2話 日常①
リリリリ リリリリ リリリリ
「んぅ……朝かぁ」
バチン、と。
俺こと大神蒼はやかましく鳴り響く目覚まし時計を止めて意識を浮上させた。
そのままベッドの上で体を伸ばしてみれば、パキパキと心地の良い音が鳴る。
体に悪いとか聞くけど、良いよねこの音。
なんて、どうでも良いことを考えながら足は自然と洗面台へ向かい、蛇口から出てきた水で手を洗ってから顔を洗う。
うむ、冷たい。
「朝ごはんはーっと?」
続いて朝食を……と思ったところで「そういえば」と、あることに気付く。
昨日は怪人として仕事を終えてから、帰って来てシャワーを浴びた後にそのまま寝た。
つまり、夕食も食べてないし朝食の準備はなにもしていないという事実。
「まーじーかー」
ぼやきながら冷蔵庫を漁る。
冷蔵庫の中には残念ながら朝の活力になれるような料理は無い。
せいぜいが作り置きしていたゆで卵。
後は焼く必要があるソーセージに、まだ切っていない1/4玉のキャベツ。
調理する時間が少ない平日の朝にはヘビーな奴らだ。普段なら前日にこの辺りの食材で朝食を作り置きしているんだけどな……
「しょうがないけど、コレ飲むかぁ」
そう言って俺が冷蔵庫の飲み物棚から取り出したのは『一発元気! 怪人超活性!!』とデフォルメされた怪人としての俺が叫んでいるラベルが貼ってある小瓶。
いかにも怪しいこの小瓶。何を隠そう悪の組織が作り上げた、怪人専用の栄養ドリンクです。
作成者はモーディ博士。詳しくは(怖くて)聞いていないが、とにかく怪人が飲むと活力が沸いてきて元気一杯になれるそうだ。
因みに普通の人が飲むとどうなるの? という質問の答えは「……本当に聞きたいかい?」と言われたので謹んで辞退させてもらった。
「よっと、さて…………っぷは! うーん、うまくもまずくもない、微妙な味わい!!」
キュポッと音を立てながら蓋を開け、そのまま一気にごくごくと栄養ドリンクを飲み干す。
微妙に甘く味つけされた炭酸と、甘味でも打ち消せない薬っぽい味を感じながら感想を誰に言うわけでもなく告げ、空っぽになった瓶を不燃ごみに放り込む。
勿論ラベルは剥がします。いやエコとか分別じゃなくて、情報漏洩対策です。
ガッツリ怪人用ドリンクって書いてるからねこのラベル。
その後は歯磨きなんかの身支度を整えて……
「うっし、学校行くか」
リュックの中身を確認、教科書なんかは問題なし。携帯に財布の貴重品の確認もよし。ハンカチみたいな日用品もよし。
「じゃ、行ってきまーす。と」
玄関の扉を開いて、外から家の鍵をかける。
別に誰かが返事をするわけでも無いが、行ってきますと声を出して家を後にした。
ここは築30年のボロマンション……に、見せかけた悪の組織が作った拠点の1つ。
中身は例え怪人になった俺が本気パンチしても壊れないくらい頑丈だし音も漏れない。
変わりに、俺以外の住人は組織が作った人形だ。
だから例え管理人さんに挨拶しても、何も返事は無い。
……少しだけ寂しかったりするのは内緒だ。
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なんちゃってボロマンションから駅まで歩き、満員とまでは行かなくとも十分狭い電車を耐え、そこからまた歩いて十数分。
そうしてたどり着くのが俺の通っている高校、私立の『英孝高等学校』だ。
校門をくぐり、道すがらに出会った生徒や先生には「おはようございます」と適当に挨拶しながら、2-2と書かれた看板が立てられている扉の前で立ち止まる。
「おはようさーん」
クラスメイト達に聞こえるように声を上げれば、クラスメイト達は俺と同じく適当に「おはよう」「はよー」「ういっすー」と返してくる。
で、廊下側の中段端席、教壇から見たらちょうど一番左側列の真ん中に位置する席に座って教科書なんかをしまい、リュックを机にかける。
そこまでした所で正面から声が掛けられた。
「おはよう、蒼」
「おはよ、翼」
紅狩翼。
赤みがかかった癖の無い茶髪と、優しげな甘いマスクって言うのか? そういう感じだけど、言動から影が見えるイケメン男子だ。
幼さすら感じかねない顔立ちと、大人びた言動とそこから微かに感じる影のギャップが女子に人気らしい。
高校が人生で初めての学校である俺にとって人生で初めての友人であり、この学校の有名人であり、怪人としての俺も注目している人間だ。
……なんとも不穏な話だが、それが俺の役目だ。
そもそもの話だが、何故怪人である俺が人間の学校へと通うのか。
教養の為?
バカめ、社会の一員どころか怪人として社会を破壊する側の俺に教養なんて合っても対して変わりはしない。
せいぜい何も考えずに怪人としてヒーローをぶっ飛ばすか、一般的な常識を身に付けた結果「頑張れヒーロー、俺を倒して世界を救え(棒)」と思いながらぶっ飛ばすかの違いしか生まれん。
じゃ、本当に何で俺がこの英孝高校に通っているのかと言えば。
当然、怪人としての任務です。
そう、あれは遡ることおよそ2年前の出来事……
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「どうしました、モーディ博士」
「やあウルフ君、今回は君に特別な任務だよ!」
「え」
「ほら、君もよく知ってるヒーローのレッドイーグルっているだろう?」
「まてや」
「彼の活動記録や出現範囲、位置、出撃要請を受けてからの現場までの到着時間、様々な彼の情報を元に、我々が計算に計算を重ね……」
「ねぇ、俺の話聞いて?」
「その結果、レッドイーグルの正体……とまでは行かなかったが彼が変身前、つまり人間としてのレッドイーグルの活動範囲を絞ることに成功したんだ!!」
「…………(諦めて最後まで聞くかぁ)」
「その結果! レッドイーグルは! 英孝町という町のどこかに居ることが分かった!!」
「おぉー……」
「だがしかぁし! 活動している地域は分かっても具体的に誰なのかまでは解明できていない!」
「そこまで分かったら、ヒーロー全員暗殺できますもんね」
「という訳でだ、ウルフ君。君ちょっと英孝町に潜入して探してきて」
「なるほどそう来ましたか」
「うん。具体的には君の人間時の姿から違和感が無いように、来年からこの私立英孝高等学校の生徒になって貰う!」
「はぁ……その間、別の任務は?」
「この潜入任務の間は他の任務は気にしなくて良いよ、補佐はお願いするだろうけど君をメインにした侵攻は一旦お休みだ」
「分かりました。それで今日の呼び出しはこれで終わりですか?」
「いいや? むしろここからが本番だ」
「はい?」
「言ったろう? 君には来年から私立高校の生徒になってもらうって。よって、これから受験対策を始めます」
「はい!? そういうのって裏口入学とかそういうので……」
「だってそんな危ない事したらバレるかもじゃーん。大丈夫大丈夫、中学までの学歴はこっちで用意するから」
「そこまでするなら高校受験もパスさせてくれませんかねぇ!?」
「さぁ、楽しい楽しい勉強の始まりだよ!」
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とまぁ、そんな楽しくも……楽、しくも……いや楽しくは無い勉強漬けの思い出と共に、俺は正規の手段でこの英孝高校に無事入学。
そして何だかんだと2年生になった訳だ。
で、怪人としての俺が翼を警戒している理由……なんて1つしかない。
翼が探索対象こと俺のライバルヒーロー、『レッドイーグル』の可能性が高いからだ。
何でよりによって翼なのかなぁ……人生で初めての友達を疑わなきゃいけないとか嫌すぎる。
でもなぁ……被るんだよ……翼が早退したり欠席したりする時と、悪の組織の作戦に対してレッドイーグルが出てくる日時。
名前も「赤」と「翼」だし……これは流石にこじつけが過ぎるか。
ともかく、俺の中で翼=レッドイーグルの図式はかなり信憑性が高い。
つっても確実な情報じゃないから、報告はしてない。ホウレンソウは確実に! ってよく言うし、なら不確実な情報は報告しなくても良いよね。
なんて理論で俺は翼がレッドイーグルでは無いと思い込みながら日々を過ごしている。
「どうかした? 蒼」
「いや、ヒーローと怪人の戦いの今後について」
「相変わらず好きだねヒーロー、進路はヒーロー管理本部?」
「さてね。趣味だからこそってのはあるだろ?」
「そうかな」
そんなどうでもいい会話を翼と続けながら、朝の時間は過ぎていく。
なお、廊下にいる翼とお近づきにになりたい女子達はスルーだ。
こっちとしては話のちょっとした所から翼=レッドイーグル、もしくは翼≠レッドイーグルが確信できる情報漏らさないかなー、とか思ってるから良いんだけどさ。
翼も翼で俺との会話を人避けとして利用してるし、これがWNWINな関係ということだろうか。
こんな、平和な時間が続けば良いのにな。
と思いつつも『それを壊すのは悪の怪人か』となんとなく考えた。
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本日の朝一番の授業は体育、それも1年生と2年生の合同体育だ。
内容は割りと適当、交流も兼ねて色々と好きにやれという感じらしい。
辺りを見渡せば、100m走用の白線が引いてあったり、高跳び用の棒とマットがあったり、ソフトボール投げ用の印もある。
そんな中俺と翼はと言うと。
『きゃぁああ!! 翼先輩よ! 走るのかしら!?』
『大神ぃ! シャキッとしろよぉ!? 紅狩なんてぶっ飛ばせー!!』
二種類の盛大なヤジを受けながら、2人で100m走のスタート地点に立っていた。
翼はともかく、俺は別に競う気は無いんだけどなー……
相変わらず翼の女子人気は凄い。
で、俺を応援……多分、応援しているのはその人気に嫉妬している男子生徒達だ。
「自分で挑めや」と言いたいが、翼の奴は文武両道の天才で努力家とかいう最強生物なので生半可な奴が相手だと勝負にすらならないのだ。
じゃあ俺はどうなのって話だが、そこは一応今の俺は人の姿を取っているとは言え怪人。
並みの人間なんて簡単に越える身体能力を待っている。怪しまれないようにセーブはするけどね。
……逆に、そんな俺とタメを貼れている翼は一体なんなんだ、と思う訳だ。
そこから、翼=レッドイーグルの説が生まれて強くなっていくんだよなぁ。
やだやだ、せっかくの青春なんだから普通にさせて欲しい。
はぁ、と思わず溜め息をつく俺に翼が話しかけてくる。
「相変わらず蒼は人気だね」
「俺の人気かあれ? どっちかと言うと、捻くれてるけどお前の人気じゃね?」
「そうかな? 皆蒼だから応援してるんだろ?」
それは嫉妬対象であるお前と正面からぶつかれるのが俺だけだから……という言葉は飲み込んでおこう。
この翼という男は、こと自分に向けられる感情に対しては鈍い。いわゆる鈍感系主人公タイプ。
そしてそんな翼から見た自分への応援女子達はというとだ。
「僕の応援は女の子ばっかりだ」
「羨ましいことこの上ないな、そら男子達が俺に呪いを込めまるって話だ」
「そんなに良いものかな……あの女子達の殆どが僕と話をしたこともない、本当の僕を見ていない人たちって考えると素直に喜べないや」
「そうかい、贅沢者め」
少し寂しげに語る翼。
天才故の苦悩という奴か、あるいはその本当の僕とやらがそんなに大きいのか。
本当のお前ってなんだよと言いたいが、これで「僕本当はヒーローなんだ」なんて言われたらここで俺も正体だして戦わなきゃいけないから、言及はしない。
変わりに、100mのスタート地点で体勢を低くスタートの姿勢をとる。
「じゃ、見せてやろうぜ本当のお前って奴をさ」
「良いね、やってやるさ!!」
翼もスタートの姿勢をとった事で、俺達の準備が終わり辺りがシン……と静かになった。さっきまでのヤジや応援が消える。
そして……
パン!
始まりの合図と共に、俺達は力強く走り出した。




