十話 友情の在り処
伯爵からの名指しに、マイツーギは激昂の声を上げた。
「いい加減にしろ! デュマの四勇士、団結の四人、その内の二人が欠けて、悲しんでないとでも言うのか!
ラブリンだって『物語館』で話があった友人でっ」
しかしその反論も、感情論でしかなく。
ただ、大声で誤魔化そうとするだけで。
「殺したとしても、悲しむことはできるさ」
話をすり替えるな、と伯爵が冷静に指摘する。
追い詰められた表情を浮かべるマイツーギに、アッシーの父、アーチが一歩、前に出た。怒りと悲しみ、そして困惑に満ちた表情で詰め寄る。
「マイツーギ、何故……本当に、何故だ! お前たちは兄弟のように、私もアッシーと分け隔てなく……っ」
「兄弟のよう、分け隔てなく、ですか。では、何故、アッシーがギュモンタの当主になるんですか。
ボクが、メーロスだから? ただそれだけで、同じお祖父様の血を引く孫だというのに、当主になれないのですか」
「なに……?」
険しい表情を浮かべて詰め寄るアーチに、マイツーギが暗い声で反論した。開き直ったように顔を上げ、口の端を歪めて冷笑じみた口調で詰る。
「ボクとアッシーは、ご当主様の――お祖父様の孫だ。それは一緒で、変わらない。変わらないのに!
ラブリンと結婚するために、『馬鹿正直者の』オシィーフは思った通り家を捨てた。
なら、当主はボクかアッシーだ」
ギロリ、とマイツーギが一同を見渡す。
「そして、攻撃だけで支援に劣るアッシーよりも、剣も魔法も万能なボクの方が上だ。『武』を誇るのならば、当主に選ばれるのはボクだ。
なのに!」
マイツーギが怒りのままに言葉を紡ぐ。
「どうして、アッシーが!
ラブリンとの仲を反対されているオシィーフを見て、黙ったまま付き合い続けていた、卑怯者のアッシーが!?」
アーチが我が子の所業に眉を顰めるも、それに構わず。
「黙って、小言をやり過ごして、そのうち当主になってからラブリンと結婚すると。
大人しくしていれば、当主もラブリンも、ギュモンタである自分の手の中に転がり落ちて来るなどと、あいつはボクに堂々と言いやがった」
今まで、言いたいのに言えない言葉が、溜まりに溜まっていたのだろう。マイツーギが苛立った表情で、憎々し気に吐き散らす。
「ラブリンもラブリンだ。最初に誘って来たのはラブリンだったじゃないか。あれでボクを好きじゃないってありえない。『すごい! アッシーくんとオシィーフくん、ギュモンタなんだって!』って、なんだよっ。メーロスの何が不満だって言うんだ。
挙句の果てに、ボクのことは友達だって!? そんな態度じゃなかっただろうっ! なんだよっ、勝手に他の男を好きになるなんて!」
昂った感情のまま吐き出される内容は、もはや支離滅裂で。子供の八つ当たりに等しく。
「大体、ボクがラブリンと最初に知り合ったんだ。ボクがおまえたちに紹介したんだ、その時点で察しろよ!」
マイツーギのそれは悲鳴と言うよりも、まるで絶叫のようだった。
「ボクの方が先にラブリンを好きだったのに!」
そう言い放ち、肩で息をしていたマイツーギは、やがて俯いて吐息のように零した。
――だから、二人とも殺したんだ。
憎々し気、というよりも、苦しそうに俯くマイツーギに、メーロス夫人が近づいた。
近づいて、そのまま抱きしめる――幼子のように頭を撫で、赤子のように語りかける。
「早とちりは、あなたの昔からの悪いクセねぇ。まだ、なぁんにも決まってなくて。オシィーフの勘当と合わせて、どうしようかと集まって話し合っていただけだというのに……」
「は、母上……」
糾弾、憎悪、悲痛に憤怒、そんな感情を向けられると身構えていたマイツーギは、狼狽えた。言葉らしい言葉は出ず、手の置き場を求めてさ迷わせる。
「空は落ちておらず、大地は静かに寝そべり、海は穏やかに揺蕩ったまま。それなのに、団結の誓いは破られ、友情の誓いは汚された。
おまえが、許されるはずがないでしょう。そんなことをして、手に入るものがあるとでも思いましたか。
本当に、馬鹿な子……」
メーロス夫人が少しだけ身を離し、マイツーギの頬を両手で挟み、涙で濡れる目で真正面から見つめた。
「どれほど悲しもうと、謝罪しようと、空の上にも地の底にも届きはしません。
死して詫びよ、償いはその身をもって――この母も、一緒に逝ってあげるから」
メーロス夫人が再びマイツーギを抱きしめ、メーロス夫人とマイツーギの二人を、夫君が大きな腕で抱きしめた。
~・~・~
十日後の馬車の事故を約束し、メーロス親子はその場を辞した。
殺されたアッシーの仇とはいえ、マイツーギは甥であり。また責任を感じて贖罪を言い出したのは、姉である。アッシーの父であるアーチも感情がまとまらないのか、複雑な表情を浮かべて辞去の言葉を口にした。
「……マイツーギ、アッシー……私は……」
オシィーフは呆然として、のろのろと自分の両手を見つめた。
「昔、皆と繋いだ手。この手は、二人と繋がっていると、そう信じていたのは、私だけだったのか? 友情なんて、最初からなかったのか……?」
悲痛な声がその口から零れるが、否定する言葉をかけることは、誰もできなかった。
アッシーは黙って、家と恋人が転がり落ちて来るのを待っていた。
マイツーギは一人で勝手に傲慢を拗らせ、妬んで、犯行に及んだ。
これがオシィーフの信じていた友情の、時計の針を進めた先の惨状である。
声をかけたいが、かける言葉が思いつかない、そんな沈黙の中、後ろに控えていたフードの人物の二人の内、背の低い方が進み出た。
「ロメオ様を中心に皆で友情を誓ったその時のこと、オシィーフ様は覚えておられますか?」
女性の落ち着いた声が、フードの奥から流れ出る。
オシィーフは、フードの人物が女性だったことに驚いたが、持ち前の実直さから素直に答えた。
「当然、覚えている。生涯、忘れることはない!」
フードは一度下に大きく動き――頷いたようだった。
「その時の、皆様のお顔、覚えておられますか?」
オシィーフは問われ、今はもう昔と思えるその時を、思い出した――大らかに笑うロメオ、自信満々なアッシー、微笑むマイツーギ。
「……覚えている、ああ、覚えているとも」
「その時の皆様の御心は、絆で結ばれておりませんでしたか?」
「結ばれていた! 誰が何と言おうと、私たちの間には厚い友情があった!」
それはアッシーの心の中にある、宝物の風景。
――桃の花の咲く庭で、四人で集まって、友情を誓った。
皆で選んだ『物語館』の本を参考にして、見様見真似の子供の遊びみたいな儀式だったけれど、気持ちは本物だった。
あの宝物を否定することは誰だって決して許さない、そう思って、オシィーフは下向いていた顔を上げた。
「では、友情はあったのです。他でもない、貴方様がそう言うのです。誰も――貴方様ご自身でさえ、それを否定することはできません」
柔らかい声が、オシィーフを包み込む。
「罪を犯してしまったマイツーギ様に、つらい罰をと、望みますか?」
「いいえ」
問われて、オシィーフは即答した。
大切に思うアッシーとラブリンを殺したマイツーギに、無罪放免とは思わないが。それでも苦しめと思う気持ちはカケラもなく、厳罰を望みはしなくて。
「たとえ罪人であろうと、それでも、幸いあれと願ってしまう。届かなくても、許されなくても、それでもそう思ってしまうその心を……祈り、と言うのです」
心から湧き出る祈りを禁じることはできません、と続けるフードの女性に、オシィーフは手を伸ばし――
伸ばした手を、ぺしりと、別の手が叩き落とした。
フードで顔を隠した背の高い、男性らしき方が、オシィーフの肩をぽんと叩く。
「もう大丈夫そうですね。どうぞ、お一人でお立ち下さい」
オシィーフへの丁寧な、だが素気の無い対応に比して。背の低いフードの女性の手を恭しく取り、ソツなくエスコートしてオシィーフから引き離し、素早く離れていくフードの男性。
「相変わらず、心せま……いや、ガードが鉄壁すぎる」
一連を見ていた伯爵が、小さく呟いた。
次話「エピローグ」




