7.全知全能の神様
(リル、まだ起きてたら散歩に付き合ってくれないか……?)
一通り話を聞き終え皆が寝静まった深夜。カイは脳内でリルへと問いかけた。
「勿論です」
自分で問いかけておいてあれだが、まだ寝ていなかったのかと驚くと、リルは即返事をした。
「実は、私もカイさんも眠る必要はないんです。ただ『チキュウの生物は寝る事で疲労を回復し、情報を整理する』とのデータがあったのでカイさんにはあえて言いませんでした」
(なんだ……それならそうと先に言ってくれよ。生憎と、見知らぬ土地に放り出されて眠れるほど暢気な性格はしてないんだ)
「それは失礼しました。次からは気を付けますね」
あまり遠くへ行ってはミラヴィスが気付いて心配するかもしれないと、カイはすぐ近くの小川で立ち止まった。ここなら話を聞かれる事はないだろう。
「なあ、正直に答えてくれないか。俺をこの世界に送った神は……本当にこの状況を知らなかったのか?」
「……私が知る限りでは『魂の総量が減少している』とだけ。原因までは知らなかったようです」
主を疑われていると感じたのか、心なしかリルがむっとしたような表情で返答をした。その様子にカイは言葉選びを間違えた事に気付き、慌てて補足した。
「いや、リルの主を悪く言うつもりはなかったんだ、すまない。ただ転生初日の俺ですらこれだけの情報を得られたのに、神様がなにも知らないなんてありえるのか?と思って……」
「それは逆です、カイさん。我が主達は『この世界を創造』出来るほど強大な力を持っている為、自らこの世界に降り立つ事は叶いません。ですからその代わりに神獣を代理人として送り込んでいるのです。それでも十二体の神獣がこの世界の全てを見る事は叶いませんし、なにより……」
「なにより?」
「他の神獣は恐らくこの件に深く関与していないと思います」
「……どういう事だ?」
「この世界の主神……我が主の上司のような立場の者は基本『この世界は被造物である人間達に任せ、自分達が介入するべきではない』という考えを持っています。その神から生み出された神獣も当然その考え方を持っているので……」
「流行病だと思ってるうちは首を突っ込まないから、おかしい事にすら気付いていないって事か」
「はい、その通りです」
「なるほどなあ、少し合点がいったよ。俺が元居た世界、特に日本では……、なんていうのかな。この世界みたいに本当に神様が居るって確信してる人は多分ほとんど居ない。大半が『人間が心の支えにしたり、道徳心を養う為に生み出したキャラクター』程度に思ってるんじゃないかな。だから力が強いとか介入しないとか、そういう具体的な理由は考えた事がなくて、ただ『神様は全知全能の存在』くらいの認識だったんだ。……なあ、失礼ついでにもう一つ質問なんだが……、普通、原因不明の段階で異世界から魂を連れてこようとするか? 魂の総量が減少して困るのは分かる。だけどそれなら、原因の解明と再発防止を行ってから補充しないか? 今補充したって減る一方だろう」
「申し訳ないのですが、我が主のお考えは私には分かりません……、生み出されてすぐカイ様付きとなったので、主と直接言葉を交わした事がないのです。私が持っているのはあくまで主が許した範疇の『情報』だけでして」
まだまだ言いたい事は山ほどあったが、しょげるリルの姿を前にカイはなにも言えなくなった。上からは情報を与えられず、下からは責められる。まるで中間管理職を見ているようで、いたたまれなくなってしまったのだ。
「……今更どうこう言ったって来ちゃったもんは仕方がないよな。悪かった、今の話は忘れてくれ。……にしても参ったな。『死ぬ時に魂が消滅する』んだと思ってたけど、この村の占い師の言う通り実は『発症した時から少しずつ魂が壊れていく』んだとしたら、症状を食い止めたところで壊れた魂は元に戻らない。欠けた魂を修復する術も見つけなきゃならないからな。……なあリル、俺はこれからどうしたらいいと思う?」
「どう、とは?」
どういう意味か分からない、とでも言いたげな表情のリルに、カイの方が首を傾げてしまった。
「だから……他の神獣も気付いてないような情報を掴んだんだから、それを元に神獣を説得して協力しよう、とか、それよりも目先の患者を助ける為に世界中を旅するべきだ、とか。そういう話だよ」
「……この世界でどう生きようとも、全てはカイさんの自由です。私や主の意見を聞く必要はありませんよ?」
「いや、感染?したら魂が消滅するんだぞ? なにもしないで見てる選択肢はないだろ?」
「それはカイさん自身も感染するかもしれないから、という事ですか? それなら安心してください、神獣の魂は特殊で、人間とは違います。つまりカイさんがこの奇病に感染する可能性は限りなく低いという事です」
「お前……それ本気で言ってんのか!?」
思わず声を荒げてしまったカイに、リルはびくりと身体を震わせた。遠くで鳥が羽ばたく音ではっと我に返って慌てて口を閉じたが、村の方もにわかに騒がしくなってきた。恐らくミラヴィスが目を覚まし、カイが居ない事に気付いたのだろう。
「……大きな声を出して悪かった。だけどリル、これだけは言っておく。俺を他の神獣と同じだと思うな。俺は元々人間だ。ミラヴィスを初めとするこの村の人達と関わって、どんなに恐ろしい症状なのかも理解して。その上で『自分は感染しないから大丈夫』なんて暢気に異世界を堪能すると思ったら大間違いだぞ。知ってしまった以上見過ごせる訳がないんだ。……たとえ俺の為を言ったんだとしても、正直今の言葉は不愉快だ」
なにも言わないリルに、カイは「今日は散歩に付き合ってもらって悪かったな」と言い残して村の方へと踵を返した。ミラヴィスの気配がすぐそこまで迫っている。彼女と顔を合わせる前にこの苛立ちをかき消さなければならない。そう思いながらも『気配を感じる』というその能力自体が、高見原海と今の自分の違いを浮き彫りにさせ、カイの心を余計乱すのだった。