第4話 幕間:彼らから見た大神蒼
主人公以外の視点となります。
悪の怪人、ブルーウルフこと大神蒼が体育の授業での休憩を終え、友人の内山恭介グラウンドへと戻った後。
先程まで四人で喋っていた休憩場所に残った二人。紅狩翼と、白石明が揃って大きな溜め息を吐いた。
「あ、危なかったですね……」
「本当にね……今回はフォローできたけど気を付けて、僕達の正体は知られちゃいけないんだ」
「はい、分かってます……って言っても、あの直後じゃ説得力も自信もなくなりますよぉ」
「あははは……それは、うん。ドンマイ?」
「フォローできてませんよー、翼先輩」
「う、ごめんね……こういうの苦手でさ」
二人はまるで隠し事があるようーーいや、事実として蒼と恭介に隠し事をしているのだ。
隠し話を二人は再開する。
翼は苦笑いしていた表情を真剣な物に変え、翼の変化に気付いた明も真剣な雰囲気を纏う。
翼が明の目を見て問いかける。
「ヒーロー管理協会の規則その8は?」
「はい。私達ヒーローはその正体を一般人に知られてはならない、ですよね」
自分はヒーローである。
そう断言した明に対して、翼も数度に頷きながら続ける。
明の発言は自分がヒーローであるのを認めるのと同時に、「私達」というフレーズから翼もそれに類する存在である認めている。
……もしもこの場に蒼が居れば、「止めろ! 取り消せ! 頼むから! お願いします!!」と叫んでしまう程致命的な情報だ。
「僕達の正体は絶対に秘密だ。それは当然僕達自身を守る為でもあり……」
「ヒーローの正体を知った、あるいは知ってしまった人達を危険に晒してしまう可能性が高いから、です」
「その通りだ。そういう意味ではさっきの例え話は現実になりえるよ、恭介は知りたがりが過ぎる」
翼は恭介の名前を口に出して、先程蒼が恭介を脅す為に言った「知り過ぎた恭介が怪人に狙われる」という内容があり得ると告げる。
恭介は自らの知りたいという欲に対して素直で真っ直ぐだ。
それこそ、ヒーローに近付きたいという理由だけでこの英孝高校を志望校に選ぶ程に。
だからこそ、危ない。
知ってはいけない境界線を本人すら気付かない内に越えかねない。
翼は、そういう意味で恭介を危険視している。
自らのようなヒーロー関係者、そしてなによりも恭介本人の為に。
数少ない友人が、戦いに関わる仲間になってしまわないように。
彼がただの一般人でいられるように、致命的な情報を見せてはならない。
そう翼は明に語った。
対して、翼の言い分に明から疑問の声が上がる。
「そういえば、大神先輩はどうなんですか?」
「蒼?」
「はい、さっきの流れで一番最初に私のフォローに入ってくれましたし。もしかして『協力者』ですか?」
ふと思って、明が蒼について翼に質問する。
先程、明が思わずヒーローとして『助ける』と言ってしまった時、最初に反応して流れを変えたのは蒼だった。
そんな彼を明は『協力者』ーーヒーロー管理協会が定める、ヒーロー達を支援する一般人の事ーーではないかと考えた。
「違うよ、蒼は協力者じゃない。蒼は僕を含めてヒーローの正体は全く知らない……いや、知ろうとしない、が正しいかな」
だが翼が語った通り、蒼は協力者ではない。
なにせ蒼は怪人。
協力者の情報はヒーロー達の支援者として相応なのか、ヒーロー管理協会によって徹底的に調査される。
もしもその調査を受けて、怪人だとバレてしまえばもうこの日常を送ることは不可能。
蒼が「レッドイーグルを探す怪人」として、同時に「英孝高校に通う一般人」であり続ける為に最も避けている事態だ。
翼が言葉を続ける。
「蒼はその辺りのバランスを取るのが上手でね、もしかしたら僕達の正体に辿り着いているかもしれないけれど、それは僕らには分からない。さっきみたいに『知ってしまいそう』な状況から『知れない』状態に持って行くのが得意なんだ」
「……いまいち分からないです」
「うーん、なんて言えばいいのかなぁ……蒼は『知らなくていいこと』や『知って欲しくないこと』を『知らないままでいること』が上手、みたいな?」
翼が語る蒼の凄さを、明は理解するべく頭を回転させてうんうんと唸り声を溢す。
が、結局彼女の出した結論は『よく分からない』だった。
それは、明自身が嘘を付くのも嘘を付かれるのも苦手な性質だからだろう。
それは明の美徳であり、同時に先程のような発言のミスを生み出す甘さでもある。
ただ、翼は明のそんな所が好印象だった。
「……もう逆に、正体教えて協力者になってもらった方が良くないですか?」
「あはは、きっとそれが一番なんだろうけどね」
明の提案に、翼も苦笑いを浮かべながら同意する。
それは翼だって何度も考えた。
蒼が協力者となって、翼の『本当の自分』を知ってくれている関係になれたなら。
しかし翼は「それでも」と言葉を続ける。
「僕は、蒼や恭介とは仲間じゃなくて友達でいたいんだよ。僕の我が儘なんだけど、ね」
「仲間と友達って、別なんですか?」
「……別物だよ。知ってしまったら、もう二度と『知る前』の関係には戻れない」
「そうなんですか?」
「まあね、ひとまずこの話は置いておこうか。そろそろ僕達もグラウンドに行こう、変に注目を浴びるのも嫌だしね」
「あ、はい!」
翼が休憩を終わらせ、授業に戻るように促した。
明はそんな翼に疑いも持たずに一緒に歩き出す。
だが翼は心の中で、今さっき誤魔化した言葉の続きを考えていた。
「(知ってしまったら、僕と蒼は良くも悪くも『今』の友達という関係ではいられなくなる。蒼が協力者になってくれたら勿論嬉しい。でも、それ以外の可能性を僕は捨てきれない……)」
翼の頭の中に、青色の怪人が過ぎ去っていく。
何度もヒーロー達の前に立ち塞がる、ヒーローと対をなす敵。
自らのライバル。
そう言って差し支えない彼のイメージが、蒼と居ると思い浮かぶ時があるのだ。
「(相手の全てを知ることは、必ずしも良い結果を生むとは限らない。知らないままで守れる何かがあるなら……僕は……)」
翼はそのイメージを自らの奥底にしまい込み、少し寂しげだった表情から、フラットな状態の自分へと戻る。
そうして自らを呼んでいる蒼と恭介の元へと、自ら歩み寄っていくのだった。
……胸の奥にしまい込んだ、疑いは消えてくれない。
ーーーーーーーー
「次、学年の男女別でドッジボールだってよ」
「やった事ないな、俺」
「マジ? 小学校で散々やったろ?」
「……覚えてない」
「いや、えぇ……記憶力皆無かよ。意図書室で本を読むタイプには見えないってお前」
「やかましい」
こういう所なんだよな。
内山恭介は隣に立つ青っぽい髪を持つ友人に対して思った。
内山恭介にとって、大神蒼は間違いなく親友だ。
出会ってまだ一年と少ししか経っていないが、恭介はそう断言できた。
『なぁ、お前ヒーローに詳しいって聞いたけど本当か?』
『へっ? ……いやその、まぁ、多少?』
『多少なのか、残念。ヒーローについて話せる奴がいたと思ったんだけどな……メンドくさっ』
『(怖ぇ……)』
これが恭介と蒼のファーストコンタクト、見た目が不良っぽい蒼に対して恭介が感じたのは恐怖だった。
当時の蒼は初めての人間社会に馴染めず、それを気にしなかったのも恭介の印象には不良っぽく見えた。
ただしその印象は蒼の次の台詞で揺れ、崩れていく。
『レッドイーグル・ファイヤー……いや最近レッドイーグル・ファイアバーンに変わったんだっけ、長いな』
『(ん? あれ、こいつレッドイーグルの正式名覚えてんのか? もしかして結構詳しい?)』
『つーか名前変えすぎだろ。レッドイーグル、レッドイーグル2、レッドイーグルアロー、レッドイーグルアローソード、レッドイーグル・ファイヤー……で、今度はレッドイーグル・ファイアバーン。この2年で6回て』
『っ!?!? ちょ、え、マジ!? レッドイーグルの名前全部言えんの!?』
『ん?』
『あっ』
やってしまった。
そう気付いた時にはもう遅く、内山恭介という人間はここから大神蒼という存在と、どうしようもなく深く関わることになっていく。
もっとも、関わった結果として中学の頃は一人で後ろ指を指されていたヒーローの情報を集める趣味、それを共有する友人ができたのだが。
そうして2人の仲が深まり始めて数ヵ月。
恭介が蒼を「親友にして恩人」と定めた出来事が起こる。
『そういや内山はさ、なんでヒーローについて調べてんの?』
『どうしたよ、急に』
『何となく気になった』
『うーん、まぁ隠すような物でもないか。俺、小学生の頃に怪人災害に遇ったんだよ』
『……マジ?』
『大マジ。で、その時に崩れかけの建物に取り残されてさ、怖くて滅茶苦茶泣いてたんだよ』
蒼が何気なく聞いた質問に対して、恭介は自らの過去を語り始めた。
自らがヒーローに憧れ、知りたいと願い、手を伸ばし始めた理由。
今の内山恭介を形作っている大きなエピソード。
それが怪人による被害者である事だと語る恭介に、蒼は思わず言葉が詰まった。
恭介は特に気にせずに語り続ける。
『そしたら、目の前の瓦礫が急に動き始めたんだ。そんで瓦礫が目の前から消えたと思ったら、ヒーローが立ってたんだよ。そんで「よく頑張ったな」って頭を撫でてくれた』
『……そのヒーローの名前は?』
『それが分からなくてさー、その人の事を知りたくて調べ始めたのが最初なんだよ。そんでまだ辿り着けてない』
『その事件に出撃したヒーローじゃないのか?』
『そう思ったんだけどなー、事件の記事とかニュースとか漁ったんだけどあのヒーローは出てこなかった。救助に後から来たヒーローとかなら報道されないらしいし、そこかなって』
『ふーん……そのヒーローってどんな見た目よ』
『結構細身で、後は逆光もあると思うんだけど真っ黒だった。直後に親が泣きながら来たり、救急隊の人が病院に運んだりで録に見れなかったし、話せなかったんだよ』
『なるほど』
『なんなら俺が調べた記事とか見るか?』
『見る』
『どーよ』
『…………』
恭介が自らの過去を話し終えた後、蒼は恭介が渡した携帯を見て後に口を閉じて考え始める。
蒼が真剣に考えている様子を見て、ここまで大真面目に考えてくれるとは考えていなかった恭介は気恥ずかしくなり、話題を逸らそうと今度は自分から話を振る。
『あー……ほら、俺は話したぞ! 大神はどうなんだ? 何でそんなに詳しいんだよ、特にヒーローについては生で見てるんじゃないかってくらいーー』
『なぁ、お前を助けたヒーローってモーカウロウじゃないか?』
『はい?』
蒼の発言に思わず呆けた声を上げる恭介。
しかし、それもその筈でモーカウロウというヒーローは名前から察せられる通り「牛」がモチーフのヒーローで、大柄で人の良さをそのまま体型にしたような白くて丸い姿が特徴的なのだ。
確かにモーカウロウは件の事件に出動したヒーローの一人だと恭介も知っている、しかしその見た目は恭介が語った「細身で黒い」という特徴とは正反対だ。
『ありえないだろ。話聞いてたか? 俺を助けてくれたのはーー』
『真っ黒で細身だろ? 普段のモーカウロウなら正反対、だけど本気を出したモーカウロウなら特徴が一致する』
『モーカウロウの、本気?』
『ああ。モーカウロウは牛のイメージが強いけど、実はもう一つモチーフがある。それが蝋燭だ』
『え、知らなかった』
『その要素になってるのがあの白い体。勘違いされがち……ってか隠してるのが戦略なんだろうけど、モーカウロウの丸い体型の殆どは溜め込んである普段使わないエネルギー。本気を出す時はそれを一気に消費することで自分を超強化させるんだ。蝋燭のロウなんだよ、あの白い体はな』
『へ? ……いやいやいや、待てよ!? お前、そんな情報どっから持ってきたんだ!? 明らかにヤバいだろ!』
『……超が付くほどドマイナーだけど、モーカウロウの歴史を最初から追ってる人なら知ってる情報だよ。ほらこれ写真』
『いやモーカウロウってヒーローの存在が明るみになった最初期から戦ってる、超最古参ヒーローだぞ!? それを最初からってーー』
あまりにも突然、超が付く程重要な情報を語り始める蒼。
それに恭介は当然突っ込みを入れる。
モーカウロウは最初期からの超古参ヒーロー、その活動歴は既に20年を越えている。
更に……言い方は悪いがモーカウロウは人気が高いヒーローではない。
それを最初から追っている者など、広大なネットの海でも数人といないだろう。
そんな者しか持っていない情報と、それをさも当然のように語る蒼。
高校生という年齢との矛盾、その歪さに思わず恭介の中で驚愕よりも恐怖が沸き始める。
が、それは蒼の携帯に映された画像をみた瞬間に吹き飛んだ。
『…………嘘だろ』
『信じるかどうかはお前次第』
『いや、だって、俺、滅茶苦茶探して……』
それは内山恭介が長年探していた、あの時のヒーローその物だったから。
その画像を見たその瞬間に、恭介の中で記憶がフラッシュバッグする。
あの日、あの時の恐怖、瓦礫に囲まれ一人だった寂しさ、孤独感、それに押し潰されて泣き始めた自分。
そして動く瓦礫、僅かに見える光、それが徐々に大きくなっていき、自分を見つけてくれた……
『この人だ……』
『そうか』
『いや、えぇ……マジで、こんな簡単に……? 嘘だろ……?』
『ま、何事もドラマチックには行かないよな』
『いや唐突にも程があるだろこれは』
その後は結局、恭介の意識はボーッとしたまま時間が過ぎた。
ただ、恭介の中で大神蒼という存在は『憧れの正体を教えてくれた恩人』として記憶されたのだ。
そのまま恭介は蒼と友人関係を続け、そして気付いた。
大神蒼は、決して自分の過去を語らない。
それは小中学校の頃の話だとか、一人暮らしを始める前の実家の話だとか、家族の話だとか。
とにかく過去を語らない。
まるで過去など無いかのように。
「(ま、そう言う俺だって中学までの事は聞かれたくないし、話さない。そういうもんか)」
恭介は「自分もそうだし」と納得して気ままな友人関係を過ごしている。
ただ時たまに、今回のドッジボールのように物事を知らなすぎる……というか、「幼い」とすら感じる時がある。
あの日感じたのと似た、高校生という見た目との矛盾と歪さ。
ただそんなチグハグな友人で恩人を、恭介は嫌いにはなれなかった。
「なぁ、蒼」
「どうした恭介……突然名前呼びで」
「いや別に……俺達って、友達だよな?」
「は? ……いやまぁ、お前が違うって言ったら俺は引き下がるしかないが?」
「言わねーよそんな事。うん、やっぱ俺らは友達だな!」
「…………すまん、距離を取って良いか?」
「なんでだよ!?」
「いや急に名前呼びで友情の確認とか、キモいし怖い」
「ひでぇ!」
いつか話してくれたら良い。
なんなら別に話してくれなくても良い。
自分達は友達で、それはきっと変わらないから。
そう信じて、恭介は蒼に絡むのだ。




