二話 犯人はこの中にいる!
後書きに人物紹介と用語説明があります。
――よもや、この言葉を解き放つ時が来るとは。
殺人事件と聞いて顔色を変える関係者たちを前にして、彼は偉大なる先人たちに思いを馳せた。
――パイプを燻らせる変人、灰色の脳細胞な紳士、上品な老婦人に名探偵の孫、頭脳は大人な子ども……っ!
彼は尊敬する幾人もの師(架空)に心の中で敬礼しつつ、万感の思いを込めてその台詞を口にした。
「犯人は――!」
~・~・~
デュマ国のとある邸宅の前に、客人の親子三人とその護衛が現れた。日はすでに大きく傾き、夕陽が客人たちの金髪を赤く染め上げている。
ようやく訪れた客人に、武装した警備兵が大きく手を振って合図をした。人の背丈の二倍ほどある鉄の格子扉が、大きな音を立てて開かれる。
客人たちの目の前に、長く、真っ直ぐ、前庭を突っ切る白い敷石が現れた。
この邸宅の持ち主はなかなかの権力、あるいは財力のある人物のようだった。一目見ただけでも、邸宅は侵入者対策の鋭い返しが付いた高い塀に囲まれている。
加えて、警戒の陣――俗に呼子の陣とも言われる陣が張り巡らされているという。許可なく侵入する者がいれば、術者に警報がいく仕組みだと。
なので、客人方も安心してほしい、と警備兵が告げる。護衛兵の同伴まで、快諾された。
「魔法防衛はどのような?」
客人の、息子にあたる青年が警戒を解かず、慎重に問いかけた。所属する組織のモチーフが描かれた左手の手袋と、中指に嵌められた大きく物々しい――俗な言葉で言えば「ゴツい」指輪を、警備兵に見せつける。
「ボクは魔の森との最前線、岩砦所属の魔法兵であり、魔法兵団第五隊の分隊長を務める。誇張も偽りもなく、粛々と答えよ」
「敷地内は『攻撃妨害の陣』を敷いております、ご安心ください」
邸宅の警備兵が一礼し、五歩ほど離れてから、わざと転がしてある丸太に向き合った。
客の見ているその目の前で、指輪を嵌めた左手を唐突に突き出し。
――右手で印を組み、時間をかけて呪文を唱え、じっくりと術式を展開し、気合を入れて魔力を練り上げ――
放たれた魔弾は、丸太に拳ほどの穴を開けた。
「この通り。普段の自分ならこの程度の丸太、印や練魔を省略しても真っ二つにできますが、敷地内ではこの様です」
言いながら警備兵は二人の近くまで戻り、会釈してから説明を続けた。
「ごくごく一般的な『攻撃妨害の陣』なので。一般人の攻撃魔法であれば発動しませんが、訓練された兵士であれば、魔力を振り絞れば、まあ、なんとか、発動はします。
しかしながら、これほど時間がかかっていては、実戦では使い物にならないでしょう。しかも、威力は減衰されます」
一般的な『攻撃妨害の陣』であれば青年も知っていた。警備兵の言葉に頷いてみせる。
「ただ、御存じの通り、規格外の力を有す魔術使や、高魔力の……そうですね、我が国であれば王宮近衛魔法部隊レベルぐらいの者には、然程効果はありません。――城を吹き飛ばすほどの攻撃魔法が多少弱くなったところで、人は軽く死ねますから」
念のため客人に付き従う護衛が、己の得意とする中型魔獣さえも吹き飛ばす暴風の攻撃魔法を発動させ――正式手順を踏んで魔力を練り上げて、なんとか、そよっと心地よい風ですね? 程度の涼風がそよそよ~っ、と。
護衛も納得して引き下がった。
最後に、警備兵が丁寧に説明する。
「攻撃魔法以外の、『光明』『暗闇』『浮遊』などの簡易な初級補助系の魔法は問題なく使えますので、ご不便はないかと存じます。
それでは、どうぞ中へ」
指輪を取り上げられることもなく、武装も解除されないまま、敷地内へと招かれる。滑らかに舗装された白い敷石の上を歩き、広い前庭を突っ切ることしばし。
親子三人の金髪を明るく輝かせていた西日は、完全に落ちた。
邸宅にたどり着き、入り口の大扉を抜ければ。
ホールは暗く、わずかに灯りが――輝光石がぽつり、ぽつりと、まるで道しるべのように設置されていた。
扉のすぐ近くにいた従僕が恭しく頭を垂れ、光の道をそのまま辿るよう促す。
邸宅内は暗くホールの端の方はまったく見えないが、通る場所は仄かに明るく、迷うことはない。客人たちが光を辿って左の奥に進むと、前にある扉が大きく開かれた。
室内は明るく、暗闇に慣れた目には少々眩しかった。
「ようこそ、メーロス殿、メーロス夫人、そして御子息のマイツーギ殿。これで関係者全員がそろったな」
客人たちを招待した邸宅の主――アルナシィオン国の若き貴族、ナッシンバット=シンボリック伯爵が、両手を広げて笑顔で歓迎の意を示した。
軽く見回した室内には、いずれも青年のごく親しい親戚――母方の兄弟夫婦が二組と、祖父の弟筋にあたる夫婦が一組、と。
地味な茶色の髪をした目立たない娘が、シンボリック伯爵夫人の近くに一人。
そして部屋の隅には、小さなテーブルに一人で座る明るいクルミ色の髪をした青年がいて。
「オシィーフ、君も呼ばれていたのか」
同年代のまた従弟に、青年――マイツーギは軽く声をかけて、両親と共に席に着いた。
~・~・~
亡くなったのは、二人。
ショッキングピンクの髪をしたラブリン嬢。
彼女は孤児院出身で、院を出てからは領内にある食堂で働いていたという。
黒髪の青年はアッシー。武の国デュマにおいてさえ、武で名を轟かせる有数の名門ギュモンタ家の令息である。とは言っても、本家の者ではないが。
元々、本家の継嗣と目されていたのは、高齢すぎる現当主の長男の、そのまた長男のロメオだった。
だがそのロメオは、ほぼ一年前に亡くなっている。
よりにもよって、ギュモンタ家にとって仇敵とも言えるキャピレ家の令嬢ジュリエッタと、心中して。
アッシーは、その心中事件によって亡くなったロメオの従弟に当たる。
そして今回。
アッシーとラブリン嬢の二人が、シャンデリアの下から互いに刺し合った状態で発見された。
殺されたのは、夜。
アッシーもラブリン嬢も、夕方まで働いていた姿を目撃されている。
~・~・~
関係者とギュモンタ家系略図
(現当主と当主の弟は高齢のため欠席)
当主の弟 現当主
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長男 次男 長男 長女(※)
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オシィーフ アッシー ロメオ マイツーギ
クルミ髪 黒髪 ―― 金髪
(下敷) (故人)
※長女は嫁ぎ、ギュモンタ姓からメーロス姓に。
なのでその息子は、マイツーギ=メーロス。
他は全員、ギュモンタ姓。
・特別招待客
地味な茶色の髪をした目立たない娘
~・~・~
「以前の心中事件から、まだ間もない。だから今回も、状況から心中なのだと誰もがそう思った……間違いないだろうか?」
いくつかのテーブルに分かれて座っている関係者全員が、問いかけに頷いた。
この部屋には、高齢すぎるギュモンタ家の現当主とその弟以外が、関係者として招かれている。
デュマ国の事件に。
他国の、アルナシィオン国の貴族である伯爵が。
デュマ国にあるシンボリック伯爵家の邸宅に、デュマ国有数の名門ギュモンタの主要人物を招いた、その理由は。
――本来なら、アルナシィオンの者が、デュマ国の名門ギュモンタ家のことに口出すのは憚られるんだが……。
シンボリック伯爵はそう前置きして。
「俺はこのデュマの国に、親善を深めるために赴いた。
真相を知りながら、罪人を知りながら、何食わぬ顔で愛想を振りまくような真似を……親善とは言わんだろう。
すまないが、口出しさせてもらうぞ――これは心中事件じゃない、殺人事件だ」
晴れ渡る空を思わせる青い瞳が高みから見下ろすかのように、招かれた客一人一人の顔をゆっくりと巡る。
四組の夫婦に、明るいクルミ色の髪をした青年と、金髪の青年。
それはまるで、隠された胸の内を見透かすかのようで。
困惑した表情を浮かべる者、不安そうに周囲を見回す者、そんな中、伯爵はキリっとした表情で宣言した。
「犯人は、この中にいる!」
勝利を告げるトランペットのごとく、その声は高らかに鳴り響いた。
用語説明「練魔」
口語でチャージと言われるのが一般的。
現代の「投球」に例えると。投げるだけなら、誰でもテニスボールなんかをぽいっと投げることができますが。競技用砲丸を身体測定なんかでより遠くへ投げる時には、正しい姿勢、正しい持ち方、投球時の体のひねり、そして最後、力を込めて……! ← この力を込めて、が魔法でいうところのチャージです。格闘ゲームでなら、ただのパンチじゃなくて、ゲージ貯めて出す技。
次話「恋のトライアングル」
甘酸っぱい言葉から漂ってくる、不穏な気配! 殺人事件ですから、仕方ないですね。
続きをどうぞお楽しみに!
人物紹介
・ラブリン嬢(今回の死亡者)
ショッキングピンクの髪の、きゃぴるん♪ って擬音が似合う、十七才のとても可愛い女の子。
・アッシー=ギュモンタ(今回の死亡者)
アッシーくん(死語)と覚えていただければ
黒髪のたくましい体躯の青年
・オシィーフ=ギュモンタ
お財布くん(死語)と覚えていただければ(ATMでも可)
治安維持部隊第三隊長
明るいクルミ色の髪をしている
・マイツーギ=メーロス
貢ぐ君(死語)と覚えていただければ
魔法兵団第五隊の分隊長
金髪
・茶色髪の娘
いまはまだ謎の人
地味な茶色の髪……ショッキングピンクと比べられても困ります。
ロメオとジュリエッタの心中事件については、「真実の愛の国(笑)」の四話に関連人物が登場します。




