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タブー

えっ...?


予想以上の人の多さとバスの大きさに僕は少し戸惑った。

精々マイクロバスでの送迎だと思ってたのに。


普通の治験のバイトに比べても かなり高額だったし、ちょっと怪しいかなとも思ってたんだけど、こんなに人が多いなら、まあ、大丈夫...かな?


僕は楽観的になりながらバスに乗り込んだ。


最近は物価も上がってるし、大学生の僕は何かと金欠気味だった。

でも、国家試験の為の勉強もしなくちゃいけないしで、割と忙しく、そんなに時間も取れない...という訳で、合法的に短時間で稼げるバイトとなると、どうしても今回みたいなバイトを選んでしまう。


成人なら男女問わず誰でも応募出来るのに、今回の治験は破格の値段で、これって誰かの年収か何かと間違ってるんじゃないかって思った程だった。


当然人気もあるだろうし、応募しても受からないだろうな...なんて思ってたら、まさかの採用で、ラッキーとは思いつつも、詐欺かもしれないと訝しんだものだった。


まあ、特にお金とか取られている訳でもないし、何か犯罪絡みでも、この人数なら何とかなるんじゃないだろうか?


中型バスが満席になる。

若い人からお年寄りまで、結構幅広い年齢層の人達が参加している様だ。

圧倒的に男性が多いが、女性もちらほら見えた。


バスの扉が閉まると、運転手のおじさんは無言のまま、バスを発車させた。


...割とシャイなのかもしれないな、うん。


僕は安心して、道中寝て過ごす事に決め込んだ。



——どの位眠っていたのだろうか?


バスはトンネルに入ろうとしている所だった。


...ん?こんな山奥に目的地があるのか?


不審に思いつつも周りの様子を伺うと、先程までの僕と同じ様に眠っていたり、スマホを弄ったりしているものの、どうやら今の状況を特に不審に思っている人はいない様だ。


...という事は、そんなに時間が経ってない...?


...いやいや、街の近くにこんな山やトンネルなんて無かった...よな?


トンネルは白色LEDの明かりが、等間隔にポツポツ灯っているだけで、全体的に薄暗く、油断すると飲み込まれてしまう様な不気味さがあった。


...だ、大丈夫かな......?


流石に心配になって来たが、もう後には退けない。


......う、うん、きっと大丈夫だ!トンネルを抜けたら、意外に楽園みたいな絶景なのかも!


そんな僕の希望を喰らう様に、トンネルは闇を増し、僕達を深淵へと誘って行く。


...明かりが暗くなって来ている...?


夢中でスマホを弄っていた人達も、異常に気付き始めたのか、周りをキョロキョロし始めた。


「ど、何処だ、ここ?」


バスの中のどよめきが少しずつ大きくなる。


「あの〜、運転手さん?もしかして道を間違っているなんて事は...」


最前列近くに座っていた中年男性が、運転手さんの方へ向かう......すると——


「えっ...ひ、ひぃ!!何だこれ!?」


男性の叫び声を聞いて、最前列に座っていた、僕と同じ位の年齢の男性が運転席の方へと向かい


「どうしたんだよ、おっさん...って、うわっ!!何だよこれ!?骨じゃねえか!?」


...はっ?...骨...?

白骨死体がバスを運転してるとでも言うのだろうか?


他の参加者が動揺して動けない中、僕も運転席へと向かった。


...確かに、そこにあったのは白骨化した人間の死体だった。

しかし、どう言う訳か、ハンドルやアクセルが勝手に動いている。


自動運転....の訳ないよな。

ふと気付くと、僕の脚は震えていた。


と、とっ、取り敢えず、今は席に戻って成り行きに任せるしか......。


そう思い、近くで腰を抜かしている中年男性や、僕の脇から白骨死体を写真に撮っている若い男性を横目に、自分の席に戻ろうとした、その時——


「もう、ダメじゃん!走行中に勝手にバスの中を動き回っちゃ!」


バスの中に子供の様な声が響き渡る。


「...えっ?」


このバスに子供なんて乗ってないのに...?


「取り敢えずさ、早く席に戻ってくんない?」


無邪気な響きのある声だが、なんかこう何処か有無を言わさない威圧感の様なものを感じる。


今は大人しく指示に従った方が良さそうだと、僕の直感が告げていた。


「はあ?ふざけんなよ!どうせドッキリかなんかなんだろ?俺さぁ、正直ガキの遊びに付き合ってられるほど暇じゃねえんだわ!」


先程まで白骨死体の写真を撮っていた若い男性が声を荒げる。


「金が貰えねえんなら、俺帰るからさ、さっさとバス戻せや!!」


「ん?お金が欲しいの?なーんだ、だったらちゃんと約束通りあげるよ!しかも...なんと100倍にしてね!」


...はっ?100倍.......?

流石に僕の聞き間違いだよね?

だって、そんなの一生分の賃金以上.......


「お、おい、それほんとかよ!?冗談でしたとか言わねえだろうな!?」


「もちろん!僕は嘘なんて吐かないよ!だって嘘吐きはドロボウの始まりだもんね!」


「おいおいおいマジかよ!ヒャッホー!!」


若い男性が小躍りして喜んでいる。

現実感の無い話ではあるものの、僕も凄く嬉しい...はずなんだけど、なんだろう、何か心の底にこびり付いた恐怖が全然消えてくれない。


「あー、でもゴメン!君はもう失格だけどね!」


「...あぁ!?失格ってどういうこ....」


...なんだ?男性の様子が......?


「あ...熱い...!身体が熱い!!」


そう言って男性が全身を掻きむしり始める。


「熱い熱い熱い熱い熱い!!」


掻きむしる毎に、男性の皮膚が剥がれ、筋肉が融解してピンク色の液体が溢れ始めた。


あまりに凄惨な光景に乗客はパニック状態になっている。


僕はといえば、あまりの出来事に金縛りにあった様に身動き一つ取れなかった。


「なっ、なんだよこれ...?お、俺が崩れて行く...?いっ、嫌だ!だっ、誰か!誰か助け...!」


そう言い掛けた瞬間、男性のありとあらゆる穴から血が溢れ出し、電気を流された様にピクピク痙攣しながら通路に倒れ込んだと思う間に、全く動かなくなった。


バスの中が一瞬シーンとした...が、その内 女性の悲鳴や男性の怒号が場を支配した。

何人かは充満する異臭と異様な光景に吐き気を催した様だ。


僕は、自分の側で血塗れになって、見るも無残な姿になった男性を見つめ、ただ呆然とするばかりだった。


「あはははは!釜茹での刑は楽しんでもらえたかな?」


謎の声が無邪気に笑う。


「ふっ、ふざけるな!楽しい訳ないだろ!

こんな残酷なやり方で人が死んでるんだぞ!

かっ、金なんていらない!俺はもう帰る、早く戻してくれ!」


後部座席に座っていた30代位の男性がそう言うと、何人かがそれに同調して怒りを露わにした。


「え〜、ここまで来て、それはないでしょ〜!...それにもう君達も失格になっちゃったしね♪」


し、失格...?まっ、まさか......!


「ぎゃああああああ!!熱い熱い熱い熱い!!」


先程の30代の男性を中心に、それに同調した数人が一斉に身体中を掻きむしり始め.......そして先程の若い男性と同じ末路を辿った。


車中はあっという間に地獄絵図へと変わる。


バスの中に異臭が充満し、僕は吐き気を堪えるので精一杯だった。


「あ〜あ、結構死んじゃったなぁ。まだゲームは始まったばっかだっていうのに!」


...ゲーム?


「す、すみません!少し質問しても良いですか...?」


他の参加者は完全に我を忘れている感じで、まともに話が出来る様な様子では無かったので、僕は力と勇気を振り絞って、謎の声に尋ねてみた。


「うん、いいよ!......あっ、でも一応僕から説明するから、聴き終わった後に分からない事があったら、改めて質問してよ!」


「はっ、はい、分かりました!」


...全く話が通じない相手という訳でも無さそうだ。僕は血塗れになったバスの通路を引き返し、大人しく自分の席に座った。


その姿を見て我に帰ったのか、最初に運転手を様子を見に行った中年男性も、自分の席へと戻った。


「うんうん!じゃ、説明するよー」


他の参加者達も、その声を聞いた瞬間、しんと静まりかえった。


「君達にやってもらいたいのはサバイバルゲームだよ!ルールは簡単!これから24時間生き延びるか、最後の一人になった瞬間にその人の勝ちっていう感じだよ。

ゲームに反則行為はないんだけど、ナイショで禁止にしてる事があって、1時間毎にその禁止事項が変化するから、それを破るとさっきみたいなペナルティがあるってわけ!」


さっきの人達も、気付かない内に禁止事項を破ってしまったって事か。


バスがトンネルを抜けた。

まだ昼間だというのに、ここでは夜になっていて、空には赤い満月が浮かび、森林を赤く染め上げていた。


「そろそろ目的地に到着するけど......あっ、そうそう!こっちでは君達の時計は役に立たないから、1時間毎に鐘を鳴らすんで参考にしてね!...他になんか質問ある?」


「このクソッたれな遊びを拒否する場合はどうなるんですか?」


僕と同じ位の年の男性が、明らかに反抗心を剥き出しにして質問する。


「ん〜?......あ〜そういう事!あはは、君って頭良いんだね!やる気満々みたいだし、その質問にはもう答えなくて良いよね?」


謎の声がそう言うと、男性はクールに笑った。


確かに勇気があるなぁとは思うけど、彼の行動にはなんというか、命に頓着しないギャンブラーみたいな気質を感じる。


これで身の安全が一時間だけ多少保障された訳だけど、彼に対しては少し距離をとって様子を見た方が良いかもしれない。


他の参加者は何が何だか分からないといった感じだった。


「あの〜すみません、僕からも質問良いですか?」


僕は恐る恐る手を挙げつつ質問する。


「あっ、さっきの君ね!何かな?」


「24時間経った後に、生き残っていた人が複数人居た場合にも報酬はあるのかなあ、なんて」


「もちろん!しかも山分けなんて良くある

お茶の濁し方はしないで、全員にちゃんとあげちゃうよ!」


一体何処にそんな資金源が...なんて、疑問に思うだけアレかな。

それに、それだけこのゲームは高難易度という事なんだろう。


「そ、そうなんですね。ありがとうございました」


僕はお礼を言って、座りながらお辞儀した。


「目的地に到着した事だし、他に何も無いようだったら、皆バスから出てね」


謎の声の指示に従って、さっき質問していた男性以外の参加者は、おっかなびっくりバスの外に出た。



外は何処か薄ら寒く、今が夏真っ盛りだという事を忘れさせるが、それと同時に、赤に染まった景色の中で空気は張り詰めていて、ここが死に近い場所だという事を、嫌でも思い起こさせる。


遠くの方で、今まで聞いた事もない様な獣の唸り声や遠吠えが響き渡り、参加者を恐怖へと誘った。


予想はしてたけど、ペナルティの他にも命を脅かすものが色々あるんだろうな...


こんな状況だというのに、さっき質問していた男性は楽しそうに笑っていた。


ああ、やっぱりそういうタイプの人なんだろうな。取り敢えず彼の事はギャンブラーと呼ぼう...と、そんな事を思っていたら、突然青い鬼火が2列、森の奥へと一直線上に並び始めた。列と列の間は大体1m20cm位だろうか。


道の先に立派な洋館が見える。


「皆も気付いてると思うんだけど、外に出たままだと あっという間に食べられちゃうから、森の奥に見える洋館まで行ってね。

あっ、そうそう!途中であの青い火からはみ出たりすると、すぐに怪物が森に引きずりこみに来るから気を付けてね♪

それと一定時間経つ毎に手前の火から消えていくから、急いで行った方が良いんじゃ無いかなー?」


謎の声がそう告げた瞬間、我先にと参加者が道に向かって走り出す。


......どの位の猶予があるのかは分からないけど、ここは冷静になって、先頭集団から少し距離をとった方が良いかもしれない。


ギャンブラーや、最初に運転手の様子を見に行っていた おじさんも僕と同じ考えだったらしく、彼等は僕の後ろについて来る形になった。


事態が飲み込めず暫く呆然としていた人達も、ギャンブラーの後ろからついて来始めた。


「うわぁぁぁぁぁ!!!助けてくれぇぇぇ!!」


前方から叫び声が幾つも聞こえて来た。


よく見ると、森からライオンの様な黒い獣が突如現れ、火の線からはみ出た参加者の体に食らいついていた。


ある人は森の奥へ引きずりこまれ、ある人はその場ではらわたを食い散らかされている。


この火の内側は結界の様になっているのか、黒いライオンのすぐ横を通り過ぎても、こちらには全く見向きもしない。


助けを求める人達を横目にしつつも、僕達は慎重かつ迅速に前へと進んで行った。


「うわぁぁ!!熱い熱い熱い熱い!!」


道の真ん中で身体を掻きむしる人も何人かいたが、ラッキー...と言って良いのか分からないけど、勝手に通路の外にはみ出て行った。


だが、黒いライオンの姿は現れず、代わりに蛆虫の様な黒い虫が地中から突如現れたかと思いきや、半死半生の参加者の身体中を這い回り、内から外から身体を食い破り始める。


「ぎゃあああああ!!グゴボォ」


口の中に入り込んだ黒い蛆虫のせいで、叫び声が途切れてしまう。


......あまりにショッキングな光景に、油断すると卒倒してしまいそうな感じがしたが、何とか踏ん張って、ひたすら洋館を目指す。


まさか、誰かの こんな死に様を見る事になるとは思いもよらなかったけど、こういう状況になるであろう事は、あらかじめ予想出来ていた。


ギャンブラーのお陰で、今の時間帯の禁止事項が"怒る事"だと分かっていたのも大きいかもしれない。


つまり、少し押し合いする余地のある、この微妙な広さの通路と、制限時間付きという焦りが加われば、必然的にこんな風になるという事だ。


最初に数人が脱落した事で残念がっている様だったけど、あの無邪気な子供の様な声からは想像出来ない程、最初から合理的に僕達を殺しにかかっている様な気がする。


「ひっ、火が消えて来たぞっ......ぎゃああああ!!」


後方で出遅れた誰かの声がする...が、振り返って見ている余裕はない。


僕は構わず前に進んだ。



「はぁ...はぁ...はぁ...はぁ...」


息が苦しい。

それに脇腹が締め付けられる様に痛い。

こんなに必死に走ったのはいつ振りだろう?


何とか洋館に入った僕は、息を整え周りを確認する。


僕より先に入ったのは4名、そして後に入って来たのは3名で、ギャンブラーもおじさんも生き残っていて、僕と同じ位の年の女性が最後に入って来た。生き残った女性の参加者はこの人だけみたいだ。


「おめでとう!皆お疲れ様!...んー、でも予想以上に死んじゃったね。まあ、結構面白かったから良いけど!あははは!!」


謎の声がそう無邪気に笑った時


ボーン......


と、柱時計のチャイムの様な音が鳴り響いた。


「今のが1時間の合図ね。これからはさっきとは違う事が禁止になったから、もう自由に怒ってくれて良いよ!

それと君達も色々あって疲れてるでしょ?

食事を用意してあるから、食べたい人は食堂に行ってね!」


食事か......そういえばお腹空いたな。


「どうします?罠っぽいですけど...」


おじさんが僕に聞いて来た。


「そうかもしれませんけど...なんて言うんでしょう、あの声の主はフェアではあると思うんですよ。

ですから、僕達が十全な状態でゲームに参加出来る様にはしてくれる可能性が高いんじゃないかなって思うんです。

なので僕はお言葉に甘えて、ご馳走になろうかなって思ってます」


「ははぁ、なるほど...いや、最初にバスで拝見した時から、お若いのに頼りになる方だなぁって思ってたんですよ...うん、じゃあ私もご馳走になろうかな!...実は腹ペコでして.....」


おじさんは照れ笑いを浮かべながら、薄くなった頭をボリボリと掻いた。


「ははは!実は僕もなんですよ。じゃあ一緒に食堂に行きましょうか」


僕達の他はギャンブラーと、男性——下手をすると成人になっていないのではないかと思われる——が食堂に向かう事になり、丁度半々で分かれる事になった。


それにしても、雰囲気のある重厚な洋館だなあ。

こんな状況でなければ、観光気分で色々見て回りたい位だった。


僕は油断なく辺りを見渡しながら、食堂を探そう...としたが、大きな両開きのドアが開放されている部屋がすぐに目につき、近くまで行ったら案の定、食堂である事が分かった。


食堂の真ん中には大きなテーブルが置かれていて、15席用意されていた。


4人しかいない僕達にとっては広すぎる感じだったが、他の参加者と距離をとりつつ様子見が出来るのは有り難いなと思う。


それぞれ席につくと、すぐに料理が運ばれて来た。

運んで来たのは...何やら得体の知れない黒い影の様な存在で、顔はちゃんとあるはずなのに、何故かその顔を顔だと認識出来ないという不思議な感覚に捉われる。


他の参加者も多分似た様な感じだったのか、ギャンブラーでさえも、やや緊張している感じだった。


......それにしても...なんて食欲をそそる匂いなんだろう!

こんな場所で出る肉料理なんて、なんの肉か分からなくて食べたくないと思いそうなものなのに、そんな事はどうでも良くなる。


...うん、考えても仕方ない!腹が減っては戦はできぬのだ。


僕は夢中で料理を食べ始め、その姿を見て他の3人も居ても立ってもいられなくなったのか、目の前のご馳走にがっつき始めた。



ふぅ〜、食った食った!

食べてる途中に出てきた、良く分からない謎の液体も、フルーツジュースみたいな感じで凄く美味しかったし、こんな美味しい料理を食わないなんて、あの4人は勿体ない事したなぁ。


...それにしても、鐘が鳴ってからどの位の時間が経ったのだろう?

夢中で食べてたから分からないけど、次の鐘が鳴ってないのだから、まだ1時間も経ってないという事か。


「やあ皆!料理はどうだったかな?」


あの無邪気な声が再び響き渡る。


「いやあ、大変美味しかったです!ご馳走様でした!」


僕は本心でお礼を言った。


「うんうん!気に入ってもらえて良かったよ!...ところでそろそろ眠くなって来たんじゃない?2階に各自部屋を用意してるから、仮眠でもとったら?

食事をとらなかった4人は先に行っちゃったみたいだよ」


...仮眠?

1時間毎に禁止事項が変わり、しかも生き残る確率が最も高い選択肢が自明な このゲームで、流石にそれは自殺行為なのではないだろうか?


食事とは訳が違う気がするが...

ただここは大人しく従った方が無難かもしれない。


「そうですね。それじゃあ お言葉に甘えて...」


僕がそう言って席を立つと、あとの3人も僕に続いた。


他の部屋の捜索をしたい所ではあるけど、下手な事をして禁止事項を破る事になってもいけない。

今はとにかく用意されているという部屋に急ごう。



二階は、外観や一階の広さからは想像もつかない程、広い空間になっていて、テーブルの席の数と同じ15室の部屋があった。


特に表札が掛かっているという訳でも無いから、食事をとらなかった組がどの部屋に居るのか分からないので、取り敢えず適当に部屋に入ってみる事にした。


「おやすみなさい」


おじさんが愛想良く僕に微笑みかける。


「おやすみなさい。何が起こるか分からないので気を付けて下さいね」


「はい...貴方も......」


そう言って、おじさんは隣の部屋へと入って行った。


僕も部屋に入ると、そこには現在残った参加者の中で唯一の女性が椅子に腰掛けていた。


「あっ、すみません!すぐに出て行きますので!」


僕が慌てて そう言うと


「いえ、お気になさらないで。その...1人では心細かったので、誰か一緒にいて下さる方が安心出来るんです...良ければ......あの、この部屋を使って下さいませんか?」


と女性が提案してきた。


......自慢じゃないけど、彼女居ない歴=年齢の僕にとって、このシチュエーションはあまりに刺激が強過ぎる...!


いや、こんな非常事態に何言ってんのって感じではあるんだけれども...!


「えっ、あっ、は、はい、分かりました喜んで!」


断ろうと思ったら、思わず本音が出てしまった!

はあ、こういう所だぞ僕!


軽く自己嫌悪に陥りながら辺りを見渡す。


ベッドはもちろんの事、机や椅子、ソファまであり、入り口とは違うドアは、多分トイレや洗面所になっているんじゃないだろうか。ちょっと広めのビジネスホテルみたいな作りだなと感じた。


「じゃ、じゃあ、僕ソファで寝させてもらいますね!」


そう言って僕はソファに向かい、そのまま横になった...その時、いきなり女性が椅子から立ち上がった。


...まっ、まさか!


このソファの位置からだと、椅子から立ち上がって歩いて来る女性が正面に見えるので、僕はどぎまぎしながら、薄目で女性を観察する。


...ん?何か歩き方に少し違和感を感じる様な...?


何かを隠し持ってる......?


と思った瞬間、女性が懐からいきなりダガーナイフを取り出し、僕の胸元を狙って来た。


...が、事前にある程度警戒出来ていた事が功を奏したのか、なんとかギリギリかわす。


...しかし、勢いづいてソファから転げ体勢を崩してしまい、そのまま床に倒れた所で馬乗りされてしまった。


彼女はまるで鬼の様な表情だった。

振り上げたナイフの刃には既に微かに血が付いている。

もう誰かを殺した後だったのだろう。


僕は力を振り絞って、彼女を退けようと暴れようとしたが...なんだ?何か様子がおかしい。


「み...水...」


嗄れた声で辛うじてそう呟いたかと思ったら、あとは激しく咳き込んでしまって、最早声にならない。


僕は彼女の体を退かせて、すぐさま距離を取る。


よく見ると咳き込む彼女の顔が、見る見るミイラの様になって行く。


そして咳が止まった頃には、もうピクリとも動かなくなっていた。


これはもしかして......


ボーン...ボーン...


その時、鐘が2回鳴った。


「う〜ん、また結構死んじゃったねぇ。まあでも、禁止事項を破って死んじゃった人が1人だけだったのは、楽しい誤算だったけどね!」


あの声が聞こえる。


可能性としては色々考えられるけど、仮に禁止事項と、それを破った事に対するペナルティの種類に関係性があるのなら、今のは中々のヒントかもしれないな。


「それじゃ、生き残った人はゆっくり眠っててね!」


...この部屋の扉は内開きで、尚且つ鍵は掛からない様になっている。


僕は念の為、ドアの前に机やソファを移動しバリケードを作っておく。


窓は鉄格子の様になっているし、テラスの様なものも無いので、こっちは大丈夫か。


女性のミイラについては見て見ぬ振りをして、僕はベッドの上に寝転んだ。


...それにしてもやけに静かだ。


ここだけ異空間になってるとかじゃないよな?

この場所だったら、そういう事もありそうで困る。


部屋の明かりが勝手に暗くなり始め、鉄格子の外の赤い光がほんのり部屋を照らす。


今日起こった事が、色々頭の中を駆け巡っている間に、僕は眠りに落ちていた...


——ガタッ!


...ん〜?なんか物音がした気がするけど...まっ、良いか。


僕は気持ち良く二度寝した。



ボーン...ボーン...ボーン...


鐘の音が3回聞こえた。


僕はベッドから起き上がり、大きく伸びをする。


いやー、良く寝た!

僕はいつの間にか明るくなっていた部屋を見渡した。


やはりというか、どうしても女性のミイラに視線が向かう。


彼女が襲いかかって来たのは、とても合理的な理由からで、それについては驚くべき事でもない。


つまり、24回も禁止事項を回避するよりは、さっさと最後の1人になった方が確実だし、安全なのだから、彼女はそれを選択しただけに過ぎないという事だ。


問題は彼女が何故ダガーナイフの様な武器を持っていたのかという事で、これはあの時食事をとらなかった組が、洋館内を探って手に入れたと考えて、多分間違いないだろう。


このゲームはその性質上、自然と参加者同士が殺し合いをする様に設計されているから、武器庫の様な場所があったとしても不思議では無い。


また、彼女より先に誰かが武器を取って、しかも彼女を見逃したという訳でもない限り、銃の様な飛び道具の類は置いてなかったんじゃないだろうか。


僕の予想が正しければ、現在生き残った参加者は4人以下のはず。


自分の身を守る為にも、出来る限り彼らに先んじて武器庫に行く...必要は、女性が持っていたダガーナイフのお陰で回避出来たとも言えるけど、一般人の僕が当然扱った事もない得物な上、リーチの面で不安が残る。

可能なら、バットみたいに長い鈍器の様なものが欲しい所だ。


「皆おはよう!あー、今回のペナルティで死んだのは1人だけかー。結構やるね!

あとは特に口を挟まない様にしておくから、屋敷内を散策するなり、自棄を起こして外に出るなり好きにしてよ!

じゃ、クリアした時にまた会おうね♫」


ある意味では ここからが本番であり、ある意味では最後の仕上げの様な感じかもしれない。


僕はダガーナイフを隠し持つ。

そして、部屋のドアを塞いでいたバリケードを取り払おうとした時、昨日設置した位置よりも机が若干動いている事に気付いた。


...やっぱり。あの物音は気のせいじゃなかったんだな。


今朝報告があった1人がその人だったら良いけど、そうじゃなかったら、僕に殺意を持っている人間がうろついていると考えた方が良さそうだ。


女性に襲われた時は夢中で気付かなかったけど、ここに来て当然の様に人が人を襲うという異常性に、底知れない恐怖を覚える。


今までも確かに凄惨な光景を目の当たりにして来たのだが、なんというか現実なのに何処か絵空事じみたものを感じて、そういった事が起これば起こる程、恐怖心を抱くというより、かえって冷静になってしまう自分がいた。


しかし今は違う。

人から殺意を向けられている事が分かって、僕の全身が震え出している。


...今はとにかく落ち着こう。

僕は深呼吸を3回してからドアを開けた。


左右を確認するが人の気配がない。

そういえば何の物音も聞こえなかったが、隣の部屋で寝ていたおじさんは大丈夫だろうか?


コン、コン、コン...


ドアをノックしてみる...が反応はない。


「すみません!ドア開けますよ!」


僕がノブを捻ってドアを押すと、ガチャリと音がして普通にドアが開いた。


僕が寝ていた部屋と同じ様な構造の部屋だったが、ベッドを使用した形跡はあるものの、他に特に変わった事は無かった。


この感じだと無事って事かな?


僕はダガーナイフを素早く取り出せる様に準備しつつ、他の部屋も回って見る事にした。



......一通り回ってみた結果、おじさんとギャンブラー以外は、皆部屋の中で死体になっていた。


恐らく僕を襲って来たあの女性にやられたのだろう。食事をしなかった3人の男性が心臓辺りを刺されて亡くなっていた...が出血が少ない。


多分、刺した後暫くナイフを抜かないで、絶命するのを待ってからナイフを抜く事で、返り血を浴びる事を避けたのではないかと思う。

きっと、見た目通りの一般女性という訳ではなかったのだろう。

なんでそんな人がここに来ていたのかは分からないけど。


もしかしたら、あの謎の声がそういう訳有りな人達を集めた可能性もあるが...

いや、でも僕はただの大学生だしな。


ああ、それにしても まさかこんな所で勉強して来た成果が出るとは......


今の状況を生き残るのに有用な情報という訳では無いんだけど、分析する事で気が紛れ、少し気持ちが落ち着いて来たから、真面目に勉強していて良かったなと、つくづく思う。


僕達と食事をした、成人かどうか怪しかった若い男性は、彼がいた部屋のドアの前にバリケードがしてあったものの、何度か体当たりしている内に中が覗ける位にドアが開いたので、様子を確認した所、両目が飛び出て、伽藍堂になった眼孔から血を流しながら、ピクリとも動かず床に横たわっている姿が見えた。


多分、さっきのペナルティで亡くなった1人というのが彼だったのだろう。


恐らく、女性は"食事をしなかった"から、そして彼は"一睡もしなかった"からペナルティを受けたのではないかと思う。


現在、生存していると思われるギャンブラーとおじさんが殺し合っていない限りは、生存者は僕を含めて3人だけという事だ。


状況から察するに、あの2人の内どちらかが僕の命を狙っているのは、ほぼ確実...か。


再び僕の全身が震え出す。


...ダメだダメだ!空気に呑まれるな!

こういう時こそ冷静にならないと!


僕は深呼吸を3回したあと、武器庫を探す事にした。


2階は全て客室みたいだったし、1階にあるのだろう。


気になったのは食事を取らなかったグループの男性が誰一人武器らしいものを所持してなかった事だ。


あの女性だったら、男性の油断を誘って刺殺する位は訳無かったはずだし、別々に行動していたとしても、彼等の内一人位は武器を持っていたと考えるのが自然じゃないだろうか?


そう考えると、おじさんかギャンブラーが武器を持ち去った可能性が高い様な気がする。


...とにかく、不意打ちを食らわない様に、慎重に動こう。


僕はゆっくり1階へと降りて行った。



1階はシーンとしていた。

もう事が済んだ後なのか、それとも...?


僕は壁を背にしつつ、辺りを探索する。


あっ、昨日行かなかった部屋のドアが開きっぱなしになってる。もしかして......


誰かの罠の可能性も考慮し、足音をたてない様、ゆっくりと移動する。


——やっぱり、武器庫だった。


刃物は短めの物ばかり置いてあり、リーチのある物というと、少し長めの鉄パイプ位だった...が、これは僕が欲しかったタイプの武器だ。


この広い洋館内であれば、この武器の強みを十分に活かせるはず。


僕は鉄パイプを手に取り、1階の探索を再開した。


...食堂のドアが開いている。


僕は慎重にそちらへと向かった。


壁を背にしながら食堂を覗き込む...いた。


「やあ、ご同輩。待ってましたよ」


ギャンブラーが微笑みながら言った。

手には僕と同じ鉄パイプを持っている。

僕は食堂の中へと入った。


...それにしても、ご同輩......?何の事だろう?


「ご同輩...って、僕と貴方がですか?確かに年齢は近いとは思いますが...」


それ以外は全く違う。


「ふふふ、隠さなくても良いんですよ?私と貴方は同類だ。だってこの瞬間でさえ、貴方は興奮のあまり震えているじゃないですか」


「い、いえ、そんな、これは恐怖で震えているだけで......」


「それじゃあ、何故そんなにも笑顔なんですか?

それにこれまで、あんなに凄惨な光景を目にして、貴方はずっと楽しそうに笑ってましたよね

バス内で貴方を見た時から、ずっと感じてたんです。貴方はもう一人の私なんだって」


...は?何を言ってるんだ?そんな、そんな訳が...


僕は自分の頬に触れてみる。

口角がどうしようもなく吊り上がっていた。


「あの中年男性も仰っていましたよ。こんな状況なのに、あんなに楽しそうにしている貴方はただものじゃないって」


"お若いのに頼りになる方だと"


違う。


「素直になったら如何です?好きなんでしょう?どうしようもなく。自分も他人も分け隔てなく、命を弄ぶ事が」


違う違う違う違う違う違う違う違う!!!


「そっ、そんな訳ないじゃないですか!そ、そんなの悪い人間のやる事でしょ!?ぼっ、僕はもう悪い子じゃないんだ!!」


"あんたなんて産まなければ良かった!!"


"とっとと死んでよ、この化け物!!"


"ねえ、ボク良い子にしてたよ!?もう何もこわしてないよ!?だからボクを置いて行かないでよ!!"


"くっ、くるしい....どうして、どうしてこんな事するの...?ボクが悪い子だから...?ねえ悪いってなんなの?ねえってば!!"


"ああ、こわれちゃった...ああ...ああああああ!!!またボクを一人にするの!?"


「なるほど。自分でも気付いていなかった...いや、気付いていたのに、目を瞑って来たのですね。ふふ、つくづく面白い方だ。

ここで貴方が生き残れれば、その苦しみから解放されるかもしれませんよ?」


苦しい...?僕が...?


そんな...そんな事は......


"羨ましかったんだろ?目の前のアイツの事が"


そんな訳ないだろ!命はかけがえのない大切なものなんだ!命を粗末にするなんて僕には!


"医学を勉強したのは、もっと良い壊し方を知りたかったから"


違う!僕は誰かの命を救う手助けがしたかったから...!


"もう自由になれよボク"


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


片手で頭を押さえて苦しんでいた僕の隙を突く様に、食堂のテーブルを乗り越えて来たギャンブラーが、鉄パイプを思いっ切り僕の頭に振り下ろしてきた。


瞬間、僕の体が勝手に動き、相手の一撃をすんでの所でかわすと、ギャンブラーは更に野球のスイングの様なフォームで、僕の胴体を狙ってくる。


攻撃を鉄パイプで受けとめる...が、ギャンブラーはすぐさま頭を切り替えて、僕の腹部に前蹴りを放ち、僕は廊下の壁に激突した。


コトン


何か落ちた気がするが、多分ダガーナイフだろう。今は拾っている場合じゃない。


目の前の脅威を叩きこわさないと...!


全身が脈うち、細胞という細胞に酸素が行き渡るのを感じる。


ギャンブラーがこちらに詰め寄るが、さっきまでとは違う異様な殺気に気付いたからか、ほんの一瞬躊躇が生まれた。


あははは!残念だったな...!


僕は大きく振り上げていた鉄パイプを、渾身の力で振り下ろした。


ギャンブラーは、彼の持っていた鉄パイプで攻撃を防ごうとしたけど、その鉄パイプごと僕の鉄パイプが彼の頭に食い込んだ。


僕は床に倒れ込んだ彼の頭を滅多打ちにする。


頭蓋骨が陥没し、脳が挫滅し、血と共に辺りに飛び散る。


ほら、昔 新撰組も言ってたでしょ?

なんとかは初太刀をかわせってさ。


ああ、でもなんとかってなんだったっけ?

...まあ良いか。なんかスッキリしたし。


色んな理由をでっち上げはしたけど、今思えば、僕が刃物を選ばなかったのは、刃物だとこのぐちゃぐちゃにこわす感覚が無いからだ。


最早原形を留めていないギャンブラーを見下ろす。


「ありがとう、僕を自由にしてくれて。君の事は一生忘れないよ」


さて、あのおじさんは......ん?


殺気に気付き、僕は横に飛び退く。


確認すると、おじさんがダガーナイフを腰だめに構え、僕を狙っていた。


僕が持っていたのとは違うナイフだけど、僕のナイフも見当たらない...という事は、襲いかかって来る前におじさんが回収したのかな?


「もしかして、僕の部屋を開けようとしたのって...」


「はい...私です。頼れる貴方が一番脅威だと感じたものでして。

...ほら、最近色んなものの値段が上がっちゃって大変でしょ?でも家族にはその事で苦労させたくないんですよ。

娘もこれから高校や大学に行くとなると、学費もかかりますからね。私達の老後の事もありますし......」


おじさんは悪びれもなく言う。

でも僕はそれで良いと思った。


だって彼には彼の譲れないものがあって、その為に誰かを殺すのだから。

それは生きる為に自分より弱いものを食う、弱肉強食のこの世界では当然の事だろう。


こわす以外に何の矜持も持たない僕にとっては、少し眩しくもある。


「そうですか......でも僕も黙って死ぬ訳にはちょっといかないかなぁ」


「...お兄さん、今これまでで一番楽しそうな顔をしてますよ......私は貴方の事が少し恐ろしいです。でも自分が理解出来ないからといって、否定しようなんて思いませんがね」


......その言葉を聞いた時、僕は何故か救われた気がした。


「ああ、僕も貴方に殺されそうになってるからといって、貴方を否定するつもりはありません。ただ、僕も生きる為に貴方を全力で殺します」


「ありがとう。そう言っていただけると、私も少し気が楽になりましたよ...それじゃあ」


来るか...


僕が身構えた瞬間——


おじさんが構えを解き始め、そのままナイフを自分の腹部へと持って行く。


「貴方には守るべき家族がいるんでしょう?そんな事をして...」


「い、いえ、違うんです!体が勝手に...!」


まさか...!


何故だかは分からないが、これは演技ではないと直感し、僕は鉄パイプを投げ捨て、おじさんに駆け寄り、彼からナイフを取り上げようとする......が、一体どこにこんな力があったというのか、まるでビクともしない。


「お、お兄さん、厚かましいとは承知の上でお願いしたい事が...」


恐怖と絶望に顔を歪めながらも、おじさんは真剣な眼差しで僕に訴えかけて来る。


「ご家族の事...ですよね?大丈夫です。僕としては、このゲームに参加して自分を解放出来ただけで満足なので。

ただ、やりたい事が出来てしまったので、2割程はいただきますが、あとの8割は貴方のご家族に差し上げます...税金とかはどうなるか全く分かりませんけどね。

まあ、怪異相手にそんな事を気にするのは野暮というものでしょう」


僕がそう言うと、おじさんは安心してニッコリ微笑む。


「ありがとう...!...もう駄目みたいです。危ないから離れて!」


僕が離れると間も無く、おじさんは自分の腹部を何度も刺し始めた。


苦痛に呻き、血反吐を吐きながらも、彼は決して助けを口にはしなかった。


おじさんは最後に自分の首を刺し、血の海に沈んだ。


「貴方の事も絶対に忘れません。さようなら」


僕とは決して相容れない。

けれど、彼の信念は称賛に値すべきものだ。


ボーン...ボーン...ボーン...ボーン...


死者を弔う様に、鐘が4回鳴った。


「やっぱり君が最後だったかぁ。なんとなくそんな気がしてたんだよね」


謎の声が聞こえる。


「ご期待に添えて何よりです...でも、些か悪趣味が過ぎるのでは?

せめて、僕達の決着がつくまで待っていただく事も出来ましたよね?」


...これは"怒り"か...?この僕が...?


「もちろん そうしたかったんだけどね。

確かに僕はこのゲームの進行役ではあるんだけど、この空間の主という訳じゃないんだ。

だから、時間の流れは僕にはどうしようも出来なかったんだよ。

君達の世界とは時間の流れも違うし、一定では無かった...っていうのは、君も気付いてたんだろう?」


僕は頷く。


「じゃ、話も済んだ事だし、賞金を渡すね」


謎の声——進行役がそう言うと、突然、僕の前方1m先に赤いカードが空中に浮かんだ状態で出現した。


「そのカードを手に取った瞬間、君の口座に賞金が振り込まれる事になってる。まっ、僕が色々手を回してるしさ、細かい所は気にしなくて良いよ。さっきのおじさんの件もね......ところで本当に賞金の一部を渡してしまって良いの?」


進行役は不思議そうに僕に尋ねる。


「ええ、もちろん。多分僕に出来る、最後の人間らしい事でしょうから」


「あはは!なるほどね!...ほら、じゃあカードを取って」


僕はカードの近くまで行ったが、手には取らなかった。


「...どうしたのかな?なんか気になる事でも...?」


再び進行役が不思議そうに尋ねる。


「そういえば貴方は、勝者がお金を持って帰れるとは言ってなかったなぁと」


「どういう事かな?」


進行役が心無しかワクワクしている。


「さっきまでの禁止事項は、恐らく鐘が鳴るちょっと前まで殺人を犯さない事か、刃物を持っている事...だと思うんですよ。

...じゃあ、今の時間の禁止事項は...?」


「良いね、続けて!」


「カードを手に取る事...じゃないかと。

つまり、今まで貴方の支持通りに動いていてペナルティを逃れられていたのが、ミスリードになっているんじゃないかと思ったんです」


僕がそう言った瞬間、突如一部の空間が裂け、中から影の塊が流出して来た。

裂け目の向こうの世界は、僕には認識する事すら出来なかった。


流出した影が僕の目の前で、色形を伴い、人の姿へと変わって行った......が、料理を給仕してくれた影の時の様に、顔が認識出来ない。


だが、言うなれば深淵がそこにはあった。


「おめでとう、君の勝ちだ!いや、こんなに楽しんだのはいつ以来だろう。感謝するよ!

もちろん約束通り賞金を渡すつもりだけど、他に何か願いはないかな?なんなら君にこわされるのも良いけど...」


それも良いかとは思いつつ、どうにも食指が動かない。

ああ、そうか、僕がこわしたいのは......


「折角のお話ですけど、こわすのは遠慮しておきます。それに、こうして本来あるべき自分に戻れたので、特に願いも無いです......まあ、強いて言えば お金かな。これから僕がやろうとしてる事にとっては、幾らあっても多過ぎるっていう事は無いですから」


「じゃあ、僕の全財産をあげよう!そもそもゲームに負けたら殺されても良いと思ってたからね。殺しを楽しむんだから、殺されもする...それでこそフェアだと思わない?」


ああ、やはり君も僕達の同類だったのか。


僕達は狩りがしたいんじゃない。

自分の命すら弄んで、ただ純粋で純然たる命のやり取りがしたいだけなんだ。


「ははは!ははははははは!!」


心の底から愉快で堪らなくなって、僕は思わず笑い出してしまった。


顔が認識出来ないので、表情は良く分からないが、心無しか進行役も嬉しそうだった。


「そっか...君も僕と同じ事をしようと思ってるんだね?...いや、君の場合は、君自身も参加するつもり...かな?」


「ええ、ですからお金は有ればある程良いという訳です。一応賞金の2割程度があれば、お金を転がして稼げるという算段だったんですけど、願いが叶うというなら話は早い」


「でもさ、それなら君も僕と同じ様に、先ずはこちら側の住人になったら良いんじゃない?時間は幾らでもあるし、何処にだって行けるよ?」


「でも、それだと人間に対してフェアじゃない...でしょ?だから貴方は進行役としてしか参加出来ないのですよね?」


人間らしさを失いながら、それでも人間であり続けようとする......とても滑稽だなとは思うけど、それも僕の業ってやつなのかもしれない。


「...そう...そうだね。ああ、どうして僕はあの時、人間を辞めちゃったのかなぁ......あーそっか、そういう事か!君はもしかして、あの時の......」


深淵が僕を見つめる。

僕は深淵を見つめ返す。


「じゃあ、君はそっちで楽しんでね!僕は暫く眠った後に、違う時間に行くとするよ!今回の賞金の8割はおじさんの家族に、それ以外の僕の全財産は君の口座に振り込んでおくから、遠慮なく使ってね!」


そう、これは一種のパラドックス。


「ありがとうございます。もう出会う事は無いと思いますが、お元気で」


「うん、君もね」


進行役がそう言った瞬間、世界が崩れていき、僕は白一色の世界に包まれた。



気付くと、僕は最初にバスに乗った場所で、ボーッと突っ立っていた。

行き交う人の何人かが、怪訝そうな顔でこちらを見る。


...先ずは彼の全財産を確認して、それからじっくりと舞台を作り上げて行く事にしよう。


楽しい楽しい宴を始める為に...!


今日は赤い満月だった。


獣達の鳴き声の代わりに聴こえて来るのは、人々の生命の奔流だ。


......君達と僕、こわれるのはどっちかな?



数年後——


心理学の実験という事で、バイトを募集していた。

 

変わったバイトだなとは思ったが、2泊3日、どっかの施設に籠りっぱなしになるだけだってのに、信じられない位給料が良い。


その後の生活に支障が出る場合もあるって書いてあるから、そのせいなんだろうな。


迷わず応募し、見事に採用された俺はバスに乗り込む。


結構大きめのバスにかなりの人数が座ってる。


俺は通路側の空いている席に向かった。


「隣、良いっすか?」


「ええ、もちろん!」


俺が聞くと、男は楽しそうに微笑む。


バスが出発し、徹夜で麻雀をしていた俺は、心地良い振動に眠気を誘われ、そのまま眠りに落ちて行った。


...どの位経ったんだ?


気付くとバスは山奥を走っていた。


...久し振りだな、こういう所に来るのは。


景色を見ながら少し感慨に耽っていると


「本日はお集まりいただきありがとうございます!それじゃ、今からゲームの説明をしますね!」


と、機械で加工されたテンションの高い声が聞こえ始めた。


ゲーム...?そういう趣旨の実験か?


「ルールは簡単です!これから行く目的地で48時間生き残るか、最後の一人になって下さい」


はあ?何言ってんだ?ドッキリか何かか?


車内がざわつき始める。


「あっ、逃げようとは思わないで下さいね?無条件でこわれちゃいますから!」


"こわれる"という言葉が、死ぬ事以上の何かを連想させ、俺の背筋が凍りつく。


何より機械で加工されてるのに、その声には どこかゾッとする様な響きがあった。


それは他の乗客も同じだったのか、ざわついてた車内が水を打った様に静まり返っていた。


ふと、俺は隣の男の様子を確認する。


男は楽しそうに、心の底から笑っていた。


俺は、初めて人間を怖いと思った。

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