第7話:事件と救世主
――――――――――学院の夏季休業期間も終わりに近いある日。王都の街中にて。
今日はお買い物です。
侍女と話をしながらスイーツショップに向かいます。
甘いものを食べると気分が浮き立ちますものね。
「最近ウテナ様がお嬢様のことを『お姉ちゃん』ってお呼びになるでしょう?」
「とても可愛らしいですよね」
情報収集のためでもありますけれど、ウテナさんを時々お茶会にお呼びしています。
そう、ウテナさんはわたくしのことをお姉ちゃんと呼ぶようになりました。
本当に可愛いのです。
いつもニコニコしていますし。
「大貴族ノックレイブン公爵家の娘のわたくしとニコラス殿下の婚約者であるウテナさんの仲がいいところを周知させるのは、ウェステリウス王国の安定に役立つと言っていました」
「なるほどの見識ですねえ。さすがはニコラス殿下の婚約者に指名されるだけのことはあります」
でも『お姉ちゃん』って言いたいだけなのではないかしら?
ウテナさんは家族との縁が薄いようですから。
わたくしも兄と弟はおりますが、妹はいませんのでほっこりしますね。
たくさん可愛がってあげたいです。
「でもウテナ様、お忙しそうですよね?」
「最近はしょっちゅう王宮に呼ばれているようですね。もうすぐ学院の新学期も始まりますし、秋になれば社交シーズンも始まりますからでしょう」
「対策をしているということですか?」
「おそらくは」
ウテナさんは可愛いし賢いし、魔法においては大変な実力者ということがわかっています。
第一王子ニコラス殿下の婚約者に相応しいと、わたくし自身は認めております。
シャーロット様やブリタニー様も同様です。
でも情報収集力が並みである、大多数の貴族は違いますよね?
ウテナさんの名と業績と実力を知らしめていくことこそ、ウェステリウス王国の統治に必要なことと考えられますが……。
「そこの女、ちょっと待て!」
「はい?」
突然憲兵に呼び止められました。
五人もいますね。
何事でしょう?
事件でもあったのでしょうか?
でも一目でわたくしのことは貴族の娘だとわかると思います。
横柄に呼び止めるなんてどういうことでしょう?
失礼な者もいるのですね。
「御機嫌よう。お仕事御苦労様です。何かありましたか?」
「違法薬物についての緊急捜査だ。お前達売人から薬を購入したろう! 取調べを行う! 署まで来い!」
「えっ? 知りません」
「言い訳は後で聞く! 逃げてもムダだぞ!」
ノックレイブン公爵家の娘が逃げると思われるのは癪ですね。
揉め事に関わりたくないのか、人々が避けていきます。
本当に何事です?
違法薬物ですって?
全く心当たりがないのですが。
しかし貴族とわかっているでしょうにこの剣幕とは、相当重要な事件とも考えられます。
大人しく協力した方がいい気も……。
「早く来い!」
「あっ、引っ張らないでください」
「お嬢様に対して無礼であろう!」
「貴様逆らうか!」
護衛の従士が憲兵三人に打ち倒されました。
どうして憲兵なのにこれほど乱暴なの?
こ、怖い。
「あの、手荒なことはしないで……」
「だったら早く来んか! 遅延行為は公務執行妨害だぞ!」
「お姉ちゃんのピンチにあたし参上!」
「えっ? ウテナさん?」
どこから現れたんです?
にこっと笑うウテナさん。
いつでもどこでも可愛いですねえ。
ちょっと気が落ち着きました。
「どうしてここへ?」
「転移魔法だよ。お姉ちゃんをマークしてあるんだ。遠隔でお姉ちゃんの危機を感知したから飛んできたの」
「……ひょっとしていつぞやのおまじないの正体がこれですか?」
「そうそう。お姉ちゃん大正解。やるね」
つまりわたくし自身を目印にし、ピンチの時に転移で来られるようにしていた?
助けてあげるってこういうこと?
驚きです!
ウテナさんはただ大規模な魔法が使えるというだけではなくて、細やかな運用が可能なのですね。
でも相手は憲兵ですよ?
ウテナさんはどうするつもりでしょうか?
憲兵が居丈高に叫びます。
「何だお前は! 逆らうと容赦せんぞ!」
「んー? どうして憲兵があたしを知らないのよ。とゆーかあんた達の顔見たことないな?」
「わけのわからないことを!」
「大体お姉ちゃんに何の用なの? 用件を聞こうか」
「そこの女には違法薬物購入の嫌疑がかかっている!」
違法薬物なんて心当たりがないのです。
本当です!
「王都で違法薬物の蔓延が問題になっているとは聞いた。それが本当なら任意同行を求めるのはわからんではないよ。でもお姉ちゃんは貴族の令嬢だぞ? 邸に送り届けた上、そこで事情を聞くのが筋でしょ」
「任意同行ではない! 逮捕だ! お前もこれ以上邪魔するなら同罪だぞ!」
「どうして逮捕ってことになった? 令状は?」
「は?」
「あんたらはアホか。現行犯以外でしょっ引くのは逮捕令状が必要だろーが」
そうなんですの?
ウテナさん頼りになる!
憲兵達が戸惑いながらお互いの顔を見ています。
「げ、現行犯で逮捕……」
「嫌疑がかかっているだけなんでしょ? 現行犯なら売ったやつがいなきゃいかんだろーが」
「「「「「……」」」」」
「あたしは親切で言っているのだ。貴族を令状なしで逮捕したなんて知れたら、あんたらは明日から路頭に迷うことになるからね」
「「「「「……」」」」」
「でも憲兵が五人もいるのに、この程度の常識を知らないってどーゆーことだ。あんたら本当に憲兵なん?」
「な、何を……ほら、憲兵手帳だっ!」
「そんなもの偽造できるわ。憲兵隊のスローガン言ってみ? 憲兵たる者っ!」
「「「「「……」」」」」
「さーてーはー偽者だな? 制服はそっくりだね。しかも憲兵手帳まで持ってるって性質悪くない?」
「やかましい! 捕らえろ!」
「バインド!」
ウテナさんの魔法一発で、五人の偽憲兵? がバタバタと倒れます。
すごい!
これがウテナさんの実力なのですね。
何と鮮やかな。
あっ、また憲兵が駆けつけてきました。
「何事だ! あっ、ウテナ様?」
「こんにちはー」
「何があったのです? 倒れているのは憲兵のようですが」
「こいつらがエルシー・ノックレイブン公爵令嬢を連れ去ろうとしてたんだ。偽憲兵だと思う」
「ノックレイブン公爵家の御令嬢でしたか。これは失礼を」
敬礼してくれます。
キビキビしていますし、本物の憲兵なのでしょうね。
ウテナさんの知り合いのようです。
どうして憲兵と知り合いなのかはわかりませんけれど。
「偽憲兵ですと? あってはならんことですな。本当なら重罪ですが……」
「部署が違うと顔はわかんないことあるか。憲兵手帳持ってるみたいなんだ。真偽の判別つかない?」
倒れている偽憲兵? の憲兵手帳をじっくり調べています。
「……これは偽ですな。お粗末なことに、五人の憲兵手帳の登録番号が同じです。不届きなやつらめ!」
「やっぱそーか。こいつら一時間くらいは麻痺解けないはず。連行して署で尋問して。あたしのお姉ちゃんを誘拐しようなんてとんでもないやつらだ。しっかり背後関係を洗ってね」
「はっ!」
「あたしはお姉ちゃん達を送るから、調書取るならノックレイブン公爵家邸に人を寄越してちょうだい」
「わかりました! 御協力ありがとうございます!」
「名誉の負傷の従者さん起こさないとな。ヒール!」
何とテキパキと物事が運ぶのでしょう!
やはりウテナさんはとっても有能!
「さあ、行こうか。家に帰るでいいのかな?」
「今からスイーツショップへ行くところだったのですよ。ウテナさんもどうです?」
「わあい、ラッキー! お姉ちゃんありがとう!」
いえいえ、今日はウテナさんに助けられてしまいましたからね。
大喜びしているウテナさんは本当に可愛らしいですこと。
でもわたくしが狙われた背景はちょっとわかりません。
ニコラス殿下の婚約者になれませんでしたので、わたくしの重要性は低下していると思っていたのですが。
別の思惑が動いているのでしょうか?
お父様と相談して護衛の従士を増やすべきですかね?




