるに違いないと思われているようです。
わたくしを誘拐してノックレイブン公爵家に言うことを聞かせ、仲間に引き込もうという算段だったのでしょう。
杜撰ではありますが、王国を揺るがす大事件に発展しかねない事件でした。
恐ろしいことです。
「将来に禍根を残しそうです」
「うむ。エルシーが狙われたことは遺憾だが、不平者どもの動きが先鋭化しているとわかったのはいいことだ。偽憲兵ほどの大胆な仕掛けはもう使えないだろうしな」
「不埒な者達は早く皆逮捕されればよいのですが」
「エルシーに王家の影をつけるそうだ」
「えっ?」
王家の影とは諜報員兼護衛です。
ウテナさんにはつけられるべきですが、わたくしは関係ないのでは?
「ウテナ嬢が陛下を説得したそうだ。王家がノックレイブン公爵家を大事にしているアピールになると」
「なるほど、さすがにウテナさんは賢いですね」
ウテナさんも反王家勢力にノックレイブン公爵家が強引に取り込まれる可能性に気付いたものと思われます。
ウテナさんほどの能力があれば影なんかいりませんから、代わりにわたくしに配備してくれるとのことのようです。
「ありがたいことです」
「うむ、王家の配慮もウテナ嬢の機転もな」
もっとも影をどこに配置するなんて、大っぴらにはしないでしょう。
それとなくリークはするんでしょうが、王家とノックレイブン公爵家の関係については、昨日ウテナさんがわたくしを助けてくれた事件の方がよっぽど知られると思います。
「秋の舞踏会が重要になってくるな」
「ええ」
秋の舞踏会とは、社交シーズンの始まりを告げる王家主催の夜会です。
まだ貴族の間では評価の定まっていないウテナさんにとっては、とても重要なものになるでしょう。
おそらくウテナさんの情報が解禁され、たくさん出てくる機会になりそう。
わたくしがウテナさんの力になってあげられる機会でもありますね。
頑張らないと!
「いや、エルシーにとっても大事だろう?」
「わたくしにとって、ですか?」
「婚約者を見繕わねばならぬ」
「あっ」
そうでした。
すっかり忘れておりました。
ニコラス殿下の婚約者が決定したのですから、もう待つ意味がないのでした。
「王家と関係のいい家がいいのだが」
「ええ……」
確かに国の安定のために、王家と関係がいい貴族の方がいいですね。
さらにわたくしと年恰好の合う、まだ婚約者のいない令息ですか。
ぱっと思い浮かびませんね。
伯爵家以下の令息になってしまいますか。
ニコラス殿下の妃になるために厳しい教育を受けてきました。
ムダになってしまうのは寂しいですけれども、のんびりしろという神様の忠告かもしれません。
「今のエルシーが社交界でどう見られているか、少々判断がしにくい。そなたの婚約者は社交シーズンが始まってから決めることになろう」
「わかりました」
「秋の舞踏会で、姉上のエスコートはオレか。オレの婚約者も探して欲しいんだけど」
「わかっておる」
お父様が忙しくなりそうですね。




