第2話:収束、そして始まり
霊は消えた。炎も静まり、空気はやっと落ち着きを取り戻す。
アパートの一室に、妙な静けさが漂っていた。
犬養 悠真は、まだ部屋の中央に立ち尽くしていた。
視界に焼き付いた“あれ”――霊の奥に見えた、地面のようで地面ではない“裂け目”。
(もう……見えない。でも……)
焼け焦げた床の隙間に、何かが残っている気がする。
視線を向けても、そこにはもう何もない。
……はずなのに、どこか“奥”がざわついていた。
「“視ノ眼”は、霊だけでなく、“地獄”すら見るのか」
ぽつりと、誰かが呟いた。
九条 明鏡だった。
その目は、まるで“答え合わせ”をするかのように、悠真の表情を読み取っている。
「今回の霊障は、仮初のものでしかない。
本体は、おそらく……“向こう”にいる」
「向こう……?」
悠真が反応するより早く、陽菜がズカズカとやってきた。
「とりあえず、任務完了だよね? 私、お腹すいたんだけど! ね、ラーメン行こ! ラーメン!」
「はしゃぎすぎです陽菜ちゃん。悠真くん、今日は大丈夫? 精神的に」
澪が白蛇を肩に戻しながら、やさしく問いかける。
「え、あ、うん……ていうか、みんな普通に話しかけてくるな……」
「ま、巻き込まれたらもう仲間みたいなもんでしょ?」
宗像 迅が軽く肩を叩く。
「国家指定霊能力者とか、どんな響きか知らんけどな〜。でもお前、なかなか“見えてる”じゃん」
「……だから、それがなんなのか……俺にもよくわかんないけど……」
悠真は、思わず口ごもる。
わかっているのは一つだけ。
あの“裂け目”は、誰にも見えていなかった。
自分の左目――視ノ眼だけが、あれを捉えていた。
九条が近づき、改めて告げる。
「犬養 悠真。君の力は、国家管理対象の枠を越えている。
現時点で、君は《SPEC》の臨時協力者として登録された」
「……なんだよそれ、勝手に……」
「勝手ではない。君が視たのは、“世界のひずみ”だ」
視ノ眼を持つ者にしか見えない、異常の兆し。
誰にも気づかれず、だが確かに世界に穴を開けている“何か”。
悠真は、言い返せなかった。
言葉よりも、あの“目に焼き付いた裂け目”が、すべてを物語っていた。
「これが日常かと思っていたなら、残念だったな」
九条は静かに告げる。
「君の非日常は、もう始まっている」
* * *
帰り道。夜風が肌寒い。
悠真は一人、駅までの道を歩いていた。
(霊なんかより、もっとやばい何かが……あの奥にいる)
(それが、なんなのかはわからない。でも……)
ポケットの中で、小さく震えていたスマートフォンを取り出す。
通知は、未読のニュース。
【沖縄県で失踪者急増。県知事が政府に協力要請】
その一文を見て、悠真は足を止めた。
(……沖縄って、やっぱりヤバいとこなのか?)
どこかで、何かがつながりはじめている気がした。