第10話:秋の舞踏会
――――――――――秋の舞踏会、王宮の会場にて。エルシー視点。
煌びやかに飾られたホールに、わたくしは弟ケネスのエスコートで参加です。
ニコラス殿下とウテナさんが入場してきました。
「ウテナちゃんは可愛いなあ」
「堂々としてますよね。ニコラス殿下の隣で全然負けていません」
笑顔を振りまくウテナさん。
クラシックな淑女像とは違いますが、親しみやすいと思います。
ただ貴族の目はどう見ているでしょうか?
ウテナさんを調べさせている者は一目置いているでしょう。
しかしわけのわからぬ平民、という見方がまだ多いのではないでしょうか?
同時に王家も侮られてしまうのは、統治の面でよろしくないことですが……。
「姉上の地位を奪ったやつと、最初は思ったけど」
「まあ、ケネスったら、そんな考えだったのですか?」
「色々考え合わせていくと、段々ウテナちゃんがベストかと思えてきた」
ケネスでさえウテナさんを胡乱な平民と見ていたみたいです。
でも知れば知るほどウテナさんはいい子なのですよね。
ケネスも理解が深まるにつれ、認めるようになったのでしょう。
「オレは最初、ウテナちゃんの本質まで見えてなかったな。ニコラス殿下は見る目あると思う」
胸がチクリと痛みます。
今更ながらニコラス殿下の婚約者になれなかったことが心を刺しますね。
「……ごめん」
「いいのよ。能力的にウテナさんはニコラス殿下の婚約者に相応しいと思うわ」
いえ、わたくしはニコラス殿下の婚約者になれなかったことではなくて、今婚約者がいないことに不安を覚えているのだわ。
お父様は社交シーズンが始まってから、わたくしの婚約者探しに取り掛かるようなことを言っていましたけれど。
「あれがゲストの殿下?」
「そのようね」
今日はネルタ・コルラ連邦の中でも我がウェステリウス王国と最も縁が深く友好的な、ホリキア王国のザカライア第一王子殿下がいらっしゃっています。
キリリと引き締まったお顔がとても凛々しいですね。
素敵な方です。
ネルタ・コルラ連邦は対外的には一つの国ですが、内部は思想や民族、統治体制の違いによって一〇以上の国に分かれています。
軍事で協力するとか、通商において制限を撤廃した方がいいという考え方からくっついているのですね。
理想は高尚ですけれども結局は難しいようで、内部各国の勢力争いは激しいと聞きます。
ホリキア王国は現在、ネルタ・コルラ連邦で一応盟主国という扱いになっています。
今日ザカライア殿下がおいでになったのも、ウェステリウスと関係を深め、盟主国としてのポジションを固めたい思惑があるのではと考えられています。
「あっ、王子」
えっ?
ウテナさんが唐突にザカライア殿下に声をかけました。
ザカライア殿下が驚愕しています。
「そ、そなた勇者ウテナではないか! ウェステリウスに居を移していたのか!」
勇者?
ザカライア殿下とウテナさんに興味津々の皆が、揃って首を捻っています。
「急に姿を消したからどうしたことかと思ったのだ。我の婚約者の座はそなたのために空けてあるのだぞ!」
えっ?
ウテナさんったら、ザカライア殿下の婚約者として求められていたの?
ネルタ・コルラでは冒険者だったのでしょう?
「だって連邦はあたしがいると揉めるじゃん。王子も調整してるからちょっと待てとしか言わなかったし」
「今こそそなたに求婚しよう! 我の婚約者になってくれ!」
「あ、ごめん。今あたしはニコラス殿下の婚約者なんだ」
「くっ! 遅かったかっ!」
「ニコラス殿下は知り合ったその日にプロポーズしてくれたんだよ。キュンキュンしちゃうわー」
「何という即断即決! ニコラス殿は侮れんな!」
「ははっ、まあまあ」
のほほんと笑うニコラス殿下。
ザカライア殿下と対照的ですねえ。
しかし舞踏会に参加している皆さんは、ウテナさんの何が外国にまで評価されているのかわかってないようですよ。
陛下とニコラス殿下が目配せをしています。
やはりこの舞踏会でウテナさんを紹介しておくという意図のようですね。
ニコラス殿下が言葉を発します。
「ウテナはネルタ・コルラ連邦では有名なドラゴンスレイヤーなんだよ」
ドラゴンスレイヤーという言葉の意味が浸透するにつれ、ざわめきが大きくなります。
まさかという驚きと、それほどの実力者だからニコラス殿下の婚約者となったのかという納得と。
……ウテナさんの魔物退治の腕は、まだ思ったより知られていなかったようですね?
ザカライア殿下が不審顔です。
「む? ウテナがドラゴンを倒した武勇譚は、ウェステリウスでは知られておらぬのか? 連邦では子供でも知っていることなのに」
「交流が少ないのはよろしくないことだね。もっとウェステリウスと貿易を活発にしようよ」
さすがウテナさん。
さらっと国の利益になる事柄を滑り込ませました。
ウェステリウスと結びたいであろうホリキアにも、大きなメリットのあることです。
反対はないはず。
「うむ、賛成だ」
「じゃ、王子が帰る時に、ウェステリウスから文官を同行させるよ」
「すまんな」
ザカライア殿下の実績だということをハッキリさせようという意図でしょう。
陛下も頷いています。
陛下とは事前に話ができていたみたい。
唸る方々が何人もいます。
おそらくは隣国の王子と率直に話せるウテナさんの人脈と。
会話と交渉のセンスに。
ウテナさんは平民だけに、貴族とのコネクションが弱いです。
わたくしが積極的にウテナさんを紹介して回ろうかと思っていましたのに、全然必要ありませんでしたね。
対ホリキア貿易が活発化すると、ウテナさんと関係を持ちたがる者は多くなるでしょう。
鮮やかとしか言いようがありません。
「ところで王子はまだ婚約者がいないんだよね?」
「うむ」
「あたしのお姉ちゃんはどうだろ?」
えっ?
わ、わたくしですか?
とてもありがたいですけれども!
「そなたに姉がいたのか?」
「血が繋がってるわけじゃないけど、とても親切にしてくれるんだ。エルシー・ノックレイブン公爵令嬢だよ」
「おお、知っている知っている!」
おそらくザカライア殿下は、御自身の婚約者候補としてわたくしをリストアップしていたものと思われます。
連邦内でホリキアの地位を向上させるために、ウェステリウスとの関係強化を目論んで、高位貴族の令嬢から妃を娶ることは有意義ですから。
ウテナさんに手を引かれます。
「じゃーん! お姉ちゃんだよ」
「エルシー嬢か。うむ、美しい」
「ありがとう存じます、殿下」
「我の婚約者となってもらえないだろうか?」
「喜んでお受けいたします」
夢のようです。
仮にわたくしに着目してはいても、ウテナさんが何も言わなければ、ザカライア殿下とわたくしの婚約はなかったのではないでしょうか?
今のウェステリウス王家とノックレイブン公爵家の関係は、ナンバーワン候補と目されていたわたくしがニコラス殿下の婚約者にならなかったこともあって、外部からわかりづらいですから。
わたくしを妃とするのは、ちょっと考えただけでもリスキーだと思います。
でもニコラス殿下の婚約者であるウテナさんの推薦なら。
王家とノックレイブン公爵家の関係がいいことをいっぺんに周知させることができますし、ザカライア殿下も話に乗りやすい。
完璧ではないですか!
陛下とニコラス殿下もホッとした顔をしていらっしゃいます。
あ、わたくしの扱いをどうしようか、ノックレイブン公爵家への配慮という面から困っていらっしゃったのですね?
自分のことしか考えられなかったわたくし自身を、申し訳なく思います。
普段は無口と言われる陛下の声が響きます。
「さあさあ、宴はこれからですぞ」
音楽の演奏が開始されます。
緩やかな三拍子が場を和やかにしますね。
「エルシー嬢、お手を」
「うふふ、ありがとう存じます」
急に訪れた幸せ。
これも全てあの可愛らしい妹のおかげなのです。




