一話 それはまるで、喜劇の一幕のような
開幕は愛の告白から。
後書きに予告があります。
とあるガーデンパーティの一角。
会場の端にあり、人がほぼ立ち寄らない場所でありながらも、きちんと整備されて色鮮やかな花々で彩られたガゼボ。
「ラブリン嬢、愛している」
それは給仕が、パーティ会場の中心から遠く離れたガゼボにいる二人を見つけて。ガラスの杯に注がれた飲み物を持って、わざわざ遠いガゼボに近づいた時のことだった。
華やかなガゼボで向き合う男女二人。
一人は品の良い礼服に身を包んだ、明るいクルミ色の髪をした青年。
もう一人は。
ビビット……いや、ショッキングピンクの髪に、軽く発光しているかのようなライムグリーンの瞳をした、ガゼボを彩るどの花よりも強烈にその存在を際立たせている令嬢だった。
青年にエスコートされ、着いたガゼボで向き合えば。ショッキングピンクの髪の令嬢がはしゃいだ声を上げた。
「こんな素敵なガーデンパーティ、連れて来てくれてありがとう!」
国でも有数の、とある商家主催のガーデンパーティ。主催者側からの正式な招待客はともかく、一般参加用の券は恐ろしい値段となっていた。
現在、庭園内を着飾って優雅に歩いている者たちは、よほどの富裕層、上流階級の上澄み。
あるいは、良い所を見せようと頑張って奮発した若者とか、一生に一度の最後の思い出に、という老夫婦とか。
ショッキングピンクの髪をした令嬢は愛らしくはあれど、給仕の目から見ても、着ている高級そうなパーティドレスには「着られている」様子だった。
そんな令嬢だったから、はしゃいだ声を上げるのも無理はない、と思い。給仕は、そんな微笑ましくかわいらしいカップルに飲み物を届けようとしただけで。
告白の最中に乱入するつもりも、出歯亀するつもりも、まったくなかったのだ。
時が止まったかのように、動きを止めて見つめ合う二人だったが。爽やかな一陣の風が吹いた瞬間、明るいクルミ色の髪をした青年が緊張した面持ちで口を開いた。
「ラブリン嬢、愛している。あなたと過ごす一時は、夢魔芥子の見せる夢よりも甘美で、慕わしい」
「……まあ、そんな……」
令嬢が頬を紅潮させ、瞳を潤ませる。
ふんわりとしたドレスについた白いレースのリボンに指をからませ、恥じらいつつも、喜びを隠しきれていない。
その様子に勇気づけられたのか、青年は思いの丈を打ち明けた。
「どうかこの私と結婚してくれないだろうか」
なおこの間、給仕は動くに動けず杯を持ったまま、自分は木、自分は石、自分は置物ー! と言い聞かせている。
「武の国デュマの、それも武門の家に生まれながらも攻撃魔法を上手く使えない私に、『人にはそれぞれ得意不得意がある、できることを頑張れば良い』と、あなたは言ってくれた」
青年の、傍らに咲いている勿忘草と同じ青色の瞳に、熱が込もる。
「あなたを愛している。あなたと一緒にいられるのならば、他には何も要らない」
「それは……!」
咲き誇る花々にも埋没しない色鮮やかな令嬢が、その場から一歩踏み出した。腕を伸ばせば、互いに抱き合うことができる距離で、明るいクルミ色の髪をした青年を見つめる。
感極まったように瞳を潤ませて言葉もない令嬢に、青年は言葉を重ねた。
「だから、私は家を捨ててきた」
「…………え゛」
「父は、どうあってもあなたとの結婚は許さない、と。母も、考え直した方が良い、と反対で。
だから私は勘当してもらい、家を捨ててきた」
いっそ清々しく微笑む青年に、ラブリンと呼ばれた令嬢がようやく口を開いた――愛らしい笑みを浮かべようとして、失敗して半笑いになってしまった表情で。
「え、なんで……いや、あの……え、これからどうするおつもりで……?」
「突然のことで驚かせてしまったか、すまない。だが、求婚しようとした時、私は考えた。
もしあなたに求婚を受け入れてもらえたならば、結婚に反対する家には戻れない。では逆に、断られたら家に戻るのか、と。
そんな不誠実で無様な真似をするような男が、果たしてあなたに相応しいのか、と」
あくまでも青年は晴れ晴れとした、どこか誇らしげな表情を崩さず――愛を語る。
「私はあなたに相応しい男でありたい。だから、家を捨てたまでのこと。大丈夫、これでもデュマの治安維持部隊第三隊の小隊長だ、あなたと一緒になっても十分暮らしていける」
任せてくれと胸を張る青年に、令嬢はしばらく視線をさ迷わせた後、俯き。
「そんな……わたし……そんなつもりじゃなかったの……」
震える声でか細く、しかしはっきりとそう告げた。
ショッキングピンクの髪をゆるりと揺らし、肩を震わせて俯いた顔を上げれば、大粒の涙がほろり、と零れ落ちる。
「ラブリン嬢……!」
「ごめ……ごめんなさい……わたしが、心細くて、頼ってしまったから……勘違いさせてしまったのね……」
先ほどまではぐいぐいと前のめりだった令嬢は、あからさまに大きく一歩下がり、胸の前で両手を祈るように組み合わせた。
「ごめんなさい……とても優しくて、頼りになる、とても良いお兄様みたいで、とても親切な方だって、つい頼ってしまったの……」
「ラブリン嬢……っ!」
青年が、思わずと言った風に声を上げて離れた距離を詰めようとするも――令嬢の祈るように組まれた両手が、まるでガードするかのように邪魔をする。
これでは、青年は近づく足を止めざるを得ない。
とても優しい、とても良い、とても親切な――令嬢の語彙はとても不足していたが、引き際を見極める才覚は充足しているようだった。
「これからも、良いお友達でいましょう……?」
令嬢はそう言って弱弱しい微笑みを浮かべ、ショッキングピンクの髪をなびかせて風のごとく素早く駆け去り。
クルミ色の髪をした青年だけが一人、ガゼボに残された。
そして、否応もなく一部始終を目撃させられてしまった給仕は。
――あ、申し訳ありません、お客様。こちらは現在、整備中で……大変、申し訳ありません、今しばらく、御遠慮いただけますでしょうか。
青年をそっとしておくという優しさを発揮し。青年がその場から動くことができるまで。
人払いという通行止めを続けた。
~・~・~
正面の、五人の成人男性が横並びで通れるほどの大きな両扉。開け放たれたそれを通れば、詰めれば千人程度は余裕で入れるほど大きな玄関ホールが広がる。
天井にはその広い空間を余さず照らす大きな、それはもう大きな鉄のシャンデリアがあった――はずが。
無残にも、床にひしゃげた姿を晒していた。
支柱はそのままに、天井に繋がる根本から砕け落ち、支えるはずの鎖も床を這いずっている。
受け皿に取り付けられた輝光石は、叩きつけられた衝撃で砕け散っていた。魔力の抜けた今では、光ることもなく白い破片を撒き散らしている。
代わりに、ガラス片がキラリと、大きく開かれた両扉から差し込む日の光を反射した。
そして。
人が。
血が。
シャンデリアの下に重なるように倒れている、二人。
一人はショッキングピンクの髪をした女性で。
もう一人は。
女性の下敷きになっている――黒髪の男性だった。
「お、おいっ! 誰か、誰か来てくれ!」
「ちょっ、無理、重……このシャンデリア、重いぞっ、この人数じゃ無理だ!」
「くっそ……剛力持ちと、念動持ちを呼べ! 治安部隊はまだ来ないのかっ!?」
ガーデンパーティから三日後の朝、とある名家の別邸で、男女二名の死亡が確認された。
治安部隊が駆け付け、シャンデリアを除けたその下から、短剣で互いに刺し合った状態の二人が発見された。
ショッキングピンクの髪のうら若き令嬢と、黒髪のたくましい体躯の青年。
仰向けの青年に、覆いかぶさるようにうつ伏せで令嬢が。
残された血痕から、二人がその場で亡くなったのは明白で。
血はシャンデリア下の二人から流れ広がり、床に引きずったような跡はなく、両開きの扉付近にも血の付いた靴跡一つない。
この状況から、互いに刺し合って心中したその後に、たまたまシャンデリアが落ちてしまったのではないか。
そう、治安部隊は判断したのだが。
「これは心中事件じゃない。殺人事件だ」
デュマ国へは親善の目的で来たという、アルナシィオン国の貴族。
現王の庶子、未来の王の異母弟、第二王子という地位から王位継承権を返上して伯爵位を賜ったという、まだ二十代半ばのシンボリック伯爵。
彼は関係者の前で、堂々とそう言い放った。
魔物植物図鑑より抜粋
「夢魔芥子」
寒冷地、高所を生息地とし、主にデュマの魔の森に生息する植物系魔物。
夢魔、の名前から効能は御察しの通りで、タチの悪い娼館では生花が飾られています。
根っこを乾燥させた粉末は水溶性で、飲むとソッチ系の良い夢が見れますが、多用すると機能不全と夢から覚めなくなるので、オススメできません。
水に溶かせば無臭ですが、味が、ねっとり油分マシマシ甘辛という、特徴的な味で。味覚障害レベルでない限り、口に入った時点で気づきます。
しかしながらすぐに吐き出しても、舌に乗ったごく少量の夢魔芥子のせいで、「良い夢」が一瞬、頭を過るのは防げません。
魔性毒性が高い魔物植物ですので、山中で大量に人間や動物が倒れている場合、すぐにその場から立ち去り、応援を呼びましょう。採取へ行くのなら、魔の山を歩き慣れしてる人を同行人にすることをオススメします。
※別名:性癖暴露草
シリーズものですが、ほぼ独立した単品です。これだけで読めますので、お気軽にどうぞ。黒髪のたくましい体躯の青年……黒髪!? っていうツッコミ、待ってます!
なお、ぽっと出の伯爵の素性をごちゃっと書いてますが、気にせず。「伯爵」に「探偵役」というラベルをペタンと貼っておけば問題ありません。
次話「犯人はこの中にいる!」
関係者を前に、一生に一度は言ってみたいあのセリフを、伯爵が叫びます、どうぞお楽しみに!




