1.神からの移住提案
海は今、神から二度目の人生を提案されていた。
「……という訳でして、こちらに居るいわゆる『異世界の神』が貴方に対して、彼が管轄する異世界『アキスフィア』への移住転生を提案しています。受けるも受けないも貴方次第ですが、まずは話を聞いてあげてもらえますか?」
「あ、はい……」
頷いてみたものの、さっぱり分からないのでまずは話を聞く事にした。地球の神? いや、装束的に日本の神であろう人物から視線を逸らし、隣に居るいかにも西洋!な装いの人物の方を見る。
「初めまして、タカミハラカイさん。突然の提案に戸惑っているでしょうが、どうか私達を助けると思って話を聞いてください。……実は今、私達の世界が滅亡の危機に瀕しています。ですがその理由はさっぱり分からないのです。助けると思って、移住をしていただけませんか」
「……いや、さすがに滅亡の危機に瀕してる世界に行くのは……」
異世界ものが強制召喚か、強制転生から始まる理由はそれか、と海は腹落ちした。滅亡寸前の世界にせよ魔王討伐にせよ、平和とはほど遠い世界だと聞いて「分かりました」と即答出来る人はまず居ない。
「あ、待ってください待ってください。ええと、あ、滅亡、というのは語弊がありました。目に見える危機、例えば魔王の復活?とか、そういう類いではないのです。ただ、我々の世界の、魂の総数が減少してまして」
「はあ」
「言いたい事は前もってまとめて置いた方が良いですよ」とは口にこそしなかったものの、内心思っているのがありありと分かる相づちを打ってしまった。だけどこればかりは仕方がないだろう。どう考えても海に断られる雰囲気を察して、印象を良くする為に慌てて言い直しただけに思えてしまう。
「魂が消失した人物は、一度死ねば生まれ変われないという事です。一年、二年でどうにかなる事はありませんが、数十年後には目に見えて人口が減るでしょう。しかし、その理由がさっぱり分からない。ですからまずは他の世界から移住してくれる人を募集し、魂の減少を抑えつつ、ゆっくりと原因調査をしたいのです」
要するに時限爆弾のような危険な事がある訳ではなく、人口減少による緩やかな滅亡。であれば確かにそこまで警戒する必要はないと思えるけど、逆に言えば異世界に移住するメリットもまるでない。
「理由は分かりました。……まあ、死なない限り害がないと言うのであれば、考える余地はあると思います。どうせ生まれ変わる時に記憶は消えるでしょうし、死んだら最後って意味では今までと変わらないので……。でも、移住したくない理由がないから移住します!とはなりませんよね?」
「おお、ありがとうございます! えっとですね。今移住を承諾してくださるなら、タカミハラカイさんが望む能力を一つ授けます。それから、タカミハラカイさんの人生や、このやり取りの記憶を保持したまま転生する事が可能です」
それなら少しはメリットがありそうだ、と海は頷いた。能力次第ではいわゆる異世界に召喚された勇者のように、チートな人生を送る事も出来るかもしれない。
先程までの人生では人並み以上には稼いでいた。だが、それだけだった。稼いだ金を使う事なく死んでしまっては元も子もない。今度の人生では面白おかしく生きたい。だけど大前提、やはり金は必要だ。生活に困るようではそれも出来ない。なにか秀でる能力があれば、適度に稼ぐ事が出来るんじゃないだろうか。
「ちなみに、どんな世界ですか? この世界よりも科学が発達してるのでしょうか。それともえーと、中世っぽい、いわゆる剣と魔法のファンタジー世界ですか?」
先ほど魔王が云々と言っていた神になら、「剣と魔法のファンタジー世界」でも十分通じるだろう。そう思っての質問に、案の定神は頷いて「剣と魔法のファンタジー世界に近いですね」と答えた。
「この世界のように科学は発展していません。勿論医術もです。ですが代わりに魔法があるので、怪我や病気で死ぬ率はそこまで大きく変わらないのではないかと」
その言葉に海は頷き、どのような能力が良いか頭の中でシミュレーションをし始めた。
(剣と魔法のファンタジー世界には憧れるけど、やっぱり日本で生まれ育った俺が衛生状態が悪いだろう世界に転生しても精神的に耐えられそうにないし、魔法で治せたとしても病気になる率が高いのは嫌だ。となると俗に言う生活魔法……クリーンなんかが使えた方が良いのか。いやでも、剣と魔法のファンタジー世界だぞ。魔王ってワードが神から出てくるあたり、それに近しい、魔獣とかそういう危険な種族は居るんじゃないか。なら攻撃魔法が使えた方が良いのか? ……いや、魔法は詠唱中に弱そうなイメージだし、やっぱり力も強くないと有事の際に困るよな。……ん? 待てよ。ようは死ぬ数が減れば人口減少ペースも抑えられるんだから、治療魔法的なものが使えた方がこの人の悩みは緩和されるんじゃないのか?)
一向に答えが出せずぐるぐると頭の中で考え続ける事暫し。海の決断を待ちきれなかったのか、痺れを切らしたように異世界の神が口を開いた。
「分かりました! タカミハラカイさんの考えはとてもよく伝わってきました。……貴方自身の事だけでなく、私の悩みについても考えてくれた貴方に敬意を表して、全魔法に対する高い親和性、そして高い身体能力を付与しましょう。文句はありませんね?」
「え、ほ、本当に良いんですか? 全魔法って……それだけでも何個もありますよね」
確か望む能力を「一つ」、と言っていたはずなのに。そう思って確認すると、異世界の神は満面の笑みで「問題ありません」と言い切った。
「私からのほんの気持ちだと思って受け取ってください。正直、本当に移住を決断してくださる方が現れるとは思っていなかったので。……ところで、犬はお好きですか?」
「犬、ですか? 勿論大好きですけど。……あ。いや、待ってください、まだ移住するとは言ってないです、どんな能力が良いかな、と考えていただけで……」
「さあ! 改めまして私達の世界『アキスフィア』をよろしくお願いいたします。あ、出来れば魂が減ってしまう原因も探っていただけますか。きっと心優しいタカミハラカイさんならやってくれると信じています、本当に、本当にありがとうございます!」
そんな図々しい声と共に、海の視界はぐにゃりと歪み、次の瞬間よく分からない力に後ろへと吹き飛ばされた。
「押しが強い神め!」と思った海だったが、ここで下手な事を言って能力の付与を取り消されてはたまらない。結局、文句の一つも言う事も出来ずに成り行きに身を任せたのだった。