表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/11

十話 友情の在り処


 伯爵からの名指しに、マイツーギは激昂の声を上げた。


「いい加減にしろ! デュマの四勇士、団結の四人、その内の二人が欠けて、悲しんでないとでも言うのか!

 ラブリンだって『物語館』で話があった友人でっ」


 しかしその反論も、感情論でしかなく。

 ただ、大声で誤魔化そうとするだけで。


「殺したとしても、悲しむことはできるさ」


 話をすり替えるな、と伯爵が冷静に指摘する。

 追い詰められた表情を浮かべるマイツーギに、アッシーの父、アーチが一歩、前に出た。怒りと悲しみ、そして困惑に満ちた表情で詰め寄る。


「マイツーギ、何故……本当に、何故だ! お前たちは兄弟のように、私もアッシーと分け隔てなく……っ」


「兄弟のよう、分け隔てなく、ですか。では、何故、アッシーがギュモンタの当主になるんですか。

 ボクが、メーロスだから? ただそれだけで、同じお祖父様の血を引く孫だというのに、当主になれないのですか」


「なに……?」


 険しい表情を浮かべて詰め寄るアーチに、マイツーギが暗い声で反論した。開き直ったように顔を上げ、口の端を歪めて冷笑じみた口調で詰る。


「ボクとアッシーは、ご当主様の――お祖父様の孫だ。それは一緒で、変わらない。変わらないのに!

 ラブリンと結婚するために、『馬鹿正直者の』オシィーフは思った通り家を捨てた。

 なら、当主はボクかアッシーだ」


 ギロリ、とマイツーギが一同を見渡す。


「そして、攻撃だけで支援に劣るアッシーよりも、剣も魔法も万能なボクの方が上だ。『武』を誇るのならば、当主に選ばれるのはボクだ。

 なのに!」


 マイツーギが怒りのままに言葉を紡ぐ。


「どうして、アッシーが!

 ラブリンとの仲を反対されているオシィーフを見て、黙ったまま付き合い続けていた、卑怯者のアッシーが!?」


 アーチが我が子の所業に眉を顰めるも、それに構わず。


「黙って、小言をやり過ごして、そのうち当主になってからラブリンと結婚すると。

 大人しくしていれば、当主もラブリンも、ギュモンタである自分の手の中に転がり落ちて来るなどと、あいつはボクに堂々と言いやがった」


 今まで、言いたいのに言えない言葉が、溜まりに溜まっていたのだろう。マイツーギが苛立った表情で、憎々し気に吐き散らす。


「ラブリンもラブリンだ。最初に誘って来たのはラブリンだったじゃないか。あれでボクを好きじゃないってありえない。『すごい! アッシーくんとオシィーフくん、ギュモンタなんだって!』って、なんだよっ。メーロスの何が不満だって言うんだ。

 挙句の果てに、ボクのことは友達だって!? そんな態度じゃなかっただろうっ! なんだよっ、勝手に他の男を好きになるなんて!」


 昂った感情のまま吐き出される内容は、もはや支離滅裂で。子供の八つ当たりに等しく。


「大体、ボクがラブリンと最初に知り合ったんだ。ボクがおまえたちに紹介したんだ、その時点で察しろよ!」


 マイツーギのそれは悲鳴と言うよりも、まるで絶叫のようだった。


「ボクの方が先にラブリンを好きだったのに!」


 そう言い放ち、肩で息をしていたマイツーギは、やがて俯いて吐息のように零した。


 ――だから、二人とも殺したんだ。


 憎々し気、というよりも、苦しそうに俯くマイツーギに、メーロス夫人が近づいた。

 近づいて、そのまま抱きしめる――幼子のように頭を撫で、赤子のように語りかける。


「早とちりは、あなたの昔からの悪いクセねぇ。まだ、なぁんにも決まってなくて。オシィーフの勘当と合わせて、どうしようかと集まって話し合っていただけだというのに……」


「は、母上……」


 糾弾、憎悪、悲痛に憤怒、そんな感情を向けられると身構えていたマイツーギは、狼狽えた。言葉らしい言葉は出ず、手の置き場を求めてさ迷わせる。


「空は落ちておらず、大地は静かに寝そべり、海は穏やかに揺蕩ったまま。それなのに、団結の誓いは破られ、友情の誓いは汚された。

 おまえが、許されるはずがないでしょう。そんなことをして、手に入るものがあるとでも思いましたか。

 本当に、馬鹿な子……」


 メーロス夫人が少しだけ身を離し、マイツーギの頬を両手で挟み、涙で濡れる目で真正面から見つめた。


「どれほど悲しもうと、謝罪しようと、空の上にも地の底にも届きはしません。

 死して詫びよ、償いはその身をもって――この母も、一緒に逝ってあげるから」


 メーロス夫人が再びマイツーギを抱きしめ、メーロス夫人とマイツーギの二人を、夫君が大きな腕で抱きしめた。



~・~・~



 十日後の馬車の事故を約束し、メーロス親子はその場を辞した。


 殺されたアッシーの仇とはいえ、マイツーギは甥であり。また責任を感じて贖罪を言い出したのは、姉である。アッシーの父であるアーチも感情がまとまらないのか、複雑な表情を浮かべて辞去の言葉を口にした。


「……マイツーギ、アッシー……私は……」


 オシィーフは呆然として、のろのろと自分の両手を見つめた。


「昔、皆と繋いだ手。この手は、二人と繋がっていると、そう信じていたのは、私だけだったのか? 友情なんて、最初からなかったのか……?」


 悲痛な声がその口から零れるが、否定する言葉をかけることは、誰もできなかった。


 アッシーは黙って、家と恋人が転がり落ちて来るのを待っていた。

 マイツーギは一人で勝手に傲慢を拗らせ、妬んで、犯行に及んだ。


 これがオシィーフの信じていた友情の、時計の針を進めた先の惨状である。


 声をかけたいが、かける言葉が思いつかない、そんな沈黙の中、後ろに控えていたフードの人物の二人の内、背の低い方が進み出た。


「ロメオ様を中心に皆で友情を誓ったその時のこと、オシィーフ様は覚えておられますか?」


 女性の落ち着いた声が、フードの奥から流れ出る。

 オシィーフは、フードの人物が女性だったことに驚いたが、持ち前の実直さから素直に答えた。

「当然、覚えている。生涯、忘れることはない!」


 フードは一度下に大きく動き――頷いたようだった。

「その時の、皆様のお顔、覚えておられますか?」


 オシィーフは問われ、今はもう昔と思えるその時を、思い出した――大らかに笑うロメオ、自信満々なアッシー、微笑むマイツーギ。

「……覚えている、ああ、覚えているとも」


「その時の皆様の御心は、絆で結ばれておりませんでしたか?」

「結ばれていた! 誰が何と言おうと、私たちの間には厚い友情があった!」


 それはアッシーの心の中にある、宝物の風景。


 ――桃の花の咲く庭で、四人で集まって、友情を誓った。

 皆で選んだ『物語館』の本を参考にして、見様見真似の子供の遊びみたいな儀式だったけれど、気持ちは本物だった。


 あの宝物を否定することは誰だって決して許さない、そう思って、オシィーフは下向いていた顔を上げた。


「では、友情はあったのです。他でもない、貴方様がそう言うのです。誰も――貴方様ご自身でさえ、それを否定することはできません」


 柔らかい声が、オシィーフを包み込む。


「罪を犯してしまったマイツーギ様に、つらい罰をと、望みますか?」

「いいえ」


 問われて、オシィーフは即答した。

 大切に思うアッシーとラブリンを殺したマイツーギに、無罪放免とは思わないが。それでも苦しめと思う気持ちはカケラもなく、厳罰を望みはしなくて。


「たとえ罪人であろうと、それでも、幸いあれと願ってしまう。届かなくても、許されなくても、それでもそう思ってしまうその心を……祈り、と言うのです」


 心から湧き出る祈りを禁じることはできません、と続けるフードの女性に、オシィーフは手を伸ばし――


 伸ばした手を、ぺしりと、別の手が叩き落とした。

 フードで顔を隠した背の高い、男性らしき方が、オシィーフの肩をぽんと叩く。


「もう大丈夫そうですね。どうぞ、お一人でお立ち下さい」


 オシィーフへの丁寧な、だが素気の無い対応に比して。背の低いフードの女性の手を(うやうや)しく取り、ソツなくエスコートしてオシィーフから引き離し、素早く離れていくフードの男性。


「相変わらず、心せま……いや、ガードが鉄壁すぎる」


 一連を見ていた伯爵が、小さく呟いた。

次話「エピローグ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シリーズ一作目
「癒し手の偽り ~おお、悪役令嬢よ、死んでしまうとは情けない~」

https://ncode.syosetu.com/n7095ie/

ロワゾブルゥ国の話 「真実の愛の国(笑)」
https://ncode.syosetu.com/n1596if/

デュマ国の始まりの話「続きはまた明日」
https://ncode.syosetu.com/n0693ik/

つよつよヒロインのハイファンタジー 「座右の銘は常在戦場」
https://ncode.syosetu.com/n9396jc/

ジャンル恋愛 「これは政略結婚です」
https://ncode.syosetu.com/n1556iq/
― 新着の感想 ―
二人を殺して得るモノ、、メーロス夫人の言葉が罪を犯した意識をより、息子に感じさせるでしょう 十日後の馬車の事故を約束、、 親戚間だからこその表現であり、謝罪であり、離別の言葉なのでしょう。全てを表現…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ