第3話 日常②
『やっぱり翼先輩よ!! これを見たら分かるでしょ!?』
『いーや、大神だ!! 最後の爪先が半歩早い!』
『そんな物あんた達の目の錯覚よ!』
1時間目の体育の授業、一旦休憩を挟むタイミングで大勢の女子と男子が1つの画面の前で言い合いをしている。
俺と翼の100m走の結果は俺と翼の同着、引き分けで幕を下ろした……筈なのだが。
その結果に納得できなかったらしい翼のファンの女子生徒達、そして俺を使って「翼が負けた」という事実を確認したい男子生徒達。
それぞれが「翼の勝ち」と「翼の負け」を証明するべく、なんともまあ醜い争いをしている。
それは俺達の勝負が終わった後にそれぞれの声明発表、意見の交換、罵詈雑言のぶつけ合い、という三段階を経て現在はスローモーション映像を使った検証へと移行している。
なお、当人の筈なのに蚊帳の外になっている俺と翼は同着という結果に満足して普通に休憩してたりする。
だって勝ち負けはあんまり拘らないし。
しっかしVTR確認とかそんな機材がなんでこんな普通の高校にあるのか、この英孝高校はスポーツが強い高校って訳じゃないんだけどな。
やっぱりあの噂は本当なのだろうか……と、考えた所で馬鹿馬鹿しいと首を振って思考を消す。
良くない推測だ、しかも情報源はただの噂話。
関係無い、と自分自身に言い聞かせる。
何か別の事を考えようと思った俺の目の前。
そこでは――
「翼先輩、これどうぞ!」
「ありがとう、白石さん」
翼に対して1人の女子生徒が翼の水筒を手渡ししていた。
それを受け取る翼の表情は柔らかい笑みを浮かべており、彼女に対してはかなり心を開いているのが分かる。
普段追っかけの女子生徒に見せる事は無い、実に自然な表情だ。
彼女の名前は白石明。
今年入学したばかりの1年生であり、だと言うのに翼との仲が良い。
恐らくは翼の言う「本当の自分」を知っている、もしくはそれに近い人物と思われる生徒だ。
……もしも翼の秘密がヒーロー関係なら、そんな本当の姿を知る彼女は何者なのか。
もしも翼=ヒーロー=レッドイーグルなら。
それを知っている白石さんもヒーロー、もしくはその関係者と予想できる。
で、だ。
白石さんはその名前の通り白が良く似合う、綺麗と可愛いの良い所両取りな女の子だ。
性格は健気で元気な感じ。
男子からの人気は当然高く、女子達からもその末っ子気質からか可愛がられている。
髪はハーフだかクォーターだかで銀色というか、白髪では無く、綺麗な白髪って感じ。
若干ピンクがかっているのもポイント高いよな。
それこそパール宝石みたいな……ストップ。
今、良くないピースが繋がりかけた気がする。
危ない危ない、彼女は翼に恋をしている一生徒で俺の後輩。それで良い、それ以上はアウトだ。
だから彼女を中心とする4人組とか、たまにその4人組に後輩の女子中学生が加わって5人組になるのは別に何もおかしくはない。
ほら、俺は男だし怪人だから女子の友情なんてわからないから。
だから後輩の中学生が高校生の女子と一緒に遊ぶのとか別に普通なんだろ、きっと。
……他の女子グループではそんなの見ないけどな。
「はぁー……やってらんねー……」
「なー、目の前であんなの見せ付けられたら堪ったもんじゃないよなーっと」
「お、内山田じゃん。水筒サンキュー」
「誰だよ内山田って、俺は内山だっての」
色々と危ない情報のピースから、全力で現実逃避していた俺の横に現れた1人の男子生徒。
クラスメイトにして友人の1人である内山恭介。
特徴はなんと言ってもメガネだ。これ以上の説明は不要だろう。
そんな内山田(山田)こと恭介は俺の横に腰を下ろし、目の前で繰り広げられる翼と白石さんの会話を遠い目で見ている
「いや本当に嫌になるよな。翼には後輩の女の子が水筒持ってきてくれるのに、俺に水筒を持ってくるのは山田だけだもんな」
「山田だともう別人だろ……しかしまぁ、白石さん相手だと紅狩もあんな風に笑ったりするんだな。やっぱり可愛いくて美人だからか?」
「美人なだけならアレの中にも居るだろ」
「そりゃそうだ」
アレ、とさっきから俺と翼の100m走の勝敗について男子と罵り合っている女子集団を指しながら言う。
うん。あの翼のファンクラブ(?)の中にも、流石に白石さん程特徴的とまでは行かなくとも一般的には美少女、美女と呼ばれる生徒は多い。
実際、そういう生徒が多いからこそ翼は男子の呪いの対象となっているのだから。
ちょうど良い。白石さんについて掘り下げると危なげ情報が出てきそうだし、話題変えるか。
「ってかいつまでやってんだアレ?」
「さっきちらっと見たけど、これからAI判定にかけるらしいぞ」
「馬鹿じゃん」
「ストレートでド直球な罵倒」
思わず出た素直な感想に内山田(内田)な恭介が突っ込みを入れてくる。
いやでも、俺の感想は変わらない。
何なの? なんで本人達は気にしてないのに他人がそこまで勝敗を付けようとするの?
アホなの?
はぁ……と溜め息を吐きながら、1つ気付いた。
「え、AI判定って言ったか?」
「言った。これからやるらしいぞ」
「なんでそこまでの機材があるんだよ英孝高校は……俺が知らないだけで、去年どっかの部活が全国大会優勝したか?」
「俺の記憶でもそんな事実は無いな……やっぱり、アレだろ」
その瞬間、恭介の瞳がキラリと輝いた気がした。
これは……ああ、来るな。
恭介が俺の友人となった理由、そして何よりも恭介という人間の特徴。
それ即ち――
「この英孝高校はヒーロー達と繋がってるんだって!! そしてこの高校の中にもヒーローが居るんだよ! だからヒーロー達の成長を助けてくれるこの学校をヒーロー管理協会が資金や機材の援助をしてるんだよ!! 間違い無いって!!!」
「あー、分かった分かった。うるさいうるさい」
恭介、ヒーロー大好き人間……いわゆるヒーローオタクなのだ。
その熱量は凄まじく、この英孝高校に来た理由も「英孝高校はヒーロー管理協会と繋がりを持っており、ヒーロー管理協会への就職率が高いという噂だから」という現実を見てないんだが見てるんだが分からん理由で選んだらしい。
ヒーローに関したニュースや噂話に都市伝説、それらを常に集めているからかヒーロー関連の情報に詳しく、俺も(実際に合って戦ってるから)ヒーロー達に詳しいため話が合い、「レッドイーグルの探索」という任務にもちょうど良いかと思って友人になったのが運の尽き、こういうヒーロー談義に付き合う羽目になっている。
ま、何だかんだ嫌なやつではないし、むしろ良いやつだ。
だからこそ、たまに俺が怪人だと正体を明かしたらどうなるのか、なんて考えたりする。
「英孝高校とヒーロー管理協会が繋がってるってのは都市伝説だろ?」
「いやいや、入学してから確かめたけど、事実としてこの英孝高校からヒーロー管理協会に就職した人は多いぜ? それにこの高校が建てられた時期は戦えなくなったヒーロー達は社会に出て就職できるのか、したとして栄光を集めていたヒーロー時代とのギャップに本人とその周囲に悪影響を与えるのでは? と問題視され始めた時期と一致する。俺としては、レッドイーグルを始めとする未成年のヒーロー達に一般教養を教える場、そして同時に戦えなくなったヒーロー達の受け皿としてこの学校を利用することがこの問題へのアンサーだと思うんだよ!!」
「長い熱い近い! そのくせ割とちゃんとした事を言ってくるな、脳がバグる!」
一気に話してくる恭介に思わず声を荒げる。
こんだけ一気に話つつも内容はヒーローに関する都市伝説だけじゃなく、ヒーローの社会問題なんかも含んでる真面目な内容で困る。
しかしまぁ、俺が注意している噂。
それがこの「英孝高校とヒーロー管理協会は繋がってる」という物だ。
これが本当ならばレッドイーグルがこの学園に居る可能性は高い、他にヒーローと関係がある場所はこの英孝町には無かったし、この学校が一番怪しい場所だと言える。
とは言え、レッドイーグルがこの英孝高校に居るとしてそれが生徒としてなのか、教師としてなのか、実際は特に関係無いのか。
それも分からん。
というよりそれを調べるのが俺の任務だし。
「あ、蒼に恭介」
「え、あ、お、お疲れ様です先輩方!」
「おう、お疲れさーん」
「へぇ!? し、白石さんも、お疲れ様!」
「恭介なぁ、そろそろ慣れろよ」
俺と恭介のヒーロー談義が耳に入ったのか、翼がこっちに意識を向けて混ざろうと近付いてきた。
そして翼に付いてくる形で白石さんもなし崩し的に俺と恭介と合流する。
白石さんは翼に気があり、だがそれに気付いていない翼が彼女と共に普通に友人として俺達に絡んでくる。
白石さんが翼と仲良くなってから……大体2ヶ月位か? 翼は以前から俺達と仲が良いし、白石さんは翼に着いてくるから最近はこのメンバーになりやすい。
そしてその度に恭介が変な声を挙げるのも恒例だ。たまに白石さんの友達も加わるともう奇声ってか謎の生き物の鳴き声になる。
「それで? 二人は何を話してたのさ」
「俺らが集まってるなら1つだろー」
「ヒーロー関係ですか?」
「あ……そう! あのVTRにAI判定なんて最新機材、普通の高校である英孝が用意できるのはなぜなのか? って所から、やっぱりこの高校はヒーロー管理協会と繋がっているんじゃ無いかって話さ!!」
「っえ!?」
相変わらず自分の好きな事だと一直線に熱量を持って話せるんだよなぁ……と恭介に対して思いながら、白石さんが驚きの声を上げた理由を考えてみる。
まぁシンプルに考えるならこの話をしたのが初めてだからだろ。
穿って考えるなら……彼女もそのヒーロー管理協会と英孝高校の繋がりを知っていて、それは秘密とされているから、とかかな?
ま、ただの考察ともいけない妄想だけど。
「そ、そんな訳無いじゃないですか!? ヒーロー管理協会が1つの高校と繋がっているなんて、あ、あああり得ませんって?!」
滅茶苦茶動揺してらっしゃる。
止めろ止めろ、俺の妄想を妄想でいさせてくれ。
確信をよこすな。
だが恭介は熱量を低くする事は無い。そしてこのまま恭介に詰められたら白石さんがヤバイ情報をポロっとこぼす可能性がある。
いやそんなの持ってる訳が無いと思ってますけどね? これで俺の日常終了とか洒落にならん!
「ふぅー……せいっ」
「ぐほっ!? 何すんだ大神!」
「そうやって一方的に熱くなって詰めるの止めろや、怖いんだよ」
「あー……ごめん。白石さん」
「え、いえいえ! 別に私はなんとも無いです!」
「それに結局噂だからね、白石さんはそんなに気にしなくて良いよ」
「そうそう、噂だよ噂。真面目に受け取るもんでも無い」
「なんだよ大神ー、お前は恭介側だろ?」
「お前程の熱は持ってねーよ。浅い趣味レベルで良いんだよ……仮にもし本当だったら、知りすぎると怖いぜ? お前の情報を求めて怪人がお前を拐って拷問に……」
「うっ……それはたしかに……」
「そ、そんな事はさせません!!」
大きな声を出した白石さんに、思わず俺達……この場の男子三人の目が点になる。
おめぇは何を言ってるだこの娘っ子がぁ……
恭介を止めるべく軽い手刀の一撃を頭に与え、何とか噂は噂だと話の流れを持って行き、ついでに恭介に一本釘刺しとこうとしたらこれだよ。
しかも直後に「あっ」とか言うの止めてくれよ。
これ以上確定演出を増やすな。
何で自分から地雷を踏みに行くの?
困ってる人は絶対助けるヒーローハートなの?
やべぇやべぇ、この白石さん=正義のヒーロー……いやヒロインな発言をどうにかせねば。
「ほら見ろ恭介、お前の頼り無さが酷過ぎて白石さんに守られる事になるぞ? 後輩の、こんなに可愛い女の子を、危険に晒すのかお前?」
「え、これそういう話なの?」
「勿論。蒼が言った仮の話で、恭介が僕らの前で危ない目に合ってたら僕達は恭介を助けるって話だよ。ね、白石さん」
「……は、はい! 勿論です! 助けます!」
「そ、そんな……お前達!」
「まぁ実際にそうなったら俺は全力で逃げるけどなー。白石さんは翼に任せるわ」
「へ!? 大神!?」
「分かった。でも途中で変わって欲しいな、ヒーローへの通報をしなくちゃだし」
「はい!? 紅狩!?」
「へ? へ? 内山先輩を助けるんじゃ……?」
「し、白石さん……!!」
「おう、 でも俺達一般人が怪人相手に立ち向かうなんて考えちゃ駄目だぜ? 白石さん」
「そうそう。ヒーローじゃない僕達が助けるって事は、何とか怪人から離れてヒーロー達に通報するって事さ」
「え……あっ」
「所詮一般人。目的が恭介なら恭介を差し出して囮にして、その間にヒーロー呼ぶのが関の山よ」
「白石さんも気を付けてね。一般人が怪人に立ち向かって勝つ、そんな事はあり得ないんだから」
「分かり……ました」
俺達のあくまで仮の話、という展開にゴリ押しされた白石さんはシュン……と小さくなるが、とにかくこれで話は逸らせた……よな……?
セーフ……!!
若干ってか、かなりアウトな気がするけれども俺がセーフってんだからセーフなんだよ……!
さっきの白石さんの台詞は彼女が怪人の恐ろしさを知らないから溢れただけで、俺と翼が彼女に怪人の危険性と出た時の対応の仕方を教えた。
そして、それまでの話はあくまでも「恭介が持ってる情報を狙った怪人が来たら」の仮の話。
そう、それが真実で事実。
それ以上の意味は無い、良いな? 俺?
ふうー……
っと、思わず大きな溜め息が出かけたが何とか心の中だけで留めた。
あっぶねー。
今回もまた俺のスキル「全力で現実逃避」が役にたったな。
全く……勘弁してくれ。俺はお前達の正体なんて知りたくないんだよ。
いや本気で、切実に。
そんな俺の願いは口から出されることは無く、休憩時間が終わったことを告げるホイッスルの音に恭介を連れてささっと移動を始める。
こんなにネタバレによる俺の日常を崩壊させる娘の側にいられるか!
という事で、 さっさと授業に参加させて貰う。
本当に、日常を過ごすのってのは難しいなぁ。




