6.占い師の婆様
ミラヴィスは「神獣様の治癒魔法が効果があったというのは、非常に重要な情報です」と、報告の為に明日王都に戻る事に決めたそうだ。信憑性を持たせる為に同行してくれないかと請われた為、カイは二つ返事で頷き、可能な限り今日中に村で情報を集める事にした。ミラヴィスの方でも既に聞き取りを行ったらしいが「魂の総量減少」という事態を知っているカイだからこそ気付ける点があるかもしれない。
まずは発症時期について。今から半年ほど前に発症し、最初の人物と最後の人物の発症タイミングにはおよそ一ヶ月——この世界の一ヶ月は三十日らしい——の開きがあるとの事だった。
汚染された水や傷んだ食べ物といった不衛生なものを口にしたのが原因かと思ったけれど、同時期に口にしたにしては一ヶ月の誤差は広すぎる。その上この村の衛生状態の良さも昔から変わらないとの事で、この線は薄いのではないかとカイは感じた。
一方で半年前に複数人が発症して以降、新規の患者が増えていないという事は人から人への感染とも考えにくい。
とはいえ、医学的知識があるわけでもないカイにはこの情報だけで結論を出す事は難しく、次に症状について聞き取りを進める事にした。
「最初は疲れが抜けないと言ってて、私は年のせいだろうと思ったんだ、です」
神獣を前にしているからか、最初に発症した男性の妻だという女性は、やや不自然な口調で話し始めた。カイとしても内容に集中したかった為、楽に喋って良いと告げると、ほっとしたように先を続けた。
「でも段々と……なんて言えばいいのかね。旦那が旦那じゃなくなっていったんだ」
続きを促すミラヴィスに、女性は言葉を探すように目を泳がせた。
「美味しい美味しいって食べてた私の料理にも、なあんも言わなくなって。孫の話にも興味をしめさない。この間なんて、なんだったか……昔の話をしたら『そんな事あったか?』なんて。旦那の方が私よりも物覚えが良かったから、もうびっくりして」
他の患者の家族からも似たような証言が相次いだ。
体は確かにそこにあるのに、中身だけが少しずつ失われていくような症状、とでも言えば良いのか。疲れやすくはなるものの、日常生活にはそこまで支障がなく、記憶や感情などその人の個性が徐々に薄れていく。進行が早い者はそこから更に身体が衰え、他者の識別が困難になり会話もろくに出来ず、最期は眠るように亡くなる……と。
「進行速度は違いますが、皆さん同じような症状の進行を辿るのですね」
リルの言葉に、カイは頷いた。まるで認知症のような症状だ、とは思ったものの、魂云々については全く手がかりが得られない。詐欺神が言っていた話とこの事象を結びつけて良いものか悩んでいると、ミラヴィスが口を開いた。
「つい先日、私が村に着いた直後に占い師の婆様が亡くなったんです。婆様もこの病にかかっていたらしいんですが……おばちゃん、婆様はなんて言ってたんだっけ?」
ミラヴィスの言葉に、最初に話してくれた女性が「『魂が食われている』って、言ったんだ……」と震えながら呟いた。
周囲の村人達も「そうだ、そういえば婆様はそんな事を言っていたな……」と不安げな表情で同意した。聞けば占い師は最初期に発症したらしく、その発言も、まだ比較的元気な頃との事。
ただ、占い師という職業柄か、日頃から比喩的表現が多い人だったから皆気にも留めず「体調の悪さをそう例えた」と解釈していたようだ。でも今になって振り返ればこの病気の特殊さを見透かしていたようで不気味だ、と。
魂が食われる。その言葉を聞いた瞬間、この世界の神の発言が頭の中で再生された。
『我々の世界の、魂の総数が減少してまして』
この世界にこんな病気は存在しないはずだというリル。そしてこの世界の神と、占い師の発言。偶然にしては出来すぎだ。やはり、この病気が世界の滅亡に繋がる理由と考えて良い気がする。
だけど現状、発症原因は皆目見当がつかない。
手がかりといえば、カイの治癒魔法が多少なりとも効果があった事くらいか。神官の治癒魔法が効かなかったという事は使い手が『神獣』である事が重要なのかもしれない。
それもまた、これが普通の病気とは少し違うという証明になりそうだった。