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一家団欒

塩水に漬けていた骨付き肉を取り出す。

うん、しっかり血が抜けてる。


次に、用意していたお湯に血抜き処理をした肉を入れ、弱火でコトコトじっくり茹でる。

肉がホロホロと骨から剥がれ落ちる。

うん、これもこんな感じかな。


肉の下準備も終わったし、あとはあの人が好きなビーフシチューを作るだけ。


喜ぶ彼の顔を思い浮かべながら、私は鼻歌混じりに料理する。


ああ、喜んでくれるかしら?

……ううん、絶対に喜んでくれるはず!


ちょっと肩と腿の傷口が痛むけど、あの人の為ならなんて事ない。

それにだってこれは……二人の愛の結晶でもあるのだから。


ソファで寝ている彼の様子を伺う。

ふふふ、まだぐっすり眠ってる。

きっと、お仕事が忙しくて疲れてたのね。


今日は彼との結婚記念日。

そんな大切な日に、こうして彼との時間を過ごせるなんて、私はなんて幸せなのだろう!あの子も絶対に嬉しいに決まってる!


あの子の様子を見る。

うふふ、元気一杯ね!お父さんが一緒で嬉しいんだろうな。


手と脚が震え始める。

……どうしたんだろう?…ああ、これは幸せで震えているのね。

だって今日は皆一緒なのだから……ううん、これからも永遠に一緒なのだから。


シチューを煮込み肉が溶けていく。少し小皿に盛り味見をする。

うーん、もう少し濃い目の方が良いかな?


味を調え、シチューが完成した。

パンやサラダも用意したいところだけど、彼には他に何も混じえず、このシチューだけを味わって欲しい。だってこれは二人の愛の結晶であり、証明でもあるのだから。


「あなた、起きて。あなたの好きなビーフシチューが出来たわよ」



目が覚めるとそこはいつもの食卓だった。


靄がかかった様に頭がハッキリしない。それになにか吐き気もする。


少しずつ意識と感覚が戻ってくるにつれ、左手の薬指に痛みの波が押し寄せる。


「……っ!!あああああ!!」


痛みのあまり悶え苦しむ。ふと指を確認すると僕の左手の薬指が消えている事に気付いた。


「はぁ!?なっ、なんだよ!これっ!?」


痛みと恐怖に気が動転し、中身の無い僕の胃からは胃液だけが吐き出された。

口の中が酸っぱくて苦い……が、そんな事はどうでも良くなる位の事態に混乱するばかりだった。


「やっと目が覚めたのね、あなた。よっぽど疲れてたのね、いつもお疲れ様」


何が楽しいのか、彼女はニコニコ微笑む。

あの日から行方不明だった彼女が普通に目の前にいる事に驚いたが、しかし痛みが強過ぎて、その異常さに思考が追いつかない。

それになんだ…?あなた……?


「こ、この指、き、君がやったのか!?どうしてこんな…!?」


激痛を必死で堪えながら僕は彼女に問いかける。


「うふふ、だってそれは最初の二人の愛の証でしょ?」


一体…何…言ってるんだ?


ふと彼女の左手の薬指に光るものが目に入った。


なんだ……あれ?あんなもの僕はプレゼントした覚えないぞ!?


「い、意味が分からないよ!だっ、大体どうして僕の指…」


「ああ、もう!そんな事は良いから早く食べて!折角の料理が冷めちゃうわよ!」


話が全く通じない。目も表情も常人のそれだが、何かが決定的に壊れている。


恐怖で僕は体の底から震え出す。と、とにかく逆らえば何をされるか分からない。下手に彼女を刺激する様な真似は慎むべきだろう。


「あっ、ああ、ごめんごめん!そうだよね!君が折角僕のために作ってくれたご馳走だもんね!」


指の激痛で吐き気を催しながらも、僕は必死で取り繕う。


「ええそうよ!大好きなあなたの為に心をこめて作ったの!」


これ以上無いくらい幸せそうな表情で彼女は言った。


ああ、いつ振りだったけ。彼女のこんな表情を見るのは。

それにしても肩の辺りから血がだいぶ滲んでいるが怪我でもしたのだろうか?

……いや、今はそんな事より料理を食べよう!


「いっ、いただきます!」


僕はビーフシチューをスプーンで掬い口に運んだ。


うん、一部やたら塩くどい肉はあるが、たぶん美味い。指の痛みさえなければ、もっと美味しく味わって食べる事が出来ただろう……。

それにしても、ビーフシチューのわりに、この肉はビーフという感じがしない。一体何の……?


「ふふふ、美味しいあなた?」


彼女が優しく微笑みかけながら僕に尋ねる。


「う、うん!凄く美味しいよ!だって君が作ってくれたんだもの!」


僕は必死で彼女の機嫌をとる。


「本当に…!?凄く嬉しい……!」


彼女が嬉しさのあまり涙ぐみ始める。


「うん、ほんとほんと!それにしてもこの肉、溶けるくらい柔らかくて凄く美味しいね。こっ、こんな美味しい肉、い、今まで食べた事ないよ!」


これは半分本心ではあるが、痛みが強過ぎて正直味はあまり分からない。


「えっ!?やっぱり分かる!?そう!今回私が一番手に入れるのに苦労したのがこのお肉だったの!」


これまでに無いくらいテンションが高くなり、彼女の目が徐々に狂気を帯び始める。


「へっ…へぇ〜!そうなんだ!何処で買ったの?」


何故か『何の肉なの?』とは聞けなかった。


「ううん!買ったんじゃないの!分けてもらったの!3種類のお肉を使ってるのよ!」


ああ、やめてくれ。頼むから。


「主役は勿論あの子!お父さんとずっと一緒にいられて凄く幸せそうでしょ!?」


強烈な吐き気と痛みで朦朧としかける頭の中で、行方をくらましていた時の彼女の行動と、今のこの状況が少しずつ一本の線につながり始める。


僕自身、あの時は凄くショックを受けた…が、こんなの絶対に狂ってる…悪夢なら早く覚めてくれ……っ!


ここで胃の中身をぶちまけてしまえば、間違いなく彼女の逆鱗に触れ、僕の命はないだろう。


「はっ、はは!そうだね!…ところで君は一緒に食べないの?」


必死に吐き気を堪えながら僕は彼女に尋ねる。


「ええ、いいの!私は最後に食べるから!」


「……最後に?それってどういう…」


「だからね、こうして家族の愛を感じたあなたが最後に私の中で溶けて、愛に包まれながら永遠に一つになるの!」


彼女の目が狂気でギラつく。


ついこの間まで僕の最愛の人だった彼女が、まるで何かに取り憑かれ、恐ろしい怪物に変貌してしまったかの様な姿を見て、僕の中で色々な感情がないまぜになる。


「そっ、そうなんだ。それは……なんというか素敵な話だね。と、取り敢えず僕、無断欠勤する訳にはいかないから会社に電話しても良いかな?」


なんとか助けを求められれば良いが……。

そんな事を思ってると、彼女の表情がみるみる険しくなり、ついには鬼の形相になった。


「なんで!?今日は私達の大切な日でしょ!?家族と過ごす時間以外に大切な事ってなに!?ねぇ!ねぇってば!!!!?」


物凄い剣幕と恐怖に圧倒されそうになるが、こちらもここで引き下がる訳にいかない。


「でもさ、二人の生活の為にも仕方ないよね?それに大体今日って何の日……」


そう言いかけると、彼女はいきなりゲラゲラと笑い始め


「だから!!そんな事にも煩わされないで、今から私の中で永遠に一つになるの!!……でも、そう…こんな大事な日をあなたは忘れてしまったのね!二人の結婚記念日なのに!!」


と、焦点が定まらない目をしながら叫び出した。


「えっ?いや、僕達まだ結婚してないよね?」


そう言ってしまった瞬間、しまったと思ったが後の祭りだった。


「……なにそれ……?二人の大切な日を、あの子にとっても大切な日を、あなたは……っ!……許さない。絶対に許さないっっっ!!!!!」


食卓の影になっていて、僕からは見えなかった所に鉈が置いてあったらしく、彼女はそれを手に取り、テーブルに置いてあった僕の右腕に振り下ろした。


「……っ!!!!ああぁぁぁぁっ!!!」


痛みと出血で薄れゆく意識の中、目の前の彼女は徐々に平静を取り戻していき


「ふふ、安心してあなた。忘れているなら私が思い出させてあげるから。そしてちゃんと愛を取り戻して、私の中で永遠に一つになるの!!あは、あはは!!あはははは!!!」


と、いつまでも笑い続けていた……



目が覚めると、僕は再び食卓の前に座っていた。不思議と痛みが消えている。


そうか、あれはやっぱり全部夢だったんだ。

それに右手の感覚だってまだ……


しかし僕の右手はそこには無かった。出血を止める為か切断部が焼かれている。


「……はっ、はははは!はははははは!!」


心が壊れてきた……いや、早く完全に壊れてしまえれば どんなに楽だっただろう。


「ふふふ、楽しそうね あなた」


彼女が優しく微笑む。


ああ、あのまま医学の道を進んでいれば、彼女は一体どれだけの人を救えていたのだろう。これはその未来を奪ってしまった僕への罰なのだろうか?


愛する事が罪だというのなら、僕達は生まれた時から……


「今度はね、あなたに少しずつ私達の愛を思い出してもらう為に、こんな料理を作ってみたの」


彼女は幸せそうに微笑みながら、皿に載せたハンバーグを僕の前に差し出した。

肩だけでなく、彼女の腕に巻かれた包帯からも血が滲んでいた。


「……いただきます」


諦めにも似た感情が僕の心を満たし、抵抗する気すら起きなかった。


肉を口の中に運ぶ。相変わらず妙に塩くどい部分があるものの、ビーフとは違った味わいのある美味しいハンバーグだった。


「…うん、美味しいよ…料理が上手なお母さんで、きっとあの子も喜んでるよ…」


作り笑いをしながら僕は言った。


ズブッ!!ゴリゴリ!


「えっ?」


気付いた時には、僕の右上腕部分が抉り取られていた。しかし痛みはおろか感覚がない。


「全然気持ちがこもってない!!!ねえ、ちゃんと私達の愛を噛み締めてよ!!あなたにとって家族ってそんなものなのっ!!?」


苛立たしげにそういうながら彼女は自分の髪を搔きむしる。


「ごっ、ごめん!そんなつもりはなかったんだ!ただ、ちょっと疲れて……」


僕がそう言いかけると


ズブッ!グチュ!


メスで僕の脇腹が切り取られていった。


「また嘘ついた!!ねえ、私達、永遠の愛を誓ったんだよね!?なんで嘘ばっかりつくの!!?ねえ!!!」


彼女の声が遠くで聞こえる。


どうしてこんな事になっちゃったんだろうな。

子供が出来て最初はびっくりしたけど二人幸せで、これを機に彼女にプロポーズしようと思って……。


あの日、事故が無かったら、きっと今頃は……。


訪れたかもしれない幸せと今の現実に挟まれ、目から涙が溢れ出してくる。


「……どうしたの あなた?泣かなくても良いのよ。何も悲しい事なんてないんだから」


そう言って彼女は僕の頭を胸に抱き寄せ、僕の頭を撫で始めた。


「でも、まだちゃんと愛を取り戻せてないみたい。もっと一緒に頑張りましょうね」


そう言って彼女はニッコリ微笑む。



——数時間後


「あは!あははは!あはははははは!!本当に家族って素晴らしいものだね!こんな幸せな気持ちを思い出させてくれてありがとう!!君と結婚して本当に良かったよ!!!」


「ああ…!!嬉しい!!やっと分かって…思い出してくれたのね!!」


体の一部を切取っては出血を止め、麻酔が切れる頃に薬を投与する事を繰り返し、ようやく彼が全てを思い出してくれた!!それにこんなに幸せそう!!


嬉しさのあまり涙が溢れ出して来た。

これでやっと私の中で一つになれる……!


「愛してるわ あなた……ずっと永遠に」


彼の頸動脈を切断する。彼は幸せそうに笑い続けている。

ああなんて綺麗。彼の鮮血に染まりながら私は幸福に満たされる。

彼がピクピク痙攣し始めた。


「大丈夫よ あなた。これでもうみんな離れ離れにならなくても良いの」


私は彼を解体し始めた。


ゴリ!ゴリゴリゴリ!!


椎間板を切断する時は流石にやや手間だったけど、彼の体に余計な傷をつける事なく、内臓も含めて綺麗に解体出来た。


問題は脳か。オシレーティングソーでもあれば良かったんだけど、そういう訳にもいかないし、時間をかけて慎重にやるしかない。


今回も解体した部位はしっかり塩漬けにした。



————数週間後


彼を私の家に運びこむのに苦労したが、幸い誰にも疑問を持たれる事はなかった。こういった所は都会暮らしの利点である様に感じる。


警察の捜査が回った事もあったが、その時は想定通り誤魔化す事が出来た。

私たち家族の団欒の時間を、永遠に一つになる事を誰にも邪魔される訳にはいかなかった。


そしてとうとう家族が温かな血肉となって私の中で一つとなり、今確かな家族の絆を感じている。


ああ、こんなにも幸せな事があったなんて!今までの私には知りようもなかった……!


それなのに……どうして人は一つになる事を嫌い、恐れるのかしら?

本能を越えた真実の愛が ここにはあるのに……。

うふふ、可哀想な人達。



女は微笑み永遠の眠りにつく。いつ果てるとも知れない一家団欒の夢を見ながら……

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