人魚の肉
昔、日本の海辺の村には、人魚の肉を食べた女の話が伝わっていた。
女は八百年を生きたとされ、やがて尼僧となって国を巡り歩いた。
その名は「八百比丘尼」。
嘘か誠か彼女は数百年生きながらえたと言う。
やがてこの噂は海を越え、遥か西洋の地にも届いた。
不老不死を渇望していた為政者たちは、この話に強い関心を抱いた。
「人魚の肉を食べれば、永遠の命が得られる」
人魚はグリーンランド付近にいる事が判明した。
荒れた北の海で、人魚の姿を探して出航は幾度にも及んだ。
しかし彼女らは容易には捕まらなかった。
捕らえられることを恐れ、深く深く海の底へと潜っていったからだ。
人魚の瞳は怯えを帯び、歌うこともやめ、ただ闇の奥へ逃げ続けた。
けれども海の深みには、彼女らにとって過酷すぎる力が待ち構えていた。水圧が骨を砕き、血を押し出し、命は次々と絶えていったのだ。
結局人魚達は人間には捕獲されないまま全滅した。
その肉は…全て鮫が食べた。
人魚を食べた鮫とは?
「ニシオンデンザメ」
以下Wikipediaより抜粋
北大西洋全域と、沿岸沖の大陸棚地帯に生息。英名が示すように、グリーンランド近辺の海域にも分布。
緯度が北の低水温の海水であれば、浅い海域にも浮上してくる。
ツノザメ目の最大種で、最大体長7.3メートルにもなる。体色は灰色。
既知の脊椎動物としては最も長寿であり、放射線年代測定法によって推定された最も高齢な個体は392±120歳(272~512歳)であった。またメスの性成熟には約150年かかると推定されている
体の大きさに比べて、鰭と目はやや小さい。目には寄生性のカイアシ類ぶら下げていることがよくある。
その為生涯の大半を盲目で過ごす。
まるで人魚の呪いの様に……。
人魚は全滅したと書いたが、実はその後、生き残りの1体だけグリーンランドの先住民により捕獲され、不老不死を渇望する中国の皇帝へと献上されたと言う。
しかし同時に「人魚の肉を食べた鮫は盲目となり、数百年の闇をさまよい続けている」という噂も皇帝は耳にした。
永遠に生きる代償は、光を失うこと。
皇帝は恐れを抱き、ついにその肉を口にすることはなかった。
代わりに厳重に氷室へと封じ、後の世まで保管させたという。
半世紀前、冷凍庫の普及によりその肉は保存向上目的のため、ある省の冷凍庫に移されたが、中国政府の管理の不手際により、肉は行方をくらまし、噂は「ゾンビ肉」として広まった。
長く保存されすぎたその肉が、いつの間にか一般の流通に紛れ込んでしまったのではないか、と。
それが真実かどうかを確かめる術はなかった。
だが今も語られる。
世界のどこかに、その肉が輸出され、人知れず食卓に並んでいるのではないかと。
──ある日の日本の家族の食卓。
「お母さん、今日はお肉だね」
「コウちゃん、今日は冷凍のひき肉がすごく安かったの」
「へえ、どこ産?」
「そんなこと気にするようになったのね、えらいえらい。えーと、この袋を見ると、中国のようね」
「ふーん」
コウちゃんは肉団子を口に運び、しばらく噛んでいた。
「うっ……この肉、すごい変な味がする」
「えっ、大丈夫?」
「うん………でも、食べ終わったら元気モリモリになったよ!」