第1話:平民の少女が何故?
ウェステリウス王国の王宮にて。
三人の男達が今後について話し合っていた。
具体的には将来のウェステリウス王たる第一王子ニコラスの婚約者を誰にするか、についてだ。
三人の男達の表情はバラバラだった。
国王カムデンはほぼ無表情。
第一王子ニコラスは楽しげで。
王弟ロジャーは眉を顰めていた。
第一王子の婚約者という、めでたく喜ばしい話題にも拘らず、王弟ロジャーの顔が曇っていたのには理由がある。
ロジャーが苦々しげな声を発する。
「本気なのですか? 平民の少女をニコラスの婚約者にするというのは」
あり得べからざることだった。
ウェステリウス王国は、集合国家であるネルタ・コルラ連邦を除けば中原一の大国だったから。
小国を治めるのとはわけが違う。
第一王子ニコラスの婚約者は、後ろ盾となり得る高位貴族の令嬢が必要。
でないと王権を弱め統治に影響するというのは、常識以前の話だったから。
ニコラスが陽気な声で答える。
「本気ですよ」
「どうしてだ? 何があった?」
「貴族学院の魔物学の実習がありましてね。まだ帰ってきたところなのですけれども」
「ああ、魔物学の実習は学期末だったな。しかし何の関係が?」
「まあ聞いていてくださいよ」
ロジャーはニコラスに焦らされていると感じた。
しかし魔物学の実習とは、話の入り方が突飛だ。
王立貴族学院の理事長でもある王弟ロジャーはつい釣り込まれた。
「報告は受けているよ。魔物に襲われて危なかったそうじゃないか。魔物学実習も考えねばならんな」
「叔父上には危なかったと伝わっていますか」
「む? 違うのか?」
理事長のロジャーに事件の報告は当然入る。
「実際には危ないなんてことは全然なかったのです」
「ニコラスの主観ではそうかもしれんが、魔物に不意を突かれて襲われたのは事実なのだろう? やはり生徒を守る体制に不備があったと考えざるを得ない」
「護衛体制の不備に対しては、僕も叔父上と同感です。しかし問題はそこではなくてですね」
そうだ、ニコラスの婚約者候補の話だった。
ロジャーは話が逸れたのを理解した。
問題の平民と魔物学実習ははどう関わってくる?
「僕を助けてくれたのが件の少女なのです」
「……報告書にそんなことは書かれていないのだが」
「伏せておけと僕が命じたのです。その時には既に彼女を僕の婚約者にしようと考えていましたから」
ロジャーは訝しんだ。
魔物の襲撃から助けられた一件だけで婚約と言い出したわけではあるまい。
となると陛下とニコラスは、もっと以前からその少女について調べさせていたことになる。
何者だ?
「……その少女が特待生だから優秀ということまではわかる。魔物から助けてくれたとはどういうことだ?」
「魔法の使い手なのですよ」
「は?」
魔法とは魔素を扱う特殊な技術だ。
しかし火を起こせたり風を吹かせたりすることが、魔物から助けることとどう繋がるのか、ロジャーにはわからなかった。
「魔物の攻撃を防ぎ、やっつけることができるほどの魔法の使い手ということですね。それだけでは全然言い足りませんけれど」
「何と。凄腕の魔導士なのか」
「まあまあ。結論を急がないで、僕が出会った最高の彼女の武勇伝を聞いてくださいよ」
ロジャーは苦笑した。
要するに婚約者と決めた少女について語りたいだけなんだな?
「聞こうじゃないか。存分に語ってくれ」
「では遠慮なく。王都近郊テルケの森には魔物が生息していることはよく知られていますよね?」
ロジャーは頷く。
王都近郊とはいえ街道からは遠く離れているので、注意書きのみでほぼ放置されている。
冒険者やハンターのような、魔物を倒せる職に就いている者が足を踏み入れる、くらいの森だ。
魔物とは言っても獰猛な肉食魔獣はいないので、さほど危険はないと一般には思われているが……。
「実際には邪気に侵されている魔物は、昆虫系や草食魔獣といえども危険だからな。魔物学実習は勉強になると思う」
「叔父上も魔物学を取っていらしたのでしたっけ?」
「もちろん。実習の時見たのは食いつき草と角ウサギだけだったが」
無口な王が微かに頷いた。
王もまた学生時代魔物学を選択していたから。
ウェステリウス王家では、国を危険に晒す可能性のある魔物について知っておかねばならぬという意識がある。
だから王族男子は魔物学を受講するのが通例になっている。
「僕も似た説明を受けていたのですよ。出てくる魔物は食いつき草かイビルビートル、運がよければ角ウサギを見られるだろうと。食いつき草やイビルビートルは油断して攻撃を受けてもちょっとケガするくらいだが、角ウサギを甘く見てはいけない。突進してくるから、体勢を低くして盾を構えろと」
王とロジャーが同時に頷く。
危険とはいえ単体でしか現れない魔物だ。
回復魔法の使い手も同行しているので、少々のケガは問題ないはず。
「ところが現れたのは子連れのマッドボアでしてね」
「えっ?」
イノシシの魔物マッドボアは長い牙を持つ危険な魔物だ。
草食魔獣ではあるが、子連れの成獣は気が荒いとされる。
角ウサギとは体重が段違いなので、突進されたら手持ちの盾程度で防げるものではない。
本来テルケの森でも深いところに生息している魔物だ。
生徒が実習で見学を行う入り口近くには出ないはずなのだが。
「子連れのマッドボアだと? 危ないなんてものじゃない!」
「と、思うでしょう。ここで僕の婚約者が登場ですよ」
「もう婚約者扱いなんだな? どうなったのだ?」
「言い忘れていましたが、彼女も魔物学選択者でして」
「女子なのに珍しいな。っていいよ! わかってるよ!」
完全にロジャーも面白がっていた。
件の少女はどう魔法を使ったのだ?
「後で聞いた話によると、彼女は魔物が近付いてきていたことをわかっていたそうで」
「何故?」
「感知魔法を使っていたからです」
ロジャーも自身は使えないものの、魔法についてある程度の知識はある。
感知魔法は周囲の魔力情報の異変を知ることのできる、極めて高度で難易度も高い魔法だ。
人間や魔物も体内に魔力が流れているから、魔物が接近すれば当然それを知ることができる。
が……。
「感知魔法の使い手か。それはすごい」
「すごいのはここからなのですよ」
「ふむ?」
「突っ込んできたマッドボアを盾の魔法で受け止めまして」
「マッドボアの突進を止められるほどの魔法を瞬時に繰り出せるのか」
「結界で閉じ込め、魔物学実習者他、引率の教師や護衛の騎士を含めた皆に解説つきで見学させまして」
「ええ?」
「最後はおいしくいただきました」
「食べたのか」
ロジャーは呆れた。
魔物であってもイノシシだ。
うまいことはうまいのだろうが。
「貴重な経験でしたね。叔父上は魔物を食べたことはありますか?」
「ないな」
「陛下はいかがでしょう?」
王はゆっくり首を振った。
しかし明らかに今の話に興味があったようだ。
やや前のめりになっている。
「家畜と全く遜色ありませんね。冒険者やハンターを育成して、魔物肉や魔物素材を手に入れやすくすることは必要かとも思いました」
「考慮に値することだな。しかし婚約者から話が離れたのではないか?」
「その見事な技に僕は感動しました。彼女に愛を告げたのです」
「学院の特待生になれる優秀さと魔法の実力を持つ少女か」
ロジャーは考える。
確かに無視すべき存在ではない。
しかし第一王子ニコラスの婚約者というのは飛躍し過ぎではないか?
守旧派貴族を納得させられるとは思えない。
「ニコラスの婚約者はエルシー・ノックレイブン公爵令嬢になる、というのが大方の観測だろう?」
ノックレイブン公爵家はウェステリウス王国一の大貴族だ。
エルシーはニコラスと同年で、賢き淑女として知られている令嬢である。
「ノックレイブン公爵家へは、叔父上が使いになってもらいたいのです」
「婚約の報告のか? 私自身がその平民を認めているわけではないのだが」
「ロジャー」
王が声をかけ、資料を手渡す。
「……これは?」
「僕の婚約者の資料ですよ」
王とニコラスが静かに微笑む。
結構な厚み。
かなりその少女について調査していることを示していた。




