5.存在しない病気
「薬草が効かない? そんなに重症なのか」
「……人から人への感染はしないものの、薬草や薬、治癒魔法も浄化も一切効かず、発症から半年から一年ほどで亡くなってしまう病です。病、とは言っておりますが原因は不明なので、実は邪術の類いという可能性もあります。ここ数年で流行り始めた奇病の為、帰省も兼ねてはおりますが、王国騎士として正式な調査任務で派遣されたのです。しかし同行した神官もお手上げとの事でして……。公私混同で恐縮なのですが、もはや頼れるのは神獣様のお力だけだと思い、森で祈祷をし、帰り際に薬草を摘んでいたところだったのです」
リルの声が耳元で囁く。
「チキュウよりも医学が発達していませんから原因が特定できないのも、それ故に薬の類いが効かないのも仕方がありませんが、神官の治療魔法や浄化も効かないとは穏やかではありませんね。私が知る限りこの世界にそんな病気は存在しないはずです」
「案内してくれないか、その村に」
リルの説明から、村でよくない事が起こっていると感じたカイは、ミラヴィスにそう告げた。
「ほ、本当ですか!」
「詳しくは言えないが……、多分これはただの病気じゃない、と思う。俺が調べようとしてる事に関連してそうだし、状況は把握しておきたい」
ミラヴィスは一瞬「本当に頼っていいのだろうか」という表情を見せたが、すぐに頭を振ってカイの方を見据えた。
「ご案内させていただきます」
ミラヴィスの生まれ育った場所は、確かに村と呼ぶに相応しい小さな集落だった。といっても、日本人の感覚を有したカイから見ても衛生状況が突出して酷いとは思わない。きちんと飲み水は川から引かれ、排水は深く掘られた溝へと流し込まれているし、通りを歩く村人の服も「一体いつ洗ったのか?」と眉をひそめるほど悪臭を放つものではない。罹患した者と無事な者の生活空間もそれなりに区切られていた。
村へと足を踏み入れたカイの姿に驚き、次いでその場で頭を地面にこすりつけんばかりに平伏する村人を宥め、まずは罹患した者が身を寄せる建物へと案内してもらった。
ここへの道中、既にリルから治癒魔法についての説明は受け、ミラヴィスに断りを入れた上で練習をしながらやってきた。実際に怪我人に行使したわけではないのでどの程度の効果があるかは不明であるものの、ひとまず前足の肉球から魔法を発動する事には成功した。リルも頷いた辺り、まずまずといったところなのだろう。遠隔での発動は今後の課題だ。
「……入れそうにないな」
案内された建物の入り口を前にカイが呟くと、ミラヴィス主導の下、村人達が外まで患者の二人を運び出してくれた。この村で一番最初に倒れた人物と、最後に倒れた人物との事だ。
「……いかがでしょうか」
「うん……」
カイは手始めに、最初に倒れたという人物に対し治癒魔法を行使してみた。肉球からは間違いなく魔法が発動し、体内へと作用しているのは感じられた。だが、患者の容態に変化があるようには思えない。
「魔法が身体をすり抜けるような事もなく、間違いなく体内を循環している、という事は効いてはいるみたいです。でも完治する気配はありません。一時的に好転しただけ……多分もって一年程度でしょう」とリル。
それをそのままミラヴィスに告げると「それでも大進歩です」と涙ぐみながら礼を言われた。隣で様子を見ていた神官も「本当に……奇跡を見ているようです」と感嘆の表情だ。その発言に、この人物に残された時間がわずかだったのだとカイは察した。
カイには治癒魔法と浄化の発動方法の違いが今いち理解出来ず、浄化は試せそうになかった為ひとまず村に居る患者全員に治癒魔法をかけるに留めた。それでも全員の寿命が多少延びた事に、ミラヴィス含め村人全員が感謝をしてくれた。
「人によって延命期間に差がありますね。亡くなるまでの期間にもばらつきがありますし、進行速度が違うのでしょうか」
リルの言葉にカイは頷いた。治癒魔法の行使とそれを分析したリルの言葉から考えるに、若者の延命期間は長く、反対に高年の方にはあまり効果が見られないようだ。改めて振り返ると、治癒魔法を発動した際の感覚にもばらつきがあったように思う。高齢の方の方が、魔法が浸透しにくい、と言えば良いのか。とにかく不快な感覚だ。