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9.宿場町フォークロス

 街道に添う形で発展した宿場町をいくつか通り過ぎたところで、次の町が他よりも大きな宿場町だからそこに泊まろうと神官が言った。まだ日が高い事もあり、せめてその次の町までは行くべきだという騎士達の意見に対し「神獣様が居るのに小さな町に滞在する訳にはいかない」となにがあっても譲らない。結局、馬車の件で神官が折れた事もあって、次の大きな宿場町が今日の目的地となった。


「……これからきっと騒がしくなるかと思いますが、私共がどうにかいたしますので、何卒ご容赦を」


 馬車を降りた途端、そんな不穏な発言を残して神官はミラヴィスと共に宿場町入り口の守衛へと近付いていった。これまでの宿場町でも、カイの姿を目にしたらしい人々のざわめきが耳に届いていたので「そんな大げさな」とはもはや思えなかった。通り過ぎるだけであの騒ぎ。泊まるとなればそれなりの騒ぎになるのだろう、多分。


 それでも、騒がしくなるだけだと思っていた。それがまさか、待てど暮らせど二人が戻ってこず、町に入れてすらもらえないとは。こういう時、良い感じに暇を潰せる読み物や音楽が恋しくなるが、残念ながらこの世界にスマホは存在しない。当然、LIMEのようなコミュニケーションツールもないから「どんな感じ?」とミラヴィス達に聞く事すら出来ない。


 その上、手持ち無沙汰で隣に居る騎士へと視線を向ければ、身体中に緊張を滲ませながら「お、遅いですね……」という反応。世間話の一つも出来そうにないと判断し、カイはリルと話す事にした。うっかり声に出して返答してしまいそうで道中はあえて話しかけていなかったのだが、この状況では仕方がない。




 ミラヴィス達が戻って来たのは、それから三十分後——カイの体感——だった。既に日は暮れ始めており「もし次の町でも似たような対応だったら」と考えると神官の判断が正しかったな、とカイは納得した。


「遅くなり大変申し訳ございません!」


 平身低頭して詫びる神官の隣には、見覚えのない一人の男性。今朝出発した村人達に比べて身なりが格段に良いのは大きな町だからか、それとも権力者だからか。


「いや、大丈夫。それより本当に良いのか? これだけ時間がかかったって事は、俺を入れる事に反対されたんじゃ……?」


 後者だろうと当たりを付け、神官に話しかけている体で男性に問えば、こちらも慌てたような声で説明を始めた。


「と、とんでもございません! 生憎と、神獣様をもてなせるだけの施設がございませんで、急遽用意したところでして……」


 正直、自前の毛のお陰で地面に寝っ転がっても痛くもかゆくもない自信はある。むしろその為に外で何十分も待たされる方がしんどいのだが、カイの為を思ってしてくれたのであろう人々に本当の事を言う訳にもいかない。結局カイは笑み——相手に伝わっているのかは分からないが——を浮かべて「ありがとうございます」と答えるに留めておいた。


「改めまして、フォークロスの領主、アーサー・クロスフィールドでございます。滞在中は、我が屋敷にお泊まりください」


 そう言って案内されたのは、他の建物に比べて数段大きな屋敷だった。門や扉も高く広く、カイの身体でもなんとか通る事が出来た。


 ミラヴィス以外の騎士達は物資の補充の為に買い物へ。カイも町の中を見て回りたいと思ったが屋敷に入るまでに感じた熱い視線の数々を思い出し、混乱を招きそうだと断念した。どうやらカイが思っていた以上に人々は神獣に興味があるようで、この先の人生……いや、犬生に不安しかなくて転生二日目にして心が折れそうになる。


 そんなカイの様子に気が付いたのか、ミラヴィスが「カイ様、大丈夫ですか?」と気遣ってくれた。こんな事を相談してはミラヴィスの中の神獣像を壊しかねない。そう思って一瞬悩んだものの「ええい、知るか!」と素直に心中を吐露した。


「なるほど、確かに今まで普通の生活をされていたのであれば、今の状況に不安を感じるのはもっともかと。……そうですね……、では、魔法を学ばれてはいかがでしょうか?」


「魔法は確かに大事だろうけど、それが俺の不安を解消してくれるのか……?」


「神獣様が魔力暴走など起こした日には、我々人間なぞひとたまりもありませんから。安心して町中を探索する、という意味では重要だと思いますよ? それに、聞くところによると周囲の者の認識を阻害する魔法もあるとか。神獣様なら身につける事が出来るのではないでしょうか?」


 ミラヴィスの言葉にカイは目をしばたたかせた。認識阻害の魔法……使いこなせれば、どこへ行っても騒ぎにならずに済むかもしれない。


「それは……姿を透明にしたりする魔法なのか?」


「そういった魔法もありますが、カイ様の悩みを解決出来るのは『認識』そのものに干渉する魔法だと思います。具体的には……」


 ミラヴィスは周囲を見回し、誰も聞いていない事を確認すると声を落として続けた。


「完全に姿を消す訳ではないのですが、見る者に『そこに居てもなんの違和感も感じない人物』という認識を植え付け、特別な関心を向けられないようにする効果があるようです」


「なるほど……そういうのがあるのか」


 ちらり、とリルの方を見るとリルが小さく頷いた。どうやら存在するらしい。


「その魔法、ミラヴィスから教わる事は出来るか?」


「申し訳ありません。私は魔法の使い手ではないので……。『そういう魔法がある』と聞いた事はありますが、基礎魔法とは違って取得出来るのは本当に限られた人物のみだけだそうなので、神官達にも難しいかもしれません。ですが王都に着けば、王立魔法院の方に相談できるかと」


 カイは溜め息を吐き出した。残念ながら王都に行くまで異世界探検はお預けのようだ。


「分かった、王都に着いたら王立魔法院を訪ねてみるよ。とりあえず今は……今まで学んだ魔法の復習でもしようかな。治癒魔法なら屋敷を壊す事もなさそうだし」


「それが良いですね!」とミラヴィスは頷く。


「私も身体強化魔法は使えますから、その分野ではお力になれるかもしれません」


 その言葉に甘えて、カイはミラヴィスから身体強化魔法についてを教わった。リルから教わった治癒魔法や風魔法とは違い、自身の体内に発動し続けるというのはまた違った能力が必要で、そう簡単には成功しない。


 それでもミラヴィスの想定よりも早く形になりつつあったようで、彼女は驚きの表情を隠せないでいた。


「カイ様の魔法習得速度は驚異的ですね……、前の世界にこう言った技術はないとお聞きした気がしましたが……」


「確かに存在はしてなかったけど、ある意味慣れ親しんで……いや、なんでもない」


 カイは言いかけて言葉を切った。元の世界の創作物を参考に作られた世界だから、ある程度イメージが出来るのだとは言いにくい。


「……神獣だからかな。感覚的に理解出来るんだ」


 そう言って言葉を濁した途端身体強化魔法が霧散した。どうやら会話に集中しすぎたらしい。まだまだ練習が必要だな、とカイはミラヴィスを見て笑みを浮かべたのだった。

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