4.太陽の国、ソラーナ王国
「……ん? 待て、さっきの話だと、神獣は全員空想上の生物って事だよな。俺は? どうみても犬か狼って感じなんだが……」
「はい。元々神獣を十二体作るという話になった時、真っ先に候補に挙がったのが十二支だったんですが、人間に馴染みのある生物を神獣にしてもありがたみが薄れるだろう、と却下になったのです。ただ、我が主は犬や狼が大層お好きで……『もふもふの、人なつっこい神獣が居ても良いではないか』と常日頃から不満を漏らしていたのです」
「おい、つまりあの詐欺神の好みで俺はこの姿になったって事だよな!?」
「あ、で、ですがカイさんも犬はお好きだと……!」
「犬を可愛がるのが好きなんであって、自分が犬になるのとは訳が違うだろ! ……いや待て。それならどうしてミラヴィスは俺が神獣だと思ったんだ? これだけの神獣オタクなら、俺が伝説に語られる神獣に当てはまらないって分かるよな?」
「ごほん、神獣様は皆、純白の体毛と、光り輝く模様をお持ちです。多少お姿が異なっていたとしても、その特徴は間違いなく神獣様の証! むしろ初めて顕現された神獣様と対話をするという全人類垂涎の機会を与えられ、このミラヴィス、非常に感激しております……!」
「あ、う、うん……」
リルとの会話に突然割り込んできたミラヴィスの熱量に若干ついていけなかったものの、必要な情報は得る事が出来た。彼女の言う通り、確かにさっき湖に写った自分の姿は格好良かった……、とカイも思う。ナルシストと疑われてもおかしくない感想だが、まだ犬になって日が浅いのでどうしても他人事のように判断してしまうのだ。
「ところで、神獣様はどうして叫んでいたのですか? なにやら元は人間だったというお話が聞こえたような……」
「……まあ、そういう事だ。人間のまま生まれ変わると思ったらこの姿だったものだから、ちょっと神にぶち切れていたところだったんだ。騒いですまなかった」
「そ、そうでしたか。それは私でも怒りますが……あ、いえ、神獣様に転生出来るのであればむしろ誇らしい気持ちに……?」
「確かにこの世界の者なら嬉しいのかもしれないが、俺は異世界生まれなんだ。……申し訳ないが神獣に対する尊敬の念とか、そういうのも分からない」
普通、会ったばかりの人間にこういう事を言うものではないのだろうが、心がささくれ立っていたカイは愚痴混じりにそう告げた。神獣のファンであれば多少アレな発言をしても全て信じるだろう、という計算もなくはない。
「なるほど、右も左も分からぬ土地で、自身の身体すら慣れ親しんだものでないとなるとお怒りはごもっともだと思います。……ですが大変言いにくいのですが、神獣様のお力は常人のそれとは違いますから、咆哮一つでも天災になる恐れがありまして……」
「……うん、尻尾の強風で痛感したよ。なるべく気を付ける。とはいっても、尻尾なんて今までなかったからどう制御して良いのやら……、暫くはなるべく喜ばないようにするしかないかな。……ところでミラヴィス、君はええと、ソラーナ王国?の人なんだよね? 元々森でなにかをしてたみたいだし、邪魔して悪いんだけど少しこの国の事を聞いても良いかな」
「勿論です。ソラーナ王国は別名太陽の国とも呼ばれる大陸の東部に位置する大国です。東は大海に面していて主要な港も三つあり、交易が行われています」
ミラヴィスは手短に、しかし分かりやすく説明を始めた。
「内陸部には肥沃な平野が広がっていて、酪農も有名です。特に南部は上質な小麦が採れる事で知られています。首都ソラルタは大陸屈指の商業都市で、港町として栄えるベイクレストと並んで、国の二大都市となっています」
「なるほど。海も畑もあるのか」
「はい。通貨は自国で発行したものを使用していて、信頼度が高いので近隣諸国でも採用されています。一番小さい鉄貨が十枚で銅貨一枚。以降、青銅貨、銀貨、金貨と続きます。庶民が買う黒パン一個が三鉄貨、富裕層が購入する白パンが一個二銅貨くらいが相場です。……神獣様にはあまり関係がないかもしれませんが」
ミラヴィスの言うとおり今後自分で買い物をする事が出来るのかという問題はさておき、通貨事情は国勢を知るのに重要な要素だ。とはいえ黙々と説明されてもピンと来ないので、まずは現代日本の物価と比較する事に。黒パン一個が三鉄貨……一番低い通貨を十円相当と仮定すると、およそ三十円? 白パンが二百円と考えればそこまで乖離はないような気はするが。
「そのご認識で問題ありません」
耳元で囁くリルに、心の中で礼を言っておく。心の中を読まれる忌避感はさておき、話の腰を折らずに確認が取れるのは便利で良い。
「移動についてもかなり配慮され、主要な街道は整備されて定期的に乗合馬車も走っています。港町間は船の往来も頻繁です。ただここ数年は陸路でも海路でも、魔物の活動が活発になってきているので腕に覚えのある者でも一人旅は危険です。護衛を雇うか、乗合馬車を利用するのが良いかと」
「魔物か……。それなのにミラヴィスは一人で森に?」
「私はこれでも王国騎士団所属ですから。それにこの森は元々神獣様の聖域。動物はともかく魔物の類いは入って来られませんので、子供や女性でも比較的安心して立ち入る事が出来るんです」
やけにすらすらと説明が出てくるなと思えば、騎士だったらしい。もしかしたら任務であちこちに赴いたり、外国から来た人に説明したりする機会が多いのかな、と勝手に納得しておいた。
「なるほど……それで、森でなにを? 聖域の調査も騎士団の仕事の一環とか?」
「ええ、騎士団の仕事は主に魔物の討伐や治安維持、要人の護衛です。今日は生まれ故郷へ一時帰省をしていたんですが、村全体で病気が蔓延していまして……こうして薬草を採りに。と言っても、効果がないのは分かっているんですが」