七話 暗闇トリック
後書きに小ネタがあります。
部屋全体に悲しみが包まれる中、伯爵が気まずそうに口を開いた。
「今回の事件は心中ではないから、相談もできなかったろう。そう気を落とすな。
とりあえず、アッシー殿とラブリン嬢がシャンデリア下にまで、どうやって誘導されたかを説明しよう」
伯爵はそう言って部屋を横切り、扉を開けた。
暗い、部屋に案内された時に通った、何故か明かりの落とされたほぼ暗闇に近い広間。
足元、床に直置きで点々と明りの灯されたランタンがあるため、入り口から部屋、逆に、部屋から入口まで辿り着くのに支障はないが、見通しはほぼ効かない。
その暗い広間の中央付近に、明かりの灯った小さなランタンが、小さな丸テーブルの上に載っているのが見えた。
部屋を出た伯爵が足早に近づき、ぴたりと足を止め、くるりと後ろを――つまりは部屋の入口で足を止めている、ギュモンタ一族の方を振り返る。
「オシィーフ殿、すまないが、ここまで来てもらえるか」
呼ばれて、明かりを目指してオシィーフは近づいた。伯爵が懐から手の平ほどの大きさの白い石を取り出す。
輝光石だった。
灯りの魔法を付与すれば、より強く発光する性質があり、しかも大きさに比例して魔力を蓄積するため、よく高級照明器具に使われている。
魔力が通されていない今は、ただの白い石でしかなかったが。
伯爵が指先で石を弾くようにして、魔力を通した。質の良い輝光石だったのだろう、眩しいほどの光を放ち始める。
「オシィーフ殿、ちょっとこれを、上のシャンデリアの受け皿に置いてくれるか」
ほいっとにこやかに渡され、オシィーフは思わず手元で眩しく光る石を見て、次いで、上を見上げた。
輝光石の明かりが消えたシャンデリアが、薄闇の中、目に入った。
思わず、一歩後退る。
「大丈夫だ、真下じゃない。そこはさすがに配慮した」
伯爵が、さぁ、さぁ、その石をシャンデリアに、と軽く、しかし決して断らせない口調で促す。
オシィーフは膝を曲げた後、勢いよく伸ばすと同時に爪先と足裏で床を強く蹴り、高く飛びあがった。
飛び上がって、ほぼ肩の高さになったシャンデリアの、空いている受け皿に石を置き、落下は自由に任せる。
オシィーフが床に着くころには、シャンデリアには煌々と明かりが灯っていた。
魔力が付与された輝光石の明かりは、近くにある輝光石にも伝播する。一つ灯れば順々に明かりがついていくため、シャンデリアのように近くに石が設置されている場合、起動は一つの輝光石で構わない。
「うん、明るくなったな、礼を言う。
このシャンデリアは鉄製で、照明はすべて輝光石、ガラスは使われていない。
つまりは、あの別邸と同じ仕様のシャンデリアだ」
それで、と言って、伯爵がホールの壁を指さした。
今までは暗すぎて見えなかった壁際。今は煌々と明るく、ホール全体をシャンデリアが照らしているのに。
指さされたその壁際だけは、不自然な暗闇に包まれていた。
「では、ロサ。解除してくれ」
伯爵の言葉に笑顔で応えた伯爵夫人が、壁際にかけていた魔法を解除した。
暗闇の魔法が解除され、明かりに照らされて出て来たのは、壁に立てかけられた大きな看板で。
『これが暗闇トリックだ!』
はっきりと大きく、記されていた。
伯爵は看板に近づき、笑顔で振り返る。
「暗がりに、明かりを持った知り合いがいて。足元や周りがうっすらとでも見えていたら、手招きされたら近寄るだろう?
貴方方がこの暗がりの中、部屋にまで来たように。
今、オシィーフ殿が、呼ばれて来たように」
全員が看板と、ランタンを、交互に見た。
暗がりの中、呼ばれて近寄るオシィーフを思い返した。
「こうやって、アッシー殿とラブリン嬢は、シャンデリアの下に誘導された」
伯爵の言葉に、誰からも反論は出なかった。
「暗がりの中であれば、自分の歩く場所だけを注意する。多少、不自然な暗闇があろうと、暗いから見えないのは当然だ、と思ってしまう。
そこに隠されているものがあるなんて、考えもしなかっただろう?」
誰もが看板を見つめる中、ただ伯爵の声だけがホールに響き渡る。
「アッシー殿を殺し、死体を暗闇の魔法で隠し、その後で同じように近くに呼び込んだラブリン嬢を殺す」
看板を片手に、伯爵がホール中央付近に戻って来る。看板を手近にいた従僕に手渡し、ギュモンタ一族に顔を向けた。
「そうだな、アッシー殿が先に殺され、ラブリン嬢が後だった理由は、これもある。
魔法で風を起こして血の匂いを散らしても、慣れてる者ならば気づくかもしれない。暗闇も、その不自然さに気づかれたら御終いだ。
曲がりなりにもアッシー殿は軍人で、危険と隣り合わせだ。犯人にとって、気づかれる可能性は低い方がいい」
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関係者と家系略図(再掲載)
(現当主と当主の弟は高齢のため欠席)
当主の弟 現当主
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長男 次男 長男 長女
オーパ アーチ 当主補佐 メーロス夫人
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オシィーフ アッシー ロメオ マイツーギ
クルミ髪 黒髪 ー 金髪
(下敷) (故人)
次話「キラリと光っていた証拠」
目星に成功したり、閃いたりすると、ピコン! とエフェクトが出ますね。そんな感じです。
情景描写の中に物的証拠をさりげなく入れておくと、なんとなくミステリ小説っぽくなる気がします。
・小ネタ
夜中に、どれぐらい暗いと見えないの? と、家の照明を消して確認した作者です。あからさまに不審者ですね。




