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真空管ラジオ

未来の情報が聞こえる、古い真空管ラジオ…。

松本は未来の競馬中継の結果を聞き大儲けするが…。

真空管ラジオ


アンティークショップ「時の結晶」には、古い家具だけでなく、時折アンティークの電気製品も並ぶことがある。この日、店を訪れた松本武(30歳)の目に留まったのは、一台の真空管ラジオだった。彼は店主の岡本に説明を求めた。


「これは70年前の日本製真空管ラジオでして、修理済みなので一応、音はちゃんと出ます。ただし感度は悪く、AM放送のみですがね。ラジオを“聞く”というよりも、その“雰囲気”を楽しむものとお考えください」


岡本はそう言うと、真空管ラジオのスイッチを入れた。途端に、年季の入った木製の筐体から低く響く音が漏れ始めた。やがてNHK特有の落ち着いたアナウンスが流れ、続けてモーツァルトの『魔笛』から「夜の女王のアリア」が告げられた。そして、どこか不気味で妖しげな音質でアリアが店内に響き渡った。


松本は、その音色にすっかり心を奪われていた。音質は確かに良くないが、このように不思議で妖艶な「夜の女王のアリア」は初めてだった。


「このラジオ、ください!」


5万円という高額な値段にもかかわらず、松本は迷うことなく即決した。衝動的な買い物ではあったが、なぜかどうしても手に入れたくなったのだ。


松本は家に戻ると、すぐに真空管ラジオのスイッチを入れてみた。ラジオから流れてくる音は、ただ音質が悪いだけで、アンティークショップで感じたあの不思議な妖しさは全くなかった。どうやら、あの独特な雰囲気が音を特別に聞こえさせていただけだったようだ。


「また無駄遣いしちまった…」と、松本は大きくため息をついた。彼はよく衝動買いをする癖があり、お金を湯水のように使ってしまうタイプだった。給料はあればあるだけ使い切り、貯金はゼロ。そんな自分が時折、ひどく嫌になる。


しばらくの間、ラジオは部屋の隅に放置されていた。そもそも松本は普段、ラジオを聞く習慣がなかったからだ。それどころか、このラジオを見るたびに、無駄な買い物をした自分への苛立ちが募るばかりだった。


「なんでこんなものを買っちまったんだ…」


苛立ちを抑えきれず、松本は半ば乱暴にラジオのスイッチを入れ、つまみを力任せに右まで回した。すると、つまみが「カチッ」と音を立て、一周した。これには松本も驚いた。

ラジオからは、聞き慣れたアナウンサーの声が流れてきた。


「10月23日、土曜競馬中継の時間です」


松本は一瞬耳を疑った。今日は10月16日のはずだ。だが、ラジオは間違いなく来週の競馬中継を放送している。


「これは一体…?」


松本は混乱しつつも、すぐに気を取り直し、急いでレースの結果をノートに書き留めた。


「もしこれが本当なら…!」


松本はラジオのつまみを左に回してみた。しかし、左方向ではカチッと音が鳴らず、ただ静かに止まってしまった。どうやらこのラジオは、過去ではなく未来の放送しか受信できないらしい。


松本の心臓は高鳴っていた。これは単なるアンティークラジオではなく、未来の出来事を知る「魔法のラジオ」だったのだ。


10月23日、松本は場外馬券売り場に足を運び、ラジオでメモした馬券を購入してみた。驚くべきことに、すべての馬券が的中したのだ!


「当たった…!全て当たった!」


松本は恐怖と歓喜が入り混じる中、ラジオは競馬中継だけを聴くことにした。これ以上、未来の情報に深入りするのが怖くなったのだ。ゼロだった貯金は見る見るうちに増え、ついには666万円に達した。しかし、その瞬間、再び異変が起きた。ラジオが突然、未来の放送を受信しなくなり、現在の放送しか聴こえなくなってしまったのだ。


「まあいいさ。666万円もあれば、相当遊べる」


松本はどこか諦め混じりに、手に入れた泡銭を使い切ることに決めた。うまいものを食べ、キャバクラや風俗に行きまくり、散財の限りを尽くした。競馬も続けてみたが、自分の予想はことごとく外れ、過去のような幸運は訪れなかった。


そして、貯金残高はあっという間に0円になった。


残高が0円になったところまではまだ良かった。だが、派手な生活がどうしてもやめられなかった松本は、ついに消費者金融に手を出してしまった。借金は雪だるま式に膨れ上がり、最悪の時には666万円という不気味な数字に達していた。


相変わらずラジオは現在の放送しか受信できなくなり、未来の放送を聞くことはできなかった。「666」という悪魔的な数字が何を意味するのか、松本にはさっぱり分からなかった。ただ、背筋に寒気が走るのを感じた。


そこから松本の生活は一変した。借金を返済するため、必死で働く日々が始まった。1日1食に耐え、仕事が終わった後もアルバイトに励むようになった。体はボロボロになり、心もすり減っていったが、それでも何とか借金を完済したのだ。


借金がゼロになった瞬間、思わず涙が溢れ出た。


不思議なことに、貯金が666万円に達した時よりも、借金を全て返し終えた時の方が遥かに嬉しかったのだ。


「666」という不吉な数字は、どうやら未来の自分が借金できる限度額だったのかもしれない、と松本は思った。


思い返せば、すべての元凶はこのラジオだった。このラジオが引き起こした不思議な出来事の数々によって、どれだけの苦労を強いられたことか。


少し感傷的になった松本は、懐かしさに駆られて久しぶりにラジオのスイッチを入れてみた。


音が流れるのを待ちながら、あの日の衝動買いがもたらした出来事の数々を思い出し、ため息をつく。


ラジオのスイッチを入れると、驚くべきことに再びモーツァルトの「夜の女王のアリア」が流れ始めた。


松本はその瞬間、全身に寒気が走り、思わず身震いした。恐怖に駆られ、慌ててつまみを回して曲を変えようとした。


「8月3日、土曜競馬中継の時間です」


耳に飛び込んできたのは、またしても来週の競馬中継の放送だった。


松本は過去の苦い経験が一気に蘇り、胸が締め付けられるような思いに駆られた。


もう二度と、あんな思いはしたくない。


「うぉーーー!!!!!」


恐怖に襲われた松本は半狂乱になり、叫び声を上げた。


しかし、どれだけ怖くても、競馬の結果をノートにメモする手だけは止めることができなかった。


借金を返済して安心したところで、地獄の底へと突き落とす。


ホラー小説の常套手段ですが、架空の人物と言えども少し心が痛みます。(笑)

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