最終話:幸せでありますように
――――――――――後日談。
あの舞踏会の後、決して大げさではなく、世界が動きました。
極めていい方向に。
まずザカライア様はわたくしと婚約したことで、ウェステリウス王家に近い大貴族の後ろ盾を得たと考えられたようです。
すぐに立太子されました。
わたくしは貴族学院卒業後すぐに異国であるホリキアに嫁ぎましたが、全然寂しくなんかないんです。
何故なら時々転移魔法を使ってウテナさんが遊びに来てくださるから。
ネルタ・コルラ連邦救国の勇者の義理の姉という扱いで、わたくしはホリキアでも大変待遇がいいんです。
仲良くしてくださる方も増えました。
ホリキアはウェステリウス及び勇者ウテナに関係の深い国として認知されるようになり、ネルタ・コルラ連邦盟主国としての地位を不動のものとしました。
ゴタゴタするのが常態だった連邦が却って安定するようになり、これもまた勇者の恩恵だと言われています。
ウテナさんの影響力はすごいですねえ。
ニコラス殿下の婚約者になったこともあり、今後ウテナさんの存在感はますます上がっていくものと思います。
ウテナさん自身がどうかですって?
あの舞踏会の日以来、ウェステリウス王国内で特に保守派貴族の見る目が変わりましたね。
ネルタ・コルラ連邦で勇者と言われる最強の冒険者であることが、図らずもゲストであったザカライア様自身の口から暴露されましたから。
魔物が問題となっている地方領は多いですので、ウテナさん指揮下で魔物退治のマニュアル化が進むかもしれませんね。
またドラゴンスレイヤーウテナさんがニコラス殿下の婚約者であると、外国にも公式に発表されました。
そのためウテナさんと関わりのあった国や宗教団体、冒険者ギルドなどから、ひっきりなしに挨拶が来ていました。
必然的にウェステリウス王家の存在感も増すことになったんです。
当然ですけれども、もう誰もウテナさんもことを平民などとバカにする人はおりません。
ホリキア~ウェステリウス間の貿易は、連邦~ウェステリウス間の貿易に拡大するだろうと言われています。
中継地点となるホリキアは大変な恩恵を受けるだろうと予想されています。
景気が良くなってありがたいと、わたくしが感謝されることがあるのです。
わたくしが何かをしたというわけではないのですけれども。
ウェステリウスはこれまで魔の深き地として敬遠されてきた辺境開発に、ウテナさんを中心に乗り出しています。
また冒険者や魔法使いの育成に力を入れることにしたようです。
ウテナさん、まだ学生ですよね?
どうなっているんでしょう。
「エルシー」
「あ、ザカライア様」
「体調は問題ないか?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
今、わたくしのお腹の中には赤ちゃんがいます。
「ウテナさんとザカライア様のおかげを持ちまして、わたくしは幸せです」
「ウテナか」
「ザカライア様も思うところありますか?」
妃に欲しがってたくらいですからね。
「正直惹かれるものはあったがな。ウテナは我には靡かぬであろう」
「そうですか?」
ザカライア様は素敵ですのに。
「あれは愛を欲しがっているのではないかと思うのだ」
「あ……」
「エルシーも心当たりがあるか?」
「わたくしのことを『お姉ちゃん』と呼ぶのも、身内との縁が薄いせいかと思っていたのです」
「間違いなかろう」
「愛を求めていたのだとすると説明がつきますね」
「だからニコラス殿のような体当たりの愛に弱いのだ。おそらくな」
『真実の愛』と呼ぶニコラス殿下の情熱がウテナさんを動かした。
ウテナさんはあれほど現実的な感覚を見せつけてくるのに、即物的でない精神的な愛を求めているのですね。
腑に落ちた気分です。
「ニコラス殿がたまに見せるという強引さ、率直さは我にはないものだ。悔しいがウテナとは似合いと思わざるを得ない」
「そうですね……」
「もっともネルタ・コルラ連邦には我以外にもウテナを狙っていた者は多い。ウテナが姿を消さねばいらぬ争いが起きていたという認識は、おそらく正しい」
ウテナさんがニコラス殿下の婚約者で。
ウェステリウスと親密なホリキアが連邦の盟主国である現在の体制が、多分最も平和なのでしょう。
どこまでウテナさんの計算なのかはわかりませんが。
今から思うと、パーティーでのニコラス殿下の驚きの婚約宣言。
あれは完全な計算ではなく、かといってもちろん暴走なんかではなく。
ニコラス殿下の一途な思いだったのでしょう。
ウテナさんとウェステリウス王国への。
ニコラス殿下と王家は魔物学選択者の課外実習以前に、ウテナさんの信じられないような実績を調べ上げていたのでしょうね。
実際に噂に違わぬ魔物退治の腕前を見て、ウテナさんこそが自分の伴侶としてウェステリウス王国を支える者だと信じた。
しかし当時はわたくしがニコラス殿下の婚約者候補ナンバーワンだと思われていました。
王家内部はともかく、おそらくは高官の間でも平民であるウテナさんを次期王たるニコラス殿下の婚約者にする理解が得られなかったのではないでしょうか。
だからこそパーティーで婚約者は決定したものとして発表に踏み切った。
そう考えるとしっくりきます。
ザカライア様と目が合います。
ザカライア様は鋭い目付きでいらっしゃいますが、わたくしを見る目はとても優しいのです。
わたくしの愛はここにあったのだなあと思います。
「エルシーは知っているか?」
「何をでございましょう?」
「ウテナの出身国が、山の国マイラスだということをだ」
「ウテナさんがそう言っていたのは聞いたことがあります。本当かどうかはわからないとも言っていましたが」
旅の途中で両親も亡くなってしまったので、もう確かめようがないとも。
どうしてザカライア様は今これを話題にしたのでしょうね?
「おそらくウテナがマイラス出身というのは間違いないと思われる」
「何故わかるのです?」
「『ウテナ』というのはマイラスの地方信仰で、幸福を司る女神を意味するからだ」
「そうなのですね?」
「マイラスは閉鎖傾向の強い国だ。ネルタ・コルラ連邦内でもマイラスと親しい国はない。が、たまたまマイラスについての研究者に会う機会があってな。そう言っていた」
幸福を司る女神ですか。
ピッタリの名前ではないですか。
「我らの子が女児だったら、『ウテナ』という名前もいいかと思ってな」
「いいですね。わたくしは賛成です。ウテナさんの名前ですものね」
「我とエルシーを結びつけた幸運の女神の名だからだ」
「ザカライア様……」
心が温かくなります。
ザカライア様は考えてくださっているのですねえ。
もちろん王統の存続から男の子が望まれているのはわかっております。
でも女の子であってもガッカリすることがないようにと、気を使ってくださっているのですね
きっととても元気でいい子に育つと思いますよ。
ザカライア様に後ろからハグされます。
強い意志と愛情を感じます。
「エルシー」
「はい」
「身体を大事にして、元気な子を生むのだ。愛しているぞ」
「……はい」
いずれにせよわたくしにとって満足すべき結末なのは間違いないです。
ウテナさんの作り出した理想に拍手です。
そしてニコラス殿下とウテナさんも幸せでありますように。
離れた地から応援しておりますよ。
「こんにちはー」
「おう、ウテナではないか」
「ウテナさん、いらっしゃい」
ニコニコしながらウテナさんが現れました。
話していたところに本人が現れると、何となく気恥ずかしい気がしますね。
「おいしいモモ持ってきたんだ。お姉ちゃん、果物だったら食べられる?」
「もう苦しい時期は終わりましたから、何でもおいしくいただけますよ」
「マジか。やったぜ。王子も食べる?」
「いただこう」
甘い香りに包まれて。
確かに未来はここから始まるという確信があるのです。




