白い扉
病院にある開かずの扉。
細かい彫刻が施された、その白い扉は瀟洒な洋館を連想させた。
「今夜は白い扉が開いている」
それを聞いた新人看護師の春香は興味津々。
向かわずにはいられなかったが———。
白い扉
新人看護師の大槻春香(21)は開かずの扉が存在する事を知ったのは、この病院に勤め始めてから3ヶ月が経った、ある夏の日の事だった。
先輩看護師の臼杵美月(28)からその存在を教えてもらったのだ。
その開かずの扉とは、5階の1番奥にある、観音開きの古い木製の白い扉だった。
細かい彫刻が施された白い扉は美しく、病院に似つかわしくなく、瀟洒な洋館を連想させた。
この開かずの扉はいつから開かずの扉となったのかは、誰も知らない様だった。おそらく院長は知っているのだろうが、院長とは名ばかりで殆ど病院に顔を出さなかった。
外科医として医師免許は所持しているらしいのだが、普段何をしているかよくわからず、黒い噂を聞くこともあった。
「なんか薄気味悪い病院ね」
春香はそう思った。
お昼の休憩時間、ご飯を食べ終えた後、イヤホンでK-POPを聴きながら、カフェラテを飲むのがいつもの春香の過ごし方だ。
イヤホンを外し先輩の美月に話しかける。
「あの開かずの扉、やっぱり出るんですかね?幽霊とか、そっち系ですかね?」
「春香、ダメよ。そんな事に興味を持っちゃ」
「え〜。だって先輩が教えてくれたんじゃないですか?あの開かずの扉の事。すごい気になるんです」
「そうだっけ?」
「そうですよ〜」
「とにかく、その事は忘れなさい。ただの倉庫でしょ。仕事に集中しなさい。まだあなた新人なんだから!」
「は〜い」
美月は何か隠している。
春香は直感的にそう思った。「気にするな」と言われれば言われるほど気になるものだ。
確かに、ただの倉庫だとは思うけど、あの扉とても気になる。春香には何か異世界に通ずる扉みたいに思えてならなかった。
病棟が静まり返る午前3時、春香は開かずの扉に手をかけていた。
「今夜は白い扉の鍵が開いているみたいよ。でも絶対に近寄らないでね」
そのように美月から言われたのだ。我慢できない。誰も見ていないか、周囲を確認する。期待で胸が高鳴る。
しかし、ドアノブを引いてもびくともしなかった。
今度は押してみた。すると白い扉は「ギギギー」と鈍い音を立てて開いた。
「本当だ。開いている!」
しかし、そこに見えたのは煌びやかな街の夜景だった。
「えっ、外!?なぜこの様な作りに?」
次の瞬間、後ろから背中を強く押された。
「えっ!!」
その顔をしっかり目撃した。
しかし、春香の身体は空中に投げ出さてしまった。
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葬儀場にて
線香の香りが漂う中、葬儀場では春香の若すぎる死を悼む声が溢れていた。
「仕事で悩んでいて、屋上から身を投げたんですってね」
「かわいそうに、まだ若いのに。正義感のある子だったのよね」
「そうよ、臓器意思表示カードには全ての臓器にチェックを入れていたみたいよ」
「それは偉いわね。関心する」
「だから臓器は全て院長先生、自ら手術して摘出してくれたのですって。院長先生も辛かったでしょうね」
「涙を流しながら摘出手術していたって他の先生が言ってたわ」
美月は泣き真似をしながら、そう答えた。
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後日 ヤクザの事務所にて
組長、良かったですね。多臓器不全があの闇医者の臓器移植手術のおかげですっかり良くなって」
若頭の言葉に、組長はイヤホンを外した。
「ああ、ごめんごめん。何?K-POPを聴いててね」
「え、組長……? 演歌一筋って言ってませんでした?」
「そうなんだけどな。最近は全く興味がなくなって、もっぱらK-POP。それより、カフェラテを淹れてくれないか?」
「……え? いつも緑茶ですよね?」
「臓器移植をすると、ドナーの好みや記憶まで移ることがあるって言うでしょ?多分それだと思う…」
「はい……聞いたことありますけど……それに、なんか喋り方まで変わりましたよね。大丈夫なんですか、そんなんで?」
「大丈夫だよ。それより……あの医者といつも一緒にいる女、名前は何だっけ?」
「確か……美月とかいう看護師でしたね」
「……なんでか知らないけど、無性に腹立つんだよね」
組長はピストルを指で撫でながら、呟いた。
臓器に記憶が宿る話はたまに聞きますけど、それにプラスして怨念まで宿ったのかもしれません…。