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五話 説明しよう!

後書きにコメントを書いてます。

 仕切り直しだと言って、伯爵が給仕を呼んだ。

「では、話を殺人事件に戻す。が、その前に、飲み物を」


 伯爵が開けた一本の白葡萄酒を、給仕がガラスの杯に注ぎ、皆の目の前で伯爵本人が真っ先に飲み干した。


「この国では、親しくなりたい者へ、壊れないよう大事にするとの意味を込めて、祝いの席や何らかの折には、ガラスの杯で飲み物を配ると聞いている」


 人数分のグラスに、伯爵の開けた白葡萄酒が注がれる。給仕が銀の盆の上に乗せて席の間を回り、皆が思い思いの杯を受け取った。

 全員の目の前に、ガラスの杯と葡萄酒が揃う。


「キグナスバーネの一級品だ、美味いぞ。護衛に毒見を勧めて、普段の功労に報いてもらってかまわない」


 伯爵の自慢げな表情に促され、まずは護衛が、それから少し遅れて部屋にいる全員が葡萄酒を口にした。予想以上に出来の良い葡萄酒に、わずかではあるが場が和む。


 室内の雰囲気に今ならと、オシィーフが落ち着いた声音で意見を口にした。


「閣下、犯人はこの中にと言われたが。

 ここには、兄弟とも親友とも言えるまた従弟のマイツーギと、大切な両親と、第二の父や母とも思う小父上と小母上しかいない……あ」


 話している途中で気づいたのか、困惑した視線をローリー嬢に向けた。

 求婚はされたが、この部屋の中で唯一、ギュモンタ一族ではない者。しかも、仇敵のキャピレ家の係累である。


「え、いやまさか、彼女が……?」

「いや、ちがう。彼女は参考人なだけだ。事件そのものとは一切関係がない」


 伯爵が即座に一蹴した。


~・~・~


 関係者と家系略図(再掲載)

 (現当主と当主の弟は高齢のため欠席)

 当主の弟      現当主

  |     ____|____

  |    |    |    |

 長男   次男   長男   長女

  |    |  当主補佐 メーロス夫人

  |    |    |    |

オシィーフ アッシー ロメオ  マイツーギ 

クルミ髪  黒髪    ー    金髪

      (下敷) (故人)


・特別招待客

 ローリー=キャピレ

 ガーデンパーティ主催者の娘の友人


~・~・~


 次に声を上げたのは、金髪のやや線の細い青年、マイツーギだった。


 細いと言っても、オシィーフや、あからさまに鍛え上げられた他のギュモンタを名乗る男たちに比べれば、という程度で。手に剣ダコがあるところを見ると、魔法兵と言えどしっかりと鍛えているのは一目瞭然であった。


「ボクとしては、何故、殺人だと言い出したのかが分からない。身内殺しだなんて、言いがかりにも程がある。心中ではない証拠でもあるのか?」


 不機嫌な表情は隠されることなく、眼差しは多分に疑いを含んでいる。

 ギュモンタ家全員の気持ちを代弁したかのような言葉に、伯爵は満面の笑みを浮かべた。


「結論の、犯人の名前だけを言っても、納得がいかないのは当然だ。だから、これからそれを話そうと思う」


 説明しよう! と伯爵は芝居がかった仕草で、高らかに宣言した。




 ――亡くなった二人。

 アッシー殿とラブリン嬢が互いに刺し合った状態で、シャンデリアの下から発見された。


 シャンデリアは鉄製で、重さはかなりのものだったらしい。持ち上げるには大層苦労したそうだ。

 落ちたシャンデリアの支柱はそのままで、梯子で上がって確認した者によると、根本が天井ごと崩落して落ちてしまった、ように見えたと。

 上がった時に気付いたそうだが、天井にも点々と血の跡が付いていたと言っていた。


 しかし、死因にシャンデリアは関係ない。二人とも刺されて死亡している、と医師が断定している。


 ただ、戦闘経験者なら……ああ、オシィーフ殿は治安部隊所属だし、マイツーギ殿は魔法兵だから、当然、知っているだろうが。というか、武門のギュモンタ家なら、全員知っているか。

 まず、刺されただけでは、人はそうそう死なん。刺されたら下手に抜くな、というのは戦場で常識だ。


 で、遺体を検めた医師が言うには。

 二人とも刺された箇所は短剣でこう……ぐりっと回されて、傷が広げられていたそうで。

 殺意が高い。

 心中で、ここまで確実に相手を殺そうと、殺意が高くなるとは思えないんだが。しかも、ラブリン嬢は食堂勤めの平和な一般人、のはずで。


 落ちて来たシャンデリアが当たって短剣がズレてしまった、という可能性も無きにしも非ず、ではあるが。「二人とも同じようにぐりっと」、と医師がな。

 戦闘慣れしている者が、明確な殺意を持って刺し殺してるだろう、これは。


 しかも、アッシー殿の手には防御創のような傷があったと。シャンデリアのせいで損壊がひどかったが、手の甲には間違いなく、生きている間につけられた傷があったそうだ。




 医師からという信憑性のある証言に、ギュモンタの一族に沈黙が降りる。

 だが部外者のローリー嬢は衝撃が少なかったのか、思案気に呟いた。


「無理心中、であれば。殺意が高くても、襲い掛かっても、問題はないかと思いますが」


「その場合、ラブリン嬢がアッシー殿を殺そうとしたことになるから、状況的に厳しい」


 それは予想済みとばかりに即座に伯爵が返答し、発見された時の状況を詳しく語った。




 うつ伏せのラブリン嬢の下に、仰向けにアッシー殿が。もし無理心中であるなら、迫ったのはラブリン嬢になる。


 ラブリン嬢が襲い掛かりアッシー殿が反撃する――この時、アッシー殿は手に傷を負い――も、叶わず二人とも互いに刺し合った状態で床に倒れた、とすれば。

 少なくとも無理を強いられた方、アッシー殿は、逃げようとするはずだ。

 それに、それだと襲ったラブリン嬢は、自死したことになるが――


「だが二人とも、互いに相手を刺した短剣の柄を握っていた。逃げた風でもない。ラブリン嬢には、防御創も無かったそうだ。

 相打ちにしても、ぶっ刺してぐりっと、を二人とも同時にというのは考えにくい。

 逆に、アッシー殿がラブリン嬢に迫ったのなら」


 アッシー殿が襲いかかり、ラブリン嬢が反撃。

 武門生まれの国軍兵士である青年が、食堂で働く娘を不意打ちで刺せないわけはないだろう。


 となると、ラブリン嬢は刺された後、反撃してアッシー殿に短剣を深くぶっ刺して、刺した短剣をこうぐりっと……それは本当に、食堂の可愛い看板娘なのかと聞きたい。

 あと、その短剣はどこから出した。


「まあ、そういうわけだから、無理心中の線は無しで」


 伯爵の説明に、ローリー嬢は納得がいかないように体ごと首を傾げた。


「そうなのです……?

 たかだか腕を組むのに、まだ恋人ではない男性にぎゅうっと胸を押し付ける根性、劣情と恋情を誤認させる見事な手練手管――彼女、それぐらいの気概はありそうでしたが……?」


 ローリー嬢の、「少なくともわたくしなら、どんな手を使ってでも相手を道連れにしますけど」との呟きに、皆が思った。


 ――こいつ何かあったら、根性で相手を確実に()るつもりだ……!


 男性陣は、心の中で。物理的にはそっと椅子をずらして。

 明確に、距離を取った。


 艶やかな長い髪を背中に垂らし、穏やかな笑みを浮かべて落ち着いて座るローリー嬢。

 その姿からは、風を切って駆ける鹿毛(かげ)のごとき雄々しさも、相手を殺し切る物騒な気概も、何一つ感じられない。


 見てくれだけは文句のつけようのない「優雅な令嬢」に、ギュモンタの男性陣は戦慄を禁じえなかった。


 なお、メーロス夫人は片眉を上げ、「ほう、こやつ、なかなか見どころがあるではないか……」的な視線を向けている。


「続きを、話すぞ」


 平静を装いながらも、あえてローリー嬢の方へは顔を向けず、伯爵は説明を再開した。

次話「デュマの四勇士」

お忘れかもですが、この作品はテーマ「友情」の「秋の文芸展2025」参加作品なのです。


五話読後→ 誰だ、ローリー嬢を「地味な茶色の髪の目立たない娘」とか言った奴。


作中の「キグナスバーネの一級品」、これの関係作品が「座右の銘は常在戦場」で、つよつよヒロインが活躍する話です。戦闘ものでもアクションものでもはありません、ジャンルはハイファンタジーですが、お馴染みの異世界恋愛系の世界観で読みやすいかと思いますので、よろしければぜひ。

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