第2話:婚約者が決まりました
――――――――――貴族学院の学期末パーティー控え室にて。エルシー・ノックレイブン公爵令嬢視点。
我が国ウェステリウス王国第一王子ニコラス殿下と言えば、優秀なことはもちろん、とても温和で素敵な貴公子として知られています。
優しいというのは重要なポイントですよね。
当然大人気の王子様なのです。
今日は貴族学院学期末のパーティーです。
何と今日この会場でニコラス殿下の婚約者が発表されるそうで。
でも……。
「えっ? エルシー様のところにも王家から話が来ていないのですか?」
「来ていませんね」
「そんな……どう考えてもノックレイブン公爵家の令嬢であるエルシー様が、殿下の婚約者の最右翼でしょう?」
「賢き淑女でいらっしゃいますしねえ」
貴族学院学期末のパーティーで発表するということは、殿下の婚約者となる令嬢は学生の中にいるということだと思うのです。
貴族間の勢力バランスという点でニコラス殿下の後ろ盾となり得ることを考えるならば、まずノックレイブン公爵家の娘であるわたくしの名が挙がるでしょう。
ないしはシャーロット・トルブレアム辺境伯令嬢。
あるいは年下のブリタニー・モンクリーフス侯爵令嬢くらいまでではないですかね。
伯爵家以下から選ばれるとするなら、個人の能力が強く評価された場合だと思います。
現在のウェステリウス王国は安定していますから、あり得ないことではないでしょう。
王家が何を重視するかにもよりますが。
「シャーロット様のところにもブリタニー様のところにも、王家の使いは行っていないらしいですの」
「そうなのですか?」
「では伯爵家以下から選ばれるということですの? 意外ですね」
「非難を避けるために、学院主催のパーティーで発表して様子を見るのではないかという観測がありますね」
学院のパーティーは教師以外に成人が参加していないですからね。
ショッキングな発表でもクッションになるという見方はあります。
が……。
「結局のところ、どなたがニコラス殿下の婚約者になれば最もウェステリウス王国のメリットになるか、というところに帰結するのではないですの?」
「もっともですわ」
「ではやはりエルシー様ではないですか? 我が国の安定に最も寄与すると思います。ニコラス殿下との関係もよろしゅうございますし」
皆さんが頷いています。
正直わたくし自身もそう思うのです。
「つまり前もって連絡せず、サプライズでもって殿下の婚約者を決定するということですの?」
「非常識に思えますが……」
「あり得なくはないでしょう? エルシー様をはじめとする有力候補は婚約者がまだおられないです」
「積極的に探してもいないのではないですか? それを王家に察知されているとするなら?」
確かにうちノックレイブン公爵家でも、わたくしの婚約者など探してはいませんね。
だってニコラス殿下と婚約する可能性が客観的に見て高いのですよ?
シャーロット様やブリタニー様も似たことを考えているのではないでしょうか。
「外国から王女を迎えるという可能性もあるでしょう?」
「ありますね。でも……」
その場合国民への周知と理解を最優先すると思われるのですよ。
発表前に情報をリークしておくものではないでしょうか?
学院のパーティーで発表する必然性がありません。
またどこから王女を迎えるのかということも難しい判断になります。
一番ありそうなのはウェステリウス王国と関係のよい、ネルタ・コルラ連邦の盟主国であるホリキア王国です。
しかしホリキアには現在、ニコラス殿下と年回りの合う王女はいないはず。
ホリキア貴族ということもその他の国の王女ということもなくはないですが、ちょっと考えづらいように思えます。
いずれにしても今日、ニコラス殿下の婚約者は決定します。
どなたに決まるのかは王家のみぞ知ることなのかもしれません。
あるいは既にほくそ笑んでいる令嬢がいるのかも。
わたくしにとって、自分の人生の大きな分岐点なのでしょうね。
「そろそろ時間です。パーティー会場にまいりましょうか」
◇
「さて、宴もたけなわだけれども、僕の婚約者を発表しようかと思うんだ」
貴族学院学期末のパーティーの会場に響きます、第一王子ニコラス殿下の発した言葉がそれでした。
声を張り上げているわけでもない、何げない一言なのですが、ゆっくりと皆に浸透しきていくのがわかります。
やはりニコラス殿下の存在感は違いますね。
ニコラス殿下がどこぞの令嬢と親しいなどという報告は受けていないです。
またどうやらめぼしい高位貴族の御令嬢のところに、婚約の申し入れはしていないようです。
だからこそどなたがニコラス殿下の婚約者に指名されるのか、予想がつかないのですが。
ドキドキすると同時に……。
……胸騒ぎがしますね。
うちノックレイブン公爵家を含めて、高位貴族家にどうやら婚約の打診が行っていないということに。
王家に非常識な方はおられません。
ニコラス殿下はものの道理がわかる方です。
まさか下位貴族から婚約者を選ぶなどということはないと思いますが。
……下位貴族から選ばれる可能性がある?
だからこそわざわざ学院のパーティーを発表の場に選ぶ?
あり得ないことと、首を振ります。
ウェステリウス王国の平穏のために、わたくしでなくとも立派に後ろ盾の務まる高位貴族の令嬢でありますよう。
悠然と会場全体を見渡すニコラス殿下。
一瞬目が合ったような気がしました。
ニコラス殿下が宣言します。
「僕の婚約者はウテナ嬢に決定した」
「ウテナ様?」
その名前に心当たりがないです。
どなたでありましたでしょうか?
頭をかきながらばつが悪そうに出てきた令嬢がいらっしゃいます。
あれがウテナ様?
あっ、あの特徴的なピンクブロンドのボブヘアには見覚えがあります。
図書館で時々挨拶する、確か下の学年の……。
「平民特待生のウテナ嬢だ」
「へ、平民?」
平民というのは存じませんでしたが、勉強家でとても感じのいい、可愛らしい方です。
ニコラス殿下が惹かれたというのもわからなくはないですが……。
平民では殿下の後ろ盾にはなり得ないです。
後継者争いで荒れる、ひいてはウェステリウス王国が乱れてしまいます。
皆がざわざわしています。
特待生なら優秀な方ではあるのでしょうが、第一王子たるニコラス殿下の婚約者となれば話は別ですから。
あれ? シャーロット様は大いに頷いていますね。
ブリタニー様も納得の表情に見えます。
お二人はウテナさんと面識があるのでしょうか?
しかしここは最も高位の貴族の娘であるわたくしが、臣として意見しなければならない場面です。
一歩進み出ます。
「……ニコラス殿下、お考え直すわけにはまいりませんか?」
最後の抵抗です。
しかし、ニコラス殿下が口にした言葉は……。
「エルシー嬢にはすまないが、もう決めたのだ」
わたくしではなく、ウェステリウス王国の将来をすまなく思ってくださいませ。
いけない、わたくしはノックレイブン公爵家の女。
震える身体を律します。
「……理由をお聞かせ願ってよろしいですか?」
「僕は真実の愛を見つけてしまったのだ」
真実の愛!
眩暈がします。
言うに事欠いてそれですか?
ニコラス殿下が王太子、そして王としてウェステリウスを導くためには、高位貴族の後ろ盾が必要でしょうに。
「僕はウテナ嬢に救われた。彼女を妃にすることに決めた」
「救われた……」
ニコラス殿下とウテナさんの間に何かあったのは確かなようです。
それでニコラス殿下とウテナさんの距離が近くなったのでしょう。
「皆も理解してくれ」
大きな拍手で祝福されます
ああ、わたくしにはこれ以上ニコラス殿下をお諫めする権限がないです。
国はどうなってしまうのでしょう?
頭を占めていたのはただそのことばかりです。




