三話 恋のトライアングル
追加の人物紹介が後書きにあります。
伯爵の言葉に、声にならない声が騒めきとなって室内を駆け巡る。
そんな中、ギュモンタ一族とは少し離れた席に座っていた十代後半の女性が、真っ直ぐ顔を上げた。明るく華やかな声が、室内に響き渡る。
「伯爵様。始める前に、わたくしに発言の許可を」
伯爵が彼女を、とある証言のために招いた特別招待客だと紹介した。他言無用という誓約はしてもらっているので安心してもらいたい、と説明する。
伯爵は一度室内を見回し、全員が納得したのを確認してから、軽く頷いた。
娘は、伯爵から視線で発言を促されるまでは、良家の子女のお手本のごとく淑やかに座っていた。
それが一転、艶やかな長い栗色の髪を勢いよく背に払い、立ち上がる。
その様子は、まるで厳しい向かい風をものともせず、力強く荒野を駆ける鹿毛を思わせた。
「わたくしはローリー=キャピレ。ええ、キャピレ家の者で、一年前のあの事件の、ジュリエッタの従妹に当たる者です」
名乗ると共に、先日のガーデンパーティの主催者の、その娘の友人である、と付け加えた。そして、わずかに紫がかった灰色の瞳を伏せ、優雅な仕草で黙礼する。
「このような場で恐れ入りますが……オシィーフ様」
そして、黙礼から顔を上げた彼女の、決闘に赴く騎士もかくやという気迫に皆が飲まれた。声一つ出せず、皆が彼女のひたりと向けられた視線の先を辿る。
視線の先には、明るいクルミ色の髪をした青年がいた。
一団から少し離れた部屋の端のテーブルに、長身を持て余すことなく背筋を伸ばして、一人で席に。
皴一つ無いズボン、着崩されることなくしっかり止められたシャツのボタン等、きちんとした服装から生真面目な性格が見て取れた。
その青年に、彼女は。
籠城中の敵方に、開城を迫る使者さながらに。
青年の勿忘草と同じ青色の瞳を見つめながら、彼女は雄々しく言い放った。
「あなたにケッコンを申し込みます!」
思いもよらない突然の行動に、誰も……当のオシィーフさえも反応できなかった。
ただ一人、淑女宜しく大人しく控えていた伯爵夫人を除いて。
勇ましく宣言したローリー嬢に、伯爵の少し後ろから伯爵夫人が進み出た。金に薄紅を溶かしたかのような華やかな金髪、白磁の肌に珊瑚の唇をした華麗な美女が、優しく窘める。
「ローリー様、それではまるで決闘の申し込みだわ。
せっかくの求婚なのだから、表情はもう少し笑ってにこやかに、やわらかく、愛らしく。はい、もう一度?」
部屋にいる全員が、心の中で「ちがう、そうじゃない!」と叫んだが。
伯爵夫人は心の声など聞こえないし聞きもしないので、にこにこと笑って乙女を応援するだけである。
言われたローリー嬢も、アドバイスを受けて頬に手をやり、素直ににこりと笑み直し、改めて明るいクルミ色の髪をした青年に向き直り――
「え、求婚? ケッコン……結婚!? 決闘の聞き間違いではなかったのか……ではなく」
言われた青年――オシィーフ自身が、再度口を開こうとする令嬢を止めた。
「その気持ちは嬉しいが、今はそのような場ではない。それに、私は、その、ラブリ……いや、その、まだ忘れられない想い人がいる」
「存じております、けれども。
本当に、このような場で申し訳ありませんが、先日のガーデンパーティでお断りされましたでしょう」
唐突な暴露に、室内は静まり返った。
「アッシー様とオシィーフ様、ラブリン嬢の寵を競うお二人のお姿は、街でも有名でしたもの。ラブリン嬢の腕は二つ。右はアッシー様、左はオシィーフ様で埋まっておられましたでしょう?」
下世話な話に、親世代が気まずそうに視線をさ迷わせ、口を挟もうかと逡巡している、間に。ローリー嬢の声が滔々と、絶えず流れる川のように勢いよく迸る。
「上流階級の集まりには、さすがにご参加はありませんでしたが。街中では隠しもせず、堂々とイチャついておられましたでしょう?
ラブリン嬢がどちらをお選びになるか、賭けをしている者だっておりましたわ」
フラれたことを事前に知っていた親世代が、多分に心配気にオシィーフを盗み見る。
当のオシィーフは大きく目を開け、「えっ」「いやっ」「待っ」と何らかの言葉をしゃべろうとはしていた。手も上げ、両手を左右に、首を大きく振って話をかき消そうと、無駄な努力もしていた。
「でもラブリン嬢。そこまでアプローチをしていた相手に、あっさりと『お友達でいましょう』だなんて。
望みはゼロと、はっきり分からせるお断り文句。いっそ清々しくて見事だと」
手慣れた感もあって、友人から聞いた時はすごいとしか言えませんでした、とローリー嬢は締めくくり。
「ですので、わたくし、きちんと想いが絶たれてから、お声をかけたつもりですわ」
「」
あまりの死体蹴りに、オシィーフは口を開けたまま固まった。
「その話の中で、家から勘当をもぎ取り、すべてを賭けた告白をうかがいまして。なんて真摯な方なのかと感じ入りました。
本日、離れた席にお一人でおられるのを見て、ますます心が決まりましたわ。
なので」
ローリー嬢は一旦言葉を止め、真正面からオシィーフを見つめた。思慮深げに見える、わずかに紫がかった灰色の瞳が勿忘草と同じ青色の瞳を覗き込む。
「あなた様にお会いしたら、真っ先にお伝えしようと心に決めておりましたの。
伯爵様のお話、わたくしも詳しくは聞いておりません。この中に殺人犯がいるそうですが……どうなろうとも、今、わたくしが求婚したこと、努々、お忘れなきよう」
あまりの迫力に圧され、オシィーフが思わず頷く。
首肯を確認すると、ローリー嬢は打って変わって穏やかな表情で笑みを浮かべ、振り返ってにこやかに促した。
「お騒がせしました。では伯爵様、続きをどうぞ」
話を振られた伯爵は、え、この空気で続けるのかよ、とわずかに引いた表情を浮かべた。
「来てもらったのは、確かに、今のガーデンパーティでの出来事を証言をしてもらうためだったが……」
もう少しマイルドにこう、と、伯爵が注文をつけるも。
「オシィーフ様に結婚を申し込もうと思いましたが、一面識もない相手ですもの。しかも、我が一門とは犬猿の仲のお相手。どうやってお会いしようかと考えていた所に、伯爵様からちょうど良くお声をかけていただいて。聞けば、御親族様すべてにお会いでき、嫁として御挨拶できるまたとない機会……っ」
「すまん、ローリー嬢。求婚も人生の一大事だとは思うが、今は、一族に関わる一大事な殺人事件の方を先に解決させてもらえるか」
途切れることなく溢れ流れる言葉を、伯爵は待て、と無情に遮った。きっぱりとした待て、が効いたのか、ローリー嬢が大人しく引き下がる。
オシィーフも、助かったとばかりにほっとした表情を浮かべた。
その間に夫人は一歩下がり……部屋の壁際にいる頭からフードをすっぽりと被った二人組に手を振った、が。
「閣下、失礼ながら、そのお二人は?」
伯爵夫人の行動に、ギュモンタ家の長男で当主補佐――ロメオの父が、フードで顔を隠したあからさまに怪しい二人を見とがめた。
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関係者と家系略図(再掲載)
(現当主と当主の弟は高齢のため欠席)
当主の弟 現当主
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長男 次男 長男 長女
| | 当主補佐 メーロス夫人
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オシィーフ アッシー ロメオ マイツーギ
クルミ髪 黒髪 ー 金髪
(下敷) (故人)
・特別招待客
ローリー=キャピレ
ガーデンパーティ主催者の娘の友人
・フードの二人組
アドバイザー
~・~・~
「あの二人は、この事件のアドバイザーと思ってもらえれば。少々訳ありで、この場で顔を出すと障りがある人物でな」
明かせないが、この二人のことは保証する、と伯爵が国の名まで出して誓うので、ギュモンタ一門は全員、引き下がった。
なにより、キャピレ家の小娘、もとい、ローリー嬢が泰然としているのに、大の大人が騒ぎ立てるものではない、と長女のメーロス夫人が一喝、もとい、窘めたのも効いた。
次話「ラブラブ ♡ ラブリン ☆」
ラブリンちゃんはショッキングピンクの髪に、ライムグリーンの瞳の、かわいい女の子だよ! 百万ボルトの瞳☆で、どんな男もイチコロさ!
人物紹介(New!)
・ローリー=キャピレ
二話まで謎の人だった茶色の髪の女性。
公開告白をかました鋼メンタルの見た目だけは地味な色合いの女の子
・伯爵夫人
シンボリック伯爵の妻。
金に薄紅を溶かしたような華やかな金髪に珊瑚の唇。
つまりは、美女。
・背後のフードの二人
伯爵のアドバイザーです。
怪しい二人組ですが、怪しくありません、本当です。シリーズ関連の人物なだけで、この事件にはほとんど関係ありません。




