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悦楽の夢

漸く駅に戻って来た。


廃墟巡りを共通の趣味に持つ者同士が集まり、山奥にある、今となっては用途不明の施設の廃墟を探索した、その帰りである。


今回集まったのは4人で男ばかりだ。

こんな時、女子の一人でもいれば俄然盛り上がりそうなものなのだが、残念ながら今まで一度も女子が参加した事はなかった。


「それにしても、なんにも無いな、ここ」


所謂 秘境駅というやつなのか、不安になる位周りは木ばかりで、その他には本当に何も無い。


誰か喋っているのを遮ってしまった気がするが、まあどうでもいいか。


「まあ、田舎の山奥だし、そんなもんでしょ……ところで本当に電車の時間合ってるんだよね?」


メンバーの中で一番背が高く眼鏡を掛けた男がそう言って心配する。


名前は…えっと…なんだっけ?


度々顔を合わせてる気がするんだが何故か思い出せない……まあ、キリンっぽいから、取り敢えずキリンで良いか。


「大丈夫です。確かに合ってますよ。なんと言っても一本電車を逃すと数時間は来ませんからね。事前にしっかりメモもとってます。ほら」


小柄で神経質そうな男がスマホの画面を見せる。


多分こいつとはあまり一緒になった事がなかったはずだ。だから当然名前も知らない。

うーん…よし!なんかネズミっぽいからネズミで!


「はあ、早く帰りたい……」


背は俺と同じ位の太った暗い男がボソッとそんな事を呟く。


毎回思ってる気がするんだが何しに来てるんだこいつ?


他の二人と同じく名前が出てこないので、取り敢えず心の中でウシと呼ぶ事にした。


——と、そんな事を考えていた時、突如地面が突き上げるように激しく揺れ始めた。


あまりの激しさに誰も殆ど声を出さず、揺れが収まるまで、その場に屈み込んだ。


地響きの他に何か山全体が唸り声をあげている様な音がする……と思った瞬間


ゴォォォォォォ!!!


物凄い音と共に、駅のやや近くで土砂崩れが起こり線路を呑み込んだ。


それから30秒程経って、やっと揺れが収まる。


「だ…大丈夫、みんな?」


キリンが俺達に呼びかける。


「え、ええ……なんとか…。それにしても大きな地震でしたね」


ネズミが冷静さを取り戻そうと必死だった。


「そ、そ、それより線路が!!」


お前そんな大声出たの?と感じる位、ウシが声を張り上げた。


「あー、よりによって街に向かう方が塞がっちゃったねぇ。反対側はダムしか無いし…」


絶望的な状況の割に、キリンには少し余裕を感じるが焦っている事には間違いなさそうだ。


「あっ!そ、そういえば廃墟に向かう道の途中に門がありましたよね!森に隠れていてよく見えませんでしたが、あれはもしかして……」


とネズミが思い出す。

確かに横道に立派な門が見えていた。


「スマホの電波も圏外だし、行ってみるしかないか……。まぁ今は夏だし、辺鄙な避暑地の別荘って事で、ワンチャン誰か居るかもしれないしね。さっきの大地震で被害が無いと良いけど……」


キリンがそう言ったので


「まっ、取り敢えず行ってみようぜ!」


また誰かが喋ったのを遮った気がしたが、まぁ良いだろう。


「そうですね。雨は降ってませんけど、ここだと地形的に土砂崩れがまた起きるかもしれませんし、早く行きましょう」


ネズミが先頭に立って、俺たちは後に続いた。



門の前まで辿り着いた。


昔テレビか何かで、こんな門を見た事がある。

あれは確か……そう、外国の墓地に入る時のアレだ。って事はこの先は墓か?


だが有難い事にその予想は外れた。

森を抜けた先に開けた敷地があり、そこにはシックな色合いの立派な洋館が建っていた。

先程の大地震にもビクともしなかったのか、我関せずといった面持ちで平然としている。

それにしても中々建物の趣味が良い。


周りは森に囲まれているが、蝉や鳥の鳴き声が全く聞こえず、風が木々を揺らす音が静寂を濃くしていた。


俺達は少し異様な雰囲気に若干気圧されつつも、屋敷の玄関前まで辿り着いた。


玄関にドアベルらしきものが見当たらないので、仕方なくネズミがドンドンと扉を叩く。


「御免下さーい!どなたかいらっしゃいませんかー?先程の地震で線路が塞がってしまって帰れないんです!もし電話が通じるようでしたら使わせていただけないでしょうか?」


扉を叩く音とネズミの少々甲高い声が不粋に静寂を破る……が、何の反応も無い。


「流石に誰も居ないかぁ。建物は手入れされてるみたいだし…」


そう言いつつ、キリンが近くの窓から室内を覗く。


「生活感があるっていうか、埃っぽくもなさそうだから、どうも誰かが最近まで住んでたのは間違い無いみたいだけど……。車も無いみたいだし、もしかしてどっかに行ってるとかないかな?」


「だと……良いんですけど……」


ネズミが不安そうな顔をする。


「あれ?と、扉、開いてるよ!」


ウシが勝手に玄関の扉を開ける。

図々しい事この上無いが…うん、細かい事は良いだろう。


「あっ、本当ですね。気づきませんでした……でも流石に勝手に入ったら不味いですよね?それに鍵を開けたまま外出したという事は、それなりにすぐ帰って来るつもりなのかもしれませんし、ここで待っていた方が…」


ネズミが日和った事を言う。


「さっきの土砂崩れもあるし、道路も使えなくなって帰るに帰れなくなってるって事も十分考えられるんじゃないか?

だったら屋敷の主には悪いけど、電話だけ借りて使用料兼勝手に家に入った詫び賃でも置いておけば別に良いと思うんだが…」


また誰かが喋るのを遮った気がする。

なんか今日はどうもおかしいな……まっ、どうでも良いか。


「確かにそうですね…。それにもし屋敷にいらっしゃるとしても、先程の地震で身動きが取れなくなっているという事も考えられますしね」


「そうそう!取り敢えず入ってみようぜ!」


誰かの声と重なったが気にせず、俺達は屋敷の中に入った。


中はシックな外観通りの内装という感じで、派手さは無いものの何処か品がある。

明かりは点いていなかったが、昼間なので差し込む光で十分そうだ。


玄関ホールの真ん中には階段が直線に伸びていて、突き当たりから左右に回廊が広がっており、その先の廊下へと続いているようだ。


一階の左右にも同様に廊下が見える。

玄関ホールには電話が見当たらなかった。


「これは手分けした方が良さそうだねぇ。

俺は2階を探すから、皆は一階を頼むよ。

電話か家の人を見つけたら声をあげるなりして報せてね。あと何も無かったら、またここのホールで合流って事で」


突然キリンが仕切りだしたので、俺達は取り敢えず指示に従う事にした……



どの位の時間が経っただろう。

長かった気もするし短かった気もする。

俺が探した範囲では何も見当たらなかったので、指示通りホールに戻る事にした。


ホールに入った瞬間、異様な雰囲気と鉄の匂いに思わず身が固くなる。


ふと階段の方を見た。


……ん?この階段、赤いカーペットなんて敷いてたか?


じっくり目を凝らす。


えっ?カーペットじゃなくて液体?


液体の源の方へ少しずつ視線を動かす。


……あれは…キリン……?

アイツ、なんであんな所で横になって……


俺は少し立ち位置を変えて、キリンの様子を見る。


ドサッ!!


思わず腰が抜けてしまい声すら出ない。


えっ、あっ?なんで?なんであんな事に……?


全身が震え出す。


俺が見たのは、頭と胴体が切り離され、それらが何故かロープで繋がれているキリンの死体だった。目がカッと見開かれている。


キリンの悲鳴が聞こえなかったって事は喉笛を先に切られたんだろう。

そしてわざわざそんな真似をしたのは、俺達に気付かれたくなかったからだ。

このままじゃ全員殺される可能性が高い。


一人で逃げても良かったのだが、無事に逃げられたとしてもアイツらが夢に出て来そうだ。


高速で頭を回転させている内に、なんとか体の震えが止まり、脚に力が入るようになってきた。


……そういえば、さっき一階部分を探している時に殆ど二人と会わなかったな。


嫌な予感がする。


既に屋敷のイカれた主に殺られているか、アイツらの内のどちらかがキリンを殺ったという事も考えられる。


…まぁ、たまたま入った屋敷で、いきなり気が狂い出してキリンを殺したって可能性は低い気がするが……用心するに越した事はないだろう。


俺は急いで一階の部屋を探し始めた。


一階左の廊下を少し進むと、一部屋だけ扉が開きっぱなしになっている。

周りに細心の注意を払いながら、恐る恐る部屋の中を覗く。


どうやら書斎の様だ——そこには、本棚に体を挟まれ頭を滅多打ちにされ、ぐちゃぐちゃになった死体があった。脳の破片が至る所に飛び散っている。


不思議と吐き気は催さなかったが、異様な光景に頭の中が一瞬真っ白になってしまった。


茫然としつつも、死体の服装を確認する。

……どうやらネズミの様だ。

体格的にも間違いない。


クソッ!誰がこんな事を!


俺は急いで廊下に出た。

この調子だとウシもどうなってるか分からない。しかし、見捨てる訳にもいかないだろう。


今度は一階の右廊下の方へ向かった。

それにしても人の気配が全くない。

殺人鬼は一階には居ないのだろうか?


右廊下を進むと案の定、一部屋だけ扉が開いている。

何かが焦げた様な変な匂いがする。

心なしか唇がベタつく。


良い加減にしてくれよ……。またなのか…?


……部屋を覗き込むと、凄惨な光景が目の前に広がっていた。


服が脱がされているが、恐らく体格的にウシだと思われる死体が、部屋の暖炉の中に上半身を突っ込んで燃えている。


先程燃え始めたばかりなのか、まだ火が燃え広がっていなかったが、このままではこの家も火事になる。


俺は急いで玄関に向かった。


頭が麻痺してしまっているのか、鼓動が早くなるばかりで、最早なんの感情も湧いては来なかった。


なんでこんな事になったんだろう。

気心が知れた……とまではいかないが、それでも同じ趣味を持った人間が集まって楽しく時間を過ごしていただけなのに。

廃墟を見に行ったのが遠い昔の様に感じられる。


俺は屋敷の外に出た——が、その瞬間目の前が真っ暗になった……



気づくとそこは何処かの病室のベッドのうえだった。

窓には鉄格子がはまっている。


ああ、そうか。どうやら予定通りに事が運んだらしい。


それにしても懐かしい夢を見たものだ。


あれは確か最初の殺人だったはずだ。


アドリブで殺していく、あの高揚感!

苦痛と絶望に歪む、あの表情!


あの日、実際にあの廃墟巡りに集まったのは三人だけだった。


私は廃墟に興味がある風を装い、SNS上の彼らのコミュニティでやり取りしていた。

というのも、廃墟の様なわざわざ人目につかない場所に来てくれるのだから、こんなにありがたい事はないからだ。


私は参加を辞退する振りをして、当日 目的地へ先回りしていた。

廃墟の下見もしたのだが…どうにも食指が動かない。

寧ろ廃墟に来る途中にあった門の向こうの屋敷が気になっていた。


私は当初の予定を変更し、屋敷に向かった。


屋敷は鍵が掛かっていたが、普通の鍵だったし人の気配もなかったので こじ開けて中に入った。


屋敷の中はもぬけの殻だったが、清掃が行き届いていた……が、ついさっきまで人がいたという気配もない。


恐らく、つい先日まで ここを別荘代わりに使っていたのだろう。


この時点で私は何か運命的なものを感じていた。


あの三人が廃墟の方へ向かうのを木陰から確認しつつ、今回は見送るしかないかもしれないと思うと、フラストレーションが身体中に駆け巡る感じがしたものだった...が、しかしあの大地震が起こった。

私は天啓を得た思いだった。


コミュニティを通して彼らの心理分析は既に済んでいた。


土砂崩れが起こった事は屋敷からも音で確認できた。だからこそ、あの三人は必ずこの屋敷にやって来る。私は強く確信していた。


そして案の定、彼らはやって来たのだ。


実際に会うのは その日が初めてなので、顔と名前が一致しない。


そこで取り敢えず似た動物の名前で呼ぶ事にした。


あぁ、それにしても傑作だった。


キリンは首が長くなければ話にならない。

だから、首をナタで叩き切って、ロープで首を伸ばしてやった。


うるさく動き回るネズミには罰が必要だ。

だから、ネズミ取り(本棚)で身動き出来なくした後、ナタの背の部分で頭部を散々に殴ってやった。


私はミディアムの焼き加減が好きだ。

だから、絞め殺した後、2階にあった灯油を上半身にかけて燃やしてやった……が結果はウェルダンで全身黒焦げだった。


しかしあれはあれで、実に見応えがあった。


はぁ…思い出しただけでも、快楽が溢れ出して来る。


しかし、夢の中の人格はやや粗野でいけないな。


まあ、被害者側の視線で追体験したいという私の願望が形になったのだろうが……。


ただ、その所為か、恐らくあったであろう三人の会話に私の話を滑り込ませた形になった事を、『誰かの話を遮った』違和感の様な形で感じていたのは、今にして思うと中々興味深い。


だが、やはり途中でどうなるかが分かってしまうのか やけに冷静な時間が多かったし、あの時の快楽を思い出した為か 興奮して鼓動が早くなってしまった。あれでは駄目だ。


彼らの苦痛が如何ほどであったのか、それを体験してこその完成された快楽なのだから。



それにしても、ここまで上手く行くとは思っていなかった。


殺し足りないものの、徐々に刺激が足りなくなって来ていた私は、今回趣向を変える事にしたのだった。


計画と衝動のハイブリットとも言える私の殺人は、"計画性"を"偶然性"に見せる事が出来るのであれば、あくまで突発的な犯行としか思われない所が実に愉快である。


つまり、あとは精神鑑定を誤魔化しさえすれば、心身を喪失した哀れな精神異常者としか思われない訳である。


その為の人格を私は用意していた。

そして、その試みが上手く行ったからこそ私は今ここに居る。


さて、先ずはどうしようか。

ここからは楽しいアドリブの時間だ。


いっその事、この檻の中から患者を解放し、街を混乱に陥れるのも悪くはない…か。


そして最後は……私を殺す。


ああ、一体どんな気持ちなのだろう!

自分で自分を殺すという事は!


ヒッ、ヒヒッ!ヒヒヒヒヒヒッ!!


思わず笑いと興奮が込み上げて来る。


……じゃあ、始めるとしよう。



こうして歴史に刻まれる、悪夢の一週間が始まるのだった。その後、男の姿を見た者は誰もいない……

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