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十一話 エピローグ

最終話です。

 行き場のなくなった、叩き落された手。その手が、優しくそっと握られた。


 ローリー嬢である。


 静々と歩く淑女然たるその姿は、(たけ)鹿毛(かげ)要素は微塵も感じられない。

 完璧な擬態だった。


「どうぞ、わたくしの求婚をお忘れなく。

 どのようなつらい出来事があろうとも、友がいて、一緒に笑い合い……そして、叶わぬとも恋をしたことを。

 そして今! 恋しく慕わしく想われていることを、どうか」


 思慮深げな灰色がかった紫の瞳(ラベンダーグレイ)が、勿忘草と同じ青色の瞳を覗き込む。


「私は……すまないが、今はそんな気には」

「わかっておりますわ。あまりにも、帰り道の分からなくなった迷い子のようなお顔をされておりましたので、つい」


 オシィーフの『詫びに混ぜてのお断り』も、ローリー嬢は意に介さなかった。艶やかな栗色の髪を後ろに払い、いななきを上げるがごとく、高らかに言い放つ。

 完璧な擬態の逃亡は早かった。 


「むしろ、この場で応と返さない誠実さこそ、さすがわたくしが見込んだ殿方でございます!」


 勝ち誇るように笑みを浮かべるローリー嬢に、オシィーフは押されるしかない。


「私が犯人ではないと分かったとはいえ……」

「あら、わたくしはその話よりも先に求婚しましてよ? 大体、ラブリン嬢に告白する前に、先に勘当を申し出るような方が……」


 待て(ステイ)、状態から解放されたローリー嬢がかき口説くのをBGMに、伯爵は場に残っているギュモンタ当主補佐に声をかけた。


「では、後のことはギュモンタの方々にお任せする。どのような結果になろうと、こちらは口を挟まないことを約束しよう」


 当主補佐が本当にいいのか、と問うも。


「親善のために、デュマに来た。名門ギュモンタ家とは今後も顔を合わせることもあろう。

 その時に、(わだかま)りがあっては具合が悪い。今回の口出しは、ただそれだけだ」


 気にするな、と伯爵は念押しした。



~・~・~



 ギュモンタ一行を見送り、伯爵が用意された客室へ入って来ると。


「ナシー様、お疲れ様!」


 輝くばかりの笑顔で、伯爵夫人が出迎えた。その横には、フードの二人が立っていて。


「もういいぞ、二人とも」


 言われてフードを取れば、現れたのは最も年若い癒し手と、その専属護衛騎士だった。


「今回も助かった、アンダロ。お礼に、リリアム嬢に本国からの高級菓子を進呈しよう」


 伯爵が話す傍から、サービスワゴンを運んできた侍女が素早く場を整えていく。

 見る間に、『夜のお茶会』の出来上がりとなった。


「アンダロ様へのお礼ですのに、わたしに?」


 戸惑うリリアムに、当然の顔をして伯爵が頷く。


「アンダロの主はリリアム嬢だからな。横からの贈り物は賄賂になるだろう? だから、主であるリリアム嬢が菓子を『半分こ』して、アンダロにやってくれないか」


 上流階級の作法に疎いリリアムは、素直にそういうものなのだと信じた。

 その横で、アンダロが伯爵に礼をする。


「ありがとうございます」

「いやなに、礼だ、礼」


 はっはっは、と朗らかに笑う伯爵だったが、不意に表情を真面目なものに変えた。


「しかし、アンダロから心中事件じゃない、と聞いて、本当に驚いた」


「びっくりしたわ! あんなの、どう見たって心中だったもの。噂だって、悲恋のロマンス、っていう話ばっかりだったわ」


 伯爵夫人も大きく頷き、聞いた噂をいくつか披露した。


「噂はアッシー殿とオシィーフ殿だけだったからなぁ。どうしてマイツーギ殿なのか、わからなかった。

 まさかの、かの有名な『僕が先に好きだった』問題だったとは」


 伯爵がそう言うと。


「マイツーギ殿は、とっくの昔にフラれていたのでしょう。だから、ラブリン嬢が二人と腕を組んでいても、もう何も言わず、何も言えず、指をくわえて見ているしかなかったのでは」


「アンダロ、言い方、言い方」


 いやまあ、変に一人で拗らせて、やってしまった行動がアレだからなぁ、と微妙な表情で伯爵が言葉を濁す。


「数年もすれば、悪い女に引っかからずに済んだ、となっていただろうに。

 あの夢魔芥子の毒までも用意していたから、つい衝動的に、とかじゃないあたり、殺意が高かったよな」


「対魔の森の魔法兵であれば、自力で採取もしやすかったでしょう」


 近場で調達できますね、とアンダロが続けた。


「落とされたシャンデリアも含めて、ともかく犯行の跡は多くあったのですが、殺害理由が最後まで分からず」


 伯爵夫人とリリアムが同じタイミングで顔を上げ、互いに見つめ合った。そして同じタイミングで首を横に振り合い、笑いながら頷き合う。


 ――犯行の跡なんて、わからなかったわ!


 ――ですよね!


 内緒話のようにささやき合う二人を横目に、伯爵が軽い調子で口を開いた。


「さて。アンダロたちは、次はデュマの反対側の魔の森方面に向かうんだろう? ソーンパス殿に宜しくと伝えておいてくれ。

 出発まで、二人とも好きなだけ泊っていくといい」


「ありがとうございます」

「リリ様、久しぶりに話し倒しましょう!」


 一方は伯爵位を受け、夫妻で外交へと。

 一方は癒し手とその騎士となり、各地へと。


 会うことも稀になった友人たちと。

 笑い合う、それを。


「友情とか、そんなに大仰に構えるものでもないと思うんだがなぁ」


 会えたことを喜んで、次に会う時があることを願って。伯爵は、弾む会話に加わった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


最後の会話のソーンパス殿や、そもそもこのフード二人の正体などは、シリーズの一作目、三作目関連です。宜しければ、ぜひお立ち寄りくださいませ。

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シリーズ一作目
「癒し手の偽り ~おお、悪役令嬢よ、死んでしまうとは情けない~」

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ロワゾブルゥ国の話 「真実の愛の国(笑)」
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デュマ国の始まりの話「続きはまた明日」
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ジャンル恋愛 「これは政略結婚です」
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― 新着の感想 ―
 最後までとても面白かったです。ラブリン嬢が歩く災厄のように思えてならなかったのですが、全員が心の奥に潜む甘さや計算高さや傲慢さを自省出来ていればこの事件は起きなかったのかもしれませんね。
久々の異世界恋愛ミステリ新作、楽しく拝見しました。 やっぱり、ミステリあるあると異世界恋愛あるあるの謎マリアージュ、いいですね! そして動機はこう来たか…! なにはともあれ、異世界恋愛あるあるムーブ…
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